夢見草子:アウラム・フロントライン−エンバード

「な、何が起きて……!」

 廊下に出たドラセナは、扉の向こうから響いた爆音に怯み、身を竦める。廊下を見やると、既に多くの職員が死体となって散らかっている。

「お兄さん……助けて……!」

 駆け出し、自室を目掛けて進もうとすると、壁を突き破って爆炎が起こる。

「ぎゃぁっ!?」

 突然のことで反応できずに壁に叩きつけられる。激痛に苛まれる身体を動かして壁の方を見ると、ツインテールの燃える少女が立っていた。

「ひッ……」

 左手のレバーアクションライフルを向けられ、ドラセナは抜けた腰で這って避ける。燃える少女はわざとらしくスピンコックで排莢し、右手で直剣を抜いて刺突を繰り出す。ドラセナはどうにか二発の攻撃を避け、無理にでも立ち上がって走る。丁字路になっているところを左折しようとすると、そちらから爆炎が解放されて吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。よろけながらも倒れず、仕方なく直進する。足をもつれさせながらも必死に転けずに進み、燃える少女は緩慢な徒歩で追いかける。そこで再びライフルが発砲され、ドラセナの左肩を掠める。

「ひぃい!許してぇッ!」

 ドラセナが身体の制御を少し取り戻して速度を上げると、燃える少女は後方から消えて眼前に爆発とともに現れ、ドラセナを吹き飛ばす。それに合わせて天井や壁が崩落し、鉄骨がまばらに散らばる。

「許してって……言ってんじゃん!」

 近くにあった手頃な長さの鉄骨を掴み、振りかぶって燃える少女に振り下ろす。だが直剣どころかライフルで簡単に受け止められ、回転させることで鉄骨を分捕り、左胸に直剣を突き刺される。

「ぐっ……へっ……」

 素早く足を払われ、そのまま押し倒されて床に縫い付けられる。手放した直剣の柄を右足で踏み込んで鍔で押し付け、そして右足で首を押し付ける。燃える少女の全身から滾る炎がドラセナの表皮を焼き、呼吸すら困難な熱量を吸わせる。

「(し、死ぬっ……ち、血が無くなる前に反撃しないと……!今しかない……ッ!)」

 燃える少女がライフルを向けて右腕を撃ち千切ろうとしたところで、ドラセナは一気に力む。左半身を犠牲にするように、直剣を起点に動き、大量の血飛沫を起こして燃える少女に掛ける。一瞬で蒸発するが、尋常でないほどの出血が押し勝ち、燃える少女の右足が鎮火する。直剣から脇腹を切り裂くようにして逃げ、弱まった燃える少女を押し返して立ち上がり、貧血でふらつきながらも傷を修復し、翻って走り出す。背後では燃える少女が爆発し、炎の制御を取り戻す。先程爆発した丁字路の炎が消えており、ドラセナは真っ直ぐ走る。

「……」

 燃える少女は丁字路を越えたところで壁を引き千切り、横に構え、壁を削りながらドラセナへ猛進する。

「なんでこんなことに……!」

 あちらがスピードを上げたところでドラセナも残る力を振り絞って駆け、突き当りの扉に入って、壁が激突して止まる。

「はぁ……はぁ……ッ……」

 ドラセナは立ち上がり、誰の部屋かを確認する。そこはローリエの私室のようで、透明な外装のレフリジェレーターが大量に配備されていた。

「ローリエの部屋……?」

 レフリジェレーターへよろめきながら歩み寄り、血液が充填されたアンプルを手にとっては自分に打ち込んでいく。次第に肌の色艶が戻り、ドラセナは一息つく。

「これならっ、まだ……」

 活力を取り戻したところで、扉近くの壁を突き破って燃える少女が現れる。

「いい加減にぶっ倒してやる!」

 威勢よく闘志を見せると、先程アンプルを打ち込んだ左胸から左腕を中心として、疼くような感覚に襲われる。

「へぇ……っ?」

 左腕が勢いよく変異し、黒い苔で象った鋭い鰭のような異形の姿になる。

「なに、これ……!」

 応えるように燃える少女はライフルと直剣を抜き、構える。ドラセナは左腕を突き出して突進し、燃える少女が即座に姿を消して躱し、右後方に現れて直剣を振る。殆ど身を預けるような形で振り向きながら左腕を振るい、直剣を弾き返す。やけくそのように切り返し、燃える少女の胴体に当てて吹き飛ばす。背中でレフリジェレーターの外装を割って叩きつけられる。漏れ出た冷気と燃える少女の熱気がぶつかり、アンプルが即座に全損する。内包されていた血液は空気に触れた途端に膨張して黒い岩塊のようになり、爆発して燃える少女を更に吹き飛ばす。

「さっきから訳わかんねえんすよ!!」

 ドラセナが怒号を散らすと、起き上がった燃える少女がライフルを納めて立ち上がる。直剣の切っ先で床を削り、熱波を直線状に飛ばし、ドラセナがそれを避けたところに瞬間移動して、頭上から直剣を振り下ろす。左腕で防御され、生体組織であるにも関わらず直剣と火花を散らして競り合う。

「もう!死ねよ!死ねえ!」

 無理矢理に力を込めて直剣を押し返し、構え直して突き出し、貫いて突進し、そのまま壁に叩きつける。燃える少女はそれでも動き、直剣を左腕に突き刺し捩じ込んでくる。

「こいつ!」

 ドラセナは構わず――というよりも最早正常な判断など出来ず――に右拳で燃える少女をひたすらに殴りつける。鉱石を殴るような感触とともに火の粉が舞い散り、拳が傷ついていく。渾身の裏拳をぶつけて左腕を引き抜き、その瞬間に直剣を捩じられて鰭の部分が離脱する。

「消えろ!」

 腕の切断面からありったけの血液を解放し、燃える少女に直撃させる。白煙を上げて鎮火され、だが去り際に直剣をドラセナの腹に突き立て、程なくして直剣ごと燃える少女は消滅する。

「もっ……むり……」

 ドラセナは片腕を失ったまま、来た道を戻っていく。評議会の広間、その扉の前でついに力尽き、壁に凭れて滑り落ちる。しばらくして何者かが彼女に駆け寄り、屈み込んで顔をこちらに向かせる。

「おにい……さん……?」

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