与太話:修羅モードさん

 エラン・ヴィタール 屋敷

「……」

「……」

 客間の長いテーブルを挟んで、バロンと片耳のハチドリが相対していた。

「……思い切ったイメチェンだな、ハチドリ」

「旦那様……」

 片耳のハチドリが脇差に手をかけると、客間へ普通のハチドリが勢いよく入ってくる。

「お待ちください!うわぁ!なんで武器出そうとしてるんですか、もう!」

「……」 

 片耳の方が普通の方に視線を向ける。

「ダメですよ、旦那様と戦おうとしたら!」

 普通のハチドリがバロンへ駆け寄る。

「……どうなっている。なぜ君が二人いる」

「えと、こちらの私さんは道に迷った時に見かけたので連れてきました!」

 バロンは片耳のハチドリに視線を向ける。身長は変わらないが片耳で、衣服は所々破け、炭化した表皮が露になっており、スカートから伸びた素足も切り傷だらけ、脇差用の鞘が付いた籠手と、背に太刀を一振り背負っている。バロンは何度か普通のハチドリと見比べる。キラキラと無邪気に瞳を輝かせる普通のハチドリと違い、片耳の方は穏やかだが暗く澱んで、吸い込まれそうな瞳をしている。

「……闇落ち、という奴か?」

「旦那様……」

 片耳のハチドリは脇差を抜く。刀身に赫赫たる怨愛の炎が宿り、床に引火する。バロンが咄嗟に鋼で火元を塞ぎ、鎮火させる。

「……これはまたとんでもなく赤い怨愛の炎だな」

「ええっと、怨愛の炎って赤いとどうなんでしたっけ、旦那様」

「……何者かへの強い愛情に満ちていると言うことだな。ちなみに憎悪が勝っていると蒼くなり、双方が完全に拮抗していると黒くなる」

「ほほう、なるほどー……つまり……」

 普通の方が片耳を見て目を見開く。そして顔を赤らめ、両手を突き出して否定するように振る。

「ちょっと待ってくださいよ!ってことは、この私はぱっと見で旦那様のことが好きって大声で言ってるみたいなもんじゃないですか!!!」

「……いや、別に僕のことが好きかどうかが決まったわけじゃないだろう……」

 バロンが否定気味に告げると、片耳のハチドリは納刀し、身軽な動作でテーブルを飛び越え、バロンへ飛びつく。

「……うぬぉっ」

「旦那様……」

 バロンが引き剥がそうとしても離れぬほどの強烈な膂力で抱き着き、怨愛の炎が燃え移る。

「わー!旦那様が燃えてます―!?ダメですよ私さん!まだ昼間なのにそんなことしたらー!」

「……いや、これはこれでいい。この姿でも君の魅力は十分に感じられるな……」

「恥ずかしいですぞ旦那様!私の目の前で私にデレデレしないでくださいー!」

 しばらくして片耳の方は満足したのか離れ、己の足で床に降り立つ。

「……僕への愛で怨愛の炎がこれほど赤く染まっているのは、少し照れるな……さっきハチドリ……えー、僕のハチドリが言ってくれたように、ずっと大声で愛の言葉を叫んでるようなものだからな……」

「私も……」

 片耳のハチドリがバロンへ体を擦りつける。

「……そうだな、君も僕のハチドリではあるんだが……呼び辛いな」

「修羅……」

「……修羅、か。僕からしたら可愛さがかなり抜けていないが……まあいいだろう」

 しれっとバロンの手を引き寄せて抱きかかえるようにしていると、普通のハチドリも同じようにバロンの懐に入ってくる。

「……ああ、妻が二人もいる気分はすごくいいな……エリアルやアウルもたくさん増えてくれないだろうか……」

 バロンは譫言のように呟いた。

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