☆☆☆夢見草子EX:剥がれ落ちた最初の欠片

「……」

 バロンが目覚めると、そこは濃い海霧に包まれた海原の上だった。眼前では同じようにアプカルが海面に佇んでおり、髪を靡かせて自信に満ち溢れた笑顔を見せる。

「……アプカルか。ここはどこだ……?」

「ふふ、そうですわね……あなたの中、でしょうか?」

「……僕の、中……?」

「ええ♪」

 彼女は左手を胸元に置き、心地よい声色で返す。

「あなたの心の中を覗くのはわたくしにとって、すごく楽しいことですの。特にこうして……始まりの断章、あなたから剥がれ落ちた、最初の欠片のお話は……ね」

 バロンが言葉を返す前に、海面に紅い彗星が激突する。光が収まり現れたのは、星王龍メルクバだった。狙ったものか否か、今の激突の衝撃をバロンもアプカルも受けてはいなかった。

「わたくしたちは、始まりの番。マドルもエリアルもラドゥエリアルも、わたくしの一部ですわ。バロンとメルクバ、そしてソムニウム……それが、あなたの一部。尤も……ソムニウムがあそこまでの力を得たのは、完全に想定外でしたけれど」

「……盲目の王アデロバシレウス……」

「うふふ、どんな姿でもあなたのことを愛しておりますわ、わたくし♪」

 アプカルはメルクバに並び、彼の左前脚を撫でる。

「ん……」

 メルクバは朧げな反応を返す。

「夢とは、全ての見えざるもの。この世界が現実ならば、あちらの世界は夢に過ぎない。夢から現実を見ることが出来ても、現実から夢を見ることは出来ない」

 アプカルが離れると、メルクバは周囲のシフルエネルギーを一気に吸収し、全身に鋼を流動させ、紅い闘気を発する。

「我が……同胞よ……」

 噴き出る闘気が発する凄まじい音に掻き消される小声でメルクバが喋り始める。

「我らは……全ての始まりを知り……その興亡を見届け……物語を看取る……」

「……僕が終わることを厭うたのが原因か……?」

「行くぞ……!」

 メルクバは左翼を構え、右翼から闘気を噴射して眼前へ瞬間移動し、闘気を噴射して加速しつつ左翼を振り抜く。バロンは黒鋼へと転じつつ右腕で凌ぎ、メルクバの右翼による縦振りの一閃から続く闘気の爆発を鋼の盾で弾きつつ拳先から波動を繰り出して後退させ、踏み込んで右拳を叩き込んで吹き飛ばす。メルクバはその勢いのまま翼を前面に構え、その指先から絶大な威力の闘気を放出する。咄嗟に黒鋼は身を固めて鋼の膜を纏い、真正面から耐える。メルクバは余りの威力の反動に後退しつつ、上へと薙ぎ払い、地面に滞留した闘気が爆発し、頭上で出力を上げて、その勢いで下へ薙ぐ。黒鋼は撃ち切った瞬間に防御を解き、闘気を伴って膜を楔状にして撒き散らす。放射の隙に楔が撃ち込まれて怯んだところへ、右腕に鋼の刃を纏わせて下から掬い上げるように振ると、左翼を無理に変形させて受け止められる。

「遅い……!」

 拳を往なすと即座に闘気を溜め込み、強烈な風圧と共にメルクバが光となって飛び立つ。巨大な光球となったメルクバから大量の流体金属球が射出される。黒鋼は超光速で移動して回避しつつ、いくつかの金属球を跳ね返す。メルクバは勢いを付けて海面目掛けて異常なほどの速度で突貫してくる。黒鋼は全身に鋼を纏って防御態勢を取り、激突を真正面から受けて後退する。そのたった一撃で全ての防御を破壊し、着地したメルクバは間髪入れずに身を引き、右翼を構える。大量の流体金属が溢れ出し、漲る鉄粉と迸る紅い闘気によって視界が眩む。防御が砕けてよろけた黒鋼に向けて一瞬で溜めを完了し、視界に捉えられぬほどの速度で体ごと回転しつつ薙ぎ払う。直撃した黒鋼は打ち上げられ、今度はメルクバが左翼を構える。右翼と同じように溢れた流体金属と撒き散らされる鉄粉、漏れ出る紅い闘気が凄まじい気迫を見せる。

