不明領域
徒夢のハルジオン
エラン・ヴィタール
「……」
片耳のハチドリが左手から炎を放ち、周囲に隙間なく立ち込めていた無明の闇が払われ、屋敷の執務室の大窓ごと壁を撃ち抜く。執務室に足を踏み入れると、折り重なるように以前のハチドリがバロンの上に斃れていた。
「だから言ったのに」
片耳のハチドリが自分を見下ろして呟く。そして左手を伸ばし、斃れている自分の首を掴んで持ち上げる。二人は最後まで繋がっていたのか、硬直した陰茎が秘部から引き抜かれ、持ち上げられた以前のハチドリの首に、籠手の鉤爪が突き刺さる。そして片耳のハチドリが右手で脇差を抜き、強く握る。
「全ては旦那様のために」
籠手から伝わる炎で燃え上がり、そして脇差で左胸を貫く。程なくして、以前のハチドリは焼滅する。溶け落ちた煤が床に広がり、そこからハチドリの足元を満たしてなお背後に広がっていく。それに合わせてバロンの身体も溶け、ハチドリは背後に強大な気配を感じる。
「旦那様に与えたのがニルヴァーナとは、皮肉が好きなんですね」
ハチドリが振り向くと、無明の闇に包まれた平原に、闇そのものが意志を帯びたような四足龍が現れる。
「火が……争いが絶え、全てがあろうがなかろうがどうでもいい状態……全てが無価値であることは、なるほど、完全な平等で、完璧な平和なのでしょう」
赫々たる怨愛の炎を全身から放ち、平原の涯まで火の手を走らせて照らす。顕になった龍の姿は、アルヴァナのそれと同一だった。
「あなたはそこから生まれて、そして争いが生まれた」
アルヴァナは口許に蒼昏い炎を滾らせて、姿形を曖昧なものから明確な黒龍のものへと変える。
「無明竜……」
そして口を蒼く輝かせ、飛び退きながら特大の火球を吐き出してくる。屋敷が消し飛び、怨愛の炎とともに昏く蒼い炎が燃え滾る。吹き飛んだ空中からハチドリが着地し、アルヴァナと相対する。
「グアアアアアアアッ!」
アルヴァナの胸部にも同じ蒼昏い炎が宿り、交差した傷口が割り開かれて閃光が漏れる。
「物事は全て哀しみから始まる……そして、全ては哀しみに辿り着いて終わる」
「……!」
口許に凄まじい爆炎を再び滾らせて、特大の火球を撃ち込む。右へ分身を使って高速移動で避け、脇差を振り上げて熱波を飛ばす。続けざまに撃たれた火球と相殺して爆発し、アルヴァナが続けて地面に小さめの火球を撃ち込み、扇状に飛ばす。地面に滞留するそれは一拍遅れて起爆し、火柱を上げる。前進で回避しつつ赤黒い太刀を投げつけて落雷を撃ち込み、左手に異形の大剣を産み出して飛び上がりながら捻りを加えて空中で距離を詰めつつ急降下して振り下ろし、アルヴァナの表皮を削り、着地と同時に全身を使って薙ぎ払う。アルヴァナは即座に足元に火球を撃ち込んで爆発させ、ハチドリの対応を強要しつつ上体を下ろして四つん這いになり、全身から闇を吹き出して追撃する。重ねて両翼を振り抜いて闇を拡散させつつバックジャンプし、両翼の爪を地面に突き立ててアンカーとし、低く構えたところから嵐のような火炎放射を繰り出す。一瞬で前方のほぼ全てを火の海へと変え、だがハチドリは分身を使って空中を高速で駆け、火炎放射を続けるアルヴァナの頭頂部に蒼い太刀を捩じ込む。アルヴァナは火炎放射を続けたまま上体を反射的に起こし、頭を乱暴に振り回す。そして上方向に振った瞬間にハチドリは蒼い太刀を手放して飛び上がり、落下した勢いで再び掴んで蒼い太刀でアルヴァナの頭を割り、ハチドリが飛び退く。
「……」
