エンドレスロール:奈落の喚び声

 無明桃源郷シャングリラ 終期次元領域

 アリシアが階段を登り終え、いつものように佇むエメルへ歩み寄る。

「おや、王龍グノーシス。あなたが一人で来るとは珍しい」

 それに気付いたエメルが振り返ると、アリシアは右手を伸ばす。

「妾もそれを試してみたい。この間は、ソムニウムのせいで酷い目にあったからな。体が鈍らぬよう、鍛えておくのも悪くないと思うてな」

「ふっ、殊勝な心がけです。ならばここは一つ。バロンや私では歯牙の間に置くことさえ甚だしい……ま、雑魚の相手をしてもらいましょうか」

 アリシアは右手を握り、戻して腕を組む。今の挑発へ、わかりやすい反応として。

「すみません、言い過ぎでしたね。でもあなたも、戦う相手を見れば納得するはずです。本来ならば、彼女は終末へ向かうに相応しい強さを、何一つとして持っていなかったのだから」

「御託はよい」

「ええ、そうですね」

 エメルは徐にルナリスフィリアを掴み、掲げる。


 エンドレスロール 黄金郷の残骸

 二人が夕闇に飲まれた遺跡に到達すると、眼前には紅いツーサイドアップの少女と、それを囲むように渦巻く闇があった。

「なるほど、レベン・クロダか。確かに雑魚と言うのも無理はあるまい、だが……」

「ええ、あの闇。人を心から愛するがゆえに、人を底知らぬ奈落へ突き落とす、不死を司りし真竜」

 エメルが消え、アリシアは歩を進める。して、闇……即ち不死の真竜、ウル・レコン・バスクがそちらへ向ける。

「グノーシスか。何をしに来たのかは知らぬが、今は彼女を放っておいてやれぬか?この子はこれから、我が隷王龍となる」

 アリシアは一笑に付す。

「貴様もそいつに心をやんだか。だが知っているはずだ、その女の性分を。このまま生かしておいても、新世界の毒となるだけだ」

 もったいぶって右手を開き、そして胸元に持ってきて掌を左拳で突く。

「バスク。時には非情さも必要だ。我ら王龍ですら向き不向きがあるように、この世には全知全能の存在はおろか、努力が報われる保証すらない。偽りの世界であれ、真の世界であれ、切り捨てねばならぬものは必ずある」

「やはり汝は身も心も王龍よ。如何に宙核と人の体で愛を育もうとも、世を動かさぬ多くの人間の心はわからぬ」

「ふん。所詮は貴様も竜。真竜と王龍では思考形態に何の違いがあると言うのだ?」

「違うとも。憎しとも、愛しとも、どう思えども人に寄り添い、その心を解さんとした我らと、若く、己の使命さえわからず彷徨う王龍ではな」

「話にならんな、貴様」

「元よりか……」

 バスクはレベンの体に乗り移り、レベンは人形のように立ち上がる。開かれた目は、一切の光が入っていなかった。

「救世の拳は、奴隷のみを産み出す。新世界の荒野では、生きる意思と力を持たぬ人間は淘汰されてしまうだろう。夢では餓えを満たせぬのだ」

 緩慢な動作から血塗れの布クラフトヴェルクを振るい、そこから闇が噴き出す。アリシアは構え、両手にそれぞれ黒雷と、白雷を纏わせる。そして布の攻撃に合わせ、左手から白雷を放ち、相殺しつつレベンを後退させる。

「エンガイオスの時も、ソムニウムの時も、ジーヴァの時も……主に任せ力を出し惜しんだが。一人ならば遠慮は要るまい!」

 アリシアは凄まじいシフルを放ち、竜化した彼女のシルエットが閃光の中に見える。それが収縮し、閃光が収まると、体の半分ずつを白と黒の鎧が覆う竜骨化形態が現れる。首を鳴らし、黒の右半身で腕を伸ばす。

「バスク、貴様の妄執を妾の雷で消し飛ばしてやる!」

 それと同時にレベンが闇に包まれ、竜人形態へ竜化する。双頭槍を構え、咆哮する。浅く踏み込んで槍で薙ぎ、アリシアは右腕に纏わせた電撃の刃を合わせ、続く横薙ぎの蹴りを左腕を縦に振って弾き、両手を合わせ掌か強烈な電撃を放つ。正に操られていると言うべき無理な挙動でレベンは避けるが、左翼が貫かれ、消し飛ぶ。よろけたところへ容赦なく踏み込んで蹴りで横薙ぎ、黒雷の爪を纏って右腕を振り下ろす。強烈な一閃でレベンの胴体は大きく切り開かれ、そのまま四足歩行の形態へ移行する。口から圧倒的な破壊力の光線を放つが、再び放たれた複合電撃によって今度は真正面から貫かれ、レベンの体が千々に砕ける。しかしそれで終わらず、アリシアは両手に蓄えた白黒の球体を投げつけ、それらは融合して凄まじい消滅を起こす。

「なるほどな……それが竜骨化した王龍の力か。それに汝のその力……量子的エネルギー状態のシフルと、物質的エネルギー状態のシフルを叩きつけあって反作用を起こすとはな……人類の知恵、科学の灯火とはよく言ったものよ」

 それを耐えた闇の中から、鎧のごとき姿の黒龍が姿を現す。片刃の長剣を持ち、巨大な両翼を開き、紅い双眸でアリシアを見つめる。

「愛しの人間を竜へと変えたか」

「そうだ。今この時を以て、彼女は我の隷王龍となった」

「愚かなことを……ならば貴様の司る不死の通り、そいつを消し飛ばしてくれよう!」

 左腕から電撃を解放すると、天より夥しく、そして戯けた威力の雷霆が降り注ぐ。レベンは長剣を掲げて全ての電撃を切っ先で受け、エネルギーをアリシアへ飛ばす。超光速で射出されたそれを左手で握り潰し、右腕で地面を殴り付けて電撃を迸らせ、瞬間移動して右腕から殴り、左腕を合わせ、急速に体を捻って踵側から蹴り放ち、防御を崩す。

「消えろ!」

 全霊の電力を注ぎ込んだ猛打から、最大出力の複合電撃を放つ。アリシア本人が反動で後退するほどの凄まじい超火力によってレベンが消し飛び、アリシアの体からも煙が上がり、抑え込めずに王龍としての姿に戻る。解放されたバスクもまた大きく力を削がれ、ふわふわと中空を漂う。

「なんということを……なぜ汝は……そこまで無慈悲に、なれる……人とは……庇護されねば、ならぬのに……」

「そいつは……人ではない……己の理想を押し付け、彷徨う……亡霊だ……」

「……」

 バスクはそのまま薄れていく。

「願わくば……獣と竜の庇護無くとも……人が健やかに生きて行かんことを……願う……」


 無明桃源郷シャングリラ 終期次元領域

 人間体に戻ったアリシアは深呼吸する。

「ふう……」

「上出来でしたね。生命力だけの、雑魚だったでしょう?」

 エメルがそう言うと、アリシアは笑う。

「まあそうだな……今はとにかく疲れた。帰って主に撫でて貰うとしよう。ではな」

 そのまま去っていった彼女を見送り、エメルはルナリスフィリアを見つめる。

「この先、何があるのかは……今は知る必要もないと言うことですか、ソムニウム」

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