☆☆☆エンドレスロールEX:ソール・ソリューション

生命の王より下賜されし 輝ける龍の御子

者らのさがの欲望を 即ち意志と足らしめる

光を喪った同胞に代わり 光で照らし尽くす


聡明にして 慢心に満ちた 獣の姿

淫奔にして 慈愛に満ちた 龍の姿


始まりより出でて 愛を求め彷徨い

偽りの超越者へと至って ここで終わる





 エンドレスロール 淫乱たる最終幕

 白が埋め尽くす虚無の空間に、紅葉に色付いた木々が乱立する。無限に枯れた木の葉が降り注ぎ、大地に伏せては消えていく。

「戦いが齎す惨禍の果て……あなたが見た景色、求めた景色、それを私も……感じてみたい」

 アウルは己の胸に手を置き、一言一言噛み締めるように呟く。

「きっとあなたなら、それを教えてくれる」

 閉じていた目を開く。真っすぐ見つめる先には、片耳のハチドリが立っている。

「……」

「私はあの人に愛して欲しかった。他の誰でも、私の代わりにはならないのだと、認めて欲しかった。あの人にとって……私こそが、私だけが特別な存在なのだと、思っていたかった」

 胸元から手を離し、間を埋めるように右手を握る。

「でも、そうはならなかった。彼と愛を育んだ人たちは、きっと同じように……」

「旦那様の中には」

「エリアルしかいない、そんなことはわかっています。バロンとエリアルの根源たる姿――盲目の王アデロバシレウス、そして始まりの獣アプカル。あの二人がより愛し合うために、自らの身を切り分けた。私たちはそれに踊らされていただけ……」

「お二方の願いは、新規範の成就と共に完成した」

「ソムニウムとラドゥエリアル……私には、どうでもいい。私が知りたいのは、バロンがエリアルを切り捨ててまで求めた、その死神だけ……!」

 アウルは光に包まれ、メイスを持った黄金の騎士へと転じる。

「さあげに恐ろしき死よ、私に真実を教えて!」

 光を宿したメイスの一打が振り下ろされるが、ハチドリは後退して躱し、抜刀しつつ踏み込んで斬り払い、メイスを切断する。瞬間、アウルは軽装の騎士へと転じ、ハルバードへと変わった得物を水噴射で加速させ、後隙を狙う。しかし、ハチドリは手緩いとばかりに完璧に弾き返し、逆にアウルがよろけて隙を晒し、そこへ背の太刀を抜いたハチドリによる十字斬りが繰り出され、後方に吹き飛んで木に激突し、停止する。アウルは反射的に七つの首を持つ赤龍へと転じ、全ての口から大出力の紫電を繰り出す。ハチドリは脇差に戻し、電撃を刀身で受けて飛び上がり、振り抜いて打ち返す。

「なはぁっ!?」

 予想外の反撃故か、素っ頓狂な声を上げてアウルは怯み、その大きな隙に余裕を持って力を蓄えたハチドリの一閃が放たれ、円周状に特大の衝撃波が産み出され、それが少しずつ大きな輪になってアウルを押し込む。怯んだ勢いで赤い大蛇へと変身し、バリアを生成しつつハチドリへ光線を吐き出す。ハチドリは脇差を籠手に納刀しつつ分身を盾にして即座に肉薄し、左手をバリアに当て、そのまま大爆発させて破壊し、太刀を抜いてアウルを首から串刺しにして地面に縫い付け、力任せに前方に放り投げ、爆発させる。

「これは……」

 ハチドリは太刀を背に戻す。爆風の向こうから人間の姿に戻ったアウルが現れる。

「今までの私に出来たことじゃ、あなたには追いすがる事さえ出来ない……つまりそれは、メビウス事件の時の諦めに近い境地じゃ、あの人のことを何も理解できていないのと同じと言うこと……」

