☆☆☆エンドレスロールEX:夢見の月の庭

 妄執に過ぎぬ 汝の魂魄よ

 戯言に過ぎぬ 汝の涅槃よ

 迷いは永久とこしえに絶ち切れず

 永久とわに在るものは非ず

 一瞬の内に 全ては在る


 なれば裁こう 汝の罪業を

 なれば授けよう 汝への結審を

 真理など者には非ず 我が審理のみが在る


 審判の涯 下されし決は

 汝の滅び ただそれのみ








 エンドレスロール 茫漠の墓場

 空虚な冷ややかさに包まれた、白砂の砂漠。その最中に立つ、白亜のアパートの中央広場にて、竜人形態のソムニウムと片耳のハチドリが相対していた。

「世にあるのは取り留めのないものだけ。永遠不変のものは、どこにもない。これは仏教賛歌ってわけじゃなし、悟ろうが最後の審判に善しと言われようが変わりない」

「……」

「天国の外側、あらゆるイデオロギーから離脱した世界でも、それは変わらない。力によって世から離れたディードでも、世界の理そのものになった特異点でもね」

 真水鏡からルナリスフィリアを抜いて構えると、ハチドリも応えるように脇差を抜く。

夢見の月の庭ヴァニティ・キンドルフィーネ……茫漠の墓場と呼ばれたこの空間は、盲目の王と始まりの獣わたしたちの開闢の地」

「……」

「あなたは知ってるでしょう。あなたの腹に子を託したのが、私の同一の存在なのだから。あなたはもはや、私たちと言っても過言ではない」

「薄々、感じてはおりました……旦那様から頂いた力と、ソムニウム殿から感じる力……その、性質の近さを」

「彼も私も、よく似ているところがある……やるべきことを成す、そのためだけに生きているところがね。変化していく時代、価値観、道徳、規範……それらに流されず、やるべきことだけを成す」

「旦那様は……」

「彼は私たちの中で、放蕩を目的として世に生まれた。沈溺と、吟遊と、知恵。三つの果実を等しく貪り、互いの温もりで狂うために」

「故に奥様や、多くの方々と愛を育み、わかり合い、慈しみ合った……」

「そう。身を交えることも、命を奪い合うことも、等しく愛であると確かめるために。結果として、それは正解だった。そう……あなたが、彼の人生の全てを肯定し、私たちが彼に求めた結果を、全て体現した。セックスも、言葉も、感情も、斬り結ぶことも、全て等しく、愛であると証明した」

 二人は距離を保ちつつ、視線を外さずに歩き始める。

「私はただ、旦那様の意志に従っただけです」

「いい。あなたが彼の愛に、自らの愛で応える。それだけで、盲目の王わたしたちが正しいことの証明になる」

「奥様は」

「彼女への愛ではダメ。常に共にあるものを、愛することは出来ない。体の全てが個々で思考しているとしても、右脳が左脳と愛し合ってるなんてことは想像しにくいでしょう」

 ソムニウムは立ち止まり、ハチドリもそれに従う。ルナリスフィリアを改めて構え、彼女は珍しく狂ったような気配を発する。

「だからこそあなたが必要だった!あなたのその純真無垢で、穢れ無く、でも意志に満ちた魂魄!そこにバロンの意志を背負わせることで、遂にあなたが再び生まれた!」

 そして彼女は急に落ち着く。

「ラドゥエリアルと共に新たな世界を牛耳ったのは、これを確かめたかったからに過ぎない。あなたがこうして生まれてきてくれた以上、世界の運行を正す役目は、ただ暇潰しでしかない。そう、こうしてルナリスフィリアの中で斬り合うことも含めてね」

「……」

「だからもう、この記憶の世界も私には必要ない。愛の証明には、それだけ強大な力が必要だったから、レメディを討つことの出来る力を産み出すつもりだったけど、もうそれも必要ないからね。でもまあ……まだこの現実を見ている狂人たちと同様に、あなたがディードすらも上回る、〝何か〟なのかどうかは興味がある」

