エンドレスロール:香り立つ亡骸

 無明桃源郷シャングリラ 終期次元領域

 エメルが岩場でチェスを一人で打っていると、何者かの気配を感じて手を止める。階段を上りきり、現れたのはエリアルだった。

「おや、あなたが来るとは珍しい。何か御用ですか?」

 エメルが立ち上がる。

「ルナリスフィリアの中で、好きなだけ鍛えられるんでしょ?私も折角だから、誰かと戦おうと思って」

 エリアルが肩を竦めながらそう言うと、エメルは微笑む。

「なるほど。それなら、本来ならバロンに楽しんで頂こうと思っていた強者の記憶がありますよ」

「へえ。というと?」

「もちろん、行ってからのお楽しみです」

 その言葉をエリアルは鼻で笑い、エメルはルナリスフィリアを掲げる。


 エンドレスロール 帝都アルメール行政区

 二人が現れたのは、豪雨の最中にある帝都、その行政区の眼前にある円形のフィールドだった。

「帝都ってことは……竜神種セレスティアル?」

 エリアルが呟き、エメルが首を横に振る。

「違います。意外とせっかちですね、あなた」

「昔から知ってるくせに」

 互いに嫌みっぽくそう言っていると、雨で煙る視界の向こうから小柄な人間が近づいてくる。

「蒼の神子……想定外の来客ですね」

 雨に濡れているが、灰色がかった茶髪のミディアム、朱染めの着物姿――それはまさしく、ミサゴだった。ミサゴは両手を顔の前に翳しつつ、前方に広げる。手が眼前を通った瞬間、彼女の虹彩が赤く染まる。

「カルネージモード……」

 ミサゴの適度に露出した肌にも赤い光が通い、上体を逸らして咆哮する。彼女の無機質な表情が崩れ、狂気を孕んだ破顔を見せる。

「ちょうどいい。私の王国の繁栄のための礎となってもらう」

 エリアルは杖を右手に産み出し、地面に突き立てる。

「飛び道具メインの相手で良かったわ。いい勝負が出来そう」

「フシュブヒャアアァッハァ!」

 言葉にならないほどの狂乱の絶叫を合図に、ミサゴは全身から血管のように赤い光の線を飛ばす。エリアルは杖を一気に分身させ、各々から光線を放って迎撃する。ミサゴは続いて頭上に特大のシフル塊を産み出して放り、その逃げ場を潰すように天に描いた魔法陣から大量の光の槍を注がせる。左手から強烈な激流を産み出すことでシフル塊を破壊し、残った杖が槍を打ち落とす。更に瞬間移動して杖の石突きに力を集中させて突き出す。

「キシャヌヒョウッ!」

 奇声と共に全身から魔力を解き放ってエリアルの攻撃を後退させ、即座に巨大なニヒロの幻影を産み出して冷気を放つ。続けて巨大な氷塊をいくつも産み出して放る。エリアルが水の壁を産み出すと、最初の冷気で凍り、天然の防壁となって続く氷塊を防ぐ。しかし、冷気で凍りついた雨が氷柱となって注ぎ、ミサゴは頭上に掲げた極彩色の球体から礫を放出する。氷柱は水の壁で防がれるが、ミサゴは続けてユグドラシルの幻影を産み出して電撃を放ち、礫に着火させる。礫は空間に張り付き、大炎上して周囲を彩る。エリアルは滾る紅蓮の最中を貫き、杖を掌底で押し込んでミサゴの喉を貫き、勢いよく捻って首をへし折る。杖をすぐに引き抜き、背を蹴って離れる。ミサゴは当然のように喉の穴を修復して顔の向きを戻し、不敵な笑みをエリアルへ向ける。

