エンドレスロール:切望のアヴィソドミー
深淵領域 シャングリラ
「……」
バロン・クロザキが、岩で象られた玉座に座っている。
「母様、あなたの悲願を果たした後は、私が全てを滅ぼし尽くしましょう……」
クロザキが立ち上がると、彼方からやってくる気配に警戒を示す。
「誰だ」
暗黒の中に浮かぶ大きな岩場に、赫々たる火球が着弾する。現れたのは、片耳のハチドリだった。
「お前は……」
クロザキは少々思考し、そして気付く。
「我が鏡像を取り込んだのか。いや、違うな……そうか、鏡像の全てを引き継いだ、バロン・エウレカそのものか」
「あなたは……旦那様と同じ姿を取っているだけの、ただの他人」
「そうだろうとも」
クロザキは右腕を構え、振り抜いて強大な気迫を放つ。同時に竜化し、黒い鎧のような竜人形態となる。
「私がこの手で、ヤツを葬ったのだからな。そして特異点をも喰い殺し、私は母様の願いをこの手で果たした」
黒い鋼の翼を六枚、背から展開する。続いて右手を突き出して、掌の先に淵源の光の大剣を呼び起こす。
「後は私が全てを、この手で消し飛ばすだけだ。全ては無となり、遂にChaos社の宿願は叶う」
「そうはさせない……!」
「お前が望もうが望むまいが、これは決定事項だ」
クロザキは浮き上がり、鎧が掻き消えて黒い靄が肉体を形成する。同時に、彼を護るように瑠璃色の長剣が二本ずつ左右に添えられる。
「滅べ、お前が継いだ鏡像もろともに」
「相手が誰であろうと討つ、それだけです!」
ハチドリは脇差を抜き、その刀身に怨愛の炎を宿す。
「その矮小な刀で私を斬るつもりか?」
「そこまでの力を得てなお、見かけの大きさに頼らねば戦えないと?」
「いい度胸だ」
右の長剣が高速回転しながら飛んでいき、ハチドリは分身を残して背後を取る。
「速い――」
炎の勢いを一気に増幅させ、十字に切り裂く。クロザキは反応できずに直撃を受けて吹き飛び、だがそれでも高速で反転し、四本の長剣を一斉に射出する。ハチドリは火薬になって姿を消し、瞬時にクロザキに肉薄する。
「ふん」
クロザキは左手を突き出し、その掌に引き離す力場を生み出して目算を誤らせ、続けて紫光を解き放ち、一瞬で左右を薙ぎ払ってから、中央に極太の光線を撃ち出す。ハチドリが分身を盾に避けたところに、長剣がそれぞれ高速回転しながら隙に突き刺そうと飛んでくる。脇差の一閃で長剣全てを弾くと、瞬間移動から頭上に現れたクロザキが大剣を振り下ろし、ハチドリは左手でそれを受け止める。そこに左翼三枚が振り抜かれ、逆手持ちになった脇差にて全て受け止められる。
「ならば――」
全身から波動を放ってハチドリを押し返し、急速に後方中空へ飛び退く。そして全ての翼に輝きが宿り、想像を絶する輝きが解き放たれる。
「〈九界浄土・三千世界〉!」
「その程度の光で」
ハチドリは左手を握り締め、自身を始点に大爆発を引き起こす。強烈な熱量を持った輝きを打ち消し、なおもクロザキを焼かんと迸る。そこでクロザキは自身を覆うように靄を生み出し、鋭い鉄片と暗黒竜闘気の槍の弾幕を張る。ハチドリは籠手から大量の熱線を撃ち出して迎え撃ちつつ、六連装を連射しながら分身を乗り継いで高速移動する。射出された弾丸は、既に展開されていた複数の分身によって打ち返され、クロザキに四方八方から飛んでいく。クロザキは盾代わりの靄を自身の身体に戻し、再び翼を輝かせて力を解き放つ。
「〈寂光浄土・阿頼耶識〉!」
圧倒的な輝きが暗黒を照らし尽くすが、脇差を異形の刀へと変えたハチドリの一閃によって、空間ごと輝きを斬り伏せられ、何のダメージもなく接近してくる。
「……」
翼を嘶かせ、上左翼で異形の刀を迎え撃つ。ハチドリは左手ですぐさま蒼い太刀を抜き、それの一撃は中右翼で受け止められ、拮抗した瞬間に離れ、翼と刀が凄まじいラッシュで競り合う。クロザキは右手に大剣を呼び出し、翼と争うハチドリの胴体目掛けて突き出す。ハチドリは蒼い太刀を手元から消して異形の刀を両手で持ち、身体を捻って右翼を背中で受け流し、左翼・大剣もろともクロザキの胴体を両断する。凄まじい斬撃が彼を貫いた瞬間、先程のラッシュの際に空間に蓄えられた斬撃が従い、荒れ狂って切り刻む。そして再び空間ごと一閃で切り捌かれ、猛烈な傷を負ったクロザキはよろめく。
