☆☆☆夢見草子EX:IFエンド 夢の終わり、蝶の嵐

 ※スーパーアルティメット大ネタバレ注意!

 この先は、三千世界シリーズの核心に迫るネタバレが展開されます!

 終熄または後日談まで読了してから見てください!


 


 ……

 …………

 ………………

 後悔しませんね?









 本当に後悔しませんね?



















 ――……――……――

ひとつ、興味深い可能性がルナリスフィリアの中で生まれた。


まだ物語を眺めていられる狂人共よ。


お前たちだけに、この可能性を話してやろう。


我々は、アルヴァナの打倒を諦め、レメディが新世界を作り出してから、その世を統治するという形で望みを果たした。


そうだ。我々は、ソムニウムの力を持っておきながら、それを敢えて温存し、特異点が本懐を遂げることを見届けた。


だが、もし。あの戦いでソムニウムが、アルヴァナを討つことが出来たならば?


だが、もし。あの戦いでソムニウムが、新たなコトワリを拓いたならば?


新規範の中で、今更我々がリスクを負って形を変える意味などないが……参考としては中々のものだろう。


では、始めようか……







 エンドレスロール 渾の社

 雪と紅葉が舞う中、灰色の蝶が行く。木製の橋を渡る零の……人間体のソムニウムの肩に乗り、彼女はそのまま先へ進んでいく。

「ソムニウム」

 蝶が語り掛けると、彼女は目線を合わせずに微笑む。

「良い計画には、良い結果が伴う。それを私たちで実践しよう」

「随分と楽しそうだ。新世界の神となるのが嬉しいのか?」

「いやいや、私がそんなことで喜ばないのは知ってるはず――私が嬉しいのは、私の力がどこまで通用するのか、それを試せるから」

「というと」

「アルヴァナも、ニヒロもボーラスもジーヴァも……ユグドラシルでさえ、アイスヴァルバロイドや隷王龍のような、作り物が真実の存在となって世を拓くことを、想定に入れてすらいない。死を超越した特異点の力……それを、他の力で上回ることは出来ないと考えている。それを、私が超えられるとしたら……どれだけ楽しいんだろう、ってね」

「お前にそんな野心があったとは驚きだ」

「どんな存在にもこれくらいの欲望はあるから。それを野心とか……呼ぶかどうかは、それぞれによるだろうけどね」

「ふん……さて、もう着くぞ。覚悟は良いか」

「ダメ。……って言ったら怒る?」

「時々お前はふざけないと死ぬのか?」

「うん」

 灰色の蝶が呆れると、ソムニウムが橋を渡り終え、門を潜り抜けて境内に入る。雪の降りしきる中、真っすぐに伸ばされた石畳は雪が綺麗に払い除けられており、脇に等間隔に設置された灯篭の火が揺らめく。ソムニウムはゆっくりと歩を進め、大社の前で止まる。大社の帳の向こうには、蠟燭の火に照らされた女性のシルエットが浮かんでいる。

「ソムニウム、ご苦労だった。Chaos社の壊滅、きちんと確認したぞ。ニヒロが研究資料を海に沈めることはわかっていたが、あそこまで完膚なきまでに破壊するとは思わなんだな?」