 アウルが右手を上げると、六つの光の球が現れる。攻撃かと警戒したハチドリは構えるが、すぐに性質の違いを察知して構えを解く。

「人間の六つの罪……それが、人と獣を分かつもの……罪を贖う定めにある者が、罪なき者のレトリックを知ろうとしたこと……それが、私が気付くべきだった、人生の岐路」

 彼女は両手を胸の前で構え、光の球は彼女に吸収されていく。

「彼と私は同じ生物じゃない。それが、私の瞳を曇らせた」

「否。あなたは戦いに向いていない。臆病で、愛さずに愛してもらうことに溺れた、恋愛弱者です」

「私が……?」

「あなたや、アリシアさんや、そのほかの多くの人たち……いいえ、人に限らず、王龍も獣も機甲虫も……皆、旦那様に様々な形を強要してきました。空の器とも違う、自分の思う〝旦那様の正しい姿〟を」

「……」

「私を愛するべき、王の傍で侍るべき、為政者として世を治めるべき、武を極めた王であるべき。ですが旦那様が求めていらっしゃったのは、秩序無き永遠の戦乱。国家もイデオロギーもない、食事も性欲も娯楽も無い、己の力のみでひたすらに争い続ける世界。奥様以外、旦那様の中には居なくて当然だったのです。自由なる戦いを肯定してくれるのは、奥様だけだったのですから。仕組みも何も要らない、ありのままの自由な闘争だけを、楽しんでいたかったのですから」

「そんなもの」

 アウルは呟きと共に力の渦を起こし、それにすっぽりと姿が隠れる。

「私に囁いてくれた愛は、全て嘯きだったというんですか!?置き土産に過ぎない小娘が、よくもそんな世迷言を言えましたね!」

 渦を破って現れたアウルは、二体の足のない金色の蠍が交差する輪を描いて漂う、細身の人型の機械の姿へと変わっていた。

「あなたならば真実を見せてくれると思っていました。ですが、ただの妄想癖の激しい小娘だったとはね」

「どう言い返すつもりもありません。勝者が道理を通すのみ」

 籠手から脇差を抜き、刀身に怨愛の炎を宿す。更に続けて右腕を鋼が覆う。

「旦那様の全てを受け継ぐ者を自負し、手ずから役目を頂いた時点で、私の言葉、太刀筋が、そのまま旦那様のご意思、お言葉です」

「好きに言いなさい。もう私は、あなたの言葉に耳を貸しません」

 アウルは右手に持った棒を掲げ、光で刃を生成し、槍とする。軽く振ると、空間が歪み、捻じ曲がって破壊する。ハチドリは超光速で移動して容易に躱し、その攻撃の性質を見極めて頷く。

「(ルナリスフィリアの廉価版のようなものか……)」

 そして急激に接近して舞うような連撃を繰り出す。だが片方の蠍が盾となり、もう片方の蠍がエネルギーを噴射してアウルを動かし、空間を連続して捻じ曲げることで距離を強引に詰め、同時に己の動作を圧縮して連撃を叩き込んでくる。そんな強引な荒業を使ってまで猛攻を仕掛けるも、ハチドリは蠍に防がれて隙を晒し、一連の動作を見てからでも軽く防御する。アウルは機械の外殻を砕き、清き蒼剣を携えた竜骨形態となる。

「死ねェッ!」

「せめて安らかに」

 槍の猛攻が空間にへばりついたまま、蒼剣の攻撃を重ねる。ハチドリは空間に残ったままの攻撃を強く弾き返して消滅させ、返す刀でアウルの右腕を切断する。

「はぅっ……!」

 呻き声を上げた瞬間には、既に太刀が胴体を切断していた。脇差は籠手に収められ、程なくして太刀も血振るいと共に収められる。

「ただ……」

 ハチドリは鋼纏いを解除し、竜骨化が解け虫の息となったアウルへ歩み寄る。

「旦那様に愛して欲しかった、それだけは私にもわかります。私も……娶られた以上は、愛して、愛されたかった」

「バロン……」

 アウルは左手をハチドリへ伸ばす。ハチドリは遺言があるのかと膝をつき、顔を近づける。

「ハチ、ドリ……あなたが、バロンの言葉を体現する、のなら……」

「……」

「あなたをここに閉じ込めて、私を愛するように調教すれば……バロンが私を愛しているのと、同義ですよね……?」

「ッ!」

 ハチドリは咄嗟に脇差を抜いて止めを刺そうとするが、アウルの全身から生じた輝きによって弾き飛ばされる。程なく、アウルは全身を再生して輝きを纏い、立ち上がる。

「あなたの言葉で目が覚めました。バロンが主体的に私のことを愛してくれること……それに固執したから良くなかったんですね。ならば今度は、バロンを私の好きなように歪め、凌辱せしめ、私だけのものにすればいい」

「旦那様の愛が欲しいのなら……私がいくらでも叩き込んで差し上げます」

 ハチドリは鋼を纏い直し、脇差の刀身に赫々たる怨愛の炎を宿す。

「ククク……フフフッ……ええ、ええ……昔から、私からあなたに……愛しているとは……積極的には伝えていませんでしたね……あなたに求め続けていた、愛とは……このように……」

 アウルが力むと、一瞬紅い炎が迸り、その後に閃光が響き渡って彼女の装束が変化する。アルヴァナとほぼ同じ、ヘルムだけを外して露出のない鎧で全身を固めている。自身と平行に伸ばした右手に綺羅びやかな装飾が施された儀礼用の金属杖が握られる。

「甘く、蕩けて、耐え難い衝動に満ちているんですね……!」

「まさに“吹っ切れた”と……」

 杖の先端から巨大な光の刃を産み出して槍とし、構えてから、左手で手招きして挑発する。

「意志の齎す、この痺れるような陶酔をあなたと感じたい……!うふふっ……♪」

「あなたを救い、引導を渡すのも……私の役目ですね」

 槍を両手で掴み、全身を使って踏み込みながら薙ぎ払う。先程は竜骨化してなお届かなかったハチドリの速度に完全に追いついており、分身による防御を行わせる。即座の反撃を、左手から生じさせた光の障壁で受け止め、槍を消してから右手を突き出し、掌から槍を射出してハチドリを撃ち抜く。だが左手で背から抜いた赤黒い太刀によって槍を往なし、障壁を断ち切りながら向かってくる太刀から光となって逃げる。後方で再形成したアウルは全身から力を放ち、扇状五方向に光の柱を連続で沸き立たせる。重ねるように直ぐ様、先の柱の合間を縫うように再び光の柱を生じさせる。ハチドリが分身を乗り継いで高速移動するのを見抜いていたか、右手に呼び起こした槍を飛ばす。ハチドリを僅差で掠め、そのまま天へ昇る。

「きら、きら、きら……」

 アウルは妄言のように呟いて、光だけで象った槍でハチドリを迎撃する。

「なぜここまで……」

「欲望の形を知ることが、自己にとってどれだけ必要なことであるかを……ようやく知れたから」

 天空が輝き、ハチドリ目掛けて驟雨のごとく光の矢が降り注いで来る。競り合うのを即座にやめて離れ、的確に狙って来る光の矢を高速移動で避け続ける。

「好き、好き、好き……」

 アウルが呟く毎に、彼女の操る全ての光の輝度が増していく。眩いを通り越して不快なほどの輝きを生じながら、矢の雨を終了して槍を手元に戻す。全身を使って槍を振り抜き、巨大な光の刃を横、縦と飛ばす。だが解放されたハチドリは即座に赤黒い太刀を投げつけて正確にアウルの胴体を刺し貫いて紅雷を叩き落とし、刃を分身を使って軽く躱して最接近し、上段から純粋に強力な振り下ろしを、持ち替えた蒼い太刀で繰り出す。紅雷で怯んでいたアウルは直撃を受け、そのまま斬撃と怨愛の炎を帯びた舞うような連撃を全て受け、止めに強く切り裂かれて後方に吹き飛ぶ。しかしアウルは倒れたり悶えたりせず、落ち着き払って立て直す。

