エンドレスロール【FINAL】:盲目の王
手を伸ばせば 伸ばすほどに
欲しいものは遠く彼方へ消えていく
狂人のために光を失った王は 成すべきことを成す
狂人が望む物語を 望むように映し出す
夢に草臥れた哀れな狂人は 現を歩く様を覗き込む
滅びの時を以て 全ては再び夢に堕ちる
そうして最後には 何も見えぬ 無の底へ消える
エンドレスロール 深淵領域ニルヴァーナ・プラナ
「……」
「……」
足元に薄水が満ち、満天の星を眩い暁光が照らす草原。そこで、片耳のハチドリとバロンが相対していた。
「……ハチドリ」
「はい、旦那様」
「……僕を、憎んでいるか?」
ハチドリは鯉口を切り、鎺を見せつけながらゆっくりと抜刀する。
「いいえ。旦那様に憎しみを覚えたことなど、ただの一瞬も、そして今もありませぬ」
「……そうか」
周囲には蒼い蝶たちが漂い、頭上の星々の中に一際強く輝く紅い星が見える。
「……君には感謝している。同時に、僕の手の届かないまでに強くなった君に、少々の恨みもある。面倒な話だが」
「……。ですが、私は歩みを止めるわけにはいかない。旦那様……あなたのために」
「……そうだ。それでいい。君は悪くない……」
バロンが全身から凄まじい闘気を発し、四肢を鋼で覆う。そして拳を突き合わせ、鈍く、だが甲高い音を鳴らす。
「……だから、君には本当の僕を見てもらおう。僕は君の全てを知っているのに、君が僕の全てを知らないのは、夫婦として不誠実だからな」
「……!」
ハチドリはこの姿となってからとしては珍しく頬を緩ませ、昏く淀んだ瞳に僅かに光が戻る。
「……君に最高の一時を提供してみせるよ」
「嬉しいです、旦那様!」
声色も元の明るい時の頃に戻ったようになり、時空を歪ませた瞬間移動で肉薄する。脇差の一撃を左腕が弾き返し、圧縮され弾けた闘気が炸裂する。そこから重く鋭い反撃が右拳によって生み出されるが、ハチドリは爆発的な紅蓮を宿した左拳で迎え撃ち、相殺して両者後方に押し込まれる。バロンは後退しつつも両腕を地面に突き刺し、一気に捲り上げて鋼の棘を生み出しつつ扇状に展開し、それへの対処の如何に関係なく踏み込んで高速移動し、鋼の波を分身で往なしたハチドリへ即座に蹴りを撃ち込む。だが爆発で頭上へ逃げ、そのまま即座には攻撃を繰り出さず、再びの爆発で急速に着地し、背後を取りつつ蒼い太刀へ持ち替え、刀身に怨愛の炎を宿した薙ぎ払いを繰り出す。バロンは全身から莫大な闘気を発しつつ即座に振り返り、右拳を振り抜いて太刀と相殺する。それを見切ったハチドリは蒼い太刀を手元から消し、左手から爆炎を解放しながら赤黒い太刀を抜き放って縦に一撃を加えつつ、脇差をも凄まじい速度で抜刀して横に一閃を叩き込み、爆発させる。爆風の向こうから強烈な衝撃と鋼の波が轟き、竜化体たる黒鋼が現れてハチドリを吹き飛ばす。そして彼女の足元から極太の鋼の柱を生み出し、躱されようとも構わずに飛び上がって自身の拳を柱に打ち付ける。膂力と合わせて柱を急速に融解させ、地表に到達したところで壮絶極まる大爆発を起こす。ハチドリも大量の火薬をばら撒いた大爆発で相殺し、重ねて生じた黒鋼の体内の闘気の爆散を、分身と太刀による一閃で衝撃を逃がして凌ぐ。そのまま爆発した隙を晒した黒鋼の脳天に赤黒い太刀を捩じ込み、全体重をかけて割る。しかし黒鋼も負けじと闘気を放って太刀ごとハチドリを吹き飛ばし、縮小して竜骨化形態へと転じる。彼女が受け身を取ったところに超光速で接近し、顔面に撃掌を叩き込んで大きく仰け反らす。軽い左拳から弾けた闘気で拘束しつつ、もう一撃強烈な左拳を叩き込み、しかしほんの僅かな隙に闘気の硬直から復帰したハチドリによって二打目は分身に往なされ、蒼い太刀に持ち替えた一撃によって左腕が切断される。更に重ねて、ハチドリは蒼い太刀を変異させ、淵源の光で刃を成した鎌を持ち、全身を使って薙ぎ払う。
