エンドレスロール:熾天使アスモデウス

 エンドレスロール OKBハル

 頭の中を延々と反響するような、独特の重低音のノイズが響き渡る。

 ここは兵器廠……の壁をぶち抜いて、処理液で満たされ、一つの大きな部屋になった通路だ。左右に並べられた培養ポッドには、様々な形態のプレタモリオンや、様々なデザインのアイスヴァルバロイドが漂っている。

「あなたは……」

 既に六連装と脇差を構えたハチドリと、魔力を放つシマエナガが真剣な表情で前を見る。視線の先に居たのは、非常に不埒な和装の、桃髪の幼女だった。

「我が名は熾天使アスモデウス。エロヒムとも呼ぶが……」

 アスモデウスは力み、虎の顔面が胸に配された筋骨隆々の獣人となる。

「どちらにせよ、お前たちを天へと滅するものだ」

 彼女……彼?が放つ威容に、二人は少々後退る。

「なんて気迫……!準備はいいですか、シマエナガさん!」

「もちろんです。マスターのため、ここは……彼女を討つよりない!」

 アスモデウスは頭頂部に格納されていた長剣を右手で抜き、輝きを纏わせて放り投げる。するとそれは複数の剣へと分化し、背に輪を描くように配される。

「アイスヴァルバロイド……ヒト……人間……獣……神……竜……王龍……天使……アルヴァナですら、無の無を創造者として、揺らぎから生まれた存在に過ぎない……どんな存在であれ、そこに意識を産み出した時点で、何かの下位互換でしかない」

 アスモデウスが右腕を振ると、四本の剣が背から飛び立ち、二人を狙って急降下する。躱されると、続いて四本が左から飛ぶ。それも躱し、ハチドリのフルバーストからの急接近を繰り出すが、アスモデウスの鬼気迫る咆哮によって前進の速度を打ち消され、同時に剣が砕け、光の柱となる。逃げ場を失ったハチドリを、シマエナガが風で打ち上げ、更に後ろへ吹き飛ばす。柱の肥大化に巻き込まれる前に離脱し、閃光が収まると同時に現れたアレクシアがアスモデウスへブレスを繰り出す。すぐに彼の背に剣が復活し、ただの右裏拳でブレスは相殺される。

「獣の耳を生やした、人間擬きか……だが、ヒトでもない、獣でもない。竜を頂点とし、上から獣、人間、神と置くこのヒエラルキー……いったい、我々のような天使や、お前のような獣耳人類、アイスヴァルバロイドはどこに置かれるのだろうな。この世に疑問は尽きない……全知全能など世迷言だとよくわかる。己よりも愚かな者を、その短い手で囲っているだけだ」

「え……えっと……」

 話が理解できないという風にハチドリが困惑していると、シマエナガが言葉を返す。

「それに縛られた世界は既に終わりを告げています。正確には、その頂点の喪失によって」

「考える意味などない、か……」

 アスモデウスが右腕を素早く振り下ろすと、八本の剣が一斉に降り注ぐ。着弾と同時に砕け散り、新たに生まれた剣が腕の振りに合わせて動き回る。ハチドリが一人でその猛威を防ぎ、アスモデウスは縦に振り下ろし、全ての剣を一斉に脇差へ叩きつける。ガラスのように剣の破片が飛び散り、ハチドリの表皮を傷つけては小さく爆発する。追撃として八本より更に多い、無数の剣をハチドリの背後から撃ち出す。アレクシアが彼女の背後へ急降下して盾となり、ハチドリは脇差に怨愛の炎を宿しながら六連装をフルバーストし、それがシマエナガの援護を受けて意志を持つかのように揺れ動いてアスモデウスへ届く。咆哮を合わせようとしたところにハチドリの分身の一刀を受けて怯み、銃弾が全て命中し、その銃創から鋭利な鋼の刃が突き出て悶える。

「ぐおっ」

「アレクシア!」

 シマエナガの号令に続き、アレクシアは螺旋状の突風を吐きつける。ハチドリがそこで詰め、アスモデウスを十字に切り裂く。斬撃の軌跡に沿って怨愛の炎が炸裂し、彼は大きく後退する。

「やるな……」

 アスモデウスは少々の焦りを帯びた声を上げ、胸の虎面から人間態の幼女を吐き出し、右手で頭を掴み、そのまま握り潰す。頭を失った体が床に落ち、程なくして消滅する。そして三対の純白の翼を生やし、アスモデウスは浮遊する。右手を号令のごとく差し出し、背に浮いていた八本の剣は刀身を失う。八本の柄は二個で一つの動きを成し、それぞれから光線を放ってハチドリを狙う。彼女は分身を使って光線を往なしつつ、脇差を突き出して超高速で突進する。が、柄が三つ集まり、各々が三角形の頂点として障壁を産み出す。脇差は障壁を貫徹するが、突破するには至らず、ハチドリはアスモデウスの眼前で止まる。そこを残り五つの柄が狙い撃ちし、ハチドリの背をアレクシアのブレスが押して障壁を破壊する。光線を躱しつつ肉薄し、脇差を虎面に突き刺し、左肩口へと切り開いて宙返りしつつ着地する。

「危ないところでした……ありがとうございます、シマエナガさん!」

「まだ気を抜かないでください……」

 二人が改めて視線を前に向ける。アスモデウスは傷を修復しており、凝った体をほぐすように身悶える。

「興味深い時間だった。ラドゥエリアルも満足するだろう」

 一方的に告げて、アスモデウスは飛び去った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る