与太話:腕相撲
政府首都アルマ 執務室
円形のテーブルの上に、二つの腕が交差する。片方はガッチリとした男らしい前腕で、もう片方は細かな傷がついているがキメ細やかな少女の前腕だった。組み合った拳へ、両手が被せられ、それが離れた瞬間に交差へは凄まじい膂力が掛けられる。少女の腕が容赦なく男の腕を倒し、その勢いで腕の持ち主は床に叩きつけられる。
「わぁーっ!?」
両手を離した後、観戦していたアーシャが叫んで飛び退く。倒れた男――レイヴンが立ち上がり、少女――ホシヒメの方を見る。
「流石だなお前さん。バロンの旦那とまともに殴り合うだけはある」
ホシヒメは自慢気に右拳を見せる。
「私の黄金の右腕は誰にも負けないよー!」
アーシャが困惑気味に笑う。
「あはは……相棒よりロータさんの方がいい勝負になりそうですけどね」
と、執務室のドアが開かれ、バロンとエメルが現れる。
「……来たぞ、ホシヒメ……って、レイヴンも来ていたのか」
「おや、主人公ズの集結ですか?」
二人がホシヒメたちを見て呟く。
「……君らは何をしてるんだ」
「腕相撲だよ!ドンドン!」
バロンの問いに、ホシヒメはテーブルを叩いて答える。
「へえ、単純な力比べですか。興味深いですね」
エメルが流れるようにテーブルにつく。
「さあ、ローカパーラ。私と一献差し上げませんか?」
「うーん!よーしどんと来い!」
ホシヒメが右腕を一回転させてテーブルに構える。エメルがゆっくりと握って交差させ、アーシャが再び手を被せる。
「うふふ……」
「えへへ」
不思議な殺気が籠った視線にアーシャは気圧されつつも、勢いよく手を離し、両者が一気に力む。互いに全力の膂力を込め、それでいて僅かばかりにも揺らいでいない。
「……すごい、完全に拮抗している……!」
バロンがシンプルに驚愕し、レイヴンが己の顎を撫でる。
「なんだこりゃ。とんでもねえ光景だな」
重ね合わせられた掌の狭間から、ミシミシと空気の悲鳴が聞こえる。
「ちょ、ちょっと腕相撲では聞こえないはずの音が……!二人とも、ギブアップならすぐ言ってくださいよ!?」
アーシャの言葉に、珍しく汗を垂らしながらホシヒメが続く。
「いやぁ……?これは力を抜くと持っていかれるよねえ……!」
「うふふ、ふふふふ……!」
同じようにエメルも笑み、両者文字通りの渾身の力を込め続ける。肘からテーブルに
「……勝負あり。二人ともよく頑張った」
手を離すと、バロンがテーブルを指差し、二人が見る。
「……全く、闘気も何も使わずに肘から伝わる力だけでテーブルを破壊するな」
「わお」
ホシヒメがおどけ、エメルも続く。
「いやはや、普段は立ち回りも含めた総合力で勝負しなければなりませんが、単純に力だけを比べる、というのも面白かったですね」
それを聞いた外野のレイヴンとアーシャが苦笑する。
「正直あんなもん立ち回りで埋められる差とは到底思えないな、ったく」
「ほんとですよね……二人ともこんなに可愛いのに、どこからこのパワーが……」
右腕を落ち着かせたホシヒメが、バロンと立ち位置を替わる。
「……ちょっと待て、僕はこんなことをしに来たつもりは……」
「まあまあまあ!エメルちゃんと腕相撲してごらんなさいよぉ!」
「……」
勢いでゴリ押されたバロンは仕方なく、テーブルを修復してから腕を構える。
「……さあ来い、エメル」
その言葉が耳に届いて脳内で高速で撹拌され、曲解したであろうエメルは満面の笑みで手を重ねる。
「今日は運がとてもいいですね、本当に」
「……僕が負けても戦績に入れるなよ」
「そうですね、試合が終わってから……考えましょう!」
二人とも完全に同じタイミングで力を込める。
「……うぐ……!」
バロンが僅かに押し負けており、徐々に倒されていく。
「おやおや、どうしましょうか。こういう時は、負けた側が勝った側の言うことをなんでも聞く、というのが常套ではありますけど……」
「……そう簡単に行くと思うなよ」
バロンが渾身の力で押し返す。
「先ほどはローカパーラに思わぬ苦戦をしましたが……純粋な力押しであなたに負ける道理はありませんよ!ふん!」
逆にエメルが全霊で押し戻し、そのままバロンを腕ごと倒す。
「うわぉ!すごい、バロンくんが倒された!」
ホシヒメが拍手し、バロンが立ち上がる。
「……全く」
「さてどうしましょうか……じゃあバロン、これから皆で街で遊びましょう」
エメルの提案に、僅かに驚きを見せる。
「……お前が穏便なことを言うとは珍しい。そういうことなら拒否する謂れはない。それでいいだろうか、レイヴン、ホシヒメ、アーシャ君」
ホシヒメがレイヴンたちの手を掴んで掲げる。
「もっちろんでーす!はーい!レイヴンくんとアーシャちゃんもそう言ってまーす!」
その勢いに負けたレイヴンとアーシャが笑みで返す。
「……たまには平和なのも悪くはない……気がする」
そもそもの発端がなんだったのかいまいち忘れたまま、バロンたちは街へ繰り出すのだった。
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