第140話 マギアテクニカ社

 「それで、この車は何処へ向かっているの?」

 「私の会社の一つがこの近くに在るの」


 『だったら最初からそこで会談すれば良くなかったですか?』と、喉元迄出掛かったけどあきらは言わなかった。

 車は幹線道路から側道へ入り、地下道へと入って行った。

 分岐を幾つか通り、ある建物の地下駐車場へと入った様だ。


 そこは役員専用駐車場と成っており、車を降りた直ぐ側には役員以外は立ち入れない区画へ直通のエレベーターが設置されている。

 そこへ乗り込み、ICタグの入ったキーを階数ボタンの操作盤の上に付いている社のマークへかざすと、最上階ボタンの上のパネルが開き、更に上階へのボタンが現れた。


 デクスターは、一番上のボタンを押すと、エレベーターは音も無く動き出した。


 「最上階は私の執務室と役員用の会議室が在るので、そこでお話をしましょう」


 会議室へ入ったデクスターは、迷わず進むと上座の位置に在る椅子へどっかと座った。

 あきらは、うちの父親みたいだなとその時思った。

 世のお父さんって、こたつでもテーブルでも座る位置決まってるよね、と。


 「さあさあ皆さん、お好きな所へ掛けて。あ、あきらはここね」


 デクスターは、一番近い窓側の席を指差した。

 この会議室の席は、ドラマとかで良く見る様な楕円形の配列で、楕円の長径の端に位置する部屋の一番奥側、つまり上座がCEOの席と成っている様だ。

 多分、あきらの勧められた席は、いつもは会社のナンバー2が座る席なのだろう。


 「単刀直入に言うわ。我がマギアテクニカ社は貴方の会社と提携したいの」

 「私の会社って、異世界堂本舗とですか?」

 「そう、製品の相互融通と共同研究。私達はあなたに最高の研究環境を提供出来るわ」

 「ちょっと待て! 軍事に応用可能な技術を我々抜きに語るな!」


 デクスターの言い分に、日米の政府関係者から異議が唱えられた。


 「あら? じゃあ、私は今日は何しに来たのかしら? そもそも私達は政治からは不介入の筈よ?」

 「あ、アメリカの方もそうなんだ」


 日本側は宮内庁外局という立場の“神祇保護管理室”という部署を新設して、『宮中府中の別』の原則の元、政治からも軍事からも不介入という立場に成っているのだが、アメリカの方も似た様な事に成っているらしい。


 「じゃあ、私の判断で勝手に外国と提携してしまって構わないって事なの? 三浦さん」

 「えっとう…… どうなんだ、この場合? いけなくは無いんだが、駄目な様な……」

 「もうっ、頼りないわね。良いわよ直接聞いてみます」


 そう言うと、あきらはスマホで麻野へ電話を掛けた。


 「駄目だ! 即決はするなよ! 一旦持ち帰れ!」


 あきらの質問に、麻野は開口一番にそう答えた。


 「だそうです」

 「ふうん? この部屋、あらゆる電波を妨害している筈なんだけど、私はあなたの持っているそのスマートフォンに今もの凄く興味が有るわ」

 「これね、あなたの両耳にぶら下がっているピアスと似た様な物かも知れないわよ?」


 デクスターは初見でピアスが魔法発動の装置だと見破られた事に一瞬驚いた顔をしたのだが、直ぐにビジネススマイルに変わった。


 「一旦本国へ持ち帰って、良く考えて頂戴。良い返事を期待するわ」

 「とはいえ、私達の方は幾つか差し出せる製品が有るけれど、そちらからは何が貰えるのかしら?」

 「あら、それならもう三つ程渡したと思うけど?」


 既に渡した三つというのは、変身術、浮上術、絶対障壁、の事を言っているのだろう。

 あきらは、その魔法が発動する際の干渉縞、つまり魔法式を目視し、記憶してしまっている。

 デクスターは、最初は自分達の技術の優位性を見せ付け、マウントを取りに来ていたのだが、あきらがその時に驚くどころか何かをじっと見つめて記憶しようとしている事に気が付いていたのだ。

 そして、あきらの持っているバリアは自分の持つ物よりも数段強力で優秀だという事を思い知らされ、最初は相手を取り込もうと画策していたのだったが、技術提携という形が落し所だろうと方向転換したのだった。


 とはいえ、あきらの方も気が付いてはいる。デクスターのビジネストークにまんまと嵌められそうに成ったが、そんなものが交渉材料には成らないという事に。

 文字通り見て覚えてしまった物に、取引が成立するだけの等価の価値など無いのだ。

 なので、あきらはデクスターの持つ、気に成って仕方が無い物を差し出せるか聞いてみた。


 「そのピアスは量産出来ないのですか?」

 「あなたのそのスマホと交換条件なら」

 「つまり、無理って事ですね」

 「今の所はね」


 今の所という事は、その内公開されるのだろうか?


