第69話 ノグリ

 「うーん、森の中に棲んで居る魔女かい? 聞いた事が無いねぇ」


 そんなに有名な訳でも無いのかな? とユウキは思った。


 「西に行く道なら、川沿いを北に行ってみな。橋が架かっているから」

 「そうですか、行ってみます」

 「橋を渡った先にも小さな集落があるがね、ガラの悪い連中の溜まり場だから気を付けて行きなよ」

 「分かりました」


 お礼を言ってそちらへ向かおうとしたら、忠告を受けた。


 「ここ以上にガラが悪いのか。ヒャッハーがいっぱい居るのかな?」

 「マッドマックスの世界か」

 「でもさ、貧しさと治安の悪さっていうのは割と比例関係にあると思うよ」

 「正確に言うと貧富の格差、かな。全体が貧しいと昔の日本みたいに他者から奪う事無く助け合いの精神が育まれたりしない? 富める者と貧しい者が近くに居ると争いが起こる」

 「それは、そうなのかな。そうなのかもね」


 ユウキとアキラはお金持ちに成りたいという願望は有る。だけど、それをひけらかして生活するのは駄目だと思った。

 格差は妬みを生み、犯罪を誘発するからだ。それは自分の身を守る為でもあり、犯罪を犯してしまった人をも不幸にする。


 そんな事を考えながら歩いていると、前方に屋台を担いだ獣人が歩いているのが見えた。

 屋台を担ぐというのはどういう事だと思われるかも知れないが、両端に屋台の付いた天秤棒を担いだ販売形態だ。

 江戸時代の『棒手振蕎麦』とか『夜鷹蕎麦』というのを画像検索してみればどういう物か分かると思う。

 かなりの重量の構造物に水や食器や食材も一緒に担いで売り歩く事を考えると、車輪の付いた屋台を引いた方が余程合理的だと思うのだが、何故か担ぐ形に成っているのだ。

 まあ、考えられる理由としては、サイズが小さいので夜間は家の中へ入れて盗難を防げるとか、売り場面積が小さいので道の片隅で商売していてもあまり邪魔に成らないだろうとかが考えられる。


 屋台に追い付いて担いでいる獣人を見ると、また狸の獣人だった。


 「この世界って狸の獣人しか居ないのかな?」

 「こら、ユウキ! 失礼よ!」

 「あ!? 何だおめーら!」


 バッチリ聞こえてしまった。獣人は概して耳が良いのだ。

 「客じゃねーなら向こうへ行け! シッシッ」


 空いている方の手でゴミでも払う様にシッシッってやられた。かなり失礼な態度だ。


 「何だよもう」

 「何屋なの?」

 「見りゃ分かるだろう。クレープ屋だ!」

 「えー……」


 クレープと言ってもユウキ達が知っているクリームやフルーツを挟んだ物では無くて、薄く焼いた生地に調理した肉と野菜と穀物なんかを乗せてクルクル巻いた物だ。どちらかというとタコスとかブリトーっぽい。

 ロデムの翻訳でクレープと言っていたが、まあ、ブリトーです。


 「おめーら金持ってそうだな、まあ食ってけや。お代は後だ」


 そう言うと、こちらの注文も聞かずに丸い生地を火で軽く炙り、具を乗せて器用にクルクルと巻いて二人に手渡した。


 「どうだ? うめーだろ!」

 「うん、美味しいよ」

 「美味いな」


 そのセリフを聞くと、男はニヤリと笑い、手を差し出した。


 「よし! じゃあ一人小銀貨一枚でいいぜ!」


 ユウキはちょっと高いなとは思ったが、そんなもんかと思い財布を取り出そうとしたが、アキラが待ったを掛けた。


 「待ちなさい。小銀貨って、これ一個で1,900円相当でしょ。高過ぎない?」

 「え? そうか? 銀座とかで食事すると余裕でそれ以上するから、異国じゃそんなもんかなと思ったんだけど」


 ユウキは銀座であきらが超高級フルーツを躊躇無く注文してたのに細かいなと思った。


 「この国の庶民が銀貨でこれを食べているとは思えないわ」


 言われてみればその通りだ。この国の実情で屋台の値段としてはおかしい。

 明らかに金を持ってそうな旅行客を狙ったボッタクリ価格なのだ。要するに足元を見られている。


 「ゴチャゴチャうるせーな! とっとと持ってるもん出しゃーいいんだよ!」

 「こんな所でトラブル起こしててもしょうがないから、払って先急ごうよ」

 「うー! 納得いかない!」


 ユウキは割と事なかれ主義な所がある。今のユウキ達に取ってこんな痛くも痒くも無い金額でトラブルを起こす位なら、さっさと払ってしまって面倒事は回避した方が賢明だと考えるのだ。

