☆夢見草子:酷く夢見た朦朧魂魄
始源残骸・竜の墓場
「……」
非常に整った容姿をした、褐色肌金髪の美少女……アオジが、暗がりから現れる。足場となっている凝縮され折り重なった骨の上を進み、見上げる。大穴の真上に開けていたはずの空は消え、流れ込んできていた川の水は雫さえも見えない。
「創世が成されたようだな」
アオジの横に、栗毛の長髪を靡かせる美女が並ぶ。
「アラルンガルさん……」
「アルヴァナの望み通りに、特異点がヤツを仕留め……新世界は、特異点のものとなったようだ」
「でも……明人、は……」
アオジが俯きながらも、アラルンガルに顔を向ける。
「わぬしもアイスヴァルバロイドならばわかるだろう。隷王龍ソムニウム……あのような、隷王龍どころか、王龍の範疇さえ破壊するような化け物相手に生きて帰ってこれるわけがなかろう」
「……」
アオジは視線を正面に戻す。
「なんで……寂しいよ、明人……」
そう呟いたところで、アラルンガルが何かの接近を感じ取って見上げる。アオジもそれに釣られて顔を上げると、短い銀髪に、菫色の瞳の、少女とも少年とも取れぬ天使が、ゆっくりと降下してきていた。アオジが即座に警戒態勢に入り、右手を伸ばしてパイルバンカーを召喚する。アラルンガルもシフルエネルギーを纏うように発して構えるが、天使はゆっくりと着地し、身体に見合わず大きな両翼を消す。
「……」
天使は黙したまま、右手を翳す。すると掌に光が集い、まもなく普段着を纏った明人が地面に放り出される。
「えっ!?あ、明人ぉ!?」
アオジは面食らい、後退する。アラルンガルは冷静さを失わずに口を開く。
「わぬし、何者だ?」
「お前が知る必要はない、アラルンガル・アンナ。我らは約定に従い、そいつを〝楽園〟へ導くために来た」
天使はアオジへ視線を向ける。
「らく、えん……?」
アオジが困惑気味に言葉を返す。
「そうだ。私個人としてはどうでもいいが、協力してもらう対価と言ったところだ」
アオジはパイルバンカーを両手で強く握り、明らかに警戒している態度を崩さない。
「お前には計画が実行できるようになるまで、空の器の面倒を見てもらおうと思っていたが……随分と敵意を向けられているようだ」
「当然だよ……!生きて帰って来るって約束した人が、こんな風に戻ってきたら……あなたが殺したんじゃないかって思うに決まってる!」
「ふむ、まあ道理は通っているか。だがこれは決定事項だ。お前には、この男をしばらく生き永らえさせる役目を与える」
天使は右手を掲げ、錫杖を呼び出して握る。同時に、彼の足元から夢見鳥の大群が嵐のように現れる。そして錫杖をアオジに向け、夢見鳥の群れが彼女を包んで光を放つ。程なくして群れが散ると、アオジと明人の姿は消えていた。それを眺めていたアラルンガルは肩を竦める。
「消えた……まあ、よい。約束は果たしている。これ以上面倒を見る義理もあるまい」
アラルンガルの言葉に続くように、天使は錫杖と夢見鳥の群れを引っ込め、右手を下ろす。
「今はまだ、前の規範の存在が残っている。だが間もなく、それらも消えて無くなる。原初三龍ですら、その存在を喪ったようにな」
「一つ聞きたい。我が娘はまだ、生きているのか?」
「……。もう間もなく、わかるはずだ」
天使はそう告げると、大きな両翼を広げ、飛び立ち去る。アラルンガルは首を鳴らしたあと、骨を隆起させて堆くし、そこに座る。
「エメル……」
極楽浄土・平原
「ハッ!?」
意識を取り戻したアオジは、平原に倒れていた上体を起こす。起きてすぐの僅かな時間、肩で息をし、間もなく呼吸を整えて周囲を見渡す。果てしのない青空と平原がどこまでも続き、長閑な風と呑気な雲が共にゆるやかに進んでいく。