「……」

 声の主たるユグドラシルは、上機嫌に言葉を続ける。

「ところで、ルナリスフィリアと真水鏡の調子はどうだ?我ながら良い出来だと思うのだ――」

「確かに」

「ん?」

 遮ったソムニウムに、ユグドラシルは呑気に返してくる。

「確かにいい武器」

「だろう?余の腕も中々捨てたものではない。ニヒロの悔しがる顔が目に浮かぶようだ……くふふっ♪」

 心底楽しそうに笑う。

「さて、最終決戦まで時間が無い。お前も疾く支度をせよ」

「ユグドラシル、私聞きたいことがある」

「なんだ?」

「杉原君から、空の器の力だけを引き剥がす方法」

「ほう?」

 ユグドラシルの声は、少しどすの効いた、だが何か新しいことを思いついた悪ガキのような楽しさに満ちていた。

「お前がそういうことを言うのは珍しい。モノや知識をねだらなかったお前が……ああ、そういうことか」

 合点が行ったのか、帳が消えて長身の美しい女性が現れる。

「お前、余を倒そうとしているな?」

「そう。わかってるなら教えてよ、素直に」

「いや、それだけではないな……?まさか、新規範を……!ここに来てお前にその欲が生まれたというのか!?」

 ソムニウムは想定していないか、それともポーカーフェイスなのか、嬉々として破顔したユグドラシルに少しの動揺も見せない。

「そう」

「そうかそうか、なるほどな……!ならば余も喜んで協力しよう!」

 ソムニウムはその言葉への返答として、真水鏡とルナリスフィリアを生み出し装備する。

「先に言っておくけどユグドラシル。あなたの創世を助けるつもりはない」

「ふん、そんなことは当然だろう?お前が自分の意志で、自分の世界を望んだことが重要なのだ。もしかすれば、お前にも創世の権利が……」

 一人で楽しくなっていたユグドラシルは深呼吸してクールダウンし、咳払いをしてから続ける。

「明人から空の器の機能だけを剥ぎ取るのなら……明人に、自我を産み出させればいい。奴は優柔不断で、明確な自己を持たない。だからこそ、一時的に自身の存在をゼロにして、他人に力を明け渡すことが出来る。奴が一人の生き物として自立した時、奴と空の器の合一状態は解除されるだろうな」

「なるほどね。わかった」

 ソムニウムは竜人形態へと変わり、歩み寄る。

「まあ待て、ソムニウム。そういきり立たずともいい。余は、この自我を消して力だけをお前に託そう」

「信用してないよ」

「全く我が被造物ながら強情で疑り深いものだ……まあいい。過度な見返りを求めない、それが超越者に必要な素養というものよ」

「変な人」

「ヒトではない、祖王龍だ」

 妙な会話ではあったがソムニウムは納得し、ルナリスフィリアを真水鏡の中へ収める。

「だがソムニウム……如何にお前が比類なき傑物だとは言え、余以外の全てが敵となるのだぞ?バロンやエメルに限らず、サタンや特異点、黙示録の四騎士やニヒロ、ボーラス、ジーヴァ……」

「大丈夫。私が戦うから」

「いや、うーん、まあ……そうだな……だがアルヴァナは?ディードが来ればどうする」

「当然そこも織り込み済みだから。彼女をも討ち、私はこの世界の全ての理を破壊する」

「ふむ……余にもニヒロにも想像もつかぬことは多々起きてきた。此度も……想像もつかぬ何かがあるのだろうな」

 ユグドラシルは大社から出て、降る雪の中で竜の姿に戻る。

「この身をお前に捧ぐ前に、こちらから聞いておきたいことがある」

「なに」

「理を破壊すると言っていたが……お前は、新たな世界をどう作るつもりだ?」

「新たな世界は生まれない」

「そうか……文字通り、額面通りに受け取ってよいのだな、理の破壊というものを……」

「うん。全てを消し去る。無の無すら存在しない、完全にして極一の、ゼロへと導く」

「なるほどな。余の望む混沌からはかけ離れているが……まあよい。子の成すことを無条件に応援するのも、ヒトの真似事としては上等だな?」

「親だと思ったことないよ」

「ふふ……」

 ユグドラシルは呆れたように微笑み、迎え入れるように両腕を向ける。

「さあ、ソムニウム。我が力を受け取れ。そしてお前の望む創世を……いや、破壊を果たせ」

 眩い光となり、ソムニウムに吸収される。

「想像よりも素直だったな。ニヒロではこうはいくまい」

 灰色の蝶がそう言うと、ソムニウムは人間体に戻る。

「いや、こうなるだろうとは思ってた。あの人は面白そうなら何でもいいタイプだから」

「無用な消耗がないのは僥倖だ。急ぐぞ」

 同時に、すぐ近くの湖の水面が沸き立つ。気付けば、周囲の水場が絶大な波濤を纏って荒れ狂う。

「エメルが始源世界の破壊を実行に移したらしいな。では行こう」

「うん」

 ソムニウムはルナリスフィリアを抜き、空間を切り裂いて立ち去る。程なくして激流に社は飲まれていった。


 エンドレスロール 原初零核シャングリラ・エデン

 竜と天使たちの争いを魁に、決戦の火蓋が切って落とされる。

「女共は捨ててきたのか?」

「はぐれたんだよ」

 見やると、氷の大地で剛太郎と明人が相対していた。

「まあいい。明人、俺は貴様を待っていた」

 剛太郎は右手を差し伸べてくる。

「俺と共に来い。貴様は俺の産み出す新世界の礎となる」

「わかってるだろ、あんたなら。俺が何をしたいかを」

「ふん」

 右手を引き戻して握り締める。

「まだソムニウムと戦うなどと血迷ったことを抜かしているのか。それとも貴様の入れ知恵か、アルファリア」

 応えるように明人の背後からアルファリアが現れる。

「何、我はこやつと目的を同じとする同志というだけのことじゃ。汝が思うような出来事はない」

 剛太郎は右手を下ろす。

「明人、今の貴様こそ、俺の求めるスペックを満たした、最良の器だ。ユグドラシルが不完全にしたものを、こうして俺がここまで鍛え上げてやった」

「確かに、俺はあんたに恩義はある。古代世界で俺が生きていけたのも、ひとえにあんたのお陰だ。だが、だがな……王龍ならわかってるだろうが、恩を仇で返そうとも、やらなきゃならないことはある」

