第170話 声が大きい
「ううむむむ……」
「まあ、素敵!」
エルフ王のアリオンは、大量の献上品を前にして唸っていた。
王妃様は見た事も無い様な大粒の真珠のネックレスにうっとりとしていた。
他にも、精緻な異国の文様が施された食器類や壺、宝石類、高価なペルシャ絨毯、日本の反物、西洋絵画(レプリカ)、数々の甘味類などなどが所狭しと並べられている。
どれもこれもこちらの世界で同等の物を手に入れようと思ったら、一体全体幾らかかるというのだろうという品ばかりだ。
全部合わせたら、今自分達が住んでいる宮殿の一個や二個は軽く買えてしまいそうな宝物ばかりにアリオンは血の気が失せてしまった。
というのも、たかが平民と侮っていた異国の男がたった一人でこれだけの財産をポンと献上してきたのだ。
たった一人が一国の国家予算級の財産を保有している。いや、ここに持って来た物は彼の全財産ではなく、そのほんの一部なのだろう。
これはヤバい、決して敵に回してはならない相手だ。平民だと思って軽くあしらってしまうところだった。幸いその男は我が姫を娶りたいと申込んで来ている。是が非でも我々の内に取り込まねばならない。
と、エルフ王アリオンは即座に考えた。
「結婚は認めざるを得ないか…… しかし、格の違いに貴族達、いや国民が納得しないのではないだろうか?」
「あらあなた、そんなの栄誉称号を与えちゃえば良いじゃない」
無いのなら作ってしまえば良い。どこかで聞いた遣り取りだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「というわけで、『芳樹』とか言う称号を貰った」
「それって、どのくらい偉いの?」
「なんでも、上から四番目位らしいよ」
「何段階で?」
「五階位らしい」
「下から二番目じゃん」
「私達の世界の爵位で言えば子爵ってとこか、妥当なところだね」
あんまり高い地位はあげられないけれど、三番目とはいえ王族の姫と結婚するならその位の格は無いと困るというので、妥協した着地点がそこだった様だ。
というわけで、話はとんとん拍子に進んで結婚式とあいなった。
結婚式はそれはそれは盛大に執り行われ…… とは言っても、エルフは他国とは交流が殆ど無いも同然なので、国中の貴族階級が全員集合程度なのだが、そこで供される豪華な料理や衣装や宝飾品類はミバル商会が取り仕切り、最近提携を結んだ二つの商会の内、ザオ国のオーノ商会からは豪華な食器類や調度が、センギ国のコヴォヴィ商会からはミスリルの武具類や貴金属のアクセサリーの調達と、三つの商会ともちゃっかり次の機会も狙った注文予約も取り付けている。
エルフの国では習慣の無かった、馬車に乗ってのパレードも盛大に行い、道行く人は皆その豪勢なお披露目にうっとりとしていた。
うっとりしていたのは何も民衆ばかりではない、なにせ結婚したのは第三王姫だ。未婚の第一王姫と第二王姫もその豪華さに目を丸くしている。
自分達の時にはもっと豪華にと願うに決まっているし、王子達だって競うに違いない。
そればかりか、貴族達の御子息御令嬢達だってここまでとは言わないまでも初めて見た異国様式の
今迄見た事も無い豪華な絨毯や調度を設えた大広間、今迄使っていた木の器とは比べ様も無い上品な文様の施された真っ白な磁器の皿と銀のカトラリー、見た事も無い豪奢な刺繍の施された、異国の純白のシルクのドレス、そして金や銀のアクセサリーに宝石の数々…… それらを初めて見た者にはインパクトが絶大だった。
「もう、ウッハウハですな」
「ぬしも悪よのう」
「ビベラン様には到底敵いません」
「悪徳商人だ、ここに悪徳商人達が居るぞ」
ビベラン、オーノヒロミ、コヴォヴィの三人の商人達の悪巧みに、ユウキもアキラもドン引きである。
悪巧みとは言ったが、別に悪い商売をしている訳では無いので念の為。
