☆☆☆エンドレスロールEX:始まりの火

 生きることの意味は 何もなく

 死ぬことの意味も 微塵さえありはしない


 暴力の極まりを求めた亡者たちの行進は 

 終わることはなく

 渇望の涯に辿り着くのは 戦闘狂の楽園


 極まる暴力が偽りの地表を引き剥がし

 現れたのは

 未だ消えず燻る 始まりの火






 エンドレスロール 超複合新界・三千世界

 荒涼とした風が吹き抜ける廃墟群の最中を、ハチドリが歩んでいく。エウレカのビルや、WorldAの村落残骸、カテドラルやら大聖堂やら、既視感のある建造物の何もかもが無造作に崩れ落ちている。

「てめえか、待ってたぜ、バロン」

 辿り着いた広い空間の中央に、目を伏せていたアグニが立っていた。変わらずムスペルヘイムの軍服を纏っており、真っ赤な怨愛の炎を背から立ち上らせる。

「アグニ……殿」

 ハチドリは立ち止まり、神妙な面持ちで口を開く。目を開いたアグニは驚きと落胆を表情に見せる。だがすぐに、彼女から何かを感じ取る。

「ほう、俺の名前を知ってるとはな。てめえから感じる気配……まさかとは思ったが、バロンの力を丸ごと受け継いでんのか……」

「あなたは……旦那様の心のなかに最後まで居た、好敵手……」

「ハンッ、そりゃそうだろうよ。あいつのライバルは俺だけだ。俺のライバルもまた、あいつだけだ」

「旦那様の、好敵手……」

 ハチドリは脇差に手をかける。

「で、てめえは誰だ。バロンを打ち負かしたんじゃ、それだけバロンをそっくりそのまま帯びていられるわけがねえ」

「私は……旦那様の全てを継ぐために、妻となった者」

「妻か……エリアルより優先してまで全部託したってわけか。どうせあいつのことだ、エリアルとはお手々繋いで死にたかったんだろうよ」

 アグニは両拳に炎を宿し、口角を上げる。

「よし、事情はわかった。相手にとって不足はねえ。てめえはバロン、その全てを継いだもの。ならば我が拳を打ち込むに相応しいッ!」

「そう来なくては!」

 ハチドリは脇差を抜き放つ。

「あなたを撃ち破り、旦那様を継ぐものとしての覚悟を示します!」

「ハッ!敗けるのはてめえだ、小娘ッ!」

 両者が同時に一歩を踏み出す。アグニは異様に伸びる前進によって瞬く間に距離を詰める。その速度はハチドリにとっても驚くべきもので、素早く放たれた右拳を弾く。アグニは反動を往なして飛び上がりつつ左脚による飛び回し蹴りを繰り出し、分身によって躱されたところへ空を蹴って加速し、実体化したハチドリにすぐに張り付く。

「速いっ……!」

 思わず声に出して怯んだところに、アグニの両手刀による一閃を受けて縦方向の炎が生まれ、十字の衝撃を受けて地面に叩きつけられる。

「トロいぜ、そんなもんでバロンを継げるかァ!」

 アグニは即座に両手を胸の前で掲げ、掌に火球を生み出して投げつけつつ着地する。ハチドリは起き上がりつつ脇差で火球を往なし、着地と同時に接近を仕掛けてきたアグニに対し、籠手に脇差を納刀して構える。アグニは強く地面を蹴って急加速し、まさに擦れ違い様に手刀による斬撃を加えるような気迫を与えてハチドリに脇差を振らせ、凄まじい脚力によって目前で飛び退いて空かさせ、そこに生まれた完全な隙へ瞬時の肉薄から強烈な二連蹴りを叩き込み、後方へ吹き飛ばす。脇差で防いで堪えたところに追撃に手刀を二連続で交差させて斬撃を繰り出すと、一段目を分身で往なし、二段目を脇差で弾き、逃れようとするアグニへ籠手を爆発させて加速し、赤黒い太刀による一撃を届かせる。アグニは白刃取りの要領で受け止め、そこへ落ちた紅雷による追撃を、掌を爆発させて後ろに吹き飛んで躱し、両者は着地して仕切り直す。

