与太話:渇きの一滴

 始源世界 Chaos海上基地・旧実習棟

 焼け爛れた鋼鉄の壁から、ゼロが旧実習棟へ入る。かつてクライシスの際の大規模な戦闘によって大きく崩壊したそこは、当時のまま異様な静けさを腸に詰めていた。

「ユリア……」

 ゼロは壁を抉る無数の弾痕を見て呟く。そのまま奥へ進み、中央で止まる。ふと、背後で気配を感じて振り返ると、逆光の中に人影が見えた。

「どこに行ったかと思えば、君にしては珍しい」

 人影は耳障りな声を発しながら妙に気取った動きで歩み寄ってくる。輪郭から詳細な造形がわかると、ゼロはため息をつく。

「何の用だ、アルメール」

「思い出巡りをしている友人を見学しに来ただけさ。別におかしいことはないだろう?」

「そんな下らんことをしているつもりはない」

「だが感じる闘気は随分と悲しそうだけどねえ」

 ゼロは闘気の刀を産み出してアルメールへ向ける。

「帰れ。さもなくば斬る」

「おやおや……」

 アルメールが仕方なく踵を返すと、ちょうどクインエンデが現れる。

「む……狗ですか。ニヒロ様が呼んでおられました。早急に向かいなさい」

「では、彼の昔話を聞いてやってください」

 そう言ってアルメールがは消え、クインエンデがゼロへ歩み寄る。

「昔話、とは?」

「貴様に話したところで何の意味もない。奴の言葉を真に受けるな」

「クライシスの時は我々も総出で任務に向かっていましたから、余り情報がありません。アルメールが倒れた時以降の出来事を教えてくださるのなら、私にとっても意味がある」

「ふん……」

 ゼロは刀を消す。

「俺は生まれついての王龍……それは、隷王龍たる貴様ならば当然知っているはずだ」

 クインエンデは頷く。

「これもまた当然に、俺はかつて感情と言うものを理解できなかった。だがユリア……奴に出会ったことで俺は、心を手に入れた」

「……」

「俺が手にした心、欲望は……強くなること、ただその一点だ。心を誘ったのはユリアだが、開け放ったのは奴一人……ホシヒメ、奴だけだ」

 ゼロは蒼い闘気で和弓を象る。

「餓えと渇きを知った心に、水を注いだのは奴だ。俺は、奴と戦うためならば誰の味方にも、敵にもなろう。世界がどうなろうと関係ない」

「ローカパーラは好敵手であるのなら、ユリアはあなたにとってなんなのですか?」

「この世で唯一俺の心が安らぐ、場所だ。もし俺が完全にこの世から消え去るのなら、奴の下へ帰る」

「ほう、あなたがそこまで彼女の事を想っていたとは、予想外ですね」

「あくまで奴の能天気な隙の多さを利用させて貰っているだけだ。戦術上の価値しかない」

「ふむ。噂通りですね、あなたは」

「何?」

「誰に聞いてもあなたは堅物で、素直に思っていることを言わないと」

「言わないも何も、これが俺の考えている全てだ」

「なるほど。なかなか有益な会話でした」

 クインエンデは満足したように笑むと、腰ほどまでの短いマントを翻して去っていった。

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