 その返答に対し、剛太郎は眼鏡のブリッジを押す。

「ならば、ここで俺が採る選択肢も理解しているだろう?」

「ああ……」

「待て」

 明人のものでも、剛太郎のものでも、ましてアルファリアのものでもない声が頭上から響く。一条の光が竜と天使たちを粉砕し、ゆっくりと二人の間に降下してくる。

「な……」

「……」

 明人は目を見開き、剛太郎は心底不快そうに目を細める。

「なんであんたがここに……!」

 現れたのは竜人形態のソムニウムで、明人は当然の反応を示す。

「君の〝空の器〟……それを奪いに来た」

 既にルナリスフィリアと真水鏡を装備しており、殺意を微塵も隠さずに放出し続ける。

「何だと……貴様がユグドラシルの犬に堕ちるとはな」

 剛太郎も珍しく狼狽し、ニヒロの姿に転じる。

「明人、貴様の力が奴に奪われることだけは避けねばならん。ここは協力しろ」

「そりゃもちろん――っつうかぁよぉ……」

 明人は凄まじい怨嗟に満ちた真炎を纏いながら爆発し、先の戦いの最後に見せた姿へと竜化する。

「ぶち殺したい相手が目の前に居るのに加減なんてするわけねえだろうが!」

『明人、我は汝のエネルギー管理に集中させてもらう。存分に暴れよ』

「っしゃゴラァ!」

 熱り立つ明人を見て、ソムニウムは笑みを溢す。

「ここからは楽しい時間。私に芽生えたこれが、正しいのか、はたまたただの世迷言なのか……それを証明する時間」

 ニヒロが巨大な氷塊となり、彼女へ着弾する。明人を巻き込むのもお構いなしに壮絶な冷気が爆散するが、真水鏡に受け止められ、ニヒロの左前脚と拮抗する。

「楽しいね、楽しい」

「死ね」

 ニヒロは至近距離で強烈な冷気を吐き出す。ソムニウムはルナリスフィリアを彼の顎に突き刺し、放り投げる。即座に受け身を取ったニヒロが紫雷を複数放ち、ソムニウムが氷柱の弾幕で応戦すると、そこへ明人が急接近して腕を右、左の順に振り抜き、腕刃と共に猛烈な爆発を当てる。即座に振り向いたソムニウムに左の腕刃を受け止められ、そして押し上げられて一瞬の隙に腹へ斬撃を叩き込んですり抜けられ、更にもう一撃斬撃を重ねて空間を切り裂いて次元門を開き、絶大なシフルの波に飲み込む。技の後隙目掛けてニヒロが空前絶後の破壊力と速度の突進を差し込むが、真正面から真水鏡に弾き返されて大きく仰け反り、その隙に縦振りを叩き込まれ、成す術なく後退させられる。

「ぐっ……!」

 僅かな攻防で二人は大幅にダメージを負っており、対してソムニウムは余裕を持って立て直す。

「温い。特に杉原君。散々私に喧嘩腰だったくせにその程度なんてね」

 ソムニウムが構えると紅と蒼それぞれの蝶の群れが集まってきて、彼女から壮絶極まる力が立ち昇る。

「正直なところ、私は死闘が楽しいと思ったことは一瞬もない。やるべきことは、さっさと、二度としなくていいように確実に終わらせるに限る」

 力を解放すると、もはや説明を放棄しそうになるほどの極悪な破壊力の衝撃波が響き渡り、ニヒロと明人が飲み込まれる。衝撃波が収まると、ニヒロは倒れ、明人は膝から崩れ落ちる。