「……!」
バロンは驚きが大きいか、それとも生じた隙によるものか、鎌の一撃を直に胴体に受け、好機と見たハチドリは鎌を消し、左腕に大きな岩塊を帯びてそれで直接殴りつける。元より防御力には極めて優れているはずのバロンの身体が吹き飛び、地面を転がる。彼が起き上がったところに、素手のままのハチドリが猛烈な速度で踏み込み、両腕に怨愛の炎を宿し、水平に振り抜く。十字に炎の刃が生み出され、その通りにバロンの胴体に傷をつける。
「……は、はは……!」
見覚えのある技に何かを感じ取ったか、バロンは怯みを強引に潰して右拳を返し、ハチドリの顔面に直撃させる。しかし彼女は首から全身の力を使って額で拳を押し返し、左腕全体を氷結させて槍のようにし、バロンの腹を貫く。
「……僕が踏み躙った全部を、君が今、教えてくれるわけだ……」
「いいえ、旦那様……これは私の全部、私が、あなたとして、あなたへの想いへ応えた証」
「……面白い……!」
バロンはハチドリを蹴り飛ばして両者距離を取る。彼は全身から蒸気のような闘気を放ちつつ、震えるほどの気魄を帯びていく。
「ちょっと待った」
だが気勢を高めていく彼の傍にルナリスフィリアが突き刺さり、そして竜人形態のソムニウムが降臨する。
「この子に全部を見て貰うなら、死力を尽くすのはまだ早い」
周囲の蒼い蝶たちがバロンを覆い隠し、離れるとそこには彼の姿はなかった。ソムニウムがルナリスフィリアを引き抜くと、蝶たちは彼女に追従するようにその周囲に漂い始め、更に左腕には真水鏡が生み出される。
「さあ、私と楽しいこと、しようね」
「ソムニウム殿……!」
ハチドリは右手に脇差を、左手に異形の大剣を握る。
「あなたが彼の憎しみを継いであげることなんて無いのに」
「憎しみは愛と同じほど尊いもの、ですから……捨てるなんて出来ない」
脇差を自身に突き刺し、引き抜いて蒼い怨愛の炎を宿す。
「こうすることでしかあなたに報えない、私自身を憎む」
「ぷっ」
ソムニウムは吹き出す。
「あー、そう。可愛いね、ハチドリちゃん。誰かを憎めないから、自分を憎む?あははっ、まるで、人間じゃないみたい。あなたは寧ろ、私たちに近いような……」
瞬間的に上空に現れた大量の氷柱が降り注ぎ、異形の大剣の一振りで打ち砕き、内部から弾けた真雷が空中で迸る。ルナリスフィリアが縦に振られて光波が起こり、サイドステップからの接近で躱し、ソムニウムも同じようにステップで詰め、脇差の振りを真水鏡で弾き返し――たかと思われたが、ぶつかる瞬間に脇差を手元から消して空かし、両手で持った異形の大剣を振り抜く。ルナリスフィリアの腹で防ぐが、尋常以上に凄まじく蒼炎を吹き上げる異形の大剣によって地面に炎が灯り、それが蒼い蝶たちを焼いて墜とす。
「その炎ほど詰まらないものもないよ」
「いいえ……この憎しみは、ある意味私たち、獣耳人類のルーツでもある」
「……」
「わかるでしょう、あなたなら。あなたへの憎しみに阻まれて、愛は結ばれなかった。そのために、獣耳人類と吸血人類は生まれた」
「それが、どうかした?」