「なに、ここは……」
アオジが視線を落とすと、自分の太腿の上に明人が頭を乗せて気絶しているのに気付く。
「明人……!ねえ、起きて!」
アオジが肩を揺らすと、明人は額に皺を寄せながら目を開く。
「あぁ……?なんか柔らけえ……」
寝ぼけながらもアオジの太腿を撫でたり掴んだりしていると、アオジがより強く揺する。
「んっ……起きて明人!」
「え、あぁ?」
明人が手を止めて身体を起こす。
「アオジ……?」
その言葉に即座に反応し、アオジは明人を抱きしめる。
「良かった……良かった!生きてるよ、明人!」
「え?ああ……そりゃ生きてるよ。それにしても……」
「それにしても?」
「やっぱアオジっておっぱいでかいし、いい匂いするよなー」
デリカシーのない発言を息をするように紡ぐ明人に、アオジは懐かしさを覚えて涙ぐむ。
「うんっ、いいよ……好きなだけ嗅いで、触っていいんだよ……」
「えっ、いやマジでどうなってんの?」
明人がやたらに感極まっているアオジに困惑していると、彼女は明人を離し、そして二人は立ち上がる。
「実は……私も何もわかんないんだよ」
「なるほどな。俺も何してたか何も覚えてねえんだよな。要は……二人揃って記憶喪失で遭難したってことか?」
「うん」
「そっかぁ……アオジのおっぱい揉みたいのはやまやまだけど、流石に野垂れ死ぬかもしれない時にそんなんやってる場合じゃねえからな……」
二人が途方に暮れていると、どこからか蒼の夢見鳥が一頭現れ、二人の視線の先で舞う。
「蝶々……」
二人を誘うように同じ地点を回る夢見鳥に対し、明人は手を叩いて右手で指差す。
「よし!よくわかんねえからこいつについていこうぜ!街とか村があるかもしんねえし、そういうのが無くてもロッジとかコテージとかならあるかも!」
「うん、そうだね。それにもしダメでも……私が頑張って家も食材も飲水も、全部用意するから……!」
「(さっきからなんか重くね?アオジってもっとこう……明るくてチョロい感じのイメージが……)」
明人はそんなことを思いながら、アオジと二人で夢見鳥についていく。
極楽浄土・森林地帯
夢見鳥に続いて進んでいくと、深い森の中に手頃な小屋が鎮座していた。
「うおお!こういう時にちゃんとこういうのある時あるんや!」
明人の歓喜の声とは反対に、夢見鳥はゆるりと舞って空へ消えていった。二人は小屋の入口まで近づき、明人が扉に手をかける。
「あ、やっぱ鍵かかってるか」
「明人、退いて」
アオジが明人を押しのけ、枠と扉の僅かな隙間に指を差し込み、その片手四本の指の力だけで鍵を破壊しながら強引に扉を開く。
「えぇ……」
「開いたよ、さ、入ろう?」
アオジに促されるまま、明人が小屋に入る。内部は簡素ながらも整っており、すぐにでも居住できそうなものとなっている。
「(都合いい……けど……あの人が言ってたみたいに、明人のこと……私が、面倒を見て……私が、独占できる……?)」
アオジが入ってすぐの場所で立ち尽くしていると、すぐにキッチンに向かった明人が声量を上げて話しかけてくる。
「おーい、アオジ!めちゃくちゃ食料あるぞ!俺がなんか適当に作るぞー!」
「え?ああ、うん!楽しみ!」
アオジは扉を閉め、破壊した鍵を再び腕力だけで捻じ曲げて戻し、明人へ近づく。
「火ぃ点くかな?」
明人がコンロのつまみを回し、ガスを燃料とした火が灯る。そしてすぐに消し、アオジの方を見る。
「やべえよな。ガスも通ってるし、電気も水道もあるんだぜ?流石にChaos社の居住区とか、セレスティアル・アークには負けるけど、普通に生活する分には何も困らねえ!」
「うん、そうだね……」
「あっ、浮かない顔。わかるぜ、ここまで充実した設備だと、絶対誰か住んでて、偶然留守にしてるだけなんじゃないかってことだよな?」