「ユグドラシルめ……戦いの舞台から逃げ、己の手足に全てを……」

「零、さん……」

 ソムニウムは明人へ歩み寄り、左手を翳す。

「ありがとう。君が私への恨みを、ずっと長い間蓄え続けてくれたおかげで、私は望みを果たせる」

 力が吸収され、明人は背面に倒れる。そしてルナリスフィリアを掲げ、二人をシフルの粒子へ変えて吸収する。

「次は……」

 武器を持ったまま、ソムニウムは先を見やる。灰色の蝶が右肩に降り立ち、言葉を引き取る。

「ニヒロとユグドラシルの力、そして空の器……ここまで揃えば、既にお前に抵抗できる存在は限られている。気を引き締めねばならんのはバロンとエメル、ボーラスにジーヴァ。それで終わりだ。後は特異点を屠り、アルヴァナを破壊すれば……」

「心配してる?」

 ソムニウムが左人差し指で蝶の触角を優しく撫でる。

「やめろ。私は愛玩動物ではない」

「大丈夫。久しぶりにやってみたいことを自分の意志でやってるから、負けるわけない」

「その自信は誰しもが欲しいと思っているものだろうな」

「そりゃあね。主人公だから特別なんじゃなくて、特別だから主人公になれるんだし。さて……そろそろ先へ進もうか」

「うむ。ニヒロが敗れたとなれば、すぐに多くの存在が異変に気付くだろう」


 エンドレスロール 第一期次元領域

「待っていましたよ、バロン」

 エメルがお辞儀をする。

「……畏まるな、エメル。異変が起きている」

「ええ……ニヒロと空の器が消え、それを囲っていた少女たちも消え……」

「……黙示録の四騎士や、ホシヒメやゼロたちの反応も消えた」

 エリアルが続く。

「誰かが、この予定された流れを突き崩そうとしてる……でも、誰が?」

 その疑問に答えるように、頭上から一条の光が射し込み、ソムニウムが降下してくる。

「私が答えてあげる」

 既にルナリスフィリアと真水鏡を装備しており、明らかに異様な気配を放っていた。

「……白金零……!」

「ソムニウム!」

 バロンとエメルの反応を見つつ、ソムニウムは着地する。

「今起きている異変……それは全て、私が引き起こしたもの」

「……何のためにだ。」

「新たな世界を作る権利を手にし、そして……」

 ソムニウムは溜め、勿体ぶってから言葉を続ける。

「この世の全てを破壊する」

 バロンもエメルも、エリアルもシマエナガも、全員が混乱したように怪訝な表情をする。

「……つまり……?」

「私は無の無すら破壊する。まさしく、〝全ての万物〟を葬り去る」

「……なぜそんなことを。君は明人とは違って賢いと勝手に思っていたが……」

「たまに私もバカしたくなるときがある。今がそう。特異点に代わり、私がアルヴァナを討ち……そしてディードをも、私が討つ」

「……!」

 ルナリスフィリアを構えると、バロンとエメルが構える。

「大丈夫。もうあなたたち程度なら敵じゃない。補給源としては高性能だけど……私が欲しいのは、彼女」

 ソムニウムはエリアルに視線を向ける。

「え……私?」

「そう。あなたが必要。わかってるはず……始まりの獣が、夢を見ながらも現実に来るために産み出したのが……あなたや、ラドゥエリアルのような、夢見鳥」

 どこからともなく、紅と蒼それぞれの蝶が群れをなして集結してくる。一行の頭上で螺旋を描き、射し込んできている光と併せて幻想的な景色を生み出す。

「……なんだ……」

「まずい……!」

 エメルが気付いた時には既に遅く、エリアルを除いた三人が突如膝をつく。シマエナガは断末魔を上げる間もなく力尽きて粒子へと変わり、蝶たちに吸収される。

「……何が起きている……!?」

「レムリアモルフォの群れに、力を吸われて……ッ!」

 バロンとエメルは残る力を振り絞って立ち上がろうとするが、ソムニウムに軽く小突かれるだけで倒れる。

「もう誰も敵じゃない。私は超越した。後はアルヴァナを排除すれば、ディードを倒して……」

 エメルは力尽きて失神し、そのまま粒子へと変わる。エリアルへ歩を進めるソムニウムの足を、バロンが這いずったまま掴んで止めさせようとする。

「……待て……ここまで来て……創世の邪魔は……」

「アデロバシレウス、あなたの手綱はアプカルが握っている。既にその身に価値はない」

 粗雑に足を振って手を振りほどき、眼光を強めるだけでバロンを消滅させて吸収する。

「くっ……」

 エリアルは杖を構えて一歩退く。

「その苦しそうな顔、可愛いと思う」

「そりゃどうもね……ちょっと昔から想定外の事態に弱くてね……!」

 ソムニウムはルナリスフィリアを消し、目にも止まらぬ早業でエリアルの杖を弾き飛ばし、組み伏せる。そのまま右手で彼女の首を掴み、高く持ち上げる。

「あなたが思い出せなくとも、あなたの主は私を見つける。だから安心して、絶望して死ぬといい」

 ゆっくりと力を込めて締め上げ、エリアルの首から空気が漏れていく。蝶の群れが彼女の体に降り立ち、その生命力を吸い上げる。

「あ……が……ッ……」

 そして程なくして、エリアルの体も消え去り、虚空を掴んでいた右腕を下ろす。

「よし、これで後はボーラスとジーヴァのみ」

 灰色の蝶が右肩に降り立つ。

「……」

「どうした、ソムニウム?」

「いや、前までの私ならニヒロもエメルもバロンも、ここまで雑魚扱いできる相手じゃなかった。勝てはするだろうけど、もっと本腰を入れて戦う必要があった」

「そうだな。順調に力が高まっている証拠だ」

「あれだけの強敵と相対しても、何も感じなくなったら……確かに、この世に興味が無くなるかもしれない」

「ディードの消えた理由がそれだと?」

「うん。だって楽しいと思えることが無いなら、生き物としてはともかく、自我としては生きている意味がない。それなら、自らを消し去ることを選びたくなる気持ちも、わかる」

「ふん。お前は立ち止まるつもりはないのだろう?」

「もちろん。ここで立ち止まるのは勿体ない」






 エンドレスロール 終期次元領域 前門エデン

 ソムニウムが巨大な月を望む荒野に到着すると、既にトランぺッターとボーラスが待ち構えていた。

「来たか。常道を外れ、我らの円環を破壊せんとする邪神」

 ボーラスは明確な敵意を向けてくる。

「貴殿は少々暴れすぎたようだな。もはや我らが阻んだところで止められるかわからんが……」

 トランぺッターは竜化し、ジーヴァとしての蒼黒の姿を見せる。ソムニウムは不敵な笑みを浮かべ、ルナリスフィリアと真水鏡を展開する。

「力の高まりに合わせて、楽しさがどんどん高まってくるよ」

 ジーヴァは開幕から激烈な破壊力を伴う闇を線状に吐きつけると、その軌跡が大爆発を起こす。だがその最中をソムニウムが無傷で突っ切り、頭部への切り上げからの一閃でジーヴァは両断され、吸収される。そこへ極限まで透き通った体になったボーラスが総力を込めた雫を吐き出し、着弾させる。筆舌に尽くし難い絶対的な破壊力が響き渡り、暗黒の果てまで照らし尽くす。――が、ソムニウムは無傷で浮かんでいた。

「惜しいな。貴様がその力を、少しでも次の世界へ役立てようとしていれば、物語はまだ続いたものを」

「私が欲しいのは、完全なる破壊だから」

「度し難い……だが、弱肉強食こそこの世の摂理。ならば我も、貴様の糧になるのが定めよ」

「ありがとう」

「笑止。我は貴様に屈するに非ず。我が意志にて、貴様に協力するだけよ」

 ボーラスは自らを極小の眩い雫に変えると、ソムニウムはそれを握り潰して取り込む。着地すると、ルナリスフィリアを地面に突き立て、何者かを待ち構える。

「特異点など敵ではないだろう」

「だろうね。でも……万が一にもアルヴァナを横取りされたら困る」

 程なくして、レメディ、ヴィル、ロータの三人が到着する。最初に警戒を示したのは当然と言うべきかロータだった。

「っ……!?なんでここに……!」

 ロータの狼狽に合わせ、残る二人は即座に臨戦態勢に入る。

「なんなンすか、この人……!骨の髄まで握り締められるみたいなこの感覚……!」

「何か……得体のしれない恐怖が……!」

 それぞれの反応を見た後、ソムニウムはルナリスフィリアを構え直す。

「特異点。悪いけど、創世の座は私が貰う」

「どうしてですか……」

「全てを破壊し、消し去るために」

「そうは……ッ……させません……」

 レメディは一歩踏み出す。ソムニウムは射殺すような視線を向ける。

「ふ……死を超越していても、私には恐怖を抱けるんだね……?」

「なにを……言っているんですか……」

「あなたの物語の、最後の台詞」

 ソムニウムはルナリスフィリアを掲げ、不快な音が鳴り響く。『ブゥゥ――ゥゥゥ――ンン』

 それだけで、レメディとヴィルが得物を取り落とす。

「え……?」

 レメディは驚いて自分の手元を見ると、自分の体が透けていく。

「な、なんで……!」

「あなたが進む意志を一瞬でも鈍らせた。その時点で、あなたの旅は終わった。死の匂いを恐れぬこと。ただそれだけが、あなたが旅を続けられた、世界の意思にお膳立てしてもらえた理由」

 二人は消滅して吸収される。残ったロータもへたり込み、徐々に粒子へと変化していく。

「ソム……ニウム……」

「お母さんと呼んで」

「誰が……呼ぶかッ……裏切者ぉ……!」

 絞り出すように恨み言を紡ぎ、崩れ落ちそうになる体を腕で支えて必死に堪える。

「返してもらう。異史で託した、天象の鎖に干渉できる力……」

 ソムニウムが左手を翳すと、ロータの胸元から光の球が抜け出て、ソムニウムに吸収される。

「クソッタレが……死ね……!」

 ロータは右手の中指を立てながら、仰向けに倒れて間もなく消滅する。

「これで終わり。さあ行こう、ラドゥエリアル」



 エンドレスロール 終期次元領域 シャングリラ

【そなたが来るとは思わなかったぞ】

 手ごろな岩に座っていたアルヴァナが立ち上がり、振り向く。鋭利な鎧を模したような外見の竜人……ある意味で、ソムニウムとアルヴァナはよく似た姿をしていた。

「あなたの座を簒奪しに来た」

【わかっているとも……よもや、そなたからこれほどまでに濃い死の臭いを感じるとは思わなんだ】

「悉くを否定し、滅ぼすには十分な力が手に入った。あなたの願いも、私がすぐに叶えてあげる」

【まあよい……私を彼女の下へ送ってくれるのなら、誰でもよかっただけの話だからな】

「そういう意味では、レメディかれは扱いやすかった?」

【彼は無邪気で、疑うことを知らない。だからこそ、死に順応していたのだろう……】

「ふ……」

 ソムニウムはルナリスフィリアと真水鏡を生み出し構える。

「大丈夫。私は殺し慣れてるから、あなたも安らかに瞬殺してあげる」

【素晴らしいな。空の器が憧れるのもわかる……ヒトからしても、王龍からしても……】

 一瞬で肉薄し、ルナリスフィリアがアルヴァナを貫く。

「安心できた?」

【そなたは……何処へ行こうと……して……】

 アルヴァナが崩壊し、ソムニウムに取り込まれる。

「ご苦労様ですわ、我が子の同胞よ」

 見計らったようにアプカルが虚空から現れ、笑顔でソムニウムを迎える。灰色の蝶を先頭に、色取り取りの蝶が群れを成して集結し、周囲に輝きが満ちていく。

【準備は出来てる。ディードを討つ】

「まあ待ちなさいな♪一つ、わたくしの用意した最強の敵と戦ってみませんこと?」

【へえ。楽しみ】

「正しき未来の果て、永遠の戦禍の中心に居る、片角の鬼」

 蝶の螺旋の向こうから、怨愛の炎滾る片耳のハチドリが現れる。

【修羅……】

 ソムニウムが呟くと、ハチドリは無言で脇差を抜き放つ。刀身に怨愛の炎が宿り、彼女は構える。

【面白い】

「参る……」

 ハチドリは瞬間移動から舞うような連撃を叩き込み、ソムニウムの真水鏡の防御の上から削る。

【……!】

 完璧に弾き返したところでハチドリの挙動は少しも鈍らず、カウンターを差し込む間もなく攻撃を続行してくる。攻撃の後隙に捻じ込むようにルナリスフィリアを振ると、彼女は分身を残して消え、即座に現れて二連斬りを繰り出してくる。強く弾き返してから押し込み、次元門を開いて牽制しつつ、瞬間移動してきたハチドリの軌道を呼んで氷柱を配置する。氷柱が弾けた瞬間に真雷が迸り、ハチドリは飛び上がって脇差で真雷を受け止め、着地と共に振り抜いて迸らせる。真水鏡での受け流しから、ルナリスフィリアから光の波を起こして迎撃するが、ハチドリはその最中を脇差を突き出して突進し、激突した瞬間に飛び上がり、紅蓮を纏った刀身を振るいつつ急降下する。ソムニウムは真水鏡で一連の攻撃を弾きつつ、両者の得物が激突する。