ソムニウムの身体に緑色のラインが走り、強化形態になる。
「憎しみに応えたところで、何も起きない。愛には愛で応えられる、他の感情は自分の内にあるもの」
ルナリスフィリアを薙ぎ、巨大な光波刃を飛ばし、踏み込みから地面に突き刺して柱状の光波を起こして追撃する。光波刃を蒼炎の壁で凌ぎ、大振りな横薙ぎを重ねるが、真水鏡に容易に阻まれて弾き返され、そして一際強く輝くルナリスフィリアの切り上げを受けて異形の大剣を吹き飛ばされ、続く振り下ろしを脇差で往なし、自身の周囲の空間を歪めて隙を潰し、刀の像を被せた脇差で、舞うような連撃を繰り出す。最初の二撃を弾きソムニウムが後退すると、ハチドリはその退いた先に斬閃を設置し、左手に蒼い太刀を持ち、自身を独楽のように高速回転させて突っ込む。ソムニウムは真水鏡で受けるが、猛烈な削りで真水鏡を損壊させ、ガードが崩れて仰け反ったところに、思い切り振り被って二刀を叩き込む。
「おっと……」
大きなダメージを受けてソムニウムは少しだけ驚き、無数の蝶になって逃げ、後方で身体を再生する。
「何を言っても、あなたは憎しみに染まるなんてことは出来ない、そうでしょ。だって……戦いでしか報いられない自分を憎むなんて、愛と同義だと私は思うね」
「……」
「あと、その炎のことを気にすることほど、無駄なことはないよ、やっぱりね」
天に輝いていた紅い星が地表に激突し、ソムニウムが消えてメルクバが現れる。
「我が愛しき蝶々……」
「アプカル殿……」
「お前の身体、意志……垣間見、そして喰らおう」
メルクバは胸部を紅く輝かせ、翼から同じ色の闘気がジェット噴射のように生じ始める。
「愛しき蝶々を喰らいし白兎……征くぞ」
右翼を槍のように伸ばし、サイズ差もものともせずに正確に空間を貫く。分身を盾にしてからの瞬間移動で接近されるが、両翼を前方に向け、眼前を爆発させて迎撃しつつバックジャンプし、両翼を後方に向けてから噴射しつつ、地面を焼きながら同時に上方へ薙ぎ払う。再び分身に躱されるが、重ねた薙ぎ払いでハチドリを捉え、威力こそ相殺されるが爆風に煽られてハチドリは中空で硬直する。両翼は一回転して元に戻り、噴射で加速した右翼を変形させて槍状に突き出す。脇差で弾き返し、像を被せた一閃でメルクバの周囲に大量の斬閃を設置する。咄嗟に左翼から闘気を噴射して移動し、そのままの勢いで左翼を槍にして突き出す。ハチドリは脇差で弾き返し、空中で構え直して大上段から振り下ろし、左翼を切断する。
「何ィ……?」
逆流した闘気の爆発で大きく仰け反り、逃さず急接近してきたハチドリによって、胸部に一閃受け、すれ違う。自爆しつつも、メルクバはハチドリと向かい合うように転がって立て直す。
「修羅……蝶々……愛しい、我が夢見鳥……!」
左翼を再生し、紅い闘気の流れが元に戻る。そして爆発的な闘気を翼から噴射して飛び立ち、目にも止まらぬ速度で飛び回りつつ、大量の赤い礫が降り注いでくる。ハチドリが素早く動いて逃げ、その移動点に目掛けてメルクバが彗星のように突貫する。余りにも速い突貫に回避が間に合わず、真正面から脇差で受け止める。
「白兎……!」
「ぬぅ……ッ」
ハチドリは一気に力を込めて弾き、巨大な彗星のごとくなっていたメルクバが纏う闘気が霧散し、素早く脇差を胸部に突き刺される。メルクバは両翼を前に向けて噴射して逃れ、着地と同時に爆発を起こして体表に焼き裂けたような文様を浮かべつつ、視界が紅く霞むほどの絶大な闘気を放つ。
「王龍式……」
