第97話 センギ国
優輝と
しかし、今度は新幹線ホームではない。拡張空間の出口からである。
実は、拡張空間の出口は何処へ設置するのが一番良いかは常に試行錯誤している。
普通は目立たない物陰の壁とかにする場合が多いのだが、都会の真ん中だとか人通りの多い場所なんかだと、中々都合の良い場所が見付けられなくて、結構探し回った挙句目的の場所とは遠い不便な所に設置してしまったりしていた。
しかし、優輝が一つこういうのはどうだろうかと試してみたものが有る。
それは、既存のドアの上に作ってしまうというもの。
既存のビルの非常口の出口やデパートやスーパーの出入り口等に重ねる様に拡張空間の入り口をセットし、そのドアと同じテクスチャーを張り付ければ全く分からなくなる。
一見外から見れば、そのドアを開けて出入りしている様にしか見えないという寸法だ。
従業員用入り口だと、泥棒と間違われそうなので、なるべく一般人が出入りしても不自然ではないドアを選び、そこにセットしてみた。
仙台駅の場合は、駅ビルへの出入り口のガラスの大扉だ。
昼間は常時開けっ放しになっている所は不自然に成ってしまうが、冷暖房の為に閉める様になっている扉だと都合が良い。
ガラス扉の場合は、注意して見ると出て来る時には外側から見る分にはあまり不自然ではないが、内側から見るといきなりガラスの向こう側に人が出現した様に見えるかもしれない。
入る時も、外側からは今人が入って行った筈なのにガラスドアの向こう側に居ないとか、内側からはドア前で人が消えた様に見えるとか、注意していれば気が付くかもしれないのだが、実験してみたところ、意外と気づかれないものなのだ。
多分、周囲の見知らぬ人間を常に注意を払って見ている人なんて殆ど居ない。
視界の隅で人がフッと消えたところで誰も気が付きはしないのだ。
アハ体験とかでも分かる様に、視界の隅のちょっとした変化に、人はあまり注意を払っていないのだ。
しかも、最近はスマホを見ながら歩いている人は意外と多く、殆ど他人の事なんて見ていない。
ちょっと違和感を感じる人が居たところで、気のせいかなと勝手に思ってくれるのだ。
この試みは大いに成功し、拡張空間のドアの設置がかなり捗る事と成った。
「何故前に来た時に気が付かなかったのかしら?」
「ここは、
「でもタクシーに乗る時には下に降りたわ」
「タクシー乗り場の所は市街地から離れているのかもしれない。また手分けして探してみよう」
二人は西口と東口の二手に分かれて探す事にした。
小一時間程歩き回って、優輝はやっと人が歩いている場所を見つけ、
優輝は急いで
その場でバカップル宜しく抱き合い、ブルートゥースイヤホンを装着し、スマホの再生ボタンを押す。
不快な黒板を引っ掻く音と共にゲートが開き、異世界側へ転移した。
「あのさ、毎回この音聞く度に背中がゾワッて成るんだけど、胎教に良くないんじゃないのかな?」
「うーん、そうかも知れないわね。今度真面目に本当に音が必要なのかどうか検証してみましょう」
移動した先は、大きな町の大広場の入り口近くで、目の前には石造りの巨大な門が建っていた。
ユウキは、その門の陰に拡張空間の入り口をセットし、いつでも来られる様にした。
「想像以上に豊かで大きな国みたいだね」
「そうね、もしかしたらアサ国よりも大きいかも知れないわ」
広場の真ん中には大きな噴水が在り、周囲にはお洒落な屋台が並び、人々はそこで何かを買って食べたりカップルで思い思いの場所で寛いだりしている。
人々の表情を見る限り、かなり治安が良さそうだ。
「ねえ、ユウキ」
「何?」
「かなり女言葉が自然に出る様に成って来たんじゃない?」
「えっ? そう?」
「前は 『~わ』とか『~よ』とか無理だって言ってたけど、自然に出てるよ」
「マジか! ヤバい。男の時うっかり出たら死ねる」
「死なないでー」
『死なないで―』
「あはは」
町の規模を調べてみた結果、南北に長い形の国みたいだった。
こっちを拠点に商売をするというのもアリかも知れない。
町の調査をするついでに、公園内の屋台で皆が買って食べている物を試してみる事にした。
それは、グリルした薄切り肉を、小麦粉を薄く焼いたナンみたいなパンみたいな物で挟んだ、ケバブサンドっぽい食べ物だった。
「あんたらどこから来たんだい? 見た事無い銀貨なんだが」