「甘い」

 ハチドリは素早くルナリスフィリアを押し退け、瞬きの内にソムニウムの腹を切り裂き通り抜ける。高威力の一撃を直撃したゆえか、流石にソムニウムは僅かに怯み、その一瞬に自然な流れで背後を取っていたハチドリは、脇差を怨愛の炎で大幅にリーチを増強して横、縦と薙ぎ払い渾身の斬撃を与える。裂かれた空間が歪むほどの凄絶な威力の二回攻撃によってソムニウムは大きく怯み、ハチドリはそのままの刀身で切り上げ、急接近して舞うような連撃を繰り出す。明らかに振りの回数に釣り合っていないほどの大量の斬撃が乱れ飛び、連撃の最終段を繰り出さずに二連斬りから上昇し、最後に全力で薙ぎ払う。ソムニウムは防御しきり、まずは紅と蒼を滾らせた衝撃波を解き放ってハチドリを吹き飛ばし、大量の氷柱を飛ばして牽制しつつ、一気に次元門を解放して彼女を狙う。だがハチドリはその猛攻の合間を凄まじい速度で通り抜け、ソムニウムはルナリスフィリアを振って迎撃する。切り裂かれた空間が凄まじい閃光を放って迸り、ハチドリはそれを踏み台にして大きく跳ね上がる。

【自分が何のために戦うか忘れ去っている……だからこそ、ここまで迷いなく刀が振れるってこと】

「……」

 瞬間移動を絡めた急降下にて爆発し、爆風の全てを真水鏡で往なし、繰り出した刺突によってハチドリの喉を貫く。ハチドリは素早く身を丸めてドロップキックを繰り出して離れ、喉の傷口を修復しつつ左手から大量の火薬をばら撒きながら飛び退き、一拍遅れて炸裂する。

「旦那様の子を絶やす訳には行かぬ……」

 ハチドリから赤黒い闘気が漏れ出し、刀身にも纏わりつく。

【良いね。手加減無しでここまで苦戦できる相手がもっと早くに居てくれたら、私も皆みたいに、戦いが楽しくて堪らない性格になれたかも】

「絶やさせは、しない……」

 突如ハチドリが爆発し、そしてソムニウムの至近に爆発しつつ現れる。もはやおなじみと言える舞うような連撃を繰り出す。先ほどよりも格段に斬撃の密度が向上しており、透明な真空刃だったはずのそれは赤黒く変色し、斬撃の軌跡が爆発する。ソムニウムが防御を選択したのを見て、斬撃で拘束した隙に納刀し、神速の抜刀を行い、横に薙ぎ払う。そのまま縦に振り、爆発で消えて爆発と共に現れ、再び連撃を繰り出す。最後に強く弾き、そのまま横に薙ぎ払い、縦に振り抜く。ソムニウムは真水鏡とルナリスフィリア双方を活用して二回攻撃を弾き、ルナリスフィリアの切っ先から光線を短く撃ち出し、ハチドリが望み通りに爆発で避け、だが頭上に現れて脇差を振り、爆発させる。真水鏡で衝撃の全てを逃がし、強烈なスイングをかけてルナリスフィリアを叩きつける。ハチドリはよろけ、その瞬間に三連斬りを叩き込み、それを呼び水に瞬間移動を交えながら猛烈な勢いで斬撃をぶつけ、斬り上げて渾身の一撃で叩き落す。ハチドリは背中から地面に激突するが、爆発で瞬間移動し、体勢を立て直す。重ねて放たれた氷柱の雨に対し、ハチドリはそれを乗り継いで高く飛び上がり、ソムニウムの攻撃を寸前で躱して余波で更に高く飛び上がり、刀身に真雷を宿して解放し、光線状にして放つ。真水鏡に弾き返され、脇差で受け止めてもう一度跳ね返す。更にもう一度弾き返され、脇差で受け止め、瞬間移動で急接近し、薙ぎ払う。真水鏡の防御を貫通してダメージを与え、追撃の縦振りで地面に打ち落とし、瞬間移動で同時に着地する。ソムニウムが受け身を取った瞬間に刺突を繰り出し、ハチドリは素早く斬り払い、右腕に飛びついて筋を切り裂き、肩口を断ちながら背後に回り、左胸を貫く。反射的に発された衝撃波を受け流しながら脇差を引き抜いて爆発し、現れた瞬間に真水鏡の殴打を重ねられ、ハチドリは対応できずに頬を殴られる。近接格闘で初めて見せた隙を見逃さず、先ほどの意趣返しのごとくソムニウムは彼女の右腕に飛びつき、筋を切り裂きつつ肩口を裂いて背後に回り、左胸を貫く。