「この力は……!?」
「覚悟!」
ハチドリが即座に肉薄し、太刀の一突きで胴体を刺し貫く。
「なるほどな……!だが!」
クロザキは全身から渾身の闘気を放ってハチドリを吹き飛ばし、大剣を再び生成する。
「私もお前を消し去るに相応しい力を手に入れたのだ!」
砕けた左翼三枚に代わり、輝く神の炎を翼のごとく展開する。同時に右翼三枚も砕け散り、同じように輝く炎の翼を成す。
「万事順調だ」
瑠璃色の大剣の刀身が、まるで脱皮のように剥がれ落ち、淵源の蒼光を宿した真の姿を顕現する。
「全ては終わる、この私の力で!」
炎の翼が輝きを増し、構えとともに大量の熱線を放つ。
「お前の出番だ、フィロソフィア!存分にその熱情を解き放て!〈プルシャルカ・プロパトール〉!」
熱線のそれぞれが、数に見合わないほどに巨大でかつ、ハチドリの動きに合わせて異常なほどの軸合わせを行ってホーミングする。
「(これは……沈溺の果実……)」
「行くぞ!〈九界浄土・三千世界〉!」
熱線をハチドリが躱し、打ち消しながら高速ですり抜けるところに向けて、クロザキは極大の光線を撃ち込む。異形の刀の一閃で空間ごと切断されて無力化され、クロザキは瞬間移動で振り終わりに詰め、全身から闘気を放ってハチドリへの吹き飛ばしを狙う。しかしハチドリは咄嗟に左腕を爆発させてクロザキを怯ませ、反射的に態勢を立て直した勢いで左腕を伸ばしてハチドリを掴み放り投げ、その背を大剣で刺し貫く。当然、その程度の攻撃が綺麗に決まるはずもなく分身を貫通し、お互いにそれを理解してクロザキは隙潰しのために連結させた長剣を前方で高速回転させ、身を翻して最下段から大剣を振り上げる。空中から異形の刀で刺突を狙っていたハチドリと激突し、姿を消して更に上を取って蹴り下ろす。
「……」
瞬時に姿勢を正したハチドリが左拳で爪先を弾き、反動で一気に距離を取ったクロザキが再び輝く炎の熱波を放つ。
「〈九界浄土・三千世界〉!」
深淵領域 オグドアス・アイオーン
輝く炎が全てを焼き尽くし、暗黒を塗り替えて煮えたぎる。熱波を異形の刀で断ち切り、大剣と激突して競り合う。
「お前から感じるのは凄まじいほどの愛……私の身体を満たす、この淫らな輝きとは決定的に異なる、清らかな紅蓮……!」
「でも確かに……あなたから噴き出るこの炎も、またあなたのことを思っている」
全身から闘気を放って拮抗を中断させ、鋭い切り返しで振り上げる。ハチドリは分身を盾にしつつ身を捩り、分身もろとも一刀両断する一撃を背中で往なし、続く超高速の振り下ろしを弾き返し、続く攻撃の隙を狙うように連結した長剣が高速回転して背後を狙う。だが分身がそれを阻み、クロザキは左半身を振って左翼を振り上げて火炎流を起こし、翼を開いて左手を突き出し、掌から紫色の熱線を放射する。ハチドリは自身を爆発させて相殺し、翻りながら後退して異形の刀を一閃し、大量の斬閃を空中に設置する。そのまま刀を淵源の蒼光を宿した槍に変えて投げつける。クロザキは槍の投擲を承知で突っ込み輝く炎を放出して槍を偏向させて最接近し、左腕でハチドリの首を掴んで飛び上がり、急降下して叩きつける。そこに長剣二本と大剣が降り注ぎ、彼女の背を狙う。しかしハチドリは火薬になって逃げ、姿を現しつつ蒼い太刀に持ち替えて横薙ぎを叩きつける。武装を解除していたに等しいクロザキはその直撃を受けて後方に吹き飛ぶ。
「おのれ……」
クロザキは立ち上がりつつ、身体を形成する黒い靄が徐々に輝く炎に変わっていく。
「ふん……わかった、お前の愛をもっと受け入れよう……そうだ、愛そう、フィロソフィア……」
下半身に纏っていた鎧ごと砕け散り、全身が輝く炎に変わる。
「私に縋れ、マドル!私がお前の渇きを満たしてくれるわ!」
