第108話 ハネムーンベイビー

 「本当にここで間違い無いのよね?」

 「うん、その筈なんだけど、どこにも“神田家久堂家結婚式会場”みたいな看板が無いんだよな……」


 二人はホテルの入り口でおろおろうろうろしていると、ドアマンが『神田様、久堂様、お待ちしておりました』と中へ案内してくれた。

 中へ入るとすぐに待ち構えていた、支配人直々に挨拶され、あきらは複数人の女性スタッフに何処かへ連れて行かれてしまった。


 「優輝、じゃあまた後で」

 「ああ、後でな」


 女性は色々と準備に時間が掛かるのだろう。

 優輝もロビーでコーヒーを出されて寛いていたら、遅れて控室へ案内されて白い燕尾服に着替えさせられてしまった。

 衣装合わせなんて全くしていなかったのに、完璧にサイズは合っていた。


 そして、操り人形の様に言われるが儘に何処かのドアの前に立たされると、その隣に綺麗に髪を結い上げ、綺麗なドレスを身に纏ったあきらがスッと並んで立った。


 「綺麗だ」

 「あなたも、凛々しいわよ」


 お互いに何が起こっているのか分からないという風に顔を見合わせているが、結構このジェットコースターの様な状況を楽しんでいたりする。

 係りの者が合図すると、正面のドアがパッと開き、眩しいスポットライトが一斉にこちらを照らす。

 拍手喝采の中、目が眩んで何も見えないまま、係りの者に案内される通りに赤絨毯の上をゆっくりと歩かされ、正面に設置された一段高い段の上の椅子へ座らされてしまった。

 スポットライトはずっと二人を追う様に顔を照らして来るので、二人からは会場は真っ暗に見えて誰が何処に居るのか全然分からない。

 二人とも頭の中は真っ白で、ただ言われるが儘に席に着き、司会が何かを言うと誰かが何かを喋り、誰だか分らない人が挨拶に来る度に張り付いた笑顔を見せるだけの作業に徹していた。


 その時、途中で会場がざわつき、一瞬内閣総理大臣とか聞こえた様な気がしたが、ライトが眩しくて何も見えない。

 最後の方では、何か陛下とか何とか聞こえた様な気もするのだが、自分の耳を信じるのを止めていたのでどうにか平常心を保って居られた。

 その後、ケーキ入刀した様な気もするし、顔面蒼白で蝋人形の様に微動だにしない両親に花束贈呈もした様な気もするけど、よく覚えていない。

 ただ、会場の人数が多いなー、こんなに沢山の列席者を招待したら、一体いくら掛かっているのかなと他人事の様に考えている内に、いつの間にか式は終了し、いつの間にか着替えも終わり、いつの間に乗ったのかリムジンに乗せられていて、空港へ連れて行かれ、いつの間にか飛行機のファーストクラスに乗せられ、到着した先のホテルの最上階に在るスイートルームへ泊っていた。


 「途中からちょっと記憶が曖昧なんだけど……」

 「私も……」


 優輝もあきらもベランダに出て外の景色を眺めていた。


 「で? ここどこ?」

 「さあ?」


 スマホの地図アプリを起動してみると、そこはスイスのジュネーブだった。


 「うーん、ここってまさかあそこか? 世界一の超高級ホテルとか言われている」

 「プレジデントウィルソン? まさかあ?」


 あきらも笑顔だが冷や汗をだらだら流している。

 二人は室内を探検し始めた。

 いつもの癖で盗聴器やカメラも探してみたのだが、流石にそれは仕掛けられていない様だ。

 世界の大富豪や重鎮も利用するのに、そんな物が仕掛けられていては信用に関わるだろう。


 「寝室が12もある」

 「どうやらペントハウスに成っているみたいだな。間違い無いな」

 「一泊8万ドルだって! 私達の砂金拾いの時給とほぼ同じね」

 「そのお金は何処から出ているんだ? 税金だったら一言モノ申したい」


 ロイヤルペントハウススイート、広さは1680平方メートル。

 約520坪だ、日本の平均的な家屋が幾つ入ってしまうのだろう?