引いた右半身から右翼を槍状に変形させながら闘気を噴出させて回転し、盾とした分身を貫いてハチドリを吹き飛ばし、空中に舞う彼女へ過たずに左翼を突き出す。脇差にて弾き、重ねて繰り出された右翼の刺突さえ左手の籠手で往なし、メルクバの直上へ瞬間移動して、大量の火薬を撒き散らす。
「この世の涯はただ一つ」
凄絶極まる大爆発にてメルクバを吹き飛ばし、ハチドリは優雅に着地する。
「戦いに尽きる、死の淵のみ」
黒煙を上げながら、メルクバは立て直す。
「バロンとソムニウムを軽くあしらうだけのことはあるか……」
メルクバは相も変わらず聞こえるかギリギリの声量でそう言いつつ、紅い闘気に包まれる。
「白兎よ。我が愛しき蝶々の智慧すら貪りし修羅よ」
闘気が散ると同時に、竜骨化したメルクバが現れる。特徴的な翼はサイズに合わせ縮小しつつも健在で、鋼の身体に紅い闘気の巡る容姿だ。
「お前を貫き、我らの愛しき蛹にしてくれよう」
メルクバは両腕を突き出し、極太の紅い闘気の光線を放つ。ハチドリはサイドステップから一気に距離を詰めるが、光線の射出を即座に止めて直上に飛び上がり、ほぼ同時に急降下して翼から闘気を爆裂させて迎撃する。分身で避け、現れてから二連斬りを合わせ、二段目を右手刀で弾き返し、左蹴りから、右手に流体金属の刀を呼び起こして斬る。蹴りは軽く往なされ、斬撃は爆発で逃げられ、飛ばずにその場で蒼い太刀へ持ち替えたハチドリによって、渾身の十字斬りの直撃を受けて後退する。
「……」
メルクバが更に力を解放しようとすると、そこにバロンとソムニウムが再び現れる。
「熱くなるのはまだ早いから、落ち着いて」
「……ハチドリ。君は僕の望んだ通り、素晴らしい力と愛を兼ね備えた、修羅だ」
バロンが黒鋼となり、メルクバは竜骨化を解く。
「……だから君に見せよう、僕たちの本当の姿を」
黒鋼が空中に浮かび、そこにメルクバとソムニウムが融合する。巨大な鋼の球となった三者は、時間の経過に合わせて変化していく。
「これが……」
筋骨隆々の四肢が生えたミミズのような姿が成され、その頭部に落ち窪んだ眼窩が二つ備えられている。
【……ハァーッ……】
金属の竜は深く息をつき、ゆっくりと意識をハチドリに向ける。
【……ハチドリ、これが我々の本当の姿。盲目の王、王龍アデロバシレウス】
「旦那様……」
【……さあ、君の全てと、僕の全てを見せ合おう。彼らの望む現のために】
蒼と紅の蝶たちが群れをなして現れ、暁光と重なるように昏い月の光が足元に満ちる。アデロバシレウスは右腕を掲げて大きく振りかぶり、力を露骨に溜める。ハチドリは右半身を鋼で覆い、構える。振り被った右腕が振り下ろされ、動作の緩慢さに見合った威力を伴ってハチドリの立つ空間を切断する。指の延長線上に特大の光波刃が突き進み、掲げた左手に巨大なルナリスフィリアが握られ、姿勢を戻しつつ斜め上に振り、横に薙ぐ。当然、振りの余りの遅さ故に、どれだけの大きさの差があろうともハチドリを捉えることは出来なかったが、振りの度に発生する昏い光波が彼女を煽り、反撃を妨害する。ルナリスフィリアによる刺突を重ねるが、ハチドリはその切っ先に蒼い太刀を突き立てて逃れ、引き抜いて剣の上に乗り、駆ける。続く振りのために動いた瞬間に飛び上がり、切り返しを躱すために更に高度を上げ、最後に振られた右腕によって空間を引き裂かれ、間合いを混乱させる。だがハチドリは右腕の振りより速く接近し、怨愛の炎で刀身を最大限増強した蒼い太刀で左腕を切り落とす。ルナリスフィリアが地面に突き刺さり、切断面から触手のように細い金属線が大量に現れてハチドリを狙い、分身を盾にしつつ、身に纏う怨愛の炎で金属線を焼き尽くす。程なく左腕は再生し、アデロバシレウスは口元から昏い炎を吐き出し、それを光線に変えて薙ぎ払う。軌道上に大量の爆発を起こしつつ、身体を捻じ曲げて消滅し、ハチドリから大幅に距離を取って再び顕現する。