言葉通りに全て受け入れたのか、クロザキから生じる輝く炎の渦が凄まじいものになっていく。
「惑わし、拐かし、陸の水底に沈め尽くす……溺れることはまさに愛で、沈みゆくことこそ真髄……それが、沈溺の果実の本性だと」
「下らん。人間模きの愛を望んだ時点で、こいつも所詮その程度の存在であったということだ」
「……。素直でないのは、旦那様と変わらぬようで」
クロザキは姿を消し、中空から蹴り込んでくる。ハチドリは分身を使わず、蒼い太刀で直接切っ先を弾く。その瞬間に姿を再び消して位置を眼前に移動し、右手を突き出して二本の熱線を開きながら放ち、直後に極太の熱線を放出する。驚異的な早業であったがハチドリは火薬となって逃げ、赤黒い太刀を持った分身とともに左右から挟撃する。
「甘いぞ」
長剣がそれぞれ高速回転して両者を切り裂く。実体に見えたハチドリすら分身であり、本体は背後から迫ってきていた。クロザキは大剣を伴いながら反転し、単純に大剣を射出してハチドリに対応を強要する。
「……」
ハチドリは大剣を僅かな重心移動で避け、その瞬間に大剣の腹を踏み台にして横に飛び、防御した瞬間を狙って飛んできていた長剣を大量の火薬で撃ち落とし、捻りを加えて強烈かつ不可解な加速度でクロザキに肉薄していく。
「ここまで読んでいた――」
クロザキが胸前で両腕を交差させ、翼を大きく開く。渾身の熱波をハチドリへ至近距離で直撃させることに成功し、そのまま大きく吹き飛ばす。そして力を溜め直し、構える。
「我らの力を見せてやろう!王龍式!〈プロパトール・エンノイア〉!」
豪雨と形容できるほど大量の熱線が放出され、ハチドリへ一斉に降り注ぐ。ただひたすらに単純な広範囲の面攻撃によって回避を封じて防御を強制させ、そのまま本命となる超極太の熱線を撃ち出す。ハチドリは全身から赫々たる怨愛の炎を解放して熱線を体表で偏向させつつ、超極太の熱線を躱す。だがしかし、超極太の熱線は一本ではなく、クロザキから次々と繰り出される。五本目で打ち止められ、なおも降り注ぐ熱線の豪雨と合わせて、明らかに特定の箇所に寄せようという意志が見て取れる。
「なるほど……ならば、その誘いに乗るも一興!」
ハチドリは勢いよく五本の熱線が連ならんとしている中心に突撃し、左手に熱を集め始める。クロザキが熱線の出力を上げ、遂に五本の熱線が連なるその瞬間、ハチドリが彼の元まで突っ切って左手に生み出した火球を直接顔面に押し当てて大爆発させる。クロザキは熱線の放出を中断させられて吹き飛び、異形の刀を持ったハチドリに擦れ違い様に切り裂かれる。
「ッ……!」
咄嗟に大剣を呼び戻し、瞬時に反転して振り抜く。狙い通り、ハチドリは離れずに背後に居た。
「御免……!」
居合のように構えていた彼女の、寸分の狂いもない神速の一閃によって大剣が両断され、そのまま自身の胴体をも切り裂かれる。傷口から輝く炎が大量に漏れ出し、翼と大剣、長剣が形を保てずに消滅する。
「私では……届かんと言うのか……お前に……エウレカ……」
苦しみつつ口走るクロザキに対し、ハチドリは血振るいしながら刀の像を消し、元の脇差に戻してから鞘に収める。
「あなたは成すべきことを成すためだけに生み出されたに過ぎない」
「く……ははは、そうか……合点が、行った……」
クロザキは鎧のような竜人形態に戻り、右腕に人間体のマドルを抱える。
「母様は……この哀れな女に、救いを与えたかったのか……」
深淵領域 シャングリラ
景色が元に、無限の暗黒の他には僅かな岩場しかない、元の景色に戻る。
「滑稽なことだ……私には、愛に飢えたこの果実を、潤すことは出来ない……」
クロザキが消滅し、マドルが岩場に放り出される。
「あなたも私も、与えられた役割に殉じるのみ……かつて、旦那様がそうしたように」
ハチドリは脇差を抜き、転がるマドルに突き刺し焼き尽くす。
「……」
黙したまま、その場を立ち去った。
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