「王龍式……!」

 轟音に掻き消された呟きと共に、左翼が繰り出される。とても生物の翼とは思えぬ歪な変形をしながら槍状になり、黒鋼を貫きつつ穂先から莫大な闘気を解き放って追撃し、吹き飛ばす。更に追撃に全身から流体金属を沸き立たせ、紅い闘気を纏わせながら金属球を乱射する。黒鋼は即座に受け身を取りつつ急降下し、着地した瞬間両腕を合わせて接近し、単純なタックルを繰り出す。激突の瞬間に腕に纏わせた鋼を炸裂させてメルクバを大きく怯ませる。右手で首を掴んで近寄せ手放し、渾身の左拳を叩き込まれ、メルクバの体が浮き上がり、吹き飛ぶ。重ねて螺旋状の闘気を纏わせながら鋼の槍を撃ち出す。体勢を立て直しつつ左翼で薙ぐが、槍が爆発して左翼からのエネルギー噴出が乱れる。黒鋼の接近を見切ったメルクバは飛び立つ準備をして浮いた瞬間、到達した黒鋼がメルクバの尾を掴んで叩き伏せ、だがメルクバは倒れたまま翼からエネルギーを噴き出して戒めから逃げ出して飛び立ち、右翼を構えて急降下し、黒鋼の回避に合わせて海面で闘気を爆裂させて範囲を無理やりに広げ、黒鋼は右腕に盾状に鋼を纏わせて爆発を凌ぎ、左腕に纏わせて刃を放り投げる。メルクバは翼の向きを変えて噴射して逃げ、黒鋼は見切って一歩踏み込み距離を詰め、メルクバは合わせて全身から流体金属を放出して巨大な金属球となり、飛び立つ。超光速で突進して黒鋼の脇を掠め、通り過ぎてから赫く変色し、金属の礫と共に元の姿に戻り、それらと共に再び突進する。黒鋼は海面を掴み、持ち上げて壁とし、礫が海水とそれに混じる鋼の盾に打ち消される。そして壁を破壊しつつ現れたメルクバを真正面から受け止め、押し合う。

「バロン……!」

「……」

 黒鋼は自身の闘気を全力で解き放ち、メルクバは自身の帯びた闘気が反応して爆裂し、自爆しながら後方へのたうち回る。

「そこまで、ですわ♪」

 互いに体勢を立て直し、戦闘を継続する――と言うところで、アプカルが両者の間に入る。

「……まだやれる」

「離れよ、蝶々……」

 二人の反応を見てアプカルは微笑む。

「ふふっ、腕白で逞しくて、わたくしの伴侶として相応しい雄々しさですわ♪ですが、どんな戦いも、白熱し過ぎてはいけませんわ」

 黒鋼は仕方なく竜化を解き、バロンに戻る。メルクバも全身から迸る紅い闘気を収め、流動する鋼も動きを止める。

「自己嫌悪とはよくあるものだ……蝶々、お前を思う気持ちは奴と同じだ、だが……」

「……僕はあくまでもエリアルが好きなだけで、アプカルに興味はない」

「下らん……」

 メルクバは吐き捨てると飛び立ち、海霧の向こうへ消えていった。

「うふふ、あなたも彼も、素直じゃありませんわね?好きなら好きと言ってくださって構いませんのよ?」

「……」

 バロンが黙り込んで鬱陶しそうに視線を向ける。

「時が来たらまた起こしますわね、わたくしの旦那様アデロバシレウス♪」

 彼女の輝くような笑顔を覆い隠すように、濃くなった海霧が視界の全てを潰した。

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