第287話 謎の少女

 「お、おまえは…… 何故ハバキリがここにおる!?」

 「アキラパパをいじめるな!」


 永遠とわがそう叫ぶと、アメノハバキリが輝き、シェスティンを覆う直径10m程の輝く球体が出現した。これは、石上神宮いそのかみじんぐうで見た、全周360度の全天飽和攻撃よりも更に密度の濃い物で、エネルギー球が隙間も無くびっしりと密集している為に、まるで光輝く一枚の壁の様に見えているのだ。

 そして、その壁が縮小して行く。一つ一つのエネルギー球が、タイムラグも無く中心の一点に向かって一斉に着弾しようとしているのだ。

 何者も逃れる事の出来ない攻撃が開始された。何故ならば、避ける事の出来る隙間は一切無いのだから。


 「ふん、こんな攻撃なぞ……」


 シェスティンは高を括っていた。どうせ上の次元へ行けば穴だらけなんだろうと。三次元上では隙間の全く無い球体だろうと、四次元のもう一つの軸方向から見ればパックリと穴が開いているに違いないと。

 だが、一つ上の次元に行っても穴は無かった。更にもう一つ上の次元へ行っても穴どころか隙間さえ無い。第六次元第七次元とシェスティンの能力で行く事の出来る限界まで行ったが穴は全く無かった。完全に第七次元まで閉鎖されている。

 その頃には既にシェスティンには余裕は無くなっていた。自身の持てる能力をすべて使い、防御魔法を展開するしかないと考えた。


 「多重絶対障壁、100,000層!」


 なんとか自分の体を覆うサイズのバリアを張る事が出来た。もう少し決断が遅ければ絶対障壁バリアを張る空間を確保出来ずに間に合わなかっただろう。

 バリアの最外層に着弾したエネルギー球は、バリア層のエネルギー吸収キャパシティーを越え、1層2層と、ガリガリと破壊音を響かせながら突入してくる。

 10層20層…… バリアは全く用をなさない

 100層200層…… エネルギー弾は全く衰える気配を見せない

 1,000層2,000層…… 止まる気配が見えない

 10,000層20,000層…… ここで全層を突破してしまうのかと思われたが、最後の数十層というところでエネルギー弾は急激に光を失い速度を落とし、ラスト2層を残してエネルギーを使い果たしたのか全て消えてしまった。

 エネルギー光弾が全て消え、ヒビだらけの1層が割れ落ち、残った1層の絶対障壁を解除して、額に脂汗を滲ませたシェスティンが、疲労困憊と言った状態でそこに立っていた。


 「正直驚いたよ。まさかハバキリに攻撃されるとはね……」

 「アキラパパをイジメるならもう一度喰らわせるぞ!」


 トワはアメノハバキリをブンブンを振り回しながらシェスティンを威嚇している。アメノハバキリの剣は、輝きを明滅させている。

 シェスティンは、懐に手を入れると何かを掴み出した。それは何かの金属片の様に見える。なんとそれは、折れた剣の切っ先だった。

 アメノハバキリは、ヤマタノオロチを退治した際に、オロチの体内にあったアメノムラクモの剣に当たり、切っ先が欠けたと伝承にある。その神話が事実なのかどうかは定かでは無いのだが、実際トワが手に持っているアメノハバキリの剣は、先端が折れた様に平らになっているのだ。その折れた切っ先をシェスティンが持っていたのだ。


 「ハバキリよ! 私の元へ戻れ!」


 シェスティンはそれを前へ掲げて呼んだ。

 すると、その切っ先からアメノハバキリへと幾筋ものエネルギーラインが結ばれ、やがてそれが1本に纏まり、アメノハバキリの剣は自らの意思を無くした様にトワの手を離れ、シェスティンの方向へ飛んで行ってしまった。そして折れた切っ先とパズルのピースが合わさる様に破断面が合わさり、合体してしまった。未だ刃の小さな欠損はあるが、アメノハバキリの剣は本来の姿を取り戻したのだ。


 「おおよしよし、やっと私の元へ帰って来たね。この日をどんなに待ち焦がれた事か」


 剣を奪われたトワは、泣き出してしまった。知識や思考速度が人間を超越していても、感情は未だ0歳児なのだ。肉の体を持つが故に、未熟な発達の脳が情動をコントロールしきれていない状態なのだ。胎児の頃は大人顔負けの言葉を喋っていたのだが、今は感情と精神の乖離が最も大きいデリケートな時期なのだろう。


