☆☆☆夢見草子EX:IFエンド 君と春の光に消えて
「力は削ったから。後は自分で決めて。……終わったらニルヴァーナに来て。こんなことより優先しないといけないことがあるから」
「……わかった」
ロータたちが鎖に乗って去ろうとした時、輝きを放っていたアウルの背から七つの龍の頭が現れる。
「何が……?」
「……!」
バロンとロータが臨戦態勢に戻り、後方でミリルが叫ぶ。
「とてつもない力です!多少なりとも弱まっていたパワーが、どんどんあの人の内側から溢れ出ています!」
「……まさか……!」
龍の首がアウルを覆い隠し、光の塊へと転じていく。
「なあ、バロンよ。妾はヌシの旅路を、ここで終えるのも悪くないと思った」
光の塊は言葉を発する。
「あとはソムニウムが上手くやるじゃろう。ヌシがこれ以上動く意味はない……妾は、朕はそう思ったのじゃ」
光の塊が花弁のように開き、中から裸体の幼女が現れる。光沢のある桃色のショートヘアを携えた幼女は、その暗く淀んだ金色の瞳を覗かせる。
「こいつは……!?」
ロータが最大級の警戒を示し、バロンが続く。
「……王龍オオミコト……始源の三王龍の一柱だ……!」
輝きが霧散すると同時に、オオミコトの肉体が赫い龍鱗に覆われる。
「ふむ、知恵の実のお陰で空間が壊れることもない。都合よく顕界できたな」
「……くっ……」
オオミコトは余裕を帯びたまま、煽情的に腰をくねらせながら歩を進めてくる。
「目的はただ一つ。ここでヌシの旅路を終わらせるのよ。智慧集めは夢見鳥どもが、ヌシの役目はソムニウムが引き継ぐ。もはやヌシが死物狂いで戦う意味はない」
「……何にせよ、今邪魔をするなら斃すだけだ……!」
バロンは黒鋼へと竜化し、オオミコトは立ち止まる。
「まあそう怯えるな。今のヌシはエリアルを愛しておるし、かつてのヌシはアウルを愛していた。それを否定するつもりはないよ」
「……」
オオミコトはロータへ視線を向ける。
「さて、ではヌシらには本来の目的を遂行してもらうとするのじゃ、天象の鎖」
右手を眼前で握り、振り抜いて力を発する。視界が潰れるほどの閃光が満ちていき、ロータたちが排斥される。
深淵領域 エラン・ヴィタール
閃光が収まるとエウレカの市街地は消えており、代わりに極彩色の絢爛なる花畑が顕現する。
「思えばヌシは、余りにも頑張りすぎた。そもそも、なぜヌシは狂人に、己が光を喪ってまで恩寵を与えたのじゃ?」
「……」
「くふふ、ヌシに言ってもわからぬか。後でたっぷりと、盲目の王に聞くとしよう……」
黒鋼が一歩踏み込み、それだけでオオミコトに肉薄して拳を放つ。だが、オオミコトの細腕の振りだけで弾き返され、そのまま流れるような空中蹴りを腹部に受け、生じた閃光によって焼かれながら後方に吹っ飛ぶ。軽く受け身を取って堪え、立て直す。
「くふふ……いくらヌシと言えども、今の状況で朕に勝つ手段など残されてはいまい?」
「……まだだ……!」
黒鋼は右腕を振り抜いて鋼の波を起こし、オオミコトにぶつけながら飛び上がり、頭上から拳を撃ち込む。が、鋼の波は迸る輝きで焼き尽くされ、拳はまたも振り抜きで弾かれる。即座に生えた尻尾が黒鋼を狙い、先端から熱線を放って吹き飛ばす。
「嗚呼、愛しておるよ、朕も。今も昔も変わらずな……人が愛と呼ぶものを、朕は肉欲としか理解できなかったが……それでもよい。この世の全てに対する慈悲と、ヌシに傾ける愛は別じゃからな……」
黒鋼は体勢を立て直しつつ、張り裂けるような咆哮を放つ。オオミコトの肉体から蒼い粒子が飛び立ち、黒鋼に吸収される。ほどなくして彼の身体は瑠璃色に輝き、玉鋼へと変化したのがわかる。
「……僕はまだやるべきことがある……お前に道を阻まれて終わらせるつもりはない。エリアルもアウルも返してもらうぞ、オオミコト!」
「くふふっ!そうでなくてはのう!朕を屈服させてこそのヌシじゃ、アデロバシレウス!」
オオミコトを中心として、足元の大地を青黒い汚泥が覆っていく。
「さあ、ヌシは朕を破り、求める結末にたどりつけるじゃろうかのう?」
右腕を突き出して鱗をマシンガンのように射出し、空中で燃焼して光弾となる。玉鋼は左腕を盾にしながら突進し、それを振り抜いた瞬間に闘気を弾けさせて反撃する。そこに彼女の背から三本の龍の首が現れて右腕に沿い盾となり、左腕に沿って四本の龍の首が現れて爪のごとく従い、玉鋼が右腕で阻みつつ表皮に蓄えた闘気を爆発させて迎撃し、左拳を撃ち込んで首の防壁を突破しつつオオミコト本体に直撃させ、地面に叩きつける。それを好機として、玉鋼は拳を連打してラッシュを仕掛ける。渾身の右拳でオオミコトごと岩盤を撃ち抜いて、地面に広がった闘気と共に爆散する。逃さず左手を突っ込み、オオミコトを握り締めて持ち上げる。
「くふ、余裕がないのう?自分だけ勝手に絶頂して射精して終わりか?朕は全く気持ちよくなっておらんぞ?」
オオミコトは壊れんばかりに膂力を加えられつつも焦らず、光の槍を数本召喚して全て玉鋼の左腕に撃ち込み突き刺す。
「バロン、戯れはここまで。そろそろヌシも眠る時じゃ」
玉鋼の左手を一瞬で消し去るほどの閃光が彼女から迸り、肉体が七つに千切れて結びつき、一対の翼、強靭な両前足、三つの頭部。赤の真皮に白銀の表皮が被せられた、異形の巨龍が顕現する。
「子が眠るのを見守るのも良いが、愛しいものが油断しきって眠るのを見やるのも、この上なく心地良いものよ」
「……」
「ヌシは強すぎる。身体も、心も、腕力も、技術も。だからこそ、捻じ伏せられることでしか立ち止まれない」
巨大な光の柱が次々と降り注ぎ、地面に光が満ちていく。
「来たれ、在る者たちへの祝福よ」
玉鋼が闘気を全開にして飛び上がり、オオミコトへ突進する。
「〈生命の海、絢爛なる大蓮華〉」
突き刺さった光の柱から漏れた輝きが空間に満ち、空前絶後の威力を以て全てを焼き尽くす。光が晴れると、バロンが背から倒れ伏していた。オオミコトは幼女の姿に変化し、彼へ歩み寄る。
「さて、朕の閨へ行こう」
龍の首が1本現れ、バロンへ優しく巻き付いて持ち上げる。器用に引き寄せ、軽く口付けをする。
「人の世は、ただ春の夜の夢のごとし」
――……――……――
七匹の赤い龍の首が絡み合い、玉座のようになったそこに、オオミコトが片膝を立て、右肘をついて座っていた。
「見よ、バロン。もうじき世が終わる」
彼女の左隣で力なく、眠り続けているバロンへ話しかける。花畑の上空には、シャングリラの景色を映した球体が浮かんでおり、金色の光を放ち、究極竜化したレメディとコア形態のアルヴァナが相対している映像が流れている。
「いずれメイヴもここへ来る……ヌシを労り、慰め、慈しむためにな。もうすぐ、ヌシの努力は報われ、全ては朕たちの手元から離れていく……」
オオミコトはしばらくバロンを撫でていたが、気配を感じて正面を向く。
「のう、ヌシもそう思うじゃろ?これも一つの、あるべき結末じゃと。朕とバロンと、幸せが報われる終わりじゃと」
視界の先で燃え滾る、怨愛の修羅へと言葉が溶けた。
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