第171話 旧市街

 「まだ街は昨日までのお祭り騒ぎの興奮が冷めやらぬという感じだね」

 「ニ、三日は余韻で街も活気付いているんじゃないかな」


 大広間の食堂で食事を終えた後、商人の三人は自分達の国へ帰って行ったが、ユウキとアキラ、スーザンとアリエル、そしてサマンサの五人はこっそりと街へ繰り出していた。


 「わたくしは、こちらの旧市街の方へは来た事が有りません」

 「アリエルは箱入りだからなー。こっちの方が面白い店が多いんだよ」


 悪い事はいつもサマンサが教えていた様だ。

 ところで、旧市街と言ってもエルフ達が昔外界に住んでいた時の、日本でいう所の阿寒湖畔の森の事では無くて、エルフ王国の在る魔法空間内での話である。

 いかに時間がゆっくりと流れているエルフ達とはいえ、魔法空間内へ都市を移した初期に住み着いた場所から数えても、長い年月の間に町の中心部は大分移動して来てしまっている。世代が変わる毎に居住領域が外へ外へと拡張して行くからだ。


 元々、王宮は庶民の居住地からは離れた場所に建てられていたのだが、町が拡張してくるにつれ段々と王宮に近づいて来てしまっている。

 したがって王宮に近い方が新市街、遠い方が旧市街と成っている。新市街の方には若い世代が多い為、やはり活気は有る様だ。


 旧市街には年配の者が多く住んでいる訳だが、やはり空き家と成っている家がチラホラ見受けられる。そんな所に入って住んだり商売をしているちょっと変わり者とか、少々いかがわしい者なんかも居て、治安の面でもあまりよろしいとは言い難い状況に成っている場所も在る様だった。


 「サマンサの好きそうなアングラ感が満載だね」

 「なによぅ、良いじゃないの」


 しかしそういう少しいかがわしいとかいうと怒られるのかもしれないが、モダンな雰囲気の裏にレガシーな雰囲気の入り混じった様な一風変わった場所の散策というのも意外と楽しいものだ。

 例えば日本で言えば古くからある学生街とか、ビルが立ち並んで一見新しい街に見えるけど、裏路地に回ると古い街並みが残っていたりとか、そういう過去と現在が入り混じった場所は、タイムトラベルでもしている様な気分にさせられる。

 皆が歩いて来たのは、そういった場所だった。


 「いやっ! やめて!」


 路地の方から女性の声が聞こえてきた。

 ド定番のキーパーソンとのエンカウンターの予感がする。


 「おいおい、お約束の展開か?」

 「そういうメタい事言わないの。女性が襲われているんだから助けないと。誰が行く?」

 「誰が行くって言ったって、ここに男は俺とスーザンしか居ないわけだし」

 「よし、じゃあここは僕が行こう。花嫁に良い所を見せないとね」

 「大丈夫だとは思うけど、死亡フラグっぽい事言ったから気を付けて」

 「あはは」


 アキラ以外は死亡フラグが何の事か分からなかった様だ。

 ユウキはスーザンが口走った死亡フラグがちょっと気になったけど、バリアも有るしまあ大丈夫だろうと笑ってごまかした。


 「変身術、バトルスーツ」

 『 Rogerロジャー、変身術起動』


 スーザンのイヤリングが機械音声の様な声で復唱し、スーザンの着ていた服が液体の様に溶けて形を変え、レザーの様な質感の戦闘服へと変わった。勿論、男物だ。

 そして、浮上術で空に舞い、悲鳴の聞こえた方へ向かう。


 路地のちょっと奥まった所には数人の人影が見えた。

 やはり、一人の女を大勢が取り囲んでいる構図の様だ。

 ただ想像と違っていたのは、取り囲んでいる方も女だった。


 「ちょっとこっち来なさいよ!」

 「痛い! 引っ張らないで!」


 何か揉めている様だ。女の集団いじめだろうか?

 そこへスーザンは不用意に割って入ってしまった。


 「ヘイ、お嬢さん方、集団でイジメは良くないな」


 スージーは取り囲まれている女の前へ着地し、周囲の女達へそう言った。

 その瞬間、場の女達の視線は一斉にスーザンへ向けられ、一瞬驚いた表情をしたのだがすぐに怒りの表情へと変わり、スーザンを鬼の形相で睨み付けた。


 「キー! 何よあいつ」

 「人間の男だわ。変な格好しちゃって」

 「こいつもあの女にたぶらかされてるんだわ、ムカつく!」

 「関係無いのに口挟むんじゃねーよ」

 「変な格好のくせに、いいかっこしーが」

 「こいつ、今飛んで来なかった?」

 「チッ、魔法使いか。人間の癖に」


 口々に殺気を込めた言葉を発する。

 パレードで顔見せしているというのに、第三王姫の夫だという事には気が付いていない様だ。

 そして、相手が魔法使いだと知るや否やおもむろに各々が魔法の呪文を詠唱し出した。

 相手が男で魔法使いなら手加減の必要は無いという事だろうか?


