エンドレスロール:光と闇のまほろば

 無明桃源郷シャングリラ 終期次元領域

 バロンがいつものように階段を登りきって岩場に出ると、そこにエメルの姿はなく、ルナリスフィリアが突き刺さっていた。

「……」

 近づくと、相変わらずの不快な音が鳴り響く。

「……新たな記憶はあるのか?」

『来い』

 閃光に包まれ、視界が白に染まる。


 エンドレスロール 淫乱たる最終幕ルードネス・ショーダウン

 無限の白い空間に、紅葉の木々が乱立している。どこからともなく晩秋の匂いが漂い、舞い散る木の葉の向こうに人影を見る。

「果て無き世界を進み続け、あなたは終わりを迎える」

 背を向けていた人影は振り返り、赤紫の瞳でバロンを見つめる。

「万有の因果を離れ、ようやく潰える」

 絡み合った視線は、紅葉の中を隔てても熱量を備えて狂う。

「……アウル……」

 名前を呼ばれた彼女は、憂えを帯びた瞳を潤ませる。

「バロン……私たちが再び会うことは、二度とないと思っていました。ここは、記憶の中、ですよね?」

「……そうだ。お前が死んでから、随分と時が経った」

「そうですか……この世界は、何もかもが偽りです。私のこの体も、心も、出会う何もかも。でもあなたとエメルだけは違う……」

「……」

「私たちは、定められたシナリオの上で戦い、戦い、戦い続ける。勝とうが、負けようが、終わることなんてない」

 アウルは目を伏せ、そして開く。

「私はメビウスの戦いで、戦乱の狂騒に溺れることを知った。でも、それは所詮、あなたから戦う意思を引きずり出すための詭弁でしかない」

「……」

「私は戦いたくない。色んな人を愛して欲しくもない。ただ、私だけを見て、愛して欲しかった。あなたに愛されている私が、とても好きだった。私が愛しているあなたが、とても好きだった」

「……だが」

「ええ……この記憶の世界に、あなたが来た。それは……戦うことだけが理由だと。相手がなんであれ、敵とあらば葬る。それがあなたならば」

「……愛し合うのならば、拳を交えることも重要だ」

「私は……」

 アウルは閃光に包まれ、メイスを携えた黄金の騎士となる。

「あなたと愛し合う夢に浸っていたい」

 メイスを振るい、光の刃を飛ばす。真正面から突っ込んできたバロンに刃は砕け散り、メイスの先端とバロンの拳が激突する。紅葉が舞い上がり、弾き、一度、二度と擦れ違い、地面に叩きつけられたメイスから閃光が迸る。しかしバロンは閃光の最中を突き抜けて騎士の兜に強烈な拳を叩き込んで後退させ、高速で体を翻して裏拳をぶつけ、弾ける闘気を伴ったアッパーで吹き飛ばされる。メイスが空中を舞い、アウルは軽装の鎧を纏った斧槍を携えた騎士となる。激流を放った殺人的な加速から、過度に熱された水流を纏った斧槍を振るが、軽い防御でへし折られ、その隙に放たれた凄絶な闘気で鎧を吹き飛ばし、アウルは元の姿に戻って後退する。

「……」

「……」

 両者沈黙し、アウルは一つ目の怪物へ変身する。咆哮で水の竜巻が起こり、巨大な右腕を振るうと衝撃波と共に進む。バロンは黒鋼となり、闘気でそれらを打ち消して、怪物の首を掴んで叩き伏せ、地面を掠らせながら強烈な振り上げで地面を転がらせる。元の姿に戻ったアウルは受け身を取り、四本の腕にそれぞれ剣を携えた蛇へ転じる。光の壁を産み出して黒鋼の行動範囲を制限し、素早い動きと共に出鱈目に剣を振るう。黒鋼は素早い四連撃で剣を全て砕き、鋼を纏わせた左指で切り裂き、右腕を叩き込んで再び変身を解除させ、アウルは吹き飛び、再び受け身を取る。一対の腕と光線の翼を携えた大蛇へ変貌すると、口から極大の熱線を放つ。黒鋼は竜骨化し、渾身の闘気波を放って激突させ、打ち負けたアウルは吹き飛んで再び元の姿に戻る。

「う……く……」

「……」

 アウルは立ち上がる。

「あなたと……添い遂げられるのなら……ここで消えても……いい……!」

 閃光に包まれ、彼女は竜化する。下半身が戦車となる竜に、騎士の上半身が付属した奇怪な姿を現す。右手に構えたランスをバロンへ向ける。

「さあ……」

 アウルが閃光を纏わせたランスを横、縦と振るい、バロンは避けて詰める。そこへ急加速して竜が右腕を振るう。素早い挙動によるそれを上手く弾き、そこへランスによる刺突が現れる。瞬時に産み出した鋼の盾によって阻まれ、竜の口から光線が薙ぎ払われ、バロンは竜の首を右腕で抱え込み、力でアウルを持ち上げ放り投げ、空中で追撃に放たれた手刀とランスが激突して火花を散らす。そのまま手刀が押し勝ち、ランスをへし折って本体に届かせ、再び変身を解除してアウルを吹き飛ばし、両者同時に着地する。アウルは胸に手を当て、目を伏せる。そして胸元から光の珠が現れ、彼女は目を開く。両手で珠を押し潰し、祈る。閃光に包まれ、それを砕いて荘厳な翼を携え、清き蒼剣を構えた竜骨化形態が顕現する。

「……アウル……」

「『愛している』、『愛していた』、『求める愛の形が違うだけ』……あなたは優しい。優しいからこそ、本気で求めれば折れてくれると、皆無駄な希望を抱いてしまう。空の器とも、虚の鴉とも違う。あなたは魅力があるという次元を遥かに越えている……」

「……ああ、そうだとも。愛していたし、今でも愛している。だからこそ……お前を再び倒すことに、抵抗はない」

「それでいいんでしょう。私たちは夫婦である以前に、異なる思考を持つ個人同士でしかない」

 アウルが右腕を振るって蒼剣を放り投げ、蒼剣は自ら高速で挙動して剣閃を重ねる。そのまま掲げた手から閃光を放ち、光の槍を怒涛の勢いで放つ。更に強烈な光の壁を産み出して、バロンへ進軍させる。バロンは敢えて真正面から突き進み、光の壁を打ち砕き、鋼の槍を射ち放って光の槍を迎撃、そして蒼剣を拳で黙らせ、一瞬の踏み込みからアッパーを重ね、蒼剣を手元に戻したアウルは寸前で防御し、弾けた闘気による強烈なストッピングを受けたまま、横蹴りからの踵落とし、更に素早い左強打からの右エルボーをぶつけ、再び極悪な威力のアッパーカットを叩き込んでもう一度硬直させ、強烈な殴り下ろしで蒼剣を破壊し、そのまま首を掴まれて地面に叩きつけられる。竜骨化が解け、アウルはバロンの腕を優しく離す。

「けほっ、こほっ……やっぱり、こうなりますよね……」

 バロンも竜骨化を解き、アウルを抱き上げる。

「……お前は、ここで何をしていたんだ」

「私は……やってくる敵を、ただひたすら倒して、倒して、倒し続けて……気がついたら、あなたがここに」

「……そうか」

「でも結果としてはこれで良かったのかもしれないですね。かりそめと言えど、またこうして、あなたと出会え、そして……完敗と言えど、拳まで交えられた」

 二人の視線が交わされ、バロンが微笑む。

「……〝君〟は、戦いたくはないんだろう」

 アウルはその響きに、懐かしさを感じて涙を滲ませる。

「そうです……でも、あなたと語らうにはそれしか……」

「……ならば、ここが消えるまで共に居よう」

「え……?」

 バロンは優しく紅葉の木の根本にアウルを降ろし、その横に自身も座る。

「……これが、僕の自己満足だったとしても構わない。君の好きなように、僕の好きなように、語らっていよう」

「えへへ、えへへへへへ……」

 アウルは隠しきれないほどに破顔する。

「いつも私、あなたに執着して、中途半端に自意識を持って……それでも、あなたを愛していて良かったと、いつも思ってるんです」

「……そうか。僕は……」

 傍で見ていたルナリスフィリアは、特に何を思うでもなく、その場を去った。

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