第64話 インフィニティリアクター

 原子炉という物は核反応から直接に電力を取り出せるものではない為、出力は熱出力という言葉を使う。

 何故、“熱”出力なのかと言えば、原子炉は単に熱を発生させる装置でしかないからだ。

 その熱を使って水蒸気を作り、タービンを回してその力で発電機を回し、発電をしている。


 火力発電も同じ、石油や石炭を燃やした熱で水蒸気を作って発電機を回して発電をする。

 水力発電も水の力で、風力発電も風の力で、波力発電も波の力で発電機を回している。

 自転車のライトだってタイヤの回る力で発電機ダイナモを回しているし、自動車だってエンジンの力で発電機オルタネーターを回している。

 燃料電池や太陽光発電に限っては発電機は回していないが、それは例外。大規模な発電には向かないし、効率も発電機には劣る。

 いつか核融合反応炉が出来れば、磁気流体発電MHDというものが出来るのかもしれない。

 これは、プラズマ流から電磁誘導で電力を引き出す方法なのだが、プラズマの温度に耐えうる電極がまだまだ作れないので、もし核融合が実用化されたとしても当面はやはり反応熱で水蒸気を作りタービンを回して発電機を回す事に成るのだろう。

 現状、発電には発電機が最も効率が良いのだ。


 熱とは不可逆エネルギーだ。全ての機械的ロス、エネルギーロスは、最終的に“熱”と成って宇宙空間へ拡散して行き、回収不可能なエネルギーとして消えてしまう。

 これをエントロピー増大の法則と言う。熱エネルギーとは絶対に100%は回収する事は出来ないエネルギーなのだ。

 エネルギー変換効率40%とか言われる場合、残りの60%は熱として失われている。


 自動車のエンジンやジェットエンジン等は熱機関と言われるが、熱が動力として使われるのはほんの僅かで、大半は熱や光としてそのまま外部へ放出され、無駄に成っている。

 これはどんなに効率を上げる様に研究しようが、100%にする事は不可能なのだ。

 何故なら、エンジンが熱く成ったりジェットやロケットの噴射が高熱と光を発しているというのは、動力に変換されなかった分の熱エネルギーが外部に逃げている証なのだから。

 熱が100%他のエネルギーへ変換出来るなら、エンジンは熱くは成らないし、ロケットの噴射が輝いて見える事も無い。

 CPUは熱を発しないし、電球は熱く成らないし、ラジエーターを作っている会社は倒産する。


 エネルギーを他のエネルギーへ変換する際には必ず変換ロスが発生し、そのロスは熱となって必ず空間へ逃げる。これを熱損失と言う。

 これがもし100%変換出来てしまえば、永久機関が作れてしまう。

 それは熱力学第二法則で完全否定されている。


 話を原子炉に戻すと、原子炉の出力単位が熱出力330MWと表記のある場合、その熱を電力へと変換出来る効率は約33%程度なので、概ね発電能力は110MWという事だ。

 熱エネルギーの三分の二は電力へ変換出来ずに空間へ逃げている事に成る。


 この330MWという出力値は、平均的な原子力潜水艦の原子炉の出力がこの位なのだ。

 アメリカのオハイオ級原子力潜水艦に搭載されているS8G原子炉の熱出力は、220MWで原子炉区画のサイズは直径13m、全長17m、重量2,750tだそうだ。

 原潜では無く原子力空母の場合はもっと出力が大きく、例えばアメリカのミニッツ級原子力空母のA4W原子炉は、550MWの物が2基搭載されているそうだ。


 原子力潜水艦はその有り余る電力で海水から酸素を生成出来るので、艦内の食料と乗員の精神が持つ限りずっと海の底に潜っている事が出来る。

 現在研究中のレールガンだって電磁式カタパルトだって、原子力リアクターの生み出す膨大な電力ありきの兵装なのだ。

 日本でもレールガンは研究はされているが、船舶に搭載出来る原子力リアクターを持たない日本には、夢のまた夢の武器だ。

 昔、原子力船むつというのがあったけど、現在の日本には原子力船は存在しない。

 それがあきら永久電池エターナルバッテリーにより、日本の護衛艦にもレールガンを搭載出来る可能性が出て来た。


 「と、考えると、このサイズで電気出力100万kw(1000MW)というのはバケモノですね!」

 「原子炉に例えると熱出力3000MWに相当するのだからな。有り得ないんだよ、こんな機械…… いや、物体か」


 頬を紅潮させ、興奮した様子で熱く語る若い研究員の言葉に、老齢の研究員は諦めた様に言った。

 そう、あきらの説明によると、機械ですらない、質量さえあればそれがただのコンクリートの塊でも何でも構わないと言うのだ。

 ただ、質量のエネルギーを電流として、あきらが決めた経路へ流しているだけに過ぎないという。

 全く理解出来ない、理解しようと試みるだけ無駄な物体なのだ。

 老齢の研究員はこれを研究する意欲はもう無く、あるがままを受け入れようとしている様だった。


 核反応でも無い、化学反応でも無い、機械的に動いている訳でも無いその発電装置リアクターあきらはこう例えた。


 原子炉がウランやプルトニウムといった重い原子が分裂連鎖反応する際の反応熱で水を水蒸気に変え、その圧力を使って風車を回し、それを動力にして発電機の軸を回して電気を生み出すその工程を、『まるでピタゴラスイッチみたい』と称した。

