第68話 貧しい国

 あきらの居場所をGPSで調べ、優輝はすぐそこへ駆け付けた。

 彼女は直ぐに見付ける事が出来た。見晴らしの良い橋の中程で欄干にもたれかかっていたからだ。

 優輝が走って来るのを見付けるとあきらは彼に向って手を振り、欄干の下の川面あたりを指差した。

 優輝がその場所を見ると、なんと川の水の上を何人かの人が行ったり来たりしているのが見える。

 実際には水面を歩いているというよりも水の上数十センチ程上を一方から来る人と反対側から来る人がすれ違う様に歩いている。

 そこに一本道が在るのか、それともこちらの橋よりも低い位置に簡単な橋でも掛かっているのかも知れない。


 「よし! 向こうへ飛び移ろう!」

 「えっ!? 着衣で川に落ちたら結構危ないわよ? 優輝は泳げるの?」

 「泳げない。でも、この橋の欄干の外にゲートを開いて飛び込めば、自動的に向こうの橋の上に落下出来ると思う」


 そう言いながら橋の欄干を乗り越える優輝を見て、あきらは悲鳴を上げた。


 「ちょっと、嘘でしょー!?」


 優輝はそんな声も気に掛けず、ヘッドホンを装着してスマホの再生ボタンを押した。

 あきらには見えないが、優輝の目の前にゲートが開いたと言う。

 優輝が今にも飛び降りそうなので、一人で行かせて成るものかとあきらも欄干を乗り越え、優輝に抱き着く。

 通行人が、すわ飛び降り自殺か心中しんじゅうかと、大声を上げながら走り寄って来る。


 「急いで、しっかり掴まって! せーの!」

 「う、うん、キャー!!」


 走って来た男が自殺を思いとどまらせようと服を掴もうとしたのだが、その手をすり抜け二人は川面へダイブした。

 直後、二人の姿は消え失せ、ドスンと砂地の地面へ落下した。

 下が砂地だったので、運良く怪我は無かったが尻が痛い。

 通行人は何処からともなく現れた二人を見て驚いていた。


 「ま、まあ、結果オーライ」

 「何が結果オーライよ! 下手したら死んでたのよ!?」


 アキラにめっちゃ怒られた。

 それでもユウキを信じて一緒に飛び込んでくれたアキラにユウキは惚れ直した。

 ユウキ達の落下した部分は、河川敷から河原へ降りる唯一の通路の脇だった様だ。

 道理で人が行ったり来たりしていた筈だ。その理由は、川へ行って水を汲んで戻っていたのだ。


 「橋、では無かったね。砂地の河原だ。川はもうちょっと向こうを流れてる」

 「地面の位置や高さは同じ筈なんだけどな。変だな」


 どうやら川の周囲では頻繁に地形が変化するので、必ずしもその法則は当て嵌まらないのかもしれない。

 荒川はその字の如く、荒ぶる川という意味で、現在の日本においては治水工事や護岸工事のお陰で川の水の流量はコントロールされ、流路は殆ど変化しない。

 しかし、そんな人間の手が加わる以前では、かなりの頻度で氾濫し、川の形を変えて来た。

 熊谷市街地の方に元荒川という川が流れているが、大昔ではこちらが荒川の本流だったそうだ。

 ちなみに、春日部駅の近くを古利根川という川が流れているが、そちらは昔の利根川である。


 荒川は川幅が日本最大だそうだが、実際にその幅全部に水が流れている訳では無く、上流から流れて来た砂や小石の堆積した洲とか河原といった河川敷がかなりの部分を占めている。

 増水時にこそ河川敷にまで一杯に冠水する事はあるが、普段はその中を蛇行する様に細く流れているだけだ。


 今でこそ護岸工事で堤防が築かれ、それより外へ水が出る事は殆ど無いが、古代の関東平野では荒川や利根川と言った大きな河川やその支流が縦横無尽に暴れ回っていたと推測される。