「ならばソムニウム殿……我が刀の錆となってください」

「暴力で私を上回れば、どうぞご自由に」

 脇差を突き出して突進してきたのを、真水鏡による完璧なブロッキングで弾き返す。よろけたところへルナリスフィリアを突き出し、刃先を凌ぎつつ飛び退き、それを読んだ刃先から光線が放たれ追撃し、怨愛の炎に阻まれて仕切り直す。

「悪くない。私の見たいもののためには、私はあなたのために死ぬ必要があるけど……これなら殺してくれるかもね?」

「当然ですぞ、ソムニウム殿……」

 ルナリスフィリアに光が集まり、再びの刺突に合わせて光線が放出される。ハチドリがそれを回避すると同時に急接近してくるところで総身から闘気を繰り出して怯ませ、左拳を地面に叩きつける。強烈な冷気と真雷が迸り、左腕が変異しつつ巨大な矛を掘り起こし、振りつつ飛び退き、穂先と脇差が激突して弾かれ、再び引き離されて仕切り直す。

「私ってほら、自分で言うのも何だけどあんまり熱中しないタイプなんだけど」

「まあ……そうですね……」

「あなたの太刀筋は熱くさせてくれる。……滾る、って言うのかな」

 ソムニウムは瞬間移動からルナリスフィリアの刀身の出力を最大まで引き上げ、薙ぎ払う。脇差による防御を貫通して大きくよろけさせ、真雷を迸らせて矛を下から上に振り上げ、分身に阻まれ、続く振り下ろしに合わせて現れ、蒼い太刀に持ち替えてから怨愛の炎でリーチを増強し、渾身の横振りで矛をへし折る。

「いい」

 矛は柄ごと即座に消滅し、腕の変異が戻って左腕には篭手ティアスティラが装着され、そこから噴き出る激流によって加速した拳がハチドリの額を正確に撃ち抜き、強烈に吹き飛ばす。既に装着された具足から水を噴き出して加速し、蹴り上げつつ自身も浮き上がり、一瞬のテイクバックから強烈な蹴り下ろしを加える。蹴り上げを身体を逸らしてギリギリで躱し、続く蹴り下ろしを弾くものの、ソムニウムほどの強者が力を溜めた影響は見た目より遥かに凄まじいのか、猛烈なストッピングパワーによって防御硬直を延長させられる。

「くっ……!」

 そこに真水鏡による殴打が極められ、左手に生成された打刀エクスハートと共に構えて刀身に凄絶極まる闘気が込められ、交差するように振り下ろされる。その直撃を受けて激しく吹き飛び、地面で一度バウンドしてから左手を地面に突き刺して速度を殺し、立て直す。

「さて、怨愛の修羅。あなたの力はこの程度じゃない、そうでしょう。誰にも劣らぬ最強無敵の存在、そこまであと一歩なのだから」

「もちろんです……!旦那様のためには、どんな敵にも敗れるわけにはいかない……!」

「あなたみたいな可愛い子にそこまで真剣に愛されてるなんて、宙核が羨ましいね」

 ソムニウムの身体に緑色のラインが走り、強化形態となる。

「もっと楽しいことしようね」

「必ずや打ち勝ってみせましょう……」

 分身を射出し、ソムニウムは体表に漲る闘気で打ち消しつつ、肉薄したハチドリによる舞うような連撃の初段を真水鏡で弾き返す――ところで蒼い太刀を背の鞘に瞬間移動させつつ、赤黒い太刀を引き抜き振り下ろす。

「へへへ……へえ!なるほどね!」

 真水鏡を振り抜いたことで隙が生じ、赤黒い太刀の一閃によって過たずに胴体を切り裂かれる。同時に降り注いだ紅雷がソムニウムを貫き、衝撃によって僅かに拘束される。赤黒い太刀を背に戻し、重ねて篭手を爆発させて脇差を勢いよく射出し、右手で掴んで常識の埒外の速度の抜刀術にて左腕を切断しつつ、振った軌跡が爆発して後退させる。分身を使って加速して割り込み、炎を帯びたままの脇差で舞うような連撃を叩き込む。

「あなたから盛るのは美しい愛の色……暴力も不貞も欺瞞も何もかもを装飾する、美しい人間の心」 

 ソムニウムは攻撃の直撃をなおも受け続ける。

「私は特にそういうものを持ってないけどさ……」

 そして、突如として彼女から蒼い炎が一気に噴出し、ハチドリを押し返す。

「これはッ……!?」

 左腕が瞬時に再生し、真水鏡も同時に復活する。

「凄く人生を楽しんでた友達の炎なら、この間貰ったよ」

「ッ……!?」

 ハチドリは僅かに気圧される。

「なんて凄まじい憎悪……!」

「だよね、私もそう思う」

 煤けた蒼炎が内部から漏れ出す長剣が左手に握られ、背から翼のように蒼炎が漏れ出し、体表に焼き裂けたような紋様が刻まれる。

「この炎の色、面白いよね」

「ん……」

 ハチドリは気勢を取り戻し、再び構える。

「どれだけの時間、こんな腐りそうな憎しみを大事に持ち続けてたんだろうね。想像もつかないね」

「これほどの憎悪を宿して、どうして……」

「これこそが、彼が……空の器が、人間の理想形を目指して作られていたことの証明になるのかもね」

 ソムニウムは長剣を上に、ルナリスフィリアを下に構え、一度の踏み込みで急接近する。ルナリスフィリアの刺突が繰り出され、切っ先から生じた光波が発生して衝撃波となり、ハチドリは籠手の爆発で即座に右に逃れつつ、長剣による薙ぎ払いをギリギリで避け、左腕を突き出して火薬を至近距離で撒き、蒼炎によって着火されて爆発する。ソムニウムは長剣を振り切って真水鏡による干渉で爆発を逃がし、即座に踏み込んでルナリスフィリアを突き出す。しかし単調に過ぎる攻撃故か容易に脇差に弾き返される。

「これは余りにも……」

「ふふ……」

 瞬時に重ねられた長剣の一閃を分身を爆発させて躱し、その場に現れつつ、刀の像を被せた脇差にて素早く斬りつけつつ通り抜けて逃げる。ソムニウムは高速で重ねられた一撃が軽いことを見越していたのか不必要に身動ぎせず、ルナリスフィリアで貫いた空間に現れた次元門に飛び込み、ハチドリの足元の空間を引き裂いて現れる。ハチドリは咄嗟にハンドスプリングで後退し、長剣で斬り掛かってきたところを脇差のカウンターで切断し、だが左手にワープしたルナリスフィリアの斬り返しを受け、躱すために姿勢を大きく崩す。

「ッ……!」

 そこへ再び右手に戻ったルナリスフィリアの刺突を腹に極められて貫通し、解放された光波によってもろとも吹き飛ばされる。ハチドリは地面にのたうつことなく受け身を取り、腹の傷を塞ぐ。

「ソムニウム殿にしては単調な攻めでしたが……」

「所詮はもういない友達の力だし、二刀流なんていいことないしね」

 ソムニウムはルナリスフィリアを軽く振り、先程の長剣と融合したかのような外見の、異形の大剣へと変貌させる。

「……!」

「ネオス・ルナリスフィリア……」

 大剣からはまるで歓喜に打ち震えるように蒼炎と蒼光を強く放つ。

「あははっ、彼も喜んでるみたい。こんなに近くにいるのに寝首も掻けない、哀れに過ぎるね」

「あなたは……」

「その憎悪に応えようとは思わなかったのですか、って?ハチドリ、あなたは純粋だからどんな思いも拾わなければならないと思っていそうだけれど……謂れのない憎しみや怒りに応える必要なんて無い。現に彼は、終には私に勝つことはなかった。敵に殺意以外の感情を以て戦うこと自体、戦いに対して真剣でない証、そうでしょう」

「それは……そうですが」

「愛は己の中にある。人の六つの罪は、神の三つの罪は……相手が居なければ成立しない。でも、相手と語らうのはただ、暴力だけでいい」

 ソムニウムは真水鏡を正面に構えながら直進し、大剣を上段から振る。脇差で弾かれ、そこから四連斬りへ突入する。

「(これは……!)」

 ハチドリの気付きと同時にソムニウムは笑んだように見え、像を被せた脇差で四連斬りを弾き返し、最終段に脇差を合わせようとした――大剣では無く真水鏡が割って入り弾き返しを露骨に狙ってくる。がハチドリは更にその上を読んで分身を用いつつ時空を歪ませて主体時間を加速させて姿勢を整える時間をこの攻防の最中に強引に整え、蒼い太刀を抜刀して刀身に怨愛の炎を宿し、横一閃を繰り出す。切っ先が左腕の上部を薄く掠めながらソムニウムの鎖骨のすぐ下を切り裂きつつ、左手で赤黒い太刀を抜刀してそのまま縦に切り裂く。軌道に現れた紅雷から逃げてソムニウムは構え、力む。彼女の下へ大量の紅と蒼の粒子が収束され、壮絶な闘気の波動が解放され、周囲を滅茶苦茶に破壊する。ハチドリは合わせて爆発して威力を相殺し、両者仕切り直す。

「私、結構バロンのこと羨ましいと思ってたんだよね」

「……?」

「私の周囲にいる竜とか人とか獣とか、みんな癒し系がいないから」

「癒やし……」

「戦いに生きる彼やあなたには、わからないだろうけど」

「ソムニウム殿は……それだけの強さを持ちながら、戦いに生きるつもりはないと」

「ああ、それが彼にあって私には無かった理由か……手に入れたいものを手に入れたいと足掻く時間こそ、最も焦がれて楽しいのかもね」

 ソムニウムの背後に大量の氷柱が現れ、一旦空中に射出されてから一気に降下する。地表で砕けて真雷が迸り、障壁となる。ハチドリは分身によって飛び継ぎながら距離を詰めていき、だがあちらの素早い二連斬りによって次元門を切り裂き、放出されたシフルの激流がハチドリの進路を潰しつつ、なおも氷柱で妨害し続ける。動きを読みつつその進路に空中を滑りながら刺突を繰り出す。間一髪で躱したところへ、ソムニウムは次元門と氷柱で拘束しつつ大剣を頭上に掲げ、思い切り力を溜める。

「王龍式――」

 大剣の輝きが極限に達し、紅と蒼の鱗粉が雪のように降り注いでくる。単純に過ぎる縦振りがハチドリへ直撃するとともに、重ねて大爆発を起こして花火のような粒子がひらひらと落ちていく。ソムニウムは諦めに近い境地だったのか、振り終わりからゆっくりと血振るいのような動作で大剣を下に向け、棒立ち状態になる。間髪入れず、王龍式の直撃を受けてさえ全く傷を受けていないハチドリが急接近し、蒼い太刀を左胸に突き立ててくる。ソムニウムは抵抗すらせず、両者が地面へ叩きつけられる。

「なぜ……」

「さあね。バロンがあなたに一目惚れしたように、私にもあなたはぶっ刺さったのかもね」

 ソムニウムは大剣を手放し、真水鏡も消し、ハチドリを抱きしめる。

「温か……もふもふでいい匂い……」

「……」

 ハチドリは抱擁から離れて容赦なく太刀を引き抜き、ソムニウムは反動で後ろに倒れる。

「夢見た世界……はらりひらりと光に誘われて……ふふっ、何が夢見鳥だ、詩的にスカして……ほら……あんなもの……ただの蛾でしょ……」

「ソムニウム殿……」

 彼方から大量の紅蒼の蝶が現れ、ソムニウムの身体に集る。

「私には、向いてなかったかな……」

 蝶たちが一斉に飛び立つと、彼女の身体は消えていた。

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