第192話 暴走X

 森の中でというのは、人目を避ける意味も有るが、あまり人の手が加わっていない場所の方が異世界側との地面の高低差が少ないからなのだ。

 少し森を分け入ると、エルフのアリエスがこっちが良いとかあっちが良いとか言い出す。森の民であるエルフがそう言うのならと付いて行って見ると、程良く人目を避けられそうでいて、尚且つランドマークになりそうな大木の元へ誘導された。

 早速その大木の幹へ拡張空間の扉を設置し、ロデムズマップをこちら側と異世界側で切り替えて地面の高さの違いを確認する。


 「どうやら、異世界側の方が15センチ位高いかな。足を引っ掛けない様に気を付けて」

 「そんな事まで分かるのね」


 優輝は何時もの様にイヤホンを装着し、ゲートを開いた。

 皆は、優輝の後に続いて、階段を上る様な動作でゲートをくぐった。


 どうも、人には到底太刀打ち出来ない様な危険な生物が跋扈する、人の立ち入れない原生林がそこら中に広がっている異世界側と違って、こちらの世界側では完全に人跡未踏な地帯というのはまず無くて、整地や道路工事の様な重機が入る程の大規模な工事では無くとも過去に誰かしらが踏みしめている可能性が有る分、地面に人為的加工が加わっている事に成り、若干の高低差が生まれてしまっているのだと思われる。


 異世界側でも拡張空間をセットし、その中で全員着替えてから追跡開始だ。

 世界間移動する度に毎回着替えなければならないのは本当に面倒臭いとは思いつつ、魔法で一瞬で着替えられるデクスターことスーザンが羨ましく成る。


 「いいなー、その魔法」

 「あなたが言いますかね」

 「その魔法に関しては上手く再現出来ていないんだ」

 「でも、時間の問題なんでしょう?」

 「まあね」


 スーザンがやれやれというポーズをした。

 女性陣が着替えるのを待ち、GPSの軌跡を見ながら慎重に森の中を進むと、三十分程で連中が二泊程留まった地点へ到達した。


 「この渓谷の崖下辺りなんだけど……」

 「あっ見て、あそこに小屋が在る」


 アリエルの指差す所を見てみると、岩や流木に巧妙に偽装した小屋が見える。目の良いエルフで無ければ、見逃してしまっていただろう。ユウキの目で見ても人間の反応は無く、この辺りに在る筈だと知って探さなければ、きっと見つからなかったに違いない。


 慎重に崖を降り、小屋の周囲を調べるが、罠等は仕掛けられていなさそうだ。マップを拡大して、周辺の地形を見てみると、黒エルフの墓地とは目と鼻の先で、墓地の裏手にある渓谷のやや下流の位置だった。そこは登山道からは尾根の反対側であり、直接見る事は出来ない位置関係だ。恐らく墓地から焚火の狼煙で合図を送り、それを見た奴隷商人が渓谷を遡ってやって来て、女を船に乗せて川を下って運んでいたのだろう。


 小屋の中へ入ると、慌てて荷物を回収し、証拠を隠滅して立ち去った様子が伺える。床に散らばって割れた瓶からは、オロに感染した者に飲ませていた、あのドロッとしたタールの様な謎の薬がこぼれていた。割れていない瓶の中には何かの透明な液体が入っている。


 「これは何の薬瓶だろう?」

 「ちょっと見せて」


 スーザンが拾ったその瓶をアキラが受け取り、明るい窓の近くへ行って良く見てみると、中に微粒子状の沈殿物が有るのが分かった。


 「ああ、オロの卵だこれ。マイクロウェーブで焼いちゃって」


 アキラはその瓶をスーザンへ投げて返した。スーザンはそれをキャッチして、汚い物でも触る様に人差し指と親指で摘まんでぶら下げ、嫌そうな顔をした。

 小屋の中にはこれと言って回収する必要の有りそうな物は無かったし、隠し部屋も地下室も無さそうだった。本当にただの出先の小さな拠点でしかなかったのだろう。なので、スーザン夫婦に頼んで纏めて焼き払う事にした。これは、ほとぼりが冷めた頃に連中が戻って来ても、ここは既に知っているぞ、監視しているぞというアピールにもなる。


 「皆出たね? 小屋からちょっと離れて。行くよ、魔法、マイクロウェーブ!」

 【Rogerロジャー マイクロウェーブ照射】


 スーザンのしているイヤリングから合成音声の様な無機質な応答が聞こえ、目の前の小屋からシュウシュウと音を立てて水蒸気が上がり始めた。

 スーザンは、手に持っていたオロの卵の入った瓶をその中へ放り投げると、バンッと破裂して中の水は一瞬で気化してしまった。やがて小屋全体が真っ黒に炭化して行き、ボッと音がして火炎が上がった。そこまで確認してスーザンはマイクロウェーブを止めた。後は放って置いても中にこもった熱で全部が灰になるだろう。


