第245話 デクスターの異世界別荘

 「ただし、部下と船員達を全員解放するのが条件だ」


 ルーカスの方から条件を付けられてしまった。捕虜という自覚に乏しい。とはいえそれを許してしまう雰囲気がユウキ達に有るのは否めない。


 「えー、どうする?」


 ユウキは仲間達の方を見たが、反対する者は誰も居なかった。というのも、拡張空間の中に閉じ込めている数十人の捕虜をこのままにしておいても扱いに困るだけだからだ。もしまた忘れて腐らせでもしたら目も当てられない。


 「腐ってたもんな―……」

 「あんたたちは現物見て無いから! 大体、何で全部私のせいなのかな、納得がいかない!」

 「まあまあ、元に戻ったんだから良いじゃない」

 「元に戻したのも私だ! 腐った死体が逆回しで再生して行く様ときたら……うっぷ」

 「何をもめているんだ?」


 ユウキは、思い出してまた胃の内容物が込み上げて来そうになった。その時、再び蚊帳の外に置かれたルーカスが会話に入って来た。


 「だいたいさ、あなたは捕虜なんだから条件を提示出来る立場じゃないでしょう!」

 「とはいえ、交渉してくれて無駄な労力を使わないで済むなら願ったりかなったりじゃない?」


 ユウキは勢いで怒鳴ったが、スーザンに現実的実務的な正論を言われてしまい、引っ込むしかなかった。


 「あー、捕虜からの取引に乗ってやるのはなんかムカつくなー」

 「まあまあ、こっちの捕虜達の扱いにも困っていた所だし、丁度いいじゃん」

 「じゃあ、その交換条件で良いんだな? 俺はダークエルフの女達を返す。お前達は俺の部下と船員達を返す」

 「渋々オッケーだ」


 という訳で、捕虜交換の交渉は成立した。

 拡張空間の牢の中は時が停まっているとはいえ、人間を入れたままいつまでも放って置く事は、何と無く頭の中の倫理観判定員が駄目だぞと言って来るので、とっとと適切に何らかの処分はしたいところだったのは事実だ。

 それに、こちらの捕虜はいつまでも新鮮な状態に保たれているが、ダークエルフの女達は薬漬けと劣悪な環境に置かれているに違いない。一刻も早く救出してあげたい訳で、交渉がスムーズに進むならそれを否定する理由は無い。ルーカスの提案に乗る事にした。


 「じゃあさ、何かと連絡を取り合う必要が出てくると思うから、そのスマホはあんたに預けるよ」

 「えっ、これくれるのか? てゆーかこれ何?」

 「あげるとは言っていない。期限を決めないで無償で貸すだけ。てゆーかてゆーか、スマホ、知らない? 携帯電話の凄い版。10年位前なら既にあったでしょう? iPhone5位の時代じゃないかな?」

 「えー、あったかなー……? 俺らの回りでは折り畳み式の携帯電話しか持っている奴いなかったような? あ、そういえば、偉い奴等が持ってたかな? 小型のテレビだと思ってたわ」

 「ま、テレビも見れるからね、あなたに所有権移すから、ちょっと貸して」


 アキラはルーカスからスマホを受け取ると、最上位権限でスマホにログインし、電話番号帳やメッセージアプリの履歴等の中身をクラウドへコピーしてからリセットし、新たにルーカスの指紋と顔を登録して返した。

 ラボで開発された護身用3点セット、バリア、マジックミサイル、浮上術の3つは、ハードウェアインストールなのでリセットしても消えない。


 「すっげえ、すっげー! こっちの世界に来て10年でやっとチートを手に入れた!」


 凄いはしゃぎ様である。

 旧持ち主の通信履歴は後でマサキ(野木)が解析して背後関係を洗い出してくれるのだろう。


 「それにしてもこれをこっちの世界へ持って来た人物が気になるな」

 「まあ、そのうち接触する事になるんでしょう。何故ならこのスマホは私達をおびき寄せるための撒き餌なんだし」

 「あー、やっぱり?」

 「そりゃそうでしょう。逆に他の理由は考えられないわ」

 「だよなー」


 敵さん、正確に言うと敵なのかどうなのか良く分からないのだが、そちら側の人間らしき二人と今後因縁が出来てしまった様だ。いや、初めからあちらさんの掌の上だったのかも知れない。


