与太話:蜘蛛の嫁入り

 エラン・ヴィタール 屋敷

「んんっ、どうだエンゲルベーゼ。なにかおかしいところはないか?」

 長いサイドバングを靡かせ、惜しげもなく生足を曝け出したミニスカートを穿き、冬用のブレザーのようなを来た少女が、クワガタを模した怪人へ問う。

「何も!ございません!ママは完璧に!お美しい人間の姿になっておりますぞ!」

「ふむ、ではゆくぞ」

 少女が屋敷の扉に備え付けられたベルを鳴らし、程なくして扉が開かれ、シマエナガが現れる。

「どちらさ……」

 シマエナガは少女と、背後に立つバロンよりも大柄な怪人を見て硬直する。

「お帰りください」

「おい!何だ貴様その態度は!ママがせっかくおめかしして会いに来てやったのだぞ!バロンを出せ!」

 怪人――エンゲルベーゼが声を荒げるが、少女が手で制する。

「まあ待て、ベーゼ。かつて我らは敵同士であった。この小娘が警戒するのも無理はあるまい。のう、小娘よ、バロンに伝えよ。そなたの伴侶、魔王龍バアルが直々に会いに来てやったと」

「……」

「良いのだぞ?そなたが動かぬのなら、我はここで本来の姿に戻ろう。そなたが動くのなら、我らは大人しくここで待とう」

「チッ。少々お待ちくださいませ」

 シマエナガは聞こえるように舌打ちし、棒読みでそう告げて屋敷に戻る。

「なんという寛大なはからい!流石ママは器が違うッ!」

「ふふ、そう褒めるでない。常に余裕を持つ、それが王の嗜みよ」

 そうこうしていると、再び扉が開き、シマエナガが現れる。

「お待たせしました。こちらへどうぞ」

 少女――人間体のバアルがシマエナガに続き、ベーゼが四つん這いになって扉を潜る。そして間もなく、客間に辿り着く。既にテーブルにはバロン、エリアル、アウルがついており、シマエナガの促すままに対面にバアルが座り、サイズの関係でベーゼはその後ろに腕を組んで直立する。

「……バアル……なんだな?」

 バロンが状況が飲み込めないという風に訊ねると、バアルは右手で髪を払いながら微笑む。

「見てわかるだろう?そなたが好きそうな、人の雌の姿を研究したのだからな」

「……」

「そこの蒼の神子は足をいつでもおっ広げている。そこの光の御子はこの髪の……横のピロピロが長い。完璧ではないか」

「……ああ、そうだな。似合ってはいる」

「ふふふ、そうだろう。では早速そなたの閨に連れて行ってくれ」

「……」

 バロンが沈黙すると、ベーゼが口を出す。

「おいコラァ!貴様!ママがせっかく誘っているのになんだその態度は!」

「……」

 沈黙を続けていると、エリアルが会話に加わる。

「バアルはここに、それするためだけに来たの?」

「ああ。我は機甲虫たちを統べる立場……王たるものがそう何日も留守にしてはおられまい?」

「あっそう。提案なんだけどさ……」

「……待てエリアル!」

 次の言葉を遮り、バロンが焦った表情を向ける。

「え、何?」

「……次に言おうと思ったこと、絶対に言わないでくれ」

 エリアルは鼻で笑い、バロンの唇を躊躇なく奪う。バアルとベーゼが驚くが、アウルが直ぐ様反応して口を開く。

「バアル、ここで私たちと一緒に住みませんか?」

「ほう、それは……?」

「ここはご存知の通り、王龍グノーシスの王龍結界……ここには私たちはもちろん、姉さん……女王メイヴや、王龍オオミコト、王龍フィロソフィアも共に暮らしています」

「……ちょっと待っ……」

 バロンがアウルの言葉を遮ろうとするが、エリアルが強引にキスを続行する。

「部屋もご用意しますよ。もちろん、衣服の類や食料は自分で用意してもらいますが」

「ああ、構わんぞ。こう見えても、人の衣食住に関してはある程度研究してきた」

「では……」

「だが長期間留守にするわけにもいかぬ。月の半分をこちらで過ごさせてもらおう」

 アウルが立ち上がり、それに伴ってバアルも立ち上がり、バロンはキスから解放される。

「では行くぞ、我の旦那様よ」

 バアルが笑みを向けてシマエナガ、アウル、ベーゼと共に退室するのを見て、バロンは肩を落とすのだった。

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