超大口の商売相手、何しろ国規模の商売相手をこの三つの商会だけで独占しようとしているのだ。悪い笑みも零れようというものだ。
パーティーは三日三晩続けられ、まさに国を挙げての大騒ぎと成っていた。
そのせいか、パーティーの全部を仕切っていたビベランは、最終日にはへとへとの状態で控室のソファーに突っ伏していた。
しかし、目に隈を作りやつれてコケた頬をしながらも、パーティーを滞りなく完遂し、ユウキ達に親指を立てて見せ、そのまま轟沈してしまった。
オーノヒロミとコヴィヴィも大体似た様な状況で、椅子に深く座り天井を仰いで微動だにしない。
ユウキとアキラも流石に三日三晩のお祭り騒ぎには精神的疲労は隠せない。
アリエルの親戚として列席していたサマンサも、ただ飲み食いしているだけなのに疲労困憊の様子だ。
しかし、そんな中元気な二人が居る。
主役のスーザンとアリエルだ。
「ぼ、僕達はこれから夫婦の任務を果たす為にお暇するよ」
「もうっ、スーザン様ったら」
二人はそそくさと自分達の寝室へ引っ込んでしまったが、他の皆は疲れ切っていてもう何も言う気力も無い様だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌朝、というか、皆が起きて来たのは既に日が高く上った昼過ぎだった。
「おそようございます」
「え? あ、うん、おそよう……」
宮殿の食堂の間で顔を合わせたアキラとビベランが挨拶をしていた。
皆疲れ切って泥の様に眠りこけていたのだった。
しかし、ビベランは目の下に隈を作って顔を赤くしている。
「ああ、ビベランの部屋ってあの二人の隣部屋だったっけ」
エルフ王国の宮殿は、我々が知っている様な形の物ではなくて、土台や柱等の構造材は石造なのだが、基本的に居室や広間等の壁や床、天井等は木造なのだ。
そして、王族とはいえ特別に贅を尽くした部屋に住んで居るという訳では無く、日本家屋の様に比較的質素な造りなのだった。
そして、個々の部屋も分厚い壁と頑丈なドアで厳重に区分けされている訳では無く、これも日本建築の様に襖や障子の様に薄い仕切りとか衝立やカーテン様の物で区切られている程度だったりするものだから、防音性能なんてほぼ皆無で、当然声は筒抜けなのだった。
「あら、皆さんも寝坊ですか?」
「あれほどの大仕事をたった三人で取り仕切った訳ですからな。止む無しですよ、ははは」
やや遅れてオーノヒロミとコヴォヴィさんもやって来た。
二人共気まずそうにしているという事は、二部屋離れていたのにやっぱり聞こえていたみたいだ。
「あなた達もね!」
ユウキはヤバい、バレてるという顔をした。
「だってさ、あんな声一晩中聞かされてたら、なんか、その……」
「疲れ切っているのに何故かあそこの方は元気いっぱいというか……」
「ユウキは声大きいから」
「えっ、私ってそんなに大きな声出てた?」
以前に
「ええー…… 自覚無かったわ」
あの時の声って、女性だけが出すイメージだけど、何故なのだろう?
多分、する側とされる側の違いなのではないかと思うのだが、どうだろうか。
能動側は自分のタイミングだが、受動側は相手のタイミングであり、予測不能な刺激が来たりして、思わず声が出たりしてしまうのではないだろうか。
例えて言うなら自分で自分の脇をくすぐってもくすぐったくは無いが、人にやられるとくすぐったくて声が出ちゃう、みたいな事なのだと思うのだが……。
ユウキは、自分が声を出すタイプだという事を初めて知って赤面した。
アキラはそんなユウキを見てニヤニヤしていた。
「みんなおはよう」
「おはようございます」
そこへスーザンとアリエルの夫妻が入って来た。
皆は一斉に話題の二人の方を見た。
「えっ、な、なに?」
二人は自分達が話題に成っていたとは想像していなかった様だった。
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