【……光に餓えた狂人たちは、現を夢見る】
「狂人……」
【……彼らは愚かだ。夢を見続け、そして夢の中で朽ち果てる。それでは余りにも哀れだろう、この世に生を帯びたことそのものが、そこに意志を、自我を得たこと自体が……瞼を上げ、夢見の終わりまで現を覗き込む権利はあるはずだ、どんな存在にも】
「私には……わかりません」
アデロバシレウスは再び左手にルナリスフィリアを呼び起こす。
【……そうだな、僕にもわからない。僕にはもはや、何の光も見えない。メイヴが寄越した火すら失くし、もはやなにも】
「私は旦那様を愛しています。その……狂人がどうとか、私には……」
【……それでいい。全てを理解しうる者など、どこにもいない】
アデロバシレウスはルナリスフィリアを掲げ、そして眼前で構える。
【……だが……己を導くもの……どんな誑惑の中でも己を導く、秘めたる輝きは何よりも理解できる。真実それそのものがどうであるかなど、極めて些細なことだ】
そして先程までとは比べ物にならないほどの速度でルナリスフィリアを振るい、その度に昏い光波とその刃を飛ばす。ハチドリが全力で回避に専念しているところへ、ルナリスフィリアを両手で掴んで掲げ、全方位に強烈な光波を起こし、刀身に凄まじい輝きを宿す。
【……王龍式】
振り下ろしと同時に、正しく激流、奔流と言える極悪な威力の光波の波濤が巻き起こる。視界が霞むほど昏く眩い輝きの向こうから、赫々たる怨愛の炎が炸裂し、光波の中を貫いて余燼が突っ込んでくる。そのまま両翼を突き出し、一つの巨大な槍となってアデロバシレウスを貫き通す。両翼を戻して旋回し、あちらの出方を見ながら余燼は飛び続ける。
「旦那様、私を導くのはただ一つ。あなたへの愛、それだけです」
アデロバシレウスは胸部を一瞬で修復しつつ、頭部を余燼へ向ける。
「この思いが、血の匂いを誘い、断末魔の叫びを、狂うほどの戦乱を齎すのならば、私は永遠に狂えない。例え真実があったとしても、私は決して揺るがない」
【……そうだ、それでいい】
右腕を振るい、器用に彼女が飛び回る空間を引き裂く。そこからルナリスフィリアを振り上げ、左、右と振るい、突きを重ねる。だが人間態より確実に全ての能力が向上している余燼は絶大な威力の光波の中を凄まじい速度で突き抜け、翼の一閃で再び左腕をルナリスフィリアごと切り落とす。その速度で急上昇し、僅かな力みから大量の熱線を撃ち出し、アデロバシレウスの身体を次々に撃ち抜く。更に重ねて急接近して右腕を肩口から切り落とし、脳天に両翼の一閃を叩きつける。手応えの如何に拘らず、余燼は即座に飛び退く。爆風が晴れると、アデロバシレウスの欠損した部位が徐々に再生しつつ、その口元に昏く眩い雫が形成されているのが見える。間もなくそれが吐き出され、絶対に躱せない力を帯びて余燼に直撃する。筆舌に尽くし難い、悍ましいほどの大爆発が起こり、衝撃が深淵領域の涯まで響き渡る。
「まだです……」
余燼の身体は金色に輝き、だが翼は淵源の蒼光を帯びている。
【……濡れそぼつ大蓮華……】