 何故なら、関東平野はその殆ど全部が河川により運ばれて来た土砂による堆積平野であり、過去にそこを川が流れていたからこその平野なのだから。


 その様な暴れ川を江戸時代の日本人は制御し、堤防を築き、その内側へ封じる事に成功した。

 人為的に流路を固定された日本の河川と、そうは成っていない異世界の河川では、やはり位置はずれてしまうのだろう。


 ユウキ達が見たイスカ国やアサ国の町の家は、皆一階部分が石積みや煉瓦積みで作られていて、母屋はその上に乗っている構造をしていた。

 それは、氾濫する川の水から財産を守る為の構造だったのだ。

 人は、水無しには生きて行けないが故に川の近くへ集落を作るのだが、その川は度々氾濫して人の命を奪う。

 恵みと暴力の両面を持った河川と上手に付き合う為の、この地に棲む人々の知恵なのだろう。



 水を汲んで帰る女の人に、ユウ国まで連れて行ってくれないかとお願いした所、手を差し出された。

 チップをくれという事だろうか、銅貨を一枚渡すとそれをひったくる様に奪い、手にした水桶を二人に差し出し、持てと言う。

 女は、嬉しそうに銅貨を眺めると服の裾で磨いてそれをポケットに仕舞い、付いて来いと手招きした。

 桶は一つ10Lは入りそうな大きさなのだが、女はそれを二つ、軽々と持ち運んでいた。

 ユウキもアキラも特に貧弱な体格という訳では無いのだが、10kgもの荷物を持って長時間歩く事等全くしたことの無い現代っ子である。500mも歩いた所でへばって座り込んでしまった。


 「何だい何だい、これしきの仕事でへたばるなんてだらしない」


 そう言うと女はアキラとユウキの持っていた桶をヒョイヒョイと持ち上げ、スタスタと歩いて行く。

 特にマッチョだという訳でも無いし、体格が大きいという訳でも無いのに力持ちだ。きっと筋肉の質が違うのかもしれない。


 女の後ろに付いて行くと、とある一軒家へ入って行った。

 ご多分に漏れず、この国の家も他の国と同様の構造をしている。水害を想定した作りなのだ。

 家の入り口で女は手招きし、二人に中に入れと合図したのでユウキとアキラはお宅にお邪魔する事にした。

 家の中に入ると、小さな子供が二人居た。


 「おかあちゃん、お帰り!」

 「お客さん?」

 「お行儀よくしとくんだよ」

 「「はぁい!」」


 子供は何処も皆元気だ。


 「あんたらさぁ、馬鹿なのかい? 町の場所なんて、水汲んで帰る奴の後を勝手に付いて来れば良いだけなのにさ」


 確かにそうだ。金払って荷物持ち迄させられて馬鹿みたいだ。


 「それにさ、見ず知らずの人間の家にホイホイ入って来たりして不用心過ぎるよ。あんたら何処の生まれだい? 随分と身綺麗な恰好をしているが」

 「俺達は南の方の森の中出身なんだ」

 「森の中? 何処の国にも属して無いのかい? だったらこの国は止めときな。見ての通り国中全部がスラムみたいなもんだから」


 女は欠けた器で二人に水を出してくれた。


 「毒なんて入っちゃいないよ。茶なんて高級な物も無いんでね」


 二人が水に手を着けないのを見て、女はそう言った。


 「でもこれ、さっきの川の水でしょう?」

 「嫌なら飲まなくていいよ! ちゃんと砂や墨で漉して綺麗にしてるんだ。ここの住民は皆あの川の水を飲んでいるんだよ!」

 「御免なさい。馬鹿にしてる訳じゃ無くて、僕達旅人は外国の生水を飲むと腹を壊すから気を付けろと言われているんです」

 「そうかい! 何だい旅人ってのは軟弱なんだね! いいよもう、人がせっかく……」

 「あ、それじゃお詫びのしるしにと言っちゃなんだけど」


 アキラは、ポケットからのど飴を三つ出すと、子供と母親に一個ずつ渡した。

 研究者のあきらは頭を使うので、頭の回転を良くする為にいつも糖分を持ち歩いているのだ。

 脳はブドウ糖がエネルギー源だからね。


 「何だいこりゃ?」

 「おかあちゃん、美味しいよー」

 「甘ーい!」

 「あっ! こらっ! 何でも直ぐに口に入れるんじゃないって言ったろ!」

 (おいおい、自分は俺達に生水飲ませようとしてたろ)


 アキラはそう思ったけど、言わなかった。


 「お母様もどうぞ、毒なんて入っちゃいませんので」


 同じ事を言い返されて、ちょっと膨れっ面をしてみせたが、のど飴を口に入れた途端表情が変わった。


 「ああ、甘い物なんて何年ぶりだろう……」


 とろける様な顔をしている。


 「気に入ったのならもうちょ……」


 袋を取り出した途端、ひったくられた。

 まだあげるとも何とも言って無いのに。

 それを台所から持って来たすりこぎか麺棒みたいな棒で袋の上からガンガン叩いて粉にしている。


 「あああ、何してるんですか!」

 「あんな大きな玉じゃ直ぐに無く成っちまうだろ。こうして粉にして少しずつこの子達にあげるんだよ。長持ちするだろ?」


 想像以上にこの国は貧しい様だ。

 国毎の富み具合の格差が物凄い。

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