カタストロフィリア
原初の坩堝
黄昏に満たされた、球状の世界。空はひび割れ破片と成り、無明の闇が満ち満ちていく。その中央に浮かぶ操核を貫いて巨大な光の樹が生じ、力によって足場を生み出す。
「来ると思ってた」
樹の奥からロータが浮き上がり、足場に立つ。頭上の無明の闇の彼方からハチドリが降ってきて真正面に降り立ち、全身から怨愛の炎を沸き立たせる。
「ならば成すべきもわかるはず」
ハチドリはすぐさま脇差を抜き、切っ先を向ける。
「どうせ私達は、ここに残った全ての力で自殺するだけ。自殺する人間を、自分が殺したいから止めるなんて」
「争いの絶えることを、私は認めない」
ロータは背から黒い鋼の翼を六枚展開し、天象の鎖を侍らせる。
「まあ、どうでもいい。あなたに殺されれば、それはそれでいい。私があなたを殺すなら、その後で消えるだけ」
「参ります」
ハチドリが脇差を突き出して突進すると、ロータは右上翼を突き出して激突させる。両者はほぼ同時に硬直から逃げ、ロータが身を捩って高速回転し、翼を振り抜く。纏った暗黒竜闘気がリーチを増強し、前方のほぼ全ての空間を切断する。ハチドリは分身を盾にして躱し、振り切った瞬間に身を戻して舞うような連撃を繰り出そうとすると、ロータは手元に強力な引き寄せる力場を生み出して距離感を狂わせ、右拳を突き出しながら迎えに行く。ハチドリは攻撃を中断して左拳を構えて迎え撃つ。拳先の激突と同時に左翼を全て振り上げ、ハチドリの回避または防御を狙い、更に彼女の後方から鎖を鋭く撃ち込んで選択を強要しつつ、回避を選んだハチドリへ暗黒竜闘気の螺旋槍を乱射する。
「ラータ!」
ロータは右腕を掲げ、特大の暗黒竜闘気塊を生成して投げつける。
「〈レグヌム・ヴォイド〉!」
ハチドリは分身を撒き散らし、それを高速で乗り継いで槍の弾幕と闘気塊から逃げる。闘気塊は程なくして大爆発し、猛烈な衝撃波が響き渡る。再び凄まじい力場を生み出して引き寄せ、今度は自身の周囲に闘気の盾を生み出して迎え撃つ。ハチドリは流れのまま左手を盾に突き立て、握り潰して爆発させる。衝撃で煙ったまま、ハチドリはロータに肉薄して頭突きをぶつけ、押し飛ばす。
「見た通りの強さね……」
「なんと固い決意……魔力と闘気が融合して、しかしシフルエネルギーではない……」
「私たちは今日、ここで死ぬ。そのためにここまで生きてきた。次の世界に、私たちの呪われた血を、一滴すら遺さないために」
ロータが右手を突き出すと、掌に黒い骨の刀身に紅い光が宿った長剣を生み出す。更にどこからともなく、魔力の大剣が二振り現れて彼女に侍る。
「毒に順応した身体になるより、毒を滅したほうが早い。当然ね」
姿が消え、頭上から蹴り下ろしてくる。ハチドリが分身を使って消え、往なした瞬間にその場に現れて反撃に切り返すと、ロータは即座に長剣を振り上げて弾き、流れるように振り下ろす。それすら軽く躱して舞うような連撃につなげようとしたハチドリに対し、瞬間移動で距離を離してから強力に力んで両翼で圧潰させるように振る。ハチドリは後方へ飛び退きながら左手から火炎を撒き散らし、振り終わりの隙目掛けて脇差を突き出して突進してくる。そこで魔力の大剣を連結させてブーメランのように飛ばし、分身を使った盾によって高速のまま弾かれ、また分身で自身を弾いて側方からハチドリが突貫してくる。ならばとロータは左手に魔力を集中させ、体ごと向き直って光線で薙ぎ払う。見た目通りの当たりだけではなく、一拍の後に軌道上に光が生じて長時間妨害する。ハチドリは飛び上がって避け、空中で分身を乗り継いで高速で飛び回る。分身を二方向に飛ばして分離した大剣それぞれを相手しながら肉薄し、長剣と脇差が火花を散らす。
「害を為す異物を毒だというのなら、自身とは異なる何もかもが毒ではないですか」
「じゃあ言い換えてあげる。私たち家族にとって……忌むべきも、恥ずべきも越えた……」
脇差を押し切って長剣を超高速で振り上げてから振り下ろす。だがハチドリは一瞬で立て直しつつ火薬に転じて長剣の振りを躱しつつその場で元に戻り、怨愛の炎を宿した脇差で二度斬りつけ、左手を爆発させて押し飛ばす。戻ってきた魔力の大剣を躱すために浮き上がったハチドリへ、ロータは再び左手に魔力を集中させ、凝縮した光線を三発に分けて撃ち出す。
「絶対に許すことのできない仇敵だから」
三本の光線はハチドリを緩く追尾しながら、お互いに激突し合って爆発する。分身を踏んで高速で飛び去ったところへ、大剣を伴いながら縦回転して攻撃を仕掛け、翼の一撃を籠手に阻まれたところで反動で体の向きを戻し、熱波を伴いながら長剣を振り抜く。脇差によって長剣を弾きながら、ハチドリは素早く翻って胴体を裂き、左拳を顔面に撃ち込んで吹き飛ばす。
「くっ……」
「望み通り、私があなたたちの血を断ち切ります」
「そもそも、あんた……!」
ロータが力み、左腕を振り抜く。それに従って光を帯びた翼が先端をハチドリへ向け、一気に光線を解放する。ハチドリが回避のために身構えたところに瞬間移動で距離を詰めて蹴りを繰り出す。分身が盾となって防がれるが、広範に放たれた光線が雨のように降り注いで回避を封じつつ、ロータは素早く身を翻して翼を振り抜く。瞬時に赤黒い太刀に持ち替えて受け止め、弾き飛ばされながらも躱して蒼い太刀を抜き、正面へ向いたロータの左胸を刺し貫く。だが動きを止めて致命を狙った代償か、光線が一気に向きを変えてハチドリへ集中して激突し、大爆発を起こす。爆風の最中でハチドリの胸ぐらを掴んで空中へ放り、その腹に長剣を刺し貫いて振り抜き引き抜かせる。
「あんたも所詮、ヴァナ・ファキナの撒き散らした惨禍の末路の1つでしかない」
ハチドリは蒼い太刀を手元に戻し、傷を修復する。
「ヴァナ・ファキナ……奥様から剥がれた、知識欲……」
「今になって考えれば……私たちがこうして、ヴァナ・ファキナを打倒するだけの力と意志を帯びた時点で、もはやヴァナ・ファキナに存在意義は無かった」
「アルヴァナを討ち果たすだけの力が生まれたのなら、奥様の求める知識にも限界が見えている……」
「まあ、いい」
ロータは三つの剣を天空へ飛ばし、手元に淵源の蒼光で象られた大剣と、背に複数の剣が絡み合って構成された超大剣が現れる。
「私たちはどうあろうと、この力を葬る。何にせよ、全力でぶつかり合う以外に無い……!」
胸を張り、全身から力を発する。そして身に纏う制服が光となって消え、代わりに白を基調とした可憐なドレスに変わる。力の放出が止まり、凪のような静けさに包まれる。ロータが目を開くと、彼女の瞳は昏く淀んだ、濁った金色に染まっていた。
「行くぞ!」
超大剣を掲げ、刀身に魔力を集中して振り下ろす。ハチドリは当然のごとく躱すが、ロータは振り下ろした瞬間には飛び上がり、一気に力を凝縮する。
「私の閉じ込めていた欲望……今ここに甦れ!」
極光を帯びた翼から光線が解き放たれ、雨のように注ぐと同時にややランダムに下から上へと次々に薙ぎ払う。
「兄様!兄様兄様兄様にいさまにいさま……!」
悶えるように上体を反らし、体内から鎖が四方八方へ伸びていく。
「空間を歪めるほどの、この力……凄まじい熱量の、愛……」
ハチドリは降り注ぎ続ける光線を躱し続けながら、空中で力を高めていくロータを見上げる。
「にいさまァァァッァァァァ!」
超大剣が足場に突き刺さり、大爆発を起こす。同時にロータが着地し、その衝撃でも爆発が起こる。彼女の体は、鎖が引っ込み、ドレスこそそのままだが人間としての部分は全て昏く輝く靄のような状態になり、頭部からは目と思しき濁った金の光が二つ覗く。
「私の兄様、私だけの兄様、兄様は誰にも渡さない……兄様は!ここで!私と死ぬの!永遠に!」
「あなたは……」
「私と兄様が結ばれないのが正しい歴史なら……今この世界なら、兄様は私のものにしてもいい!アーシャにも姉様にも誰にも……兄様は私と一緒にいるのが幸せ!絶対!それ以外に有り得ない!兄様の幸せは私の幸せ!私の幸せは……」
ロータは瞬間移動による肉薄から大剣を振り回す。大量の魔力の剣が伴われ、安易な防御を許さない。
「兄様の幸せ!」
ハチドリは火薬となって躱し、ロータは先程までの鋭利で隙を狙い撃つような攻撃ではなく、出力に任せた乱暴な猛攻を披露する。大剣を右、左と振り抜いてから、当たるかどうか、ハチドリの出方すら気にせずに上段から振り下ろして爆発させ、地中から大量の光の柱を起こす。ハチドリが実体を取り戻し、蒼い太刀の刀身を怨愛の炎で包み、横、縦と全力で薙ぎ払う。だがロータも力んで堪え、その場で翻って翼で一閃する。縦振りと翼が激突し、太刀が翼を切断する。ロータが向き直り、僅かに姿を消してから即座に現れ、全身から波動を放ってハチドリを押し返す。そこに高速回転する超大剣が激突し、当たった瞬間に二本に分かれて交差し、もう一度ハチドリに斬撃を叩き込む。
「(速い……それに、エメル殿にも近い気迫……)」
「死ね!」
掲げた右手の先に浮かぶ大剣に再び魔力が装填され、巨大な刃を形成して振り下ろされる。ハチドリが立て直して躱しつつ、叩きつけられた瞬間に左右に魔力の壁が進んで回避を許さず、再びロータは飛び上がる。切断された翼を魔力で補強し、全身で力んで、翼と胴体から魔力を解放する。今までよりも更に密度の増加した光線の雨が降り注ぎ、足場に着弾する度に輪状の衝撃波を発生させる。
「ああああああああッ!」
発狂したロータが大剣と超大剣を伴いながら、光線がなおも降り注ぐ中急降下してくる。超大剣がいくつもの剣に分裂し、地表を超高速で掠め続ける。
「(それでも狙いが甘い……)」
光線が注ぎ続けた足場に溜まった魔力が爆発し、強烈な衝撃を起こす。ハチドリがそれを躱したところに大剣を構えたロータがミサイルのように突っ込み、ハチドリの蒼い太刀と激突する。ロータの大剣が押し切り、ハチドリは蒼い太刀を手放しながら飛び退く。逃さずに踏み込んで大剣をもう一度振ろうとしたところへ、左手の籠手を爆発させる。既に装填されていた脇差が勢いよく射出され、右手に滑り込みながら異形の刀へ変貌し、右手ごとロータの胴体を両断する。
「……」
「にい、さま……」
ロータの体は元に戻り、後ろに斃れる。ハチドリは血振るいの動作で異形の刀を脇差に戻す。
「私が……ほしかったもの、わかる……?」
歩み寄ってきたハチドリへ、視線を合わせずに問う。
「……」
「私は今も昔も……ずっと兄様が、欲しかった……アーシャにも、姉様にも……誰にも、渡したくなかった……」
黙したハチドリに、ロータは言葉を紡ぎ続ける。
「でも……いつからか……私は……自分を、手に入れた……兄様だけじゃなくて、姉様も、ミリルも……全部、欲しくなった……だから……全部……守りたかった……」
「私は……」
「あなたは……そういう意味では……私の夢の体現……」
ロータは自嘲するようにため息をつく。
「ダメね……遺言ばっかり上手くなる……さあ、ハチドリ……私を、私たちを、殺し尽くして」
「御意」
ハチドリは左手から火薬を撒き散らし、右手に持っていた脇差で着火する。
「優しくて、温かい……」
ロータの体は焼き尽くされ、そして灰すら黄昏の彼方へ消えていった。
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