 しかし、アキラは違った。如何に自分達が金銭的に余裕があろうと、出すべきじゃない金は断固出したくないという考えだ。

 ユウキがアキラに会計を任せているのも、アキラのそういうきちっとした所を見込んでの事なのだ。


 「ユウキがそう言うなら引っ込むけど、何かイライラするな」

 「まあまあ、でもビベランに聞かせたら客商売舐めてんじゃねーよって叱られそうだよね」


 アキラはユウキの言う事ももっともだと思い、渋々ながら従う事にした。

 男に小銀貨二枚を渡しその場を立ち去ろうとしたら、後ろから震え声で呼び止められた。


 「い、今、ビベランとか聞こえたんだが……」


 男の顔は既に血の気が引いて真っ青だ。


 「そうだよ。そこの商会のメンバーに加えて貰ったんだ」

 「ちょ、ちょっと待ってくれ、ちょっとこちらへ来て下さい」


 男はすぐ側の路地へ入ると人目が無い事を確認し、いきなり土下座をした。

 こっちの世界にも土下座ってあるんだなとユウキは思った。

 そして、今受け取った小銀貨二枚をススッと二人の方へ差し出す。


 「はあ?」

 「ど、どうか! ビベ姉のお知り合いだとはつゆ知らず! ご無礼をしましたぁー!」

 「やっぱり、イスカ国のお婆さんのお子さん?」

 「は、はい! 俺、いや、私はビベ姉の弟で、八番目のノグリと言います。どうかこの事はビベ姉にはご内密に!」

 「え、あの商会って、そんな恐怖統治なの?」

 「いえ、そういう訳では無いんですが、母さんと特にビベ姉はおっかなくて。俺、不義理をして家出しちまってるから」


 聞くと、子供の頃悪戯っ子で、よく怒られては庭の木に三日三晩縄でぐるぐる巻きにされて吊るされたりしていたそうだ。

 特にビベランは姉弟という事もあって全く手加減をしてこないのでいつも生傷が絶えず、すっかりノグリの精神にトラウマとして刻み込まれているらしい。


 一家が逃亡生活の途中にこの国へ寄った時、逃亡生活に我慢し切れなくなったノグリは家族と大喧嘩をしてこの国に居残ってしまったそうなのだ。

 実は逃げ出したのも半分位ビベランのせいというのもあったみたいだ。


 ノグリはその話をしながらちょっと涙目になっていた。

 かなりガタイが良いのに、そんな大の男を泣かすビベランってどんだけなんだろう?


 そんなこんなでこんな路地裏で地面に座り込んで涙目の大男と立ち話も何なので、ノグリの家へお邪魔する事にした。

 彼の後に付いて行くと、何だか見覚えの有る家へ着いた。


 「おーい、帰ったぞー」

 「おやあんた、もう帰って来たのかい? しっかり稼いでおいでよ。ウチには小さな子が二人も居るんだからね!」

 「いや、お客なんだ」

 「客ー?」


 訝しそうな目でノグリの後ろに居る二人を見た。


 「あらあんた達、戻って来たのかい?」

 「いやー、俺達もノグリの家がここだとは知らなかったのでビックリしてます」


 家の中へ入って話を聞くと、ノグリはもう十年近く親兄弟とは会っていないのだそうだ。

 その十年間の間にこの国で結婚し、子供も二人授かっているのだという。

 親に孫の顔さえ見せられていないので、敷居はどんどん高く成る一方なのだとか。


 「商会長のお婆さん…… 名前何だっけ、そう言えば聞くの忘れてたな」

 「母さんの名前はミバルと言います」

 「そうなんだ、俺達そのミバルさんとビベランのとこに商品を卸す旅商人をしている関係で、あそこの商会のメンバーに入れて貰ったんだ」

 「母さん達、商会なんて作ってるのか?」

 「そんな事も知らなかったのか。イスカ国とアサ国でかなり大きな商会みたいだよ。ビベランはアサ国で貴族相手の大きなレストランを経営している」

 「そんな事に成ってたのか。それに引き換え俺は……」


 他の家族が他所の国で成功を収めているのに比べ、逃亡生活に嫌気が差して家族と反発し、拗ねてこの国で燻ぶっている自分が惨めに成ってしまった様だ。


 「家族に会いたい?」

 「あたりめーだ。でも、今のこんな姿を母さん達に見せられやしねえや」

 「でも家族だろう? 会ってみれば十年分のわだかまりなんて、消えるんじゃないのか?」

 「わからねぇ、怖いんだよ。でも、会いてーなぁ。嫁や子供も見せてやりてぇ」


 「じゃあ、会おうか」


 アキラとユウキは顔を見合わせて頷いた。


 「いきなり会いに行くってのもなぁ。そうだ、言伝ことづてを頼めるか?」

 「それでも良いけどさ、いきなり会っちゃうってのも良いかもよ? 何だかんだ言っても家族なんだから」

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