 「待て! 子供達を巻き込むな!」


 アキラは泣きじゃくるトワの元へ駆け寄り、抱き上げた。


 「さあて、どうしようかのう」


 シェスティンが不敵な笑みを浮かべる。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 「んー、困ったな。どうやって元の場所へ帰ろう?」


 虹色と黒のマーブル模様の世界の中で、宇宙遊泳の様にフワフワと漂いながら少し困ったなという風に考えているユウキが居た。

 外では大騒ぎをしているのだが、ユウキ自身は『ちょっと困ったな、まあ何とかなるだろう』位の呑気な感じで、さほど危機感は持っていない様子だった。


 「この虹色の霧みたいな物って、粒子の一粒一粒が恒星の光だったり? とすると、こっちの黒いのはダークマターとかいうやつ?」


 ユウキは何となく自分は宇宙空間に居るのだと思っている。そこからそういう考えを導き出したのだろう。その考えは半分程は当たっていた。実際は、粒子の一粒は恒星ではなく超銀河団だったわけなのだが。黒い部分がダークマターだと言うのは正解だった。

 粒子には集まって濃く見える部分と薄い部分とに分かれている。この粒子の一粒を顕微鏡の様な物で見る事が出来るのならば、それが銀河の集まりである事が分かるだろう。更にその銀河の一つを電子顕微鏡の様な物で超拡大して見る事が出来るなら、それが恒星系の集まりであり、その恒星系のどれか一つが太陽系であり、三番目の惑星が我々の住む地球という事になる。

 それはまるで我々が物質の中に原子の集まりをみつけ、原子一つの中に核子や電子を見つけ、更に核子の中にクウォークを見つけているのに似ている。


 「うーん、ここから自分の居た星を見つけ出すのはかなりキビシイぞ」


 ユウキは、難しいキビシイ等とは言うが決して不可能とは言わない。つまり何と無く出来そうな謎の自信の様なものがあった。とはいえ、サハラ砂漠の中から一粒の砂を見つけ出す事の『不可説不可説転』倍は難しそうではある。

 ふと、目の前に漂って来た黒い方の粒子を手ですくってみた。成程、ダークマターと言うだけあって真っ黒な煤みたいだ。服に着いたら落ちなさそうだなと思い、そこから離れる事にした。


 さて、これからどうしようかなと腕を組んで遠くに目を向けると、何やら一筋の光が流星の様に飛んでいるのが見えた。しかしそれは、流星とは違って一瞬で消えたりはしなかった。見ていると、急に方向を変えてこちらへ向けて迫って来た。

 一瞬で目の前までやって来ると、それは人型だった。というか、女の子だ。光輝く白人の女の子だった。


 「えー、何でこんな所に人間の女の子が居るの?」

 「えー、何でこんな所に人間の女の子が居るの?」


 二人は同時に同じ言葉を喋った。


 「あ、御免なさい。こんな所に言葉を話す人が居ると思わなかったので」


 最初に話しかけたのはユウキだった。


 「あなたどこから…… あ、話さなくても良いわ、ふうん、成程、えー! ビンゴ!!」

 「何がビンゴなの?」

 「あ、御免なさいね、ちょっとあなたとあなたの周囲の事象を読んでみたら、探し人が居たものでびっくりしちゃっただけなの」

 「テレパシー?」

 「ちょっと違うかな、私は知りたいと思った事全てを『アカシアの記録層アカシックレコード』から読み込む事が出来るの」

 「それはすごいね。あなたは神なの?」

 「う~ん、一応全知全能ではあるけれど、神と言われるとちょっと違うのかな? 元々人間だしね。あなたよりも何億年も未来の人間だよ」

 「すっげー! 人間が神になれるんだ?」

 「だから神じゃないって。そう言うあなただってこっち側へ片足踏み入れているじゃない」

 「たまたまっすよ」

 「あなた面白いわね。私は何億年も未来のあなたの子孫なのだわ」


 その後ユウキとその謎の少女は談笑した。些細なジョークやユウキのちょっとした言い回しがとても面白かったらしく、少女は終始笑い転げていた。


 「あー面白かった。私ずっと一人でこの中を飛び回っていたから久々に笑ったわ。お礼にあなたを元の世界へ連れて行ってあげる」

 「え、マジで!? ありがとー!!」


 二人は手をつなぎ、一筋の光の矢となって飛んで行った。

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