割れたアルヴァナの頭部が腐敗したように粘った闇で糸引きながら地面に落ちる。首の断面から激流のごとく闇が吹き出し、一気に地面を飲み込んでいく。残ったアルヴァナの身体も溶け出し、やがて闇が何かを象り始める。
「オ……オオ……」
現れたのは、シュバルツシルトの竜化体、“常闇”と全く同じ大型の竜人だった。
「これは……」
常闇は汚泥のような闇を帯びたまま歩を進める。一歩踏み降ろす度に身体から闇が飛び散り、上体を逸らして咆哮する。
「あなたがまた生まれる未来は永遠に訪れない。私が居る限り……何度でも、何度でも殺してあげます」
ハチドリは蒼い太刀を構え、刀身に炎を宿す。常闇が両腕を正面に揃え、前腕部を盾のようにして突進する。ハチドリは真正面から受け止め、人間体の腕力で無理やり押し広げる。勢いだけで常闇の腕をへし折り、両手で構えた蒼い太刀で切り上げつつ上昇し、全力で振り下ろしつつ着地する。常闇は両断され、溶ける。
「……」
常闇が溶けた地面が渦を描き、やがて騎士の姿のアルヴァナを象り、二本の脊椎が絡み合った槍を呼び起こす。
「誕生を言祝いで、人生を呪い尽くして、死滅を謳う……」
「……」
アルヴァナは黙したまま構え、ハチドリは脇差に持ち替える。
「死して全て終えることの、何と良きことか」
「……!」
槍を振り、横方向の闇の斬撃を飛ばす。ハチドリが火薬となって躱しながら距離を詰めようとすると、アルヴァナは浮き上がって槍を手放し、槍の幻影を大量に産み出して自身の周囲を旋回させ、右腕を突き上げて空中に放出する。等倍の槍の幻影が驟雨のようにハチドリの周囲と本人を狙って次々と降り注ぎ、先程の竜化体よりも巨大な槍が三本振り、着弾の度に凄まじい衝撃が迸る。ハチドリはその全てを平然と凌ぎきり、攻撃を終えて無防備なアルヴァナに最接近からの舞うような連撃の全てを叩き込み、そのまま足元を掬うような二連切りで上昇しつつ、空中で大きく一閃して地面にアルヴァナを落とし、落下しつつ頭を掴んで体重を掛け、正面に向けてから脇差で左胸を貫き、蹴り飛ばす。アルヴァナは軽く仰け反り、手元に再び槍を召喚する。急に穂先に眩い輝きを蓄え構え、投げつけてくる。
「(焦土核爆槍……)」
ハチドリが左手で受け止め、軽い爆発が起きて槍が消し飛ぶ。もはや核爆発程度では目眩ましにもならないのか、ハチドリは微塵も怯むことなく行動を再開するが、アルヴァナは再び槍の幻影を呼び起こして、今度は槍とと共に飛び上がる。そして驟雨のごとく注ぐ槍は全て巨大化し、地を走る衝撃波が多重に生まれて共鳴し、大きく膨れ上がる。そして槍を右手に構えたアルヴァナが急降下してハチドリを狙う。ハチドリは左手で穂先を往なしつつ空中に上がり、アルヴァナの着地とともに降り注いだ二本の巨大槍が生み出す衝撃波を避けつつ怨愛の炎を宿した脇差の一閃で擦り抜ける。槍が両断されて空中で怯む。ハチドリは着地しつつ脇差を異形の刀へ変え、左半身を引いて構え、アルヴァナが地に落ちるより早く居合抜きを行って巨大な光線状の斬撃を放って空間ごと切断する。そして刀を手元から消し、炎を滾らせて左拳で溶け落ちたアルヴァナを殴り抜いて着火させる。その瞬間、周囲に立ち込めていた全ての無明の闇が燃え上がる。
「私が居る限り……この世が闇に暮れることはない。何度でも、全てを焼き尽くしてみせる」
左指を鳴らし、籠手の内部に滾る全ての火薬に着火して大爆発し、焼き尽くされる。
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