エンドレスロール:メイヴ・クロダ

 エンドレスロール 栄光の大地レミューリア

 荘厳な煌めきに覆われた謁見の間にバロンが現れる。メイヴは玉座より、その姿を捉える。謁見の間には大量の青い蝶が飛び交い、溢れた鱗粉が綺羅星のごとく舞う。

「不思議な感覚ね、バロン」

 メイヴが右手で頬杖をついて、しみじみと呟く。

「確かにアタシはこの世から消えた……全ての三千世界から潰えて、無の無へ辿り着いたはずよ」

 伸ばした左手の人差し指に、青い蝶が一頭着地する。

「人は皆、理性という地獄に囚われている。己を律するシステムを理性と呼ぶのなら、人間が本能と呼ぶこの思いもまた、理性の一部でしかない」

 蝶が羽ばたく。

「地獄は脳髄にこそある。各々の業を、宿怨を取りまとめ力に変える、それこそが地獄あたまの機能」

 手元にポールウェポン……腕が重なりあったような奇妙な意匠の槍を産み出す。

「バロン、アンタならわかってくれるはず。アタシがどうしたいか、どこに辿り着きたいか」

 黙したまま頷くと、メイヴは笑んで立ち上がる。

「全ての世界の全ての万物より解き放たれる……そこにこそ、アタシたちが生まれた意味がある」

 メイヴが歩を進めていくと、彼女は蒼光に包まれ、瑠璃色の体色の竜人形態へと竜骨化する。

「アタシたちが破壊と再生の大きなサイクルの一部であるように、アタシたちの体の中でさえ、常に破壊と再生が繰り広げられている。人体とは宇宙を縮小したもの。アタシたちそれぞれが、世界の一部にして世界そのものなのよ」

 メイヴが立ち止まる。バロンがそれを合図に竜骨化し、周囲の蝶を蹴散らす。

「……始めよう、メイヴ」

「そうね。アンタがここに来た理由がどうあれ……殺し合うことに変わりはないんでしょ」

「……」

 バロンが黙して構えると、メイヴも続く。彼が踏み込み拳を放ち、メイヴは僅かに遅れて槍を振る。力負けすることなく、穂先と拳が激しい火花を散らす。彼女は翻りつつ蝶を撒き散らし、それらが爆裂して視界を奪う。その向こうから正確無比に投げられた槍がバロンの左肩を貫き、瞬時に手元に戻る。傷が瞬時に癒え、メイヴが槍を振るうと強烈な衝撃波が発生して向かってきたバロンを迎撃する。しかしそれを潜り抜けて眼前に現れたバロンに対応しきれず拳を受けて後退するが、追撃を石突きで弾き返して螺旋状の闘気を纏わせながら刺突を繰り出す。左肩を僅かに削り取るだけに留まるが、闘気に伴って大量の蝶が舞い飛び、夥しい量の鱗粉を撒き散らして更に闘気の流れで放出する。表皮を侵食してバロンの体が千切れ飛び、それでも体が傷ついた瞬間に修復して反撃の右拳を放つ。メイヴは間に合わないと察して、咄嗟に左腕で拳を防ぎ、弾けた闘気で動きが鈍る。そこを逃さず左拳で小さくアッパーをぶつけ、そのまま体重をかけて押し切り吹き飛ばす。メイヴは受け身を取るが、拳先で抉り取られた鎧のごとき表皮からは煙が上がっている。

「全く……単なる徒手空拳がここまで脅威になるなんてとんでもないわね」

「……お前も、中々槍術が様になっているんじゃないか」

「ま、槍の扱いは上手くないとセックスを楽しめないでしょ」

「……ふん、お前らしい」

 メイヴが再び螺旋状の闘気を宿して突進して突き出す。当然、そんな隙だらけの攻撃は掠りもせずバロンが迅速な反撃を行おうとするが、突如として地面から大量の幻影で出来た槍が飛び立つ。バロンが僅かに右に振れ、メイヴはまたも異常なまでに正確な投槍で、今度こそ彼の腹を中央より射抜く。流石にバロンも怯み飛び退くと、メイヴはすかさず槍を振るって強烈な衝撃波を起こす。蝶が波に乗って飛び立ち、各々が光の線で繋がれて巨大な障壁を産み出しつつ前進する。バロンは両手を障壁に突き刺して強引に受け止め、衝撃波を真正面から食らいつつ障壁を引き千切り、その隙を潰すように床から這い出る槍の幻影を踏み壊して急接近し、精密さを捨てて絶大な威力を纏って放たれた槍を躱し、大きな隙を晒したメイヴへ渾身の正拳をめり込ませ、弾けた闘気によるストッピングから強烈な左アッパーを叩き込んで吹き飛ばす。落下したメイヴは重い体を持ち上げて立ち上がる。

「これだけの力を以てしても……アンタに勝てない……なんて……」

 顔の左半分が瓦解し、メイヴはそのまま竜骨化が解けて元の姿に戻る。

「……果てたか」

 バロンが竜骨化を解きつつ歩み寄る。

「ふん……アタシより先にそういうこと言わないでくれる……?ま、別にアンタになら負けても……悔しくないしいいんだけど……」

 彼女は失笑すると、ふらふらと玉座に戻って座り、足を組む。

「ああでも……こうやって二回目の消滅を間近にすると……一回くらいはアンタと……イチャイチャしたかったとか……思っちゃうかもね……」

「……無駄な希望だ」

「ガードが堅い奴こそ落としたくなるのは……男も女も変わんない、わね……」

 メイヴは目を伏せ、頬杖をついて砕け散る。

「……欲望が、喜びが覗き込むのは、虚無だと言うことか」

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