「ねえ明人」
明人が喋り続けるのを遮り、言葉を発する。
「なん?」
「たぶん……この家、私たちがずっと住んでてもいいと思う」
「なんで?」
「私を信じて。仮に誰か持ち主が現れても……私が挽き潰すから」
「えぇ……昔の俺なら賛成してたけど、ちょっと暴力は……」
「……」
アオジは黙したまま、その場を離れて小屋の奥へ消えていった。
「なんだ、あいつ……まあいいや。ちょっと食いもんを失礼してと……」
明人は適当な食材を選んで、料理を開始したのだった。
――……――……――
「よし、こんなもんだろ」
明人は料理の出来に満足して、キッチンから繋がったリビングに向いて声を出す。
「おーい、アオジー!メシ出来たぞー!」
「はーい!」
小屋の奥から返事が届いて、間もなくアオジが現れる。明人が顎でテーブルを指し、そして器二つと皿をそこまで運ぶ。器にはシチューが、皿にはコロッケが用意されていた。
「わっ、美味しそう!相変わらず料理上手なんだね!」
「やろ?」
「なんで料理上手なんだっけ?」
「モテようとして、家事全般をこなしてたら趣味になっただけ」
「ふふっ、変な理由」
二人は雑談しながらテーブルにつき、既に置かれていたスプーンで食べ始める。
「そういやこの小屋なんかあった?」
明人が訊ねると、アオジは肩を竦める。
「お風呂と、ゲームと漫画と……エウレカの一般家庭って感じの内装だった。外見からは考えられないくらい。あと、生活の跡が無かったんだよね。建てて、家具とか食べ物用意して、そのまま放置されてる感じ」
「へえ。じゃあ俺らがずっと住んどってもいいん?」
「たぶん。さっきも言ったけど、もし誰か来ても……」
「アオジ、さっきは否定したけど……お前がやる気なら、俺はそれに従う。住む場所無くなるのは困るし」
明人に肯定されて、アオジは満面の笑みを見せる。
「うん!任せて、腕力には自信があるから!」
勢いで手を握りしめ、スプーンをへし折る。
「あ」
「壊すなよ……待っちょけ、新しいの取って来ちゃるけ」
明人が新しいスプーンを持ってきて、アオジへ渡す。
「ごめんね、ありがと」
「気にせんでいいっち昔から言いようやん」
「あ、そういえばさ……明人って、子供欲しかったりしない?」
「お!セックス!」
「ちょっと……デリカシー無いよ、明人。でもそれ……い、YES……ってことでいい?」
「もっちろん!じゃあ早くメシ食おうぜ!」
「もう……」
シチューにがっつき始めた明人を見て、アオジが堪えきれずににやける。
「……」
灰色の夢見鳥が窓枠に留まり、その会話を眺める。
「ふむ……問題は無さそうだな。後はアンレス・ホワイトを……」
飛び去っていく夢見鳥を、明人が一瞬だけ見留めた。
……数カ月後
曇天の森林地帯で、激しい戦闘音が響く。
大型の熊の左薙ぎを受けてアオジが吹き飛び、しかし平然と両足で堪える。次いで熊が走りながら追撃を繰り出そうとしたところに、アオジは回転を掛けながら飛び上がって躱し、パイルバンカーを熊の脳天に叩きつけ、地面を揺るがすほどの衝撃を起こして即死させ、頭を叩き潰して地面に大きめの窪みを作る。
「よし……」
アオジはパイルバンカーを消し、自身の体躯の倍はあろうという熊を片手で持ち上げ、担いで森を進んでいく。
「ちょっと癖があるけど、熊も美味しいしね……たぶん、明人も喜んでくれるはず」
アオジが小屋の前まで辿り着くと、出かけるときには閉めたはずの扉が開いており、物音がしない。熊を近場に置き、小屋へ入る。
「明人……?」
アオジがキッチンの方を見ると、成長した姿のマレに襲われ、猛烈な勢いで血を吸われる明人の姿があった。
「ブリュンヒルデ!」