 ひどく回りくどい手順を踏んで、向こう側にあるスイッチを入れている様だと。

 もう、アプローチの方法自体が違うのだと。

 あきらは、ただ目の前のドミノをチョンと押すその指で、ドミノは押さずに一番最後の所に有るスイッチを直接パチンと入れているだけなんだと言っている。


 彼女の言によれば、核反応自体がもう既に回りくどいらしい。

 質量は既にエネルギーなんだから、何も重い原子集めてゴチャゴチャやらなくても、こう、雨の日に床に落ちた水滴を傘の先でツーっと引っ張ってタイルの目地に流してやるみたいな感じでいけるよね、と。

 老研究員に取っては、もう何を言ってるのかすら意味不明だった。

 この女の子は一体何をのたまっていらっしゃるので御座いましょうか?と。


 「これはもう、科学でも何でも無い、オカルトだよオカルト。考えるだけ無駄だよ」

 「果たしてそうなんでしょうか? 現実に起こっている現象をオカルトの一言で片付けては科学の発展は有りません。研究すればこの動作原理はきっと究明されると信じています」


 老研究員はこれでもこの学会内では名の知れた権威者なのだが、若い研究員のその言葉を羨ましいと思った。

 これを研究するには自分はもう若くない。この研究に没頭するには自分の人生の時間はもうあまり残っていないのを感じている。

 それが羨ましくもあり、悔しくもあった。

 自分に彼程の若さが有れば、真っ先に飛び付いたのに。


 「これは君の研究課題だ。任せたよ」


 老研究員は若い研究員の肩をポンと叩き、今この時後進に道を譲る決心をした。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 後日あきらと防衛省、製造メーカーの三者協議により、名称を『無限電源装置インフィニティ・リアクター』へ変更

 予定価格、1000MWタイプ三百億円。

 メーカー取り分一億八千万円、あきらの取り分二百九十八億二千万円。

 ただし、製造及び販売のライセンスはメーカーに帰属。メーカーによる複製または自主開発が可能に成った場合でもあきらはパテント料は請求しないという覚書を交わした。

 寧ろ、積極的に研究開発して下さいとお願いした。


 「もっと高出力の物も作れますよ?」

 「あ、このままでもオーバースペックなので大丈夫です」

 「あ、そうですか……」


 ケチケチするつもりは無いので、もっと出力の大きい物を作ろうと提案したのだが、あのサイズであれ以上の電力が出ると怖いというので丁重に断られてしまった。

 超でかい物が一基有るよりも、必要ならあのサイズを複数用意した方が運用が楽なのだそうだ。


 あきらはあんな物で三百臆円近くも貰ってしまって良いのかという思いは有るのだが、国からすれば原子炉一基が三百億で手に入ると思えば爆安だという思いと、下手に金額をケチって他国へ行かれでもしたら事だというので、国内に留まり尚且つ外国へは許可無く流出させないという条件を付けた上でのこの価格と成っている。


 「ただ、これ直流DCなので送電するのには向かないのよね」


 艦船や潜水艦用途でなら直流DCは寧ろメリットは大きい。

 原潜が通常潜水艦よりも音が五月蠅いと言われる理由は、発電用の蒸気タービンの発生させる音やタービンの回転をスクリューに伝える為のギヤの駆動音が大きく、これを消すのが難しい為なのだが、もう一つ理由が有る。それは、高圧交流電流は導線の中を通る際に導線を振動させて音を発生してしまうのだ。

 変電所やトランスが微かにブーンという音を発しているのを聞いた事が有る人も居るだろうか、あの音だ。

 静穏処理を施せばある程度は消す事は出来るのだが、電流の流れた導線が振動する事で出るのは音だけでは無く、電磁波も出てしまうのが問題なのだ。

 直流DCだとこの問題は比較的少なくて済むという所が静粛性を求められる潜水艦には打って付けだった。


 しかし、発電所として町へ送電しようと思った時には、直流DC電流は逆にデメリットに成る。

 電線の電気抵抗は電流の大きさによって発生してしまうからなのだ。

 電気抵抗でせき止められた電流は、熱と成って外部へ逃げてしまいそれが送電ロスとなってしまう。


 交流AC電流のメリットは、電圧と電流の値を自在にコントロール出来るという点に有る。

 電力量は、中学の理科で習った通り、『電流(A)×電圧(V)=電力(W)』という公式で表される。

 電流と電圧の積であるため、100Wの電力は“1A×100V”でも、100A×1Vでも一緒なのだ。

 極端に言えば、0.0001A×1,000,000Vだって構わない。

 電流の値が凄く小さけれは、導体中の電気抵抗は物凄く小さく出来るし、電圧の値が凄く大きければ遠く迄運ぶことが出来る。交流ACはこの変換が簡単なのだ。


 だから、発電所で発電される電圧は最初は50万V、町中で見かける様な送電線には6万6千V、住宅街にある電線に流れる電圧は6千600V、最終的に電柱上のトランスで200Vや100Vへ電圧を落として各家庭へと送られる組みに成っている。これは、交流ACならでは可能な事だ。

 直流DC電流ではこの変換が難しい為、送電には向かないのだ。


 「あ、高電圧用のDC-ACインバーターを作りますので大丈夫です」

 「あ、そうですか……」


 得意げに言って恥をかいた。専門家に対して釈迦に説法でした。

 メーカーの技師さんが事も無げに言うのであきらは拍子抜けした。

 まあ、その位はやってのけそうな気はしてた。

 なんでも聞くところによると、高圧直流送電とかいう方法があるのだそうだ。

 そして、交流と同様に自在に電圧を変えたり適宜交流に変換したりが安価で簡単に出来るのならば、長距離送電の場合高圧直流送電方式の方が20倍も送電効率が良いのだとか。

 日本の技術力を舐めてた訳じゃ無いけど、ちょっと大金せしめて天狗になってましたとあきらは反省した。

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