 「マジックミサイル!」

 「ヒートウェポン!」

 「ウォーターミサイル!」


 何かを飛ばす魔法にはミサイルという名前が付いている。

 それらが女を庇うスーザンへ目掛けて投射された。

 しかし、ガガガンという音と共に、それらは全てスーザンの絶対障壁アブソリュートバリアで弾かれてしまった。スーザンは全くの無傷だ。

 おそらく向こうの世界で魔法使いを名乗る彼(彼女)は、魔法による戦闘や1対多の状況等は想定の範囲内なのだろう。


 「えっ、何あれ? 魔法を弾いたわ」


 エルフの女達が、スーザンが魔法を防いだと言う事実に酷く驚いていた。


 「そう言えばエルフ達の魔法って、防御系は殆ど無いんだっけ?」

 「まあね、魔法は先に撃ったモン勝ちだから」

 

 驚いた事にこちらの世界では魔法を防御するという概念が希薄な様だ。

 文字通りほとんどの場合は先手必勝なのだろう。

 そう言えば、サマンサも自分の庭で魔法を撃ってはその爆風で池に落ちるを繰り返していた。魔法を防げるという事を知らなかったのだ。


 「え? ちょっと待って、サマンサ最初に会った時に私の魔法を防げとか言ってたよね?」

 「ええ? そんなわけは……」


 ユウキの言葉に、アリエルはサマンサの顔を見た。

 他の全員もサマンサを見た。

 サマンサは視線を逸らせて舌をペロッと出した。


 「あ! こいつずっこい!」

 「ま、待って! あれは、私の魔法に耐えてみてって意味で言ったのよ!」


 サマンサはズルッ娘だった。千数百年も生きているおばちゃんだけど、エルフの中ではまだまだヤングだ。

 同じ年代のアリエルが結婚適齢期なのだとしたら、サマンサも人間の年齢で言ったら十代後半から二十代前半位のお年頃なのかも知れない。


 「キィー!!」

 「馬鹿じゃないの? そんな女を庇うなんて!」

 「ヒーローにでも成ったつもり?」

 「悪いのはその女なのに!」


 エルフの女達が逆上して突進して来た。魔法が効かなければ腕力に訴えるしかないと考えたのだろう。

 しかし、スーザンの絶対障壁アブソリュートバリアは人間の腕力で破れる様な代物ではない。


 「全然絶対アブソリュートじゃ無かったけどね」

 「今はそういう事言わないの」


 絶対障壁はあきらに破られはしたけど、そもそもアメリカでも特殊弾で無ければ貫通は出来ないだろうと思われる。


 「なんかさ、破られるとは思っていないけど、内側から見るとゾンビに集られた窓を見ているみたいでちょっと怖い。無力化しちゃっても良いかな?」

 「ちょっと待って! 怪我させちゃ駄目!」

 「分かってるよ。シュトロームシュラグ!」

 『 Rogerロジャー麻痺電撃シュトロームシュラグ


 バチッチッ!!

 女達の頭上からスタンガンの様なパチッパチッという電圧は高いが電流の極端に少ないパルス状の電撃が一人一人の脳天に落ちた。

 そして、女達は地面に倒れ伏した。


 「ちょっと! 殺して無いだろうね?」

 「大丈夫だよ、多分……」


 そして、一人一人の鼻に耳を当て、呼吸をしている事を確かめた。

 スタンガンでも相手の心臓が弱かったり持病を持っていたり、通っちゃいけない所を電流が通ってしまったりした場合、重篤な後遺症を与えてしまったり、下手をすると殺してしまう事だってあり得るのだから。

 全員の呼吸を確かめてから、壁際に座らせるように持たれかけさせ、詰め寄られていた女を連れてその場を離れた。

 アキラは彼女達の身体を流れるエネルギーを見て、障害が残る様な損傷を与えていない事を確認して、気付のエネルギーショックを立ち去る前に与えた。

 皆が立ち去った後に女達は目を覚まし、ぼーっとして何が有ったのか分からない様子だった。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 「ちょっと! 何時まで私の夫にしがみ付いているつもりですの!?」


 もう女達が居ないにも関わらず、助けた女はスーザンの腕にしがみ付き、うっとりとしている。アリエルは普段はおっとりとしているにも関わらず、ちょっとイラっとして女に食って掛かってしまった。


 「ああーら、あなた達夫婦なのー? でも私、そういうの興味無いの」


 死亡フラグはこっちだった。

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