☆☆☆エンドレスロールEX:女神の三果実・吟遊

 夢に過ぎぬ 妄執に過ぎぬ

 映る現に確たる許はなく

 触れる其れも 聞こえる此れも

 夢見の翅に魅せられた 哀れな転寝の夢


 女神より零れ落ちた三つの果実

 惨劇を 吟遊へと変える 夢の実

 彷徨への欲望を以て 歌を撒き散らす


 其は始まりの獣より切り分けられし三果実

 夢見の現と 現の夢を 瞳に与える











 オニャンコポン・カタカリ・タタリ

 月と夕日が半々に空を照らし、足元を薄水が満たし、ガラスのような透明な足場が交わされた空間。主を失って寂れたニルヴァーナに、人間態のラドゥエリアルが佇んでいた。

「何もかもが虚しく……そして等しく無価値であると……」

 菫色の瞳が見つめる先には、メルクバが立っていた。

「蝶々……か……」

 メルクバは珍しく駆動音がしないためにクリアに声が通る。

「違う。私はアプカルではない。お前と私は似たような立場ではある故に、勘違いするのも無理はないが」

「ラドゥエリアル……お前は蝶々から堕ちた鱗粉……ならば」

 周囲のシフルを一気に吸引し、メルクバの体表を紅い闘気が巡り、けたたましい駆動音が鳴り始める。

「切り結び、我が愛しき蝶々に戻れ」

「ふん、お前も久しぶりに、盲目の王に戻してやる。退屈しのぎだ」

 ラドゥエリアルも右手にロッドを産み出し、ふわりと浮き上がる。

「王龍式……!」

 メルクバは視界が紅く霞むほどの莫大なエネルギーを滾らせ、左翼を構える。構えから一瞬で溜めを完了し、絶大な威力を纏って左翼を突き出し槍状にして全身を使って大回転する。ラドゥエリアルは回避が不可能と悟ったかロッドで受け止め、猛烈な削りダメージを防御の上から叩き込まれる。メルクバは回転を終えると右翼を構え、生物の限界を遥かに越えた強引な変形によって右翼を伸ばし、槍状にして渾身の刺突を繰り出す。ラドゥエリアルが紙一重で躱すと、重ねるように右翼を畳みつつ左翼でも突きを繰り出す。またもギリギリで避けるが、今度はラドゥエリアルの翼の先端が貫かれて消し飛ぶ。ロッドの先端に光の刃を生成して飛ばし、左手に力を溜めて突き出し、強烈な音波を撃ち出す。メルクバは即座に翼の先端から闘気を噴出して空中に逃げ、音波を避けるようにしてラドゥエリアルへ猛スピードで突っ込む。ラドゥエリアルは瞬間的に蝶へと姿を変じて躱し、後方へ退く。メルクバは右翼の先端を地面へ突き刺し、地面に闘気を滞留させて進ませ、爆発させる。ロッドの一振りで生じた音の壁がそれを防ぎ、反撃に凝縮された音の塊を地表へ滑り落とす。地面へ近づくほどに力が凄まじい波動を伴って膨れ上がり、着弾と同時に見事な雫を象って壮絶極まる衝撃波を解き放ち、メルクバを吹き飛ばす。だが即座に立て直しつつ上空へ飛び立ち、紅い闘気の塊となったメルクバが直接体当たりを行い、ラドゥエリアルは直撃を受けて水平に吹き飛ぶ。珍しく大きなダメージを受けた彼はふわりと浮き上がって立て直す。

「我らは愛し合っているか」

「知らぬ」

 ラドゥエリアルはロッドを消し、ルナリスフィリアを手元に呼び出す。

「宇宙の淵源が宿る月の色。この輝きこそ、私たちの始まり」

「一元の正しさも、二元の相克も、世には無い」

 言葉を返すように、ラドゥエリアルは真黒い騎士へと変じる。

「続けるぞ、メルクバ。私はお前のことをそう思ったことは無いが……我が伴侶よ」

「諧謔ならば聞かぬぞ……我らには、それに応える魂が無いのだからな……」

 瞬間移動から現れつつ三連斬りを繰り出す。一太刀ごとに炎の刃が飛び、舞い散る紅の蝶たちが激しく視界を妨害する。メルクバは左翼で往なしつつ変形させて構え、小振りに薙ぎ払う。軌道上には闘気の塊が配置され、一拍置いて炸裂する。ラドゥエリアルは剣閃の終了と共に即座に退避しており、距離を置いて一振りで巨大な炎の壁を産み出して突撃させる。変形した翼から撃ち出された闘気塊が一点集中で撃ち込まれて壁の中央が破損し、そのまま向けてきた指先から全力の闘気が光線状に放たれる。ラドゥエリアルは巨大な光の刃を両手に産み出し、光線を挟み込むように振るう。刃と刃の間で反響し続ける音波が光線を相殺し、そして同時に砕け散る。反動で後退ったメルクバを逃さず、大量の紅い蝶の群れを竜巻のごとくして彼へ届かせる。直撃を受けてその勢いのまま下がりつつ構え、右翼を地面を擦りながら振るい、ほぼ180°回転させて闘気を爆発させて竜巻を打ち消しつつ、異常なほどのリーチでラドゥエリアルへ当てる。噴煙のような闘気の残滓が空に舞い、両者は構え直す。

「……」

「……」

 両者沈黙し、間合いを測るように鏡合わせに回る。ラドゥエリアルが歩を止め、メルクバも続いて止まる。

「淵源にて揺蕩う、始まりの獣……」

「深淵にて微睡む、盲目の王……」

 呼応するように呟くと、ラドゥエリアルがルナリスフィリアと融合する。間もなく鎧を砕き、メルクバと変わらない大きさの四足竜へと竜化する。翼は腕と一体化し、傍目には六本脚のようにも見える。灰色に覆われた体表に、ひときわ輝く紅と蒼のオッドアイが異様な雰囲気を放つ。ラドゥエリアルは後脚で立ち上がり、巨大な翼膜で己を隠す。数瞬の後、力を解放し、眩い閃光が迸って彼自身が巨大な光の柱となる。放出を終えて四肢と二脚を地面につけ直すと、彼の体は淡い紫色に輝いており、翼膜はもはや炎のような物体へと変わっていた。口から三方向に灰色の蝶の塊を吐き出すと目にも止まらぬ速度で右に回り込み、右翼腕に蓄えたエネルギーを一気に前方へ解放する。双方の攻撃を躱したメルクバへ飛びかかり、左翼腕で彼の首筋を掴み、地面へ叩きつける。そして右翼腕を構えた瞬間、メルクバは翼から闘気を全噴射して戒めから逃げ、距離を取って着地し、頭をもたげ、胸部を見せつけるような体勢になる。胸部からは表皮を貫いて核らしき物体の紅い輝きが見える。その輝きの増幅に合わせ、悶えるように体を捩じり、強烈な爆発と共に力を発揮する。体の所々に裂けたような紋様が刻まれ、紅い闘気が更に濃い赤へと染まる。

 メルクバは周囲が紅く染まるほどの闘気を放出し、大量の闘気塊を撒き散らしつつ金属球へと変わって飛び立つ。闘気塊のそれぞれも圧倒的な威力を以て爆発するが、あくまでも牽制として、ラドゥエリアルの眼前を激しく妨害するに留まる。上空に上がった金属球から弾幕のように小さい金属球が叩き込まれ、本体もそれに合わせて突貫する。ラドゥエリアルは前半のある程度の金属球を翼腕で防ぎ、防御を解いて敢えて受けつつ、地面から次々に蝶の螺旋を産み出す。突貫に合わせて螺旋が結合し、空前絶後の破壊力を得て大爆発を起こす。二つの攻撃が混ざり合い、同時に弾け飛んで二人を反対に吹き飛ばす。メルクバが即座に体勢を立て直し、左翼を引いて紅い闘気を迸らせる。

「王龍式……!」

 左翼の指先から闘気を爆裂させ、180°回転させて猛スピードで回転する。指先から湧き出る闘気が光の刃の如くなって、空間を切り裂きながら暴れ狂う。余りの速度に見切れなかったラドゥエリアルは張り倒され、急制動をかけたメルクバが右翼を構え、槍状にして刺突を繰り出す。ラドゥエリアルの胴体を貫き、間髪入れずに闘気を爆発させて追撃し、翼を縮める勢いで肉薄しつつ突貫して爆発する。空中に投げ出されたラドゥエリアルは重傷を負いながらも立て直し、翼腕を天に掲げて淡い輝きを放つエネルギーを凝縮させていく。人間態の時に繰り出した音の塊の、純粋な上位互換のようなそれを自身の体よりも大きく育て、メルクバへ投げつける。凄まじい音波によってメルクバの飛翔を妨害し、同じように地表に近づくほど呆れるほど威力を増していく。着弾と同時に衝撃波が走り、薄水をひっくり返して巨大な雫が美しく天へ飛ぶ。

 傷を修復したラドゥエリアルが降り立ち、姿が元に戻ったメルクバと相対する。

「……」

「ふぅ……」

 多少なりともダメージを受けた様子のメルクバに対し、ラドゥエリアルは明らかに消耗しているようだ。

「これでも届かんとはな」

 ラドゥエリアルは人間態に戻る。彼は左手を顎に当て、多少不愉快そうに目を閉じて親指で顎を何度か叩くと、目を開いて灰色の蝶へと転じる。

「お前との逢瀬は新鮮で得られるものも多かった。また会おう」

 ひらひらと舞うと、次の瞬間には視界から消えていた。

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