「何よりも……旦那様のために……私は全てを喰らい、最強にならねば……!」
【……ふ、ふふ、ふはははは……】
アデロバシレウスが笑い、金属の身体が透き通っていく。
「旦那様……?」
【……面白いぞ、ハチドリ。どうやら僕は、君の純粋さに、既に溺れきっていたらしい……!】
本気を出したジーヴァのように、透き通り、眩く、それでいて異常なほど昏い姿へと転じていく。
【……この姿ではそんなものを感じたことはなかったのに……今!君と相対して感じるのだ、火の輝きへの欲望を!これが滾りというものか、争い極めることへの抗いがたい衝動が……】
そこから更に出力を上げて、純シフルそのものの肉体へと完成する。
【……愛とは火、火とは争い、争いこそ愛情!君に託したことが正しいことを証明するために……欺瞞を振り払い、己の正しさを示すために……愛を確かめ合おう、ハチドリ!】
炎を模した月の落涙を両手に湛え、順に地面に叩きつけて直線上に特大の火柱を次々に起こす。更にそれらは別々に螺旋状に五つの火柱を起こし、それらも拡散するように火柱を起こす。しかしその巨大さ故に隙間もまた大きく、余燼は合間を縫うように高速で飛び抜ける。アデロバシレウスは周囲の空間を一気に引き寄せ、自身の内部に蓄えられた余剰のエネルギーを圧縮して全開放する。余燼は黄金の光を纏って両翼で防御姿勢に入って防ぎ、アデロバシレウスは飛び退きながら口から光線を振り回し、軌道上の連続爆発で追撃と、余燼の追撃防止を両立させる。だが意趣返しのごとく、余燼は姿勢を解いて衝撃波を起こし、光線を即座に打ち消しつつ、炎で自身を押して瞬間移動し、溜め込んだ衝撃波の残りを至近距離で胸部に叩き込み、アデロバシレウスの巨体を仰け反らせる。そのまま力を一気に解放し、大量の分身とともに翼で滅多斬りにして、至近距離で大火球を吐き出し叩きつける。
【……いいぞ……!】
「旦那様……!」
アデロバシレウスはその巨体でありながら超高速で踏み込み、余燼へ連続で蹴りを叩き込み、頂点で莫大な出力の月の落涙を叩きつけ、地表まで墜とす。重ねて口から絶大な威力のシフルの奔流を吐き出し、ぶつける。余燼は叩きつけられてすぐに立ち上がり、左翼を盾に奔流を受け止める。
「旦那様、愛して、おります……!この世の誰よりも、あの世の誰よりも……!」
余燼から立ち上る凄まじい火炎が巨大な火柱となり、奔流を打ち消してアデロバシレウスの頭部を激しく焼いて怯ませる。そして飛び立った余燼は一瞬にして高度を合わせ、両翼をそれぞれの眼窩に捩じ込み貫く。
「私があなたの火になる……!あなたの欲望を全部受け止めて、進み続けるために!」
【……オ……オォ……】
切り裂き、アデロバシレウスは後退して地面に降り、膝を折る。
「ですから……」
【……抱かせて……くれ……君の、温もりを……】
右手を伸ばし、余燼はその人差し指を切り落とす。
「私にも、旦那様の温もりをください」
余燼は再び接近し、右翼で彼の脳天を刺し貫く。
【……争うために、我らは……】
引き抜き、左翼で首を断ち切る。頭部が地面に落ち、残った身体は霧散していく。余燼はハチドリへと戻り、アデロバシレウスの前に着地する。
「旦那様」
左手で彼の額、空いた穴の淵に触れる。
「共に逝きましょう」
【……ああ】
そして頭部は消え去り、ハチドリに吸収される。
「後は、決着をつけるだけ……」
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