「エリアルが求めたもの、エメルが求めたもの、バロンが求めたもの……私が、求めたもの」

 ハチドリが赤黒い太刀を手元に戻し、鞘に納める。アウルは胸に空いた傷穴を修復する。

「龍も、獣も、人も、物質も、光も、原子も素粒子もシフルも、現象でさえ……自らがこうありたいという欲望からは逃げられない」

「……」

「輝く物の全てが、欲望を満たす黄金とは限らない。でも……私にとってあなたは……あなたの愛と、私の愛は……」

 アウルは背から輝く一対の光の翼を産み出し、鎧も光によって鋭利に強化される。

「全てを暴き、責め立てる……それが光の真髄。あなたの愛の灯を塗り潰して、全部を私色に変えて……!」

 四発の光弾を撃ち出し、ハチドリに纏わりつくように旋回する。ハチドリが全身から闘気を軽く発するだけで光弾は打ち消され、アウルは両翼から光弾の弾幕を撃ち出す。ハチドリが高速で分身を乗り継いで近寄ってくるところに、扇状の光の柱を三連続で起こし、続けて地面から巨大な光の槍を次々と起こす。ハチドリは躱しながら脇差を籠手の鞘に収め、抜刀して怨愛の炎の斬撃を飛ばしつつ接近していく。アウルは槍を消し、両手を胸元で構えて極太の光線を撃ち放つ。避けられることを前提としていたのか、短く放出するに留まり、急接近からの斬撃を槍で往なし、続く舞うような連撃を受け流していく。

「抗う必要はないんですよ、バロン。私の肉を、汁を、知恵を、何もかもを存分に貪っていいと言っているんです。そして私もあなたを啜り、貪り、で尽くす」

「アウル殿……私は愛しています、あなたを。けれど、あなたが望むような私にはなれなかった。でも、それに成れるほど器用でもなかった」

 ハチドリが強く振り抜いて飛び退き、アウルは凄まじい速度で構え直して槍を突き出し、穂先から光線を撃ち出す。ハチドリが強く踏み込んで左腕を振り、籠手で光線を弾き返し、そこに両翼から放たれた弾幕が降り注ぐ。左手を握り締めて籠手の内部の火薬に一気に着火し、大爆発を起こしてアウルを巻き込む。続いて蒼い太刀に持ち替えて刀身に怨愛の炎を宿してリーチを増強し、体重を掛けて薙ぎ払う。だがアウルは身体を捩って左翼を振り下ろして衝撃を打ち消して、光の波を起こして反撃し、怯まず強引に縦振りを直撃させて吹き飛ばす。

「あなたへの愛を、ここに証明します――」

 アウルは空中で立て直し、槍を眼前に浮かばせて祈る。それに伴い、光の矢の驟雨と、光の柱の波濤、何より徐々に満ちていく光とそれに伴う驚異的な熱気がハチドリを妨害し、アウルの溜めを補助する。

「どんな交わりよりも蠱惑で誑惑な、忘れがたき春の口づけを」

 巨大な光の槍を掲げ、構える。

「王龍式、〈生命の海、惨憺たる閃光アウラストラ・カーマスートラ〉」

 突き立てられた光の槍は、蓄えられた力を急速に解放し、空間を捻じ曲げて染め上げていく。

「極まるぼうりょくこそが、偽りの地表を引き剥がし――」

 木々を消し去り、巨大な光の柱となって、天地を結ぶ。


 ――……――……――

 やがて景色は塗り替わり、足元に薄水が満ち、満天の星を眩い暁光が照らす草原になる。

「結局私は、あなたに愛されているという箔の輝きを、他人に見て欲しかっただけ。あなたは私が、何をしようとも、何をせずとも、全部を認めて、愛してくれていた」

 光の柱による攻撃を、防御もせずに棒立ちへ受けたハチドリへ、アウルは視線を向ける。両翼と槍が消え、装束が元に戻り、着地する。

「なるほど確かに、暴力とは抗い難い、甘美な滅びの毒でした。あなたが魅せられたもの……それを、私も味わえたこと、嬉しく感じます」

 アウルが右手を差し出し、武器を収めたハチドリがその手を取る。そのまま右手を己の方に引いて抱き寄せ、子をあやすように優しく撫でてくる。

「小さなバロン。私の愛は、永遠にあなただけのもの。私は……あなたからの愛を、永遠に抱き締めて眠ります」

 アウルは光の粒子となり、消滅する。

「物事が哀しみから始まるとするならば……諦めを以て終わるのが妥当かもしれませんね」

 虚空に彼女の声が響き、ハチドリがゆっくりと目を開く。

「諦めなんて要りません。あなたは……私が愛し続ける」

 そう告げて、立ち去った。

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