【返してあげる】

「見事……」

 ルナリスフィリアを引き抜くと、ハチドリは正面に倒れる。彼女の姿は火の粉のようになって消え去っていった。

【楽しかった。名前も知らないけど】

 ソムニウムは外観的には無傷であった。アプカルが蝶の群れを伴って高度を下げ、微笑みを向けてくる。

「流石ですわね♪彼女はハチドリ。我が夫の、写し身の全てを後世に遺す定めを負った少女ですわ。バロンへの愛だけを原動力にして、新たな規範の世界で戦を起こし続け……やがて、あなたに摩する、もしくは超えるほどの猛者と、修羅となった」

【愛だけで……だとしたら、よほど単純か、純粋な人だったのか】

「どちらも、ですわよ。恋は盲目、あなたの対がよく体現していたでしょう?」

【対……杉原君は紛れもなく馬鹿なだけ】

「まああなたを止められなかった方のことはどうでもいいでしょう。あなたを止めるものが居なくなった今、全ては消え去るのですから」

【ディードの下へ】

「ええ♪」

 周囲の気配が変わる。


 エンドレスロール ???

 宇宙の片隅のような空間となり、ソムニウムは正面にその姿を見止める。

【ディード……】

 赤いツインテールの女性が腕を組んで佇んでいた。

「まさか、アンタがここに来るとはねえ……最強の隷王龍、完成された究極の命……ソムニウム」

【あなたを葬り、その力をも手にし……私は全てを否定する】

「ハッ、とんでもないことを考えるわね。無の無すら破壊し、完全なる終わりを迎えさせる……無の有が観測できる0ならば、無の無は1にもマイナス1にもなりうる‐。だから、その値を完全なるNULLに変える……本当の、決して揺らがない、絶対の零を求めるとはねえ」

【わかってくれたなら、早急に死んでもらう】

 ソムニウムはアプカルを吸収し、轟々たる閃光を放ち、光は視界を塗り潰すほどの凄まじさを持って膨れ上がる。ディードは少しも怯まず、直立したまま光に飲まれる。程なくして光が収まると、眼前には神々しい白金の体に、ユグドラシルと同質のコバルトブルーの光を放つ、四翼の巨竜が顕現していた。

「それがアンタの輝き?」

【私は隷王龍に非ず。万象をその内に宿し、世に隷属する獣の姿を越え、真に王龍となった】

「ソムニウム……」

【我が名は究王龍、ファーストピース。ソムニウム終わりテルミナリアを導くもの】

「ここに来るまでの間ずっと考えたってわけ?」

【この世にまだ在るために、在り方を己で定義しているだけ。ソムニウムと呼びたければ、あなたの好きにすればいい】

「なるほどねえ……」

 究王龍ファーストピース……もとい、ソムニウムを前にしても、ディードは態度を少しも変えない。

「ま、私も興味なんて遠い昔に捨て去っちゃったからねえ……私に最後に挑んできたのが、バロンじゃなくアンタだったら……新世界王の力、存分に味わってみたかったけど」

【皮肉のつもりなら無駄。元々そういうの効かないから】

「いや……アンタは私が出来ないことを成そうとしてる。皮肉なんか言うつもりはないわ。例え完全な零に到達したとしても、そこはアンタが願って作り出した、究極の無を宿した新世界であることは、変わらないでしょ」

【あなたは……】

「私は全部めんどくさくなって、自分でここに辿り着いたわ。でも、無の無……無いという概念すら無い空間は、逆説に永遠に消え去れない、余計退屈な世界だって、来てから気付いた。私はアンタみたいなヤツに助けてもらいたかったのかもね」

 ディードは満足そうな笑みを浮かべ、自らソムニウムに吸収される。そして静かに呼吸し、力を整える。

【来たれ、新世界】

 力の解放と同時に、全てが彼女へと凝縮していき、そして――












ルナリスフィリアの中で起こっていたことはこれで全てだ。


この後どうなったか、だと?


少し考えればわかるはずだ……このソムニウムは、全ての消滅を願った。


故に、この物語にはエンディングもエピローグもない。


あそこで、全てが終わったのだ。


だが狂人共よ、恐怖する必要はない。


これらは全て、先の最終決戦の時ソムニウムが新世界を望んだら、という仮定の上に成り立っているに過ぎない。


お前たちが、私たちの目につかぬよう……己の限界を正しく知り、慎ましく生きている限り……お前たちに、ソムニウムの裁きが下ることは無い。


ではな、狂人共……せいぜい日々を正しく、乱れることなく過ごせ。


夢見鳥に唆され、己の脳髄を出ることなく、転寝の夢の中で。

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