 「では、私はあきらと個人的な話が有るので、政治的な話の方はお役人様達に任せて、私達は退出いたします」

 「うわっ、ちょっと待ってくれ!」

 「何をどう技術交換するのか、その対価はどうするのか、そういうのはお国のお役人の仕事であって、私達には関係有りませんから」


 そう言うとデクスターはさっさと立ち上がってあきらを連れて部屋を出て行ってしまった。

 その後を彼女達のSPも追い掛けて行った。

 後に残された三浦は、その後外交官と一緒に頭を悩ませる事に成る。

 なにしろ超常現象系複合現象PCPの成果物と魔法との取引だ。値段など付けられる訳が無い。

 三浦は本当に原潜や空母を要求してやろうかとも思ったのだが、今の所現実的な交換条件にする良い案が浮かばない。

 共同研究するにしても、技術相互供与するにしても、製品を販売するにしても、どれも初回の会談で決められる内容では無いので、両国でそれぞれ差し出せる技術や製品のリストを作成し、本国へ一旦持ち帰る事に成った。

 きっと何回もお互いに国を行き来して内容を詰める事に成るのだろう。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 デクスターとあきらは、CEO執務室へ来ていた。


 「さて、私が今一番気に成っている技術は、拡張空間なのよね」


 部屋へ先に入ったデクスターは、あきらが入りドアが閉まるのを確認すると、振り返りそう言った。

 確かに拡張空間の技術が現世の技術で再現可能なのであれば、その応用範囲は広い。

 空間通路や外敵の侵入出来ないシェルターは勿論、荷物を無限に持ち運べる空間倉庫、そしてバリアーとしても応用可能なのだ。

 あきらの持つその能力と近い魔法というものを保有しているデクスターに取っては、その有用性を直ぐに看破した。


 あきらの持つバリアーとデクスターのバリアーが衝突した時に、デクスターの方があっさりと破壊されてしまった。

 あきらが持つ物の方が明らかに優れていたのだ。レベルがまるで違っていたのだ。

 悔しいがその事実は認めなければ成らない。


 「あなたの持つ物は流石に魅力的なのだけど、簡単に貰えるとは思っていないわ。あっちの部屋での話し合いも結構掛かるでしょうから」

 「そうね、ちょっとうちへ来てみる?」

 「行けるの?」

 「お望みと有れば」


 あきらは、執務室の空いている壁に拡張空間の扉を作った。


 「ちょっと、そのスマホ、ますます興味津々なんだけど」


 スマホを操作して入り口を作るあきらを見て、デクスターは素直にそう言った。

 というのも、デクスターの方にも空間扉という魔法は有るには有るのだ。

 ただし、それは誰でもが使えるものでは無かった。


 「良いわ、付いて来て」


 扉へ入り、中の部屋の対面に有るもう一つの扉を抜けると、そこは大きなホテルのロビー…… いや、通常では考えられない程の広大な面積の、家庭のリビングルームだった。


 「ここは?」

 「うちのリビング。優輝、ロデム、こちらはアメリカの魔法使いのデクスターさん」

 「いらっしゃい、デススターさん、神田優輝かんだゆうきです」

 『ロデムです』


 あきらが入室すると、リビングで寛いでいた優輝とロデムが立ち上がり、挨拶をした。


 「ここは本当に日本なの?」

 「拡張空間の内部なので、正確には日本とは言い切れないかも知れないわ」

 「本当の日本へ出てみます?」

 「え、ええ…… (出国とか入国の記録は、って、今更ね)」


 リビングの端に在る別の扉を出ると、そこはこじんまりとした極普通のダイニングキッチンに成っていた。ただし、テーブルや椅子、食器等はどれも世界的に有名な超高級ブランドの品ばかりだ。


 「あ、いけない! 私達土足だったわ」

 「アメリカから直接来たなら仕方無いよ。汚れていないから大丈夫。後で掃除しておくから」

 「うん、ごめんね、お願いするわ」


 あきらは慌てていたが、土の上は歩いていないし役員会議室やCEO執務室のフカフカ絨毯の上を歩いて来ているので、靴の裏は全く汚れてはいない。

 玄関から外へ出ると、そこは農家の庭の様だとデクスターは思った。

 そして、振り返るとその家のあまりの小ささに驚いてしまった。

 日本の家はウサギ小屋だとか聞いていたが、その家は日本の家屋の中でもとりわけ小さく見える。

 まだ隣に見える農家の日本風建物の方が数倍大きい。


 「うち、小さいでしょう? 驚きました?」


 デクスターが驚いた顔をしていると、優輝が彼女の考えている事を見透かした様に、にこにこしながらそう言った。

 この拡張空間の技術が有れば、家屋のサイズなど全く関係無いのだ。

 極端な事を言えば、拡張空間の扉を張り付けられる壁さえ在れば、家の形すらしていなくても構わない。

 これは都市部の住宅事情など一気に解決してしまう超技術だ。

 デクスターは、この技術だけは如何なる手段を持ってしても是非欲しいと思ったのだった。

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