エンドレスロール:淵源に望む英雄・後編
エラン・ヴィタール 最奥部・屋敷
バロンとエリアルが並んで廊下を歩く。
「その剣って……」
エリアルが興味を示す。
「……氷剣、ルナリスフィリア。最終決戦でソムニウムが使っていた剣だが、強者の記憶を自動で吸収して、内部で擬似的に強化していくという性質があるらしい」
「最近バロンがエメルの所によく行く理由?」
「……そうだ。この中でなら、現実に被害を出さずに強者と戦えるからな」
「ふーん……ソムニウムもルナリスフィリアも、結局は祖王龍が作った兵器だし、用心するに越したことはないけど」
「……ああ。本来の使い手を失っているが、それでもこの剣から感じる力はとてつもない。この剣、そして真水鏡……それを兼ね備えたソムニウムを明人が討てたのは、ひとえに彼女自身が負けるのを目的としていたからだろうな」
「危険ね、やっぱりこれ。エメルは性根を入れ替えたみたいだから大丈夫だし、エメルを倒せる敵はもう全ての宇宙にも存在し得ないけれど、後の禍根を絶つために壊した方がよくない?」
「……薄々感じてはいたが、僕も君に賛成だ。戦うことの喜びは久しぶりに感じられたが、それにしても危険なのはもちろんだ」
二人は執務室のドアを開け、中に入る。そこではシマエナガが書架の整理をしており、彼女は二人を見るや、すぐにそちらを向いてお辞儀する。
「お帰りなさいませ、マスター」
「……ああ。シマエナガ、アリシアとマドルを呼んでくれ」
「はっ」
ルナリスフィリアをシマエナガに渡し、バロンがデスクチェアに座り、エリアルはその膝の上に座る。シマエナガの連絡からほどなくして、執務室にアリシアとマドルが現れる。
「