アオジが即座に踏み込み右手を突き出すと、マレは明人の首筋から口を離しつつ、彼を右手で担ぎ上げて左手を振り、指線で壁を斬り裂いて外へ出る。間もなく、アオジが拳で壁を粉砕して相対し、そしてパイルバンカーを召喚する。
「生きてたんだね、ブリュンヒルデ……!」
「アンタもね、アオジ」
マレは明人の身体を放り投げ、それを突如現れた天使が拾う。
「よくぞ空の器をここまで生かした。約定通り、お前を楽園へと導こう。マレ、一足先に葬送ってやれ」
天使は明人ごと消え、マレが仁王立ちで向き合う。
「明人をどうするつもり……!」
「知らなくていいわ。アンタは楽園で、お兄の精液便所になればいいだけだから」
「さっきから言ってるその、楽園ってのはなに……?」
「アタシもアンタも、みんなが夢見た世界よ。お兄とアタシたちで、下らないジョークや、今朝の夢の話……そして、永遠にセックスし続ける、何にも構わず、幸せだけを貪り続ける理想の世界よ」
「そんなの」
「アンタもお腹に居るんでしょ、赤ちゃん。そりゃ我慢できるはずもないわ」
マレは全身から蒸気が上がり、肌が光沢を帯びるほど溌剌を放つ。
「お兄の血と、アタシという存在の全て……ゼナ、今ならアンタと殴り合っても勝てそうよ」
「わからないけど……ブリュンヒルデ、あなたを倒して、明人を取り返す!」
「そもそもアンタにあげたつもり無いってのよ」
アオジが地を強く踏みしめ、捲りながら飛び出す。マレが右手を大きく開き、振り上げて五本の血の刃を飛ばす。アオジが着地し、素早く強烈に踏み込んで右に転がって避け、パイルバンカーから杭を射出する。
「筋出力だけが取り柄のアンタが、今のアタシに勝てる道理なんて無いわ」
マレは向きながら左手で杭を掴んで受け止め、投げ返す。アオジは再び踏み込みつつ左手で杭を弾き、勢いのまま杭が再装填されたパイルバンカーを振り下ろす。しかし岩盤を砕くほどの一撃をマレは飛び上がって躱し、回転をかけて急降下し、振り抜いた両手から細い指線が波紋のように広がり、斬撃の嵐に巻き込んでアオジを斬り刻む。だが怯まずにパイルバンカーを引き戻しながら全身を使って薙ぎ払い、マレが両手で受け止め、鍔迫り合いのように力を込め合う。
「アンタが傷つく必要はないの。お兄とイチャイチャするんだから、ちゃんと見た目は整えておき……なさい!」
パイルバンカーを押し上げ、右掌底を叩き込んで吹き飛ばし、アオジは木に激しく叩きつけられ、そのまま木をへし折る。
「くっ……!」
アオジが即座に起き上がろうとするが、距離を詰めてきたマレが先に右手を突き出し、アオジの左乳房を貫いて、体液を吸い上げていく。
「あ……ふっ……!」
力が抜けていくのを感じながら、アオジは両手でマレの右手を掴み、渾身の力を込めて捩じ切ろうとする。マレは左手刀でアオジの右手を斬り飛ばし、しかしアオジは残る力を使って即座に右手を再生し、渾身の拳をマレの右手に叩き込んで殴り千切る。
「ワアアアアアアアッ!」
マレが引いたその瞬間、獣の咆哮のような絶叫を撒き散らしながら踏み込み、飛びかかる。
「いいわねそれ。お兄もそれくらい全力で襲ってあげて」
右手を再生しながら両手を振り上げて斬撃を起こし、アオジの両腕を肩口から斬り飛ばす。間髪入れず両手を合わせて突き出し、貫いてから割り開き、両断する。力尽きたアオジの肉体は消滅し、そしてマレに吸収される。
「アリア、ゼナ、トラツグミ……もうすぐよ。もうすぐ、楽園が訪れる……その後のことは、全部、アンタたちに任せるわ」
マレは踵を返し、飛び上がって去っていった。
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