 「追跡を開始しよう。次は100km位下流の、この川と本流との合流地点辺りだ」


 谷から上がり、再び異世界からゲートで戻り道路で車移動する事にする。

 道路では優輝がまたテスラを出したのだが、あきらに肘でわき腹をツンツンされた。察した優輝が、フィアットも出す。


 「何で二台も出すの?」

 「いや、ここからは夫婦で分かれて二台に分乗して行きましょう」


 逃げたなと思ったアリエスに、そちらに乗せてくれと言わんばかりの懇願する様な目で見られたが、アリエスをこちらへ乗せてあげる合理的な言い訳が見つからない。気の毒だがその視線に気付かなかった振りをして視線をそらせた。あきらと優輝の二人は、心の中でアリエスに謝った。


 「ここからはお互いに夫婦で仲良くドライブを楽しみましょう(アリエスごめんなさい)」

 「そうだね、夫婦水入らずで旅をしようか(アリエスごめん)」


 アリエスは絶望した様な顔でテスラの助手席へ乗り込んで行った。二人の乗り込んだモデルXは、ゼロヨンレースでもしているのかと思う様な加速で、アリエスの悲鳴を残して視界から消えて行った。


 「さ、さて、私達も後を追いましょうか」

 「アリエスの無事を願う」


 優輝は十字を切って手を合わせた。


 「追い付くかしら」

 「目的地が分かる人間が二人共こっちなんだから、何処かで待っててくれるだろ、きっと」


 二人の乗り込んだフィアット500eは、優輝が軽くアクセルを踏み込んだ途端、ロケットの様に飛び出した。


 「ちょっと優輝! あなたも!?」

 「いや違う、アクセルがピーキー過ぎるんだ!」


 元々搭載されているバッテリーを永久電池化したものであり、永久電池専用にチューンはされていないためにバランスが悪いのだ。


 「仕方無い。今回はこのまま行くとして、帰ったらメーカーに持ち込んで調整してもらおう」

 「そ、そうね、優輝、前っ!!」


 優輝は異常な程の集中力と反射神経で、前方を走る乗用車をあっという間に稲妻の様にジグザクに追い越して言った。そして、数分もしない内にモデルXに追い付いてしまった。そして、横に並び、あきらに頼んで携帯で連絡を取ろうとしたのだが、アリエスは気を失っているらしく応答しない。デクスターに電話を掛けるのは、このスピードでは危険と判断し、ハンドサインで先導する事を伝えて前へ出た。速度はとっくにメーターを振り切っていて、今一体どの位のスピードが出ているのか全く分からない。しかし、モデルXは、500eのスリップストリームに入ったかの様な位置にぴったりとくっついて、離れない。車間距離は10cmも無い感じだ。前を走る優輝がちょっとでも速度を落とせば、大惨事になりそうだ。

 バックミラーで後ろを見ると、デクスターの目が血走っていて怖い。二台連なって物凄いスピードで爆走して行った。


 当然、警察がそんな車を見逃す訳も無く、数キロ先の前方で道路が封鎖されているという情報がロデムから入って来た。

 優輝は、まずアクセルから足を離して回生ブレーキで速度を緩めようと考えた。そして、反射率0%のバリアで車体全体を包み、モデルXに車の後ろを接触させて500eのブレーキで速度を落とそうと考えたのだ。何故最初からそうしなかったのかと言われるとなんとも返答に困るのだが、そんな事出来る訳が無いと思っていたのもある。しかし、道路が封鎖されていると成ると、衝突を避ける為にはなりふりを構っては居られなくなってしまった。車が多少凹む位の事は、もう諦めた。

 だいたい、ユウキがこの短時間でこれ程頭を悩ませているのに、後ろのデクスターは一体何を考えて運転しているのだろう? 最初の時は後部座席に優輝とあきらが乗っていて、あれこれうるさく騒ぎ立てていたからある程度冷静に運転出来ていたのだろうけれど、今は助手席のアリエスはおねんね中で、完全に自分だけの世界に入り込んでしまっている。きっとアドレナリンとドーパミンがドバドバ分泌されていて、スピード以外の刺激を受け容れなくなってしまっているのかも知れない。脳内麻薬ジャンキー状態なのだろう。


 ところで、永久電池は二次電池(充電池、蓄電池)では無いので、回生ブレーキで発電された電力は何処へ行ってしまうのだろう? そのあたりも含めて永久電池を車に使うには根本から再設計しなければ危険な事を身をもって体験してしまった。

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