「刀なんぞ使うようなヤツが俺に追いつけるタァ思ってなかったが……てめえの使う武器は、全部てめえの血肉ってわけか。面白え」

「旦那様の記憶通りの、何と言う速さの拳……」

「てめえの鋭さ、もっと見せてみやがれ」

 脇差を突き出して突進し、次の瞬間に両者が視界から消える。いや、突進に合わせて距離を詰めてきたアグニに対し、即座に籠手を爆発させて応えたことによって、両者は同時に空中へ吹き飛んでいたのだった。アグニは構えと同時に空中を蹴って飛び、急減速して眼前に両手を交差させて現れる。あからさまなフェイントにハチドリは既に展開していた分身に背後を取らせ、アグニは両手を開きつつ自身の身体の上下を入れ替えながら回転して炎を帯びた薙ぎ払いを繰り出して分身を消し飛ばし、像を帯びて巨大化した脇差の一撃を防御して吹き飛ばされる。ハチドリもまた空を蹴って加速し、飛んでいくアグニに追いついて二の太刀を振る。彼は空中で制御を取り戻して切っ先を左手刀で往なし、右手刀を振り下ろして脇差の像を破壊しつつ、猛烈な炎で炙り、水平に構えた左貫手を重ねる。脇差を籠手に収めつつ、火薬を爆発させて左拳を無理矢理合わせ、指先と拳先が激突する。強烈な爆発とともに両者離れ、短いテイクバックから空中を滑るようにして肉薄しつつ蹴りをアグニが繰り出し、右半身を鋼で覆ったハチドリが右拳で迎撃して足を弾き、回転しながら微上昇し、アグニの腹に右拳を極めて落下させる。追って着地し、脇差を構えて仕切り直す。

「チッ、流石に目が慣れたか?」

「ええ、それに――旦那様の中には、あなたとの戦いの記憶が色濃く」

「ハハッ、そうか」

 アグニは満足げに、首を鳴らしてから嗜虐的な笑みを浮かべる。

「このたった数瞬でさえ、てめえがどうしてバロンに託されたのかよくわかるぜ。なあ?」

「……。旦那様は平和な日常を、平和を取り戻すための戦いを、使命だと、仕事だと、そうして自分を騙して打ち込んでいました。あなたという存在は、旦那様をそういう退屈から救い出す、象徴でした」

「フン」

「あなたという暴力の権化が、戦いの狂騒を連れて必ず来ることを、どんなことより楽しみにしていた」

 アグニは踏み込み、大きく半円を描いて蹴り払い、炎の軌跡で妨害しつつ踏み込む前の地点に戻り、ハチドリはそれに対してフロントステップで避けつつ、引き戻りに合わせて急いで接近し、舞うような連撃を繰り出す。

「ククッ……!」

 連撃の全ての直撃を受けて体勢を崩し、脇差を左胸に突き立てられて蹴り飛ばされて引き抜かれる。立て直し、傷を塞ぐ。

「やるじゃねえか……」

 突如爆発が起き、一瞬にしてアグニが竜化し、四腕の竜人形態――暴力が顕現する。

「小娘、バロンの意志じゃねえ、てめえ自身の覚悟を見せてみな」

「竜化……」

「てめえはまだ自分の意志を見せてねえだろ。自分の戦いに、バロンの遺志を乗せてるだけだ。確かに、バロンと戦うだけならそれでいいんだろうぜ。だがな、俺はてめえ自身と戦いたい。そこにはアイツの力はあっても遺志は不要だぜ」

 ハチドリは脇差を握り直し、自身の左胸に突き立てる。

「全ての燻りを我が胸に、我が身を薪として、心に滾る紅蓮にて世を覆え」

 籠手が砕け散り、ハチドリの身体が炎へと変わっていく。

「我が名、〈余燼〉!」

 莫大な炎を引き裂いて現れたのは、鋭利かつ細身の、一対の翼を持った四脚竜だった。

「それがてめえの覚悟、意志ってわけだ」

「これが竜の体、竜の力……これが、私……!」

「行くぜ!」

 暴力が口から大火球を吐き出し、余燼は体躯に対して巨大な左翼を盾にしつつ突進し、振り抜いて火炎を切り裂きつつ、右翼を突き出す。突きから切り払いつつ飛び退いて空中へ行き、火炎で薙ぎ払って地を焼く。暴力は巨体からは考えられぬほど軽やかな跳躍で追い、上下の腕を同時に振り抜いて二重に交差した火炎の斬撃を繰り出し、余燼も口許から絶大な威力の火球を吐きつけて相殺し、自身を爆発させて瞬間移動し、背後を取った状態で両翼を同時に渾身の力で振り抜き、その強烈な衝撃で暴力を地面に叩きつける。暴力は殆どタイムラグなしに立ち上がり、四つの腕を集中させて口から吐いたものよりも巨大な火球を生み出して投げつけ、余燼が避けつつ着地して爆発で加速しながら翼による薙ぎ払いを当てようと突っ込むと、真上から現れた暴力に首を掴まれ、残る三本の腕の連打を受けることになる。だが尻尾の先端から怨愛の炎で剣を象って薙ぎ、暴力の右上腕を斬り断つ。戒めから爆発で逃げ、余燼は全身から怨愛の炎を発する。同時に紅い闘気と、紅い蝶たちが群れを成す。

「いいぜ、てめえの全部……見せてみな、俺になァッ!」

 暴力も力を解放し、背に怨愛の炎で輪が生み出される。

「さあ来い!」

 両者が飛び出し、右翼と左下拳が激突し、先端が擦れて擦れ違う。再生した右上腕が手刀を振り下ろし、左翼が軽く弾き返し、その下から差し込まれた右下腕が火球を握り潰して爆発を至近距離で与え、余燼は怯むようにしながら一回転して蝶と火種を撒き散らして上昇し、爆発とともにそれらを起爆しつつ、両翼を振り下ろして降下する。予備動作とも言える爆発には直撃こそすれど怯まず、暴力は両翼を両上腕で受け止め、両下腕で生成した火球を余燼の腹に極める。だが大量の蝶がその盾となり、爆発によって一気に距離を取った余燼が突進からの翼の刺突を繰り出し、それに対応しようとした暴力が動くよりも先に再び爆発によって距離を取って刺突を重ねつつそのまま回転して薙ぎ払う。

「(これは……!)」

 暴力は察したか、二度目の刺突の直撃を受けつつも薙ぎ払いからは急速に離れて躱し、だが余燼は爆発を使った瞬間移動でなおも限界まで距離を詰め、口許に滾らせた火炎を噛み砕いて爆発を直当てしつつそのままブレスとして吐きつけて連続で起爆させ、炎の刃を纏った尾を使ったサマーソルトで斬撃を加え、空中で突進して再び両翼の一閃を叩き込み、爆発で即座に着地してから瞬時に突進から再三の両翼の一閃を叩き込み、最後に移動用とは異なる威力の大爆発を肉薄して強引に当て、暴力を吹き飛ばす。余燼は余りにも捨て身の特攻を行ったせいか同じように後方に吹き飛び、莫大な隙を晒す。

「はぁっ……!」

 余燼はゆっくりと姿勢を戻し、翼を開いて風を起こす。

「クククッ……!」

 暴力も激甚なダメージを負っているが、傷を癒やしもせずに立ち上がる。

「まだ使いこなせていないようだな……!てめえはそんなもんじゃねえだろ、なあ!俺のライバルの全部を受け継いだんだ、俺を満足させられないわけがねえだろうがよォッ!」

 炎で加速しつつ、右下腕が振られ、その上から右上腕が貫手を繰り出す。左翼で指先を弾きつつ、そのまま盾とすることで貫手を受け止め、同時に展開することで押し返し、右翼の先端に付いた蒼い翼爪で引き裂く。暴力はこの一撃によって過たずに胴体を縦に切り裂かれるが、構わずに四本の腕を結集させ、大火球を生み出して炸裂させる。吹き飛ばした余燼目掛けて、両下腕をアンカーのように地面に打ち込んで口から熱線を吐き出す。余燼を貫き、その上から両上腕から火球を足して威力を増幅させ、余燼はその全てを喰らいつつも両翼爪を打ち込んで堪え、咆哮とともに蝶の群れが火球を成し、三つ飛ばす。そして構え直し、右翼爪を突き刺して地面を切り裂き、直線上に衝撃波を巻き起こして、それに怨愛の炎を続かせる。左翼でも同じ攻撃を重ね、暴力は自慢の高速移動で威圧をかけながら避けて距離を詰めてくる。余燼は続いて螺旋状に蝶の群れを呼び起こし、ドリルのような闘気槍を四つ射出する。露骨に暴力を狙ってディレイをかけて一本ずつ撃ち放ち、最後だけ二本同時に撃つものの、かすりもせずに暴力が目前まで到達する。

「……」

「……」

 肉薄した二人は、妙な高揚感によって動きが遅れているような錯覚さえ覚えて、次の攻撃を構える。先に暴力がより一歩踏み込み、四つの腕を同時に交差させて斬撃を放ち、放たれたそれを右翼の縦振りで相殺し、暴力が身体の均衡を崩して右半身に重心を傾け右下腕を伸ばす。余燼は左翼を下から振り抜いて斬り飛ばし、素早く身を翻して尾で腹を貫き、そのまま持ち上げて掲げる。勢いよく振り抜いて投げ飛ばし、人間態の時のように残心で姿勢を戻す。

「……」

 暴力は竜化が解け、仰向けに倒れる。余燼もまたハチドリへ戻り、駆け寄って片膝をつく。

「アグニ殿」

「チッ……てめえとの戦いはムカつくぜ……いつもな……勝っても……負けても……清々しいんだよ、毎回、これで悔いはねえって思えるのが……苛つくぜ……」

「……」

 アグニは上体を起こし、ハチドリの肩を掴む。

「なあ、てめえの名前を教えな……バロンの遺志を継ぐなら、俺のも持っていけよ……」

「私は……私は、ハチドリ」

「ハチドリ、か……はは、いいじゃねえか。てめえは飛び続けるしかねえ……」

 肩に置いていた手を素早く動かし、脇差を奪い取る。

「俺にとって、てめえは全部だ。戦いだけが、俺たちを活かしてくれる。戦場だけが、俺たちの居場所なんだ……」

 脇差で自らの首を突き刺し、引き抜いて投げ返す。

「なあ、そうだろ、バロン……」

 アグニは背から斃れ、塩となって砕け散った。

「……」

 ハチドリはわざわざ指で脇差の刀身についた血を拭い、納刀する。

「素晴らしい拳でした、アグニ殿……」

 おもむろに立ち上がると、踵を返してゆっくり歩を進める。

「あなたの好敵手として相応しいよう、旦那様の遺志を、私自身の覚悟を……」

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