「私達旅商人なんです。南の方のイスカって国から来たんですけど、その銀貨使えませんか?」
「んー、使えなくは無いんだが、コインのサイズが違うと銀の重さも違うだろ? ここじゃ量れないからあそこの両替屋で換金して来てくれると助かるよ」
教えてもらった両替屋へ行って、金貨10枚と銀貨10枚をこちらのお金に換金してもらう事にした。
それによると、金貨は交易の時の両替が面倒なので、国同士で話し合って同じ重さに統一してあるらしい。
銀貨は国毎にまちまちなので、重さを量ってから両替してくれるとのこと。
「イスカ国の金貨はこちらでも使えますのでそのままお持ちください。銀貨は計量して来ますので、そちらへお掛けになってお待ちください」
言われた通りに椅子に座って待っていると、お茶とお茶菓子が出された。
こういう心遣いの有る文化は、相当豊かで治安が良い証拠でもある。
「このお菓子美味しいよ」
「砂糖も豊富にあるって事よね。この国の財政を支えている収入源は何なのかな?」
「こっちの世界の文明レベルだと、第一次産業しか思いつかないけど」
「農業、林業、漁業、だっけ?」
「主に鉱業でございますね」
「「わっ」」
銀貨の計量を終えて両替したこちらの国の貨幣を持って来た係りの人がユウキ達の会話に割って入って来たのでびっくりした。
「鉱業って第二次産業じゃなかったっけ?」
「最初は第一次産業だったのよ。後に精錬の工程を含むので製造業寄りだという事に成って、第二次産業とされたの。でも、その分類は結構曖昧みたいよ」
「ふうん。ねえ、こちらの国では何を採掘してるの? 秘密で無ければ言える範囲で教えてもらえない?」
ユウキはその係りの人に向って聞いてみた。
まあ、国が豊かという事は、その採掘物を他国に売っているからなんだろうし、秘密には成っていないとは思う。
「ミスリル銀で御座いますよ」
「わぁ、ミスリルってここが産地だったんだ」
「左様で御座います」
「じゃあ、街でミスリル製品なんて買えたりします?」
「はい、広場より北の方に金物屋街が在りますので、そちらで旅行者の方でもご購入に成れます」
「やった! 後で行ってみよう!」
「じゃあさぁ、資金はもっとあった方が良くないかな?」
「そうだね…… あれ出しちゃう?」
「うーん、金貨は沢山用意有るけど、こちらの貨幣ももっと欲しいよね。丁度お財布の中に三枚入ってた」
「ねえ、店員さん、これも換金してもらえるかなぁ?」
アキラは、手に握っていた一円玉を三枚、店員へ手渡した。
「これは……」
「聖白銀貨」
「せ、聖白銀貨!? しょ、少々お待ちください!」
「ちょっと待って!」
奥へ駆けて行こうとするので、アキラはそれを引き留めて、追加で金塊も出す事にした。
「これもお願いしていい?」
店員の持っていた、こちらの銀貨を載せて来たお盆の上に、ロデムの所で拾った小石金を2kg分位乗せた。
なるべく
店員はお盆を落さない様に慎重な足取りで奥へ引っ込んで行った。
お茶を飲んで待っていると、別の女性店員がやって来て、応接室の方へ案内された。
きっとただの旅行客では無く、どこぞの王族か貴族がお忍びでやって来たか、はたまた他国の大店のご子息かと騒ぎに成ったのかも知れない。
それで、待合室の椅子になんて置いておけない、今直ぐ応接室へお通ししろという事に成ったのだろう。
案の定、しばらく待っていると先程の店員よりも年配の恰幅の良い男が現れて、何だか低姿勢で対応されてしまった。
後から入って来た女性店員が押したワゴンの上のお盆には、金貨が積みあがっている。
「まず、聖白銀貨の両替ですが、中金貨30枚に成ります。それから、砂金類はスクラップとして扱いますので、単位七百リンドで計算しまして、一百七十七万三千八百リンド、そこから手数料を引きまして、合計こちらの額と成ります」
お盆の上には176枚の中金貨が載せてあった。
アキラはそれを数え、バッグへ仕舞った。
「よし、それじゃ早速金物街へ行ってみよう!」
「ほんとうに好きだよね、そういうの」
「またのお越しをー」
両替屋を後にし、広場を通り過ぎて反対側に在る公園の門を出てメインストリートへ出る。
こちら側は主に生活雑貨や金物類が売られているみたいだ。
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