 ダークエルフのロミリオンにとっては敵以外の何物でもない事は言うまでもないが、地球組にとっては乗り掛かった舟とはいえ、『あれ? 何でこんな面倒臭い事に首を突っ込んでるんだ?』的なところもある。当初はダークエルフの村で捕獲した奴隷商人を、ユウキのアイデアでわざと逃がせば本拠地へ逃げ帰ってくれるはず。GPSの軌跡データから本拠地を特定してからの敵殲滅、攫われた女達も取り戻してお気楽にハッピーエンド程度にしか考えていなかったのだ。

 ここへ来て、敵が想像以上に巨大で、小指一本で捻り潰せる様な相手ではなさそうだと気付き始めてしまった。何だかヤバそうだぞという空気がスーザン達の間に漂い始めたが、ユウキとアキラは依然お気楽モードだ。


 「ねえ、一旦出直さない?」

 「ん? どうしたの?」


 スーザンからそう提案をされた。

 ユウキは急に何かなと思ったのだが、もうそろそろ日も落ちようと言う時間帯だ、灯台も無い町明かりも見えない月明り程度しか無い夜の異世界の海の上なのか陸の上なのかも分からない暗闇を飛んで行くのは凄く危険だし、それなら一旦帰って休んでから明日の朝出発した方が良さそうだ。なにしろ一回行った場所ならば拡張空間通路で一瞬で行く事も戻る事も出来るのだから、自分のホームタウンでも別荘でも好きな所で風呂に入って寝て食事して英気を養ってから朝にここへ戻ってくれば良いだけなのだから。

 ロミリオンの気が急いている気持ちも分からないでもないが、他の人達には無理をしなければならない理由は無いので、スーザンの言う通り一旦帰る事にした。


 「それに一旦帰って準備したい物もあるんだ」

 「準備?」

 「魔法に関しては私達は戦力外っぽいじゃない? アメノハバキリの時に痛感したわ。だから帰って使えそうな物を持って来たい」

 「ああ成る程、そういう事なら私達も三浦を連れて来るか? 諜報活動のプロだし役に立つだろう」

 「ロミリオンとルーカスも一応付いて来て」

 「仰せのままに」

 「了解した」

 「あ、アレクサンダーはここで解放するから後は好きにしていいよ」

 「はあ? 俺も連れてけよ!」

 「いやお前要らんし」

 「俺一人ここに残されてどうしろってんだよ!」

 「それもそうか…… じゃ、こっちの牢へ入る?」


 ユウキは壁に拡張空間の扉を開いた。


 「ふざけてんのかよ!」

 「いや、牢の中は時間が止まっているから、入って出るまで一瞬だよ。腹も減らないし、退屈する暇も無いよ」

 「はあ? 何を言っているんだ。俺は絶対牢なんかへは入らないからな!」

 「つべこべ言うな。自分の立場をわきまえろ」


 ユウキに尻を蹴飛ばされて空間扉を通過したアレクサンダーは、時の止まった空間で空中で変な姿勢のまま停止した。ユウキはそれを見てゲラゲラ笑っていた。

 

 「じゃあ今日の宿は何処にしようか? あ、そうだ、スーザンの別荘はどう? 部屋いっぱいあるんでしょう?」

 「ああいいよ。部屋数なら十分ある。でもあなた達の別荘も気になるな」

 「じゃあ次は私達の別荘へ招待するよ」




     ☆ ☆ ☆ ☆ ☆




 「さあ、わが家へようこそ。歓迎するよ」

 「お邪魔シマース」


 という訳で、空間通路を使いスーザンの高原の別荘へ移動した。

 そこは暫く誰も使っていなかったというのに煌々と照明が灯り、快適な温度と湿度に空調され、微かにBGMも流れている。物凄いエネルギーの無駄遣いである。しかし、発電所並みの出力の無限電源装置インフィニティ・リアクターをアキラから購入しているので、電力を垂れ流し続けても資源が枯渇する事も環境が汚染される事も二酸化炭素が排出されることも無い。


 「まああえて言えば地球上の何かの質量がエネルギーとなって消えて行ってしまう事位かしら?」


 アキラは永久電池エターナル・バッテリー無限電源装置インフィニティ・リアクターを開発した当時そう言っていた。しかし、今の人類が地球上の全ての質量を使い切る事など到底出来やしないだろう。尤も、文明がこの先加速度的に進歩して、星一つ分もの質量のエネルギーを消費する様になるのかどうかは分からないが……

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