 世界一広く、世界一高い、世界の富豪やアラブの王侯貴族なんかが利用する超高級スイートルームなのだ。


 「ここって、宿泊上限人数6人らしいよ」

 「ベッドルーム12もあるのに!? 何それ意味分かんない!」

 「よし! 全部使うか!」

 「えー…… いいけど……」


 二人は見つめ合い、抱き合った。


 「あ!」

 「え、何?」

 「ロデムを呼ぼう」

 「ふえ?」


 優輝はスマホに呼び掛けてロデムを呼び出した。


 「ヘイ、ロデム」

 『ご用件は何でしょう?』

 「俺達が今居る所に来れる?」

 『お安い御用です』


 空間が揺らめき、目の前にロデムが出現した。


 「もう何でもアリね、あなた」

 『ちょっと待って、一つ処理しちゃうからね』


 ロデムは窓ガラスに手を当て、そしてこちらを振り向いた。


 『終わったよ』

 「何をしたの?」

 『盗聴されていたんだ。遠くに見える、あの建物から』

 「盗聴器は無かったわ」

 「聞いた事ある! 確かレーザーを窓ガラスに当てて、その振動を読み取るとかいうやつ」

 『それ。今やられてたよ』

 「今後はそういうのにも気を付けなければならないのかー…… うんざりするわね」

 「本当だね」


 障害は全て排除したので一番手前に在る寝室へ移動した。

 二人は衣服を全て脱ぎ捨て、優輝はあきらを抱き寄せた。


 「さあ、つくろう」

 「え? 何を?」

 「ハネムーンベイビー」

 「え、ええ、でもロデムが……」

 「その為に呼んだんだよ」

 『その為に呼ばれたよ』

 「あ、そそそうね」

 「さあ、孕ませるぞー!」

 「ちょっと、言い方! きゃぁっ!」


 ロデムは液体状の身体に変わり、二人の身体を薄く覆う様に包み込んだ。


 「あの時とは違う感じ?」

 『うん、あの時はボクも初めてだったからね。色々やり方を模索してみているよ』


 優輝はあきらを抱いたまま、ベッドへ倒れ込んだ。

 ロデムなりに三人同時に気持ち良く成れる方法を考えていたのだろう。

 三人は、今までとは違う一体感と快感得て、薄膜の様に二人の身体を覆ったロデムは優輝の精子を受け取り、同時にあきらの卵子も受け取り、あの時のユウキの時と同じ様に三人の遺伝子が合体した受精卵を子宮に着床させた。


 「はぁ、はぁ…… あの時、ユウキはこんな凄い体験をしていたの?」

 「ヤバいだろ?」

 「ヤバい…… 意識が飛びそう」

 「でも、気絶しなかったね。俺はしたのに」

 「そ、そうね」

 「じゃあ、もう一回出来るね。寝室を替えて、GO!!」

 「ちょっと、待って! きゃぁぁっ!」


 第2ラウンド開始。

 しかし、子宮内には既に着床済みなので、今度は排卵促進措置はしない。

 ロデムは二人の全身の触覚を操作し、快感を与える事だけに専念している。


 「ああああぁぁぁあぁぁ!!」

 「でも、まだ失神しないね。何か悔しいな。じゃあ、また部屋を替えてもう一回戦」

 「やああぁ…… しぬ、しんじゃう!」


 第三ラウンド目にして、とうとうあきらは失神してしまった。


 「『いえーい!』」


 優輝とロデムはハイタッチした。

 優輝もロデムもあきらの敏感なポイントを探り当てた様で、満足げだった。


 「これ、本当に失神しているだけだよね?」

 『大丈夫、ちゃんと呼吸しているし、バイタルサインも正常値だよ』


 横で気を失っているあきらを見て、ちょっと心配に成ったが、ロデムの診断で問題無いと知り、安心した。

 そして、寝ているあきらの髪を優しく撫で、ブランケットを掛けて、暫く様子を見ていたが、穏やかな寝息と満足そうな寝顔を見ている内に自分も眠くなってしまい、大きな欠伸をして彼女の横へ横に成ると、そのまま眠りに落ちてしまった。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 翌朝、優輝が目を覚ますと寝室内には二人の姿は無かった。

 急いでバスルームでシャワーを浴び、服を着てリビングへ行って見ると、丁度ルームサービスが朝食を届けてくれた所だった。


 「あら優輝、遅よう!」


 優輝がやっと起きて来たのを見たあきらが元気に声を掛けて来た。

 消耗した様な様子など一切無く、本当に元気そうだ。寧ろ血色が良く成って顔もツヤツヤしている。


 「元気そうだね」

 「あら、向こうの世界へ帰ったら覚えてなさいよ」


 優輝はあきらのお腹の辺りを集中して見てみると、確かに命の光が灯っているのが見える。

 三者交配では妊娠確率100%なのだ。これは凄い事だと思った。


 二人はその後、スパやらジムやらプールやら豪華な食事やらを楽しみ、ゆっくり観光や買い物も楽しみ、一週間の滞在を満喫して帰国した。

 あれよあれよという間に新婚旅行も終わり、何だか全部が仕組まれている様な気もしなくもないけど、二人は楽しかったので良しとする事にした。


 「でもさあ、ロデム」

 『なあに、優輝?』

 「バリアの問題点がもう一つ明らかになったね」

 「ええ、それは私も気が付いたわ」


 それはつまり、悪意を感じさせない、こちらが不愉快に思わない拉致には反応しないという事だ。

 最も、あそこの場面でバリアが発動してしまったら大惨事に成ってしまっていたのは間違いないのだろうけれど。

 こちらが嫌だと思わなければ、拉致が成功してしまうという事だ。


 『うん、でもそれは自由意志の範囲だから防ぎ様が無いよ』

 「確かにそれまで防ぐとなると、人格すら制限してしまう事に成るわね……」

 「でも、騙されたり催眠術やマインドコントロールに掛かってしまった場合、簡単に拉致られてしまうかも知れない」

 『うーん…… これに関しては有効な方法が今は思い付かないので、もうちょっと考えさせて』

 「今後の課題ね」


 今回の様な拉致の場合、身体の拘束が有る訳では無いのだから、帰ろうと思えば何時でも帰る事は出来た訳だ。

 その拉致が自分達に取って都合の悪い物だったか否かは、その場その瞬間では分からないという場面は本当に多い。

 例えば、騙される若しくはマインドコントロールで自分では素晴らしいと思い込み、危険なカルト団体に入信してしまった、という様な場合だ。

 そして洗脳が解けたのは数年後だった、または最後まで解けなかったと成ると、攻撃の瞬間には何を基準に防御したら良いのか分からなくなる。

 これを完璧に防ぐ事は本当に難しいかも知れない。

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