夢見草子:シュバルツシルト・グラビティ
外宇宙残骸 エノシガイオス・クレーター
「ここですね」
果てなく続く暗黒の宇宙空間に、千早が現れる。バーンスタインとニコル、そしてアルメールを引き連れて。
「滅王龍エンガイオス……まさか生きているとは思わなかったがねえ」
アルメールが左手を顎に当てながらそう言うと、バーンスタインが続く。
「だが殺風景が過ぎるぞ。俺様やニコルのような高貴な人間にはキツイな」
「お前みたいなキモデブのどこが高貴なのよ、殺すわよ」
遮るようにニコルが口を開くと、千早が制するように左手を伸ばす。
「馬鹿三人衆は黙ってください。ここの主が来ます」
宇宙の彼方に輝く星が現れ、それが真っ直ぐ千早たちを目掛けて飛んでくる。千早が力を発し、防壁のように無明の闇を展開する。間もなく星が着弾し、凄まじい衝撃が起こって千早が悶える。
「がはっ……!」
防壁は罅割れるが、だが防ぎ切る。防壁の解除と同時に、眼前にエンガイオスが現れる。右角が途中から凄まじく歪んで歪な三叉へと変化しており、全身から黒い蒸気のような闘気を発している。明らかに手負いであり、だが自らに傷を与えた何者かへの恐ろしいまでの怨嗟が見える。
「おや、俺達の想定より遥かにヤバそうだが」
アルメールが全身から怨愛の炎を発しながらそう言うと、ニコルは黄金の化物に転じ、バーンスタインは冷気を帯びた巨大な獣になる。
「ちょっとちょっと……これ勝てんの?」
「頼むから俺様だけは逃がしてくれよ、アルメール」
保身の言葉ばかり出てくる二人に辟易しながらも、千早は臨戦態勢に入る。エンガイオスは千早たちが仕掛けてくるかどうかに関係なく、両翼を開いて闘気を全開にし、身体を捻りながら頭部を千早に抉り込む。巨体と闘気で四人全員を巻き込むような形だが回避し、エンガイオスは凄まじい勢いで通り過ぎながら回転数を増加させ、ドリルのようになって宇宙空間を泳ぎ回る。その動きに合わせて巨大な重力球が次々飛び散り、四人をそれぞれ引き寄せる。
「ッ……!これ!あいつの空間に引き寄せられる!」
ニコルが叫び、離れたところで回転を止めたエンガイオスが右角に力を集中させ、振り抜いて超巨大な重力の刃を飛ばしてくる。
「チッ!」
千早が大きく舌打ちし、無明の闇を伸ばしてバーンスタインを拘束し、刃の盾にする。
「なぁ!?おい待て!俺様が死ぬ死ぬし……」
直撃の寸前に身を捩って掠らせ、だが圧倒的な衝撃でバーンスタインは大きく吹き飛ぶ。エンガイオスは既に攻撃後の隙を終了させ、空間を捩じ切るほどの速度で突進してくる。
「困った、俺達はパワー型が居ないんだよな」
アルメールが炎の四翼を展開し、最大出力の熱線をエンガイオスに撃ち込む。直撃を受け続けても怯むどころか速度が低下する素振りすらなく、数瞬の内に目前まで到達する。
「もういいです!」
千早が手元に黒い長槍を生み出し、それに力を集中させて撃ち込む。強烈な大爆発を起こし、エンガイオスはようやく僅かに怯んで速度を落とし、千早が右角を手で掴んで受け止める。エンガイオスは止まると同時に猛り、圧倒的な猛威で他の三人が付け入る隙がないほどの衝撃を常時発生させ続ける。互いが互いを押し切ろうと出力を上げ続け、先にエンガイオスが角から螺旋状の莫大な闘気を射出して千早を弾き飛ばし、同時に全身から行き場を失った黒い闘気が爆散する。
「今だ!」
怨愛の炎で防御しきったアルメールが叫び、ニコルが即座に右手を突き出して力を放ち、纏っていた闘気の鎧が一時的に霧散したエンガイオスの左翼を黄金で固める。そこに続けてバーンスタインが巨大な氷塊を撃ち込み、エンガイオスは翻って尾で迎撃する。その隙を逃さずにアルメールが全力で熱線の雨を降らせ、行動を妨害して氷塊を直撃させる。爆炎に包まれるが、展開されていた重力球が接近し、三人を強制的に引き寄せてから爆発し、吹き飛ばす。そしてエンガイオスは闘気の鎧を纏い直し、千早の方へ向き直る。
「バロンやエメルと交戦した後なら楽に討伐できると思っていましたが……仕方ない」
千早は一対の巨大な翼と濃血の瞳を携えた、妖精と悪魔が融合したような独特で奇怪な姿に転じ、更に背後に自身の巨大な幻影を召喚する。そして長い骨が絡み合った黒い槍を手元に召喚し、頭上に掲げて回転させながら力を溜め出す。同じ槍を持った幻影は大きく振りかぶって薙ぎ払う。エンガイオスが放った重力の刃と激突し、相殺しながら彼は身を低く構えて咆哮する。次の瞬間、空間を捩じ切る圧倒的な突進が放たれ、幻影の持つ槍と正面衝突する。即座に打ち破り、千早まで肉薄した瞬間に頭部を下げ、抉り取るように振り上げながら高速回転し、そのまま闘気の鎧を爆散させて追撃し、千早を押し飛ばしたところで頭部を引き、大きく構える。至近距離で鎧すら捨て去り構えた時点で、捨て身の攻撃であることが容易に読み取れた。
「消えろ!旧時代の遺物風情がぁ!」
力を凝縮した槍を放り、自身の傍の空間に突き刺す。空間はガラスのように破砕され、次元門が解放される。僅かに遅れて力を解き放ったエンガイオスの頭部と非常に激しく競り合い、眩い閃光を放つ。エンガイオスが次元門を真正面から打ち破り、空間を元に戻す。槍を手元に戻した千早が、硬直したエンガイオスの頭部を、二本の角の中央を、刺し貫く。エンガイオスはなおも抵抗しようと首をもたげるが、千早の放つ無明の闇に絡め取られる。
「全く……手負いのくせに無駄に抵抗して……」
千早は姿を戻し、分解したエンガイオスを吸収する。
「ですが消費に見合った……十分な食料です。馬鹿三人衆は……まあ、放って置いても帰って来るでしょう」
主を失って崩壊を始めた宇宙から、彼女は去っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます