☆☆☆エンドレスロールEX:いずれ朽ちる、我らの墓標よ

夢見鳥ようせいたちを束ねた 女王のむくろ

噎せ返るような血の匂いに満ちた 現の玉座

彼女はただ 人の夢の顕現であり続けた


怨も 愛をも秘した彼女は 炎を帯びるに能わず

また同じく 獣の妬みに晒された敵対者でもあった


最も近くにあるものにほど 気付かぬものだ

例え人に非ず 獣であれ竜であれ








 エンドレスロール 天元の園

 黄金の巨大な曼珠沙華の上に、黄金の輝きで作り出した玉座に座すメイヴがいた。曼珠沙華の下には延々と黄金の花畑が続いており、天からは雪か灰のように黄金の粒子がやおら降り注ぐ。

「……」

 彼女に縋るようにして絶命しているバロンの頭を、優しく撫でている。そこへハチドリが現れ、周囲に赫々たる怨愛の炎が舞う。

「もっと利口だと思ってたわ。どうやら買い被りだったようね」

 メイヴはバロンから目を離さずに告げる。

「あなたは……」

「アタシはメイヴ。女王メイヴよ。アンタはハチドリね……」

「……」

「なぜ知っているか、かしら?当然よ、アンタは有名人だもの。エリアルとアウル以外に、バロンが認めた人間の雌……だから」

 メイヴはバロンの頭を上げ、その額に口づけをして彼を吸収する。

「どこまでも無垢で無知な兎ね。言われたままに戦いに明け暮れて……オナニーのやり方も知らないの?」

「私は旦那様の思いを継ぐこと……それを自分の使命、意志としてここに居ます」

「そう。アンタは幸せ?」

 ハチドリは静かに頷く。

「ならいいわ。全部を託した女……そいつが幸せなら、あいつも本望でしょうね」

 メイヴは立ち上がる。

「アタシはかつて、諦めの涯に脳髄の秘密に辿り着いたわ。けれど、そこにアタシの幸せはなかった。そうあるべきと自分を納得させて、正解を我儘で突き崩そうとはしなかった」

「……」

「でも……このルナリスフィリアの中でなら……アタシはようやくバロンと結ばれる。望んでいたけれど、遂に手に入らなかったもの……アタシ自身の幸せを、手に入れられる」

 右手に鞭を呼び起こす。

「さて……お話は終わりよ。さっさと帰りなさい、踵を返して。ここにアンタの求めるものは何もない。戦いの狂騒も、その熱を忘れて惚けようとする愚かな平和もない。アンタにとって、ここには何もないでしょ?ゆっくりと、背を向け、歩を進め、この女王の墓より去りなさい」

 鞭を振り抜き、地面を叩き、左手でしなる鞭を掴んで構える。

「でなければここで死になさい。女王と王の墓には、豪勢な副葬品が必要だから」

 ハチドリはやおら脇差を抜き、その刀身に炎を宿す。

「旦那様の望みのため……私はあらゆる全ての力を喰らう。現実の私が旦那様の今際の願いを果たすなら、この私は……」

 再び鞭が振られ、地面を捲りながら突き進む。鞭は想像よりも遥かに長く、ハチドリを正確に狙う。が、サイドステップで躱され、そこから異常に伸びる踏み込みから脇差を振る。メイヴは左腕に鋼を纏わせ振り抜いて、脇差を弾く。分身を帯びて隙を潰しつつ、翻って脇差をもう一度振ると、メイヴは飛び退きながら鞭を素早く二度振り、分身からの瞬間移動で肉薄されてそこから舞うような連撃を繰り出す。硬質化した左腕で荒れ狂う斬撃を凌ぐものの、流石に受けの性能は高くないのか上から削られ、最後の大振りを受けて硬直させられ、下段からの薙ぎ払いで上昇しつつ二度斬りつけ、トドメにもう一閃頭上から叩き込み、メイヴの左腕の防御を割ったところに降下して左腕で彼女の頭を掴んで振り回し、顎の辺りから脳天へ脇差を突き刺し貫く。メイヴは瞬時に流体金属へと変わり、少し離れたところで復活する。

「女王の身体に躊躇なく傷をつけるとは、全くアンタらしいわね、バロン」

 メイヴは光に包まれ、装束が鎧へと変わる。露出の全くない、イブニングドレスと騎士鎧を組み合わせたような独特の外見だ。そして腰に佩いていた長剣を左手で抜き、背に負っていた大剣を右手で抜く。

「旧時代の王の怨念を帯びて、羽撃き続ける小鳥よ」

 大剣に紅の蝶、長剣に蒼の蝶が集い、それらが己の色と同じ炎となって刀身に宿る。

「ヒトがなぜ、獣の内に眠る燻りを炎として解放できたのか……それを、よく知ると良いわ」

 メイヴは先程とは比べ物にならないほどの速度で接近しつつ、ハチドリでも機敏に対応せねばならないほどの速度で大剣を振る。脇差で弾かれるものの、どちらの隙にもならずに長剣による刺突が放たれる。ハチドリは分身を盾に頭上に逃げるが、メイヴは追撃せずに後方に瞬間移動する。

「あなたからは熱を感じない……」

「そうでしょうね。アタシは生憎、己を薪とするつもりはないの」

 ハチドリの着地から再びの接近、大剣を振り、強力な熱波がそれに従う。脇差で凌ぎながら分身を使って姿勢を戻し、振り切ったメイヴの身体に二連斬りをぶつけ、そのまま舞うような連撃に突入する。だがメイヴから生じるのは鋼を撫で斬ったような金属音で、彼女は大して怯まずに後方へ瞬間移動し、両方の剣の出力を大幅に増強して紅い炎の刃と蒼い炎の刃を幾つも飛ばしてくる。ハチドリは高速機動は行わず、あくまでも一瞬姿が消える程度の速度でステップを踏んで回避し、籠手に脇差を納刀しつつ踏み込み、瞬きの間に肉薄して十字切りを叩き込む。軌跡が爆発し、メイヴは怯む。その僅かな隙に蒼い太刀に持ち替え、刀身に怨愛の炎を宿して再び、今度は大振りに十字切りを放つ。一段目を当てられてメイヴは急いで立て直して後方に下がろうとするが、姿を消した彼女を二段目で正確に捉え、後退中の身体を強引に引き戻す。

「……!」

 反射的に大剣を振ったのを見逃さず、籠手に生み出した真水鏡で弾き返す。大きくよろけて晒した首筋に、蒼い太刀を捩じ込んで勢いよく引き抜く。

「ぐうっ……!」

 メイヴは膝から崩れ、そのまま流体金属となって地面に溶ける。程なくして、再び玉座の前で姿を現す。

「この世で最も正しいのは暴力……それも、全てを否定する……暴力だけを肯定し、戦い以外の欲求の全てを否定する……全てを、焼き尽くす暴力……」

「……」

「アタシは、全部隠したわ。アンタのためにね……」

「最古の、人の王……?」

「そうよ。始まりの獣、盲目の王、濡れそぼつ大蓮華……獣のあるべき道を照らす、ボーラスやローカパーラとは、異なる最初の道を選んだヒト……それが、アタシ。感情を帯びる前のヒトの中枢」

「……」

「だからアタシは燃えないわ……瞳を失った、盲目の王アイツに火を導いてあげるためにね……」

 メイヴは手元に腕が絡み合ったような奇妙な槍を呼び起こし、瑠璃色の竜人形態――即ち、竜骨化状態となる。

「感情の獲得は……アタシにとって拷問だったわ。だってこんなにも好きなのに、愛しているのに……外に出る炎とはならず、燻りとなって身を焼き続けるんだもの。いっそのこと、にくんでしまったとしても……」

 槍を構えると、彼女の周囲に蝶が舞い出す。

「ふふ……いいえ、どんな理由があってもアタシがアンタを怨むことはないわ、盲目の王バロン……アンタが始まりの獣と番になるのなら、アタシはアンタを黙って支えるだけよ」

「メイヴ、殿……」

「もちろん、アンタの周りにいるメス共は怨みまくるけど」

 左手を振り抜き、大量の蝶を飛ばす。ゆっくりとハチドリを追尾するそれらは、肉薄すると同時に爆発して鱗粉を撒き散らす。ハチドリはステップで掻い潜りながら、メイヴが槍を掲げ、巨大な光柱が次々と現れ、自身の前方を塞ぐように断続的に発生し続ける。蝶となって消え、ステップを踏むハチドリの目前に現れつつ槍を振る。右から左に振られた槍は、折り重なった腕たちが脱力することで鞭のようにしなり、左右に退く選択肢を封じる。振り返しの際には関節を外したのかリーチが若干伸び、後退したハチドリは穂先を弾いて防御し、最後の刺突では穂先から光線が発生し、分身による回避から現れたハチドリは異形の大剣を両手で握り、踏み込んでから思い切り振り上げる。地面から生じた粘ついた熱波が、直撃によってかち上げられたメイヴに追撃で激突して押し込む。脇差に持ち替えつつ歪な刀の像を被せて背中から落下する彼女へ多量の斬撃を叩き込み、己の主体時間を加速して蒼い太刀に持ち替えて再び渾身の十字切りを激突させ、玉座まで吹き飛ばす。メイヴは衝撃で槍を手放し、足場の向こうへ落下していった。

「くっ……」

 メイヴは立ち上がり、細身の剣を左手に、肉厚の剣を右手に持つ。

「アタシを殺すの?」

 ハチドリは言葉にせず頷く。

「そう」

 メイヴは少し憂いを帯びて、しかしそっけなく返す。右の剣を振ると、ワイヤーで繋ぎ止められた小さな刃が展開され、鞭のようになって薙ぎ払う。大振りに過ぎ、ハチドリは容易に抜けて太刀を構える。その斬撃を左の剣が受け止め往なし、こちらも鞭の如くなって至近で振り払う。籠手で往なして後退し、大型の六連装を抜いて三連射する。二発ずつ射出された弾丸が左の剣の刃の狭間に捩じ込まれて機能不全を起こし、通常の六連装に持ち替えてフルバーストし、分身たちが弾丸を弾いてランダムに飛ばす。メイヴは左の剣を捨てて右の剣を踏み込みつつ振るが、接続部を太刀で切り裂かれ、弾が全て届くと同時に太刀による一閃で、左胸ごと左腕を切断される。力尽き、メイヴは玉座に倒れ込んで人間態に戻る。

「ねえ」

「……」 

 ハチドリは一歩退き、だが太刀を構え続ける。メイヴは残った右手の指をぴくぴくと動かしながら、掌を凝視する。

「バロン、アタシは……いい、女だった?アンタの中で……一人のヒトとして、人間としてじゃなくて、魅力的な、女だった?」

 右手を持ち上げ、ハチドリ――ではなく、虚空に向けて伸ばす。

「女の歓びは、女にしかわからないわ……身か、心か、どちらかが……」

 どこからともなく無数の光の細い糸が現れ、右手を優しく包み、支える。

「これは……」

 ハチドリが驚愕する。メイヴの背に現れたのは、黄金の光の束が姿を成したような造形の真竜、トゴシャ・シャンメルンと……

【……】

 流体金属で象られた、強靭な四肢を持つミミズのような竜だ。

「アデロ……バシレウス……!?」

 その驚きとは関係なく、シャンメルンが言葉を発する。

「メイヴ、やはり君は美しい。私にとって、君こそが人類の模範、ヒトの礎よ。だからこそ、私の全てを君に託そう、私という自我を消し去ってでも」

 その言葉通りか否か、シャンメルンは直後に無数の光となってメイヴへ吸収される。一瞬にして身体が修復され、伸ばした右手を強く握り締める。

「ああ、そりゃそうね……当然だわ、アタシって誰よりも美しいわよね。バロンにとっても魅力的で当然よ……!」

 立ち上がったメイヴを、金属の竜が両手で優しく包み、持ち上げる。そして竜の額から、魂のようにゆらめく炎が彼女の身体に宿る。

【……】

「ええ、いいわよ。アンタにとって、最高に都合のいい女になってあげるわ」

 竜は消え、メイヴはゆっくりと地表に降り立つ。

「バロン、アタシはアンタのために戦ってやるわ。ただしアタシが勝ったら潔く……アタシを愛し、そして愛されなさい」

「……」

 ハチドリは再び、本気の臨戦態勢に入る。メイヴは右腕から流体金属を滴らせ、それが形を帯びて剣となる。彼女の髪は色が抜けて白髪となり、そして昏く淀み、濁った金色の瞳が現れる。

「だから今は、アンタに並ぶに相応しい王として振る舞ってやるわ」

 そしてメイヴは体の奥底から赫々たる紅蓮の炎を呼び起こし、その燻りを纏う。

「全く……せっかくアンタのためにアタシが火を失ってやったってのに、アンタが自分で返しちゃダメでしょってね」

「これは……愛……?でも……」

「アイツに知らぬまま、強引に愛を捩じ込まれたんでしょう、体にも、心にもね。教えてあげるわ」

 メイヴの体が蛹のように裂け、そこから新しいメイヴが生まれ出る。その時に生じた強烈なエネルギーによって彼女は加速し、肉薄してくる。右腕の剣による攻撃は、先程までと同じ人物の行動とは思えぬほど鋭利で素早く、なおかつ厭らしいほどに緩急がつけられ、脇差での往なしから分身で逃げようとしたところに、ディレイのかけられた袈裟斬りが届いてその場に留められる。切っ先の軌跡には鋼の刃と炎の刃が追従し、直撃を受けて怯んだところに、鋼の剣に淵源の光が宿り、薙ぎ払いからの光波を当てられて大きく吹き飛ばされる。そこに重ねてメイヴは左腕を掲げ、その掌に光球を生み出しそこから大量の光弾を撃ち放つ。ハチドリは起き上がりつつ光弾を避け、蝶の群れで瞬間移動してきたメイヴからステップで引きつつ、紫の粒子の混じった火薬を撒き散らす。歪な像を被せてリーチを延長した脇差を振り抜いて着火させるが、メイヴは捻りをかけて回転して上昇し、爆風を躱しつつ勢いをつけて空中から蹴り下ろしてくる。爪先を籠手に生み出した真水鏡で受け流し、右手に異形の大剣を呼び起こして振り下ろして地表に叩き落とし、脇差に持ち替えつつ舞うような連撃を繰り出す。メイヴは左腕に纏わせた流体金属を盾のように展開して受け、四段目の途中で抜けて後退し、力を発する。ハチドリが連撃を即座に中止してステップで駆けると、メイヴの力の放出に合わせて周囲の地面からぼんやりとした人間の像のような炎が次々と生じてハチドリへゆっくりと飛んでいく。ハチドリはメイヴ目掛けて左手から炎の針を三つ飛ばし、それも同じようにメイヴ目掛け、こちらは高速で飛んでいく。人間の像たちはハチドリの至近に着弾すると大爆発し、炎の針を剣の一閃で撃ち落とし、爆風から逃れたハチドリがメイヴまで届き、両者の得物が激突する。

「教えてあげるわ、どれだけ戦おうが生娘のままのアンタに」

「……!」

「アタシが欲しいのは愛ではないわ」

「ですがその炎の色は……!」

 ハチドリが押し切り、メイヴの姿勢を大きく崩す。逃さずに左手で背の赤黒い太刀に手を掛ける。

「もちろん、愛してないわけじゃない。大好きよ」

 抜刀しつつ飛びつこうとするが、メイヴは根性かはたまた他の何かか、堪えて立て直し、左手刀で太刀を弾き返す。

「でもこの気持ちは、それじゃない……ッ!」

 しかし流石に無理が祟ったか小指が欠け、ならばと突き出された脇差によって手ごと胴体まで貫かれる。

「ならば何が!」

 脇差を握り締め、両者の炎が混じり、爆発して吹き飛ばす。鋼の剣には一際眩い蒼光が宿り大刃を成し、脇差は歪な刀の像を帯びて、更に怨愛の炎を宿し、二人は再び激突する。

「恋よッ!」

「恋……!?」

 肉薄した最初の一撃は強く弾き合い、左半身へと下がっていった刀身を律儀に右へ振り上げ、再び擦れる。

「アタシが欲しいのはッ!恋!」

 輝きが増した剣の一撃で脇差は弾き飛ばされ、メイヴは全霊を込めて刺突を繰り出す。ハチドリも怯むことなく、即座に空になった右手で背の蒼い太刀を抜きつつ、右半身を鋼で覆い、切っ先を太刀の腹で受け止める。

「獣の、ヒトの、人間の!心の一番奥深くで総身を滾らす燻り……それは、新たな情動ときめきをくべて燃え盛る……恋よッ!」

 なんと蒼光の刃による刺突がハチドリの防御を破り、蒼い太刀をへし折って彼女を後方へ激しく吹き飛ばす。メイヴは肩で息をしつつ、鋼の剣に纏った蒼光を霧散させる。

「なるほど……」

 倒れていたハチドリが、力強く右手をついて立ち上がる。彼女の身体からは火の粉が舞い、塩ではなく灰が溢れていく。地についた灰は燐のように短く燃焼し、そして消える。

「恋……ですか……」

 噛みしめるように呟き、右手に炎を浮かべ、それを握り潰す。

「旦那様、ごめんなさい」

 ハチドリは足元に落ちていた折れた蒼い太刀を拾い上げ、刀身を修復する。

「私は、不出来な伴侶です。エリアルさんの代わりにはなれず、アウルさんの代わりにもなれず、誰の代わりにもなれず、それどころか旦那様の遺志を継いで、それでしかあなたに報えない」

 そして太刀で己の腹を貫く。

「でも……!」

 引き抜くと、当然ながら刀身にはべったりと血がついていた。赫々たる怨愛の炎はそのままに、なぜか蒼い炎まで纏わりついている。

「そうです……!私には恋など出来ない!あなたを愛することしか出来ない!でも……!でも……っ!」

 構え直すと、彼女から黒い炎が吹き出る。

「自分を憎むことなら出来る!力の限りあなたを支えることが出来ない自分自身を!」

 溢れる力に耐えられないのか、ハチドリは身を屈めて爆炎を周囲に解放する。

「あなたへの愛だけが満ちていたこの身体を汚すことをお許しください……旦那様!」

 ハチドリは黒炎と共に姿を消し、メイヴの目前に瞬間移動する。現れたときには既に刺突を繰り出し、間一髪で凌がれたところに飛び上がり、回転斬りを伴いながら急降下し、籠手を爆発させて頭上を舞い背後を取り、舞うような連撃を繰り出そうとする。しかし足元から人間の像がぬるりと現れて爆発し、その僅かな動作硬直でメイヴは翻りつつ剣に光を宿して大刃を形成し、初段を往なし、連撃は止まらずに繰り出されるが構わずに再び全霊を賭けて大上段から剣を振り下ろす。ハチドリの動作を強制的に中断して、凄まじい光波の奔流が彼女を押し込み、勢いよく蝕んでいく。更にその外側から人間の像が次々と現れ、上からは蝶たちが爆撃のように特攻してくる。だがその暴威の中でもハチドリは太刀を構え、黒炎を滾らせた一閃で奔流を打ち砕き、一気に距離を詰めて剣を振り下ろしていたメイヴの両腕を切断し、胸を貫く。

「バロ……ン」

 その体は一瞬で黒炎に包まれ、引き抜くとともに後ろに倒れる。太刀が背に戻された瞬間、黒炎は消えて元の赫々たる怨愛の炎が戻ってくる。ハチドリが倒れたメイヴの左横で片膝をつくと、彼女は両腕を再生し、ハチドリの膝に手を置く。

「いいわ……恋は……アタシが隠したん、だもの……アンタにとって……この秘密が……無意味、なら……今でも、恋は……」

「メイヴ……殿……」

「いい、ハチドリ……?アンタも……血の臭いで前が見えなくなったときのために……自分の中に……たった一つでいい、密かに秘する、自分だけの導きを……真実なんてクソどうでもいい、自分が正しいと思う、光を秘めて、進みなさい……きっとそれが……」

 手が滑り落ち、メイヴが力尽きる。彼女の身体は黄金の粒子となって、蝶たちとともに空へ還っていくのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る