「ああ、感情とはかくも雄弁なりや!空の器の胤よ、我がはらわたを満たす白濁よ!真なる力を、六つの罪をこの体に与えたまえ!」

 瞬間、ミサゴの体はどろどろに溶けてシフル塊となり、骨ばかりの翼が右、左と生まれ、蒼黒の結晶に覆われた竜人が姿を表す。

「クカ……カカカカカッ」

 ミサゴは全身を細かく揺らし、くぐもった声で笑う。そして体の中央に皹が入り、二つに分かれ、その中間に極小のブラックホールが産み出される。周囲の雨、建物、雨雲、気体をも飲み込み、圧倒的な重力で圧壊させる。エリアルは高速で後退して吸引から逃れるが、分かれたミサゴの体が光を発して球体となり、エリアルを狙って向かう。片方の球体を杖で打ち返し、頭上から大量の杖の分身を産み出してもう片方の球体の進路を阻み、そのまま続く杖の弾幕で攻撃する。その間もブラックホールによる吸引が続くが、エリアルは杖をそれに放り投げて相殺し、ミサゴは元の一体に戻る。そして頭部らしき部分を展開し、そこから極大の光線を解き放つ。エリアルは寸前で回避し、凄まじい威力の光線は背後に並ぶビル群を消し飛ばし、地平線の果てで大爆発を起こす。そのまま、ミサゴは頭部の穴から結晶体を弾幕のごとくばらまき、それが次々に爆発する。更に悶えるように震え、縮こまったあとに光の血管を解放して攻撃し、血管を爆裂させて光線をそこら中に撒き散らす。乱雑さを備えて暴れ狂う光を、エリアルは大量の水鏡を産み出すことで更に乱反射させ、ミサゴから放たれた光と、跳ね返された光とが砕け散った結晶片を潜り抜けて乱れ狂い、花火のごとく弾け飛ぶ。ミサゴは鋭利な結晶片を大量に生成し放つ。光線の乱脈の中を潜り抜けてエリアルに届き、砕けた結晶は更に光線を飛び散らせる。エリアルは左手から流体金属の盾を産み出して結晶片を弾き、それを槍へ変形させて飛ばす。槍はミサゴの右翼を削り、怯んだミサゴは翼膜代わりに極薄のプリズムを無数に生成する。続けて自分の体を液状にして礫を飛ばし、光線で着火させて更に激しく炎上させる。再びミサゴは頭部を展開し、極大の光線を撃ち放つ。エリアルは鋼と水を纏わせた杖で光線を受け止め、まるで隙など考慮しない大振りな構えで杖から激流を解き放つ。ミサゴは激流をモロに喰らい、吹き飛ばされる。体勢を大きく崩した瞬間を逃さず、エリアルは大量の杖の分身を放ち、ミサゴは竜化を解いてビルの残骸へ糸を伸ばし、猛烈な勢いで投げ飛ばす。ミサゴは杖の雨に貫かれ、エリアルは飛んできたビルの残骸を杖の一閃で切り裂く。エリアルは着地し、地面に釘付けになったミサゴへ歩み寄る。

「神子……風情がぁ……ッ!」

「いい刺激になったわ、ありがとう」

 ミサゴはいきり立って動こうとするが、額を杖の石突きで貫かれる。そのまま過度のエネルギーを注ぎ込まれ、彼女は消し炭になる。次第に景色が白け、視界が覆われていく。


 無明桃源郷シャングリラ 終期次元領域

 光が収まると、二人は元の場所に戻っていた。

「いやはや、感服しましたね」

 エメルがわざとらしく手を叩く。

「バロンが愛しているということだけが取り柄だと、ずっと思っていたのですが」

 エリアルは自慢げに笑む。

「ふふん。まあバロンの伴侶って立場は苦労するからね。バロンほどじゃないけど、ほんとに色んなやつに因縁つけられるし。それはそうと、あのミサゴはどんな記憶の末路だったの?」

「あれは、感情を手に入れ、ニヒロによって一度目の浄化が行われた世界線に送られたミサゴですね。知っての通り、彼女はとても静かな、言うなれば人の姿をした獣でした。ですが、ニヒロの命によってヴァナ・ファキナの影響下にあった空の器に擦り寄り、その子種を宿すことで感情を手に入れた、そういう経緯のようですよ?」

「ヴァナ・ファキナねえ……」

「いずれあなたの秘密も、解き明かされるべき日が来るのでしょうね」

「ま、全部わかってもバロンにしか言わないけどね」

「うふふ、それで構いませんよ。推しカプの間だけで成立する秘め事がある方が、妄想のしがいがあります」

「相変わらずね。本人の前で言うことじゃないわよ?」

 エリアルは杖を消し、階段へ向かう。

「じゃ、今度は二人で来るわ」

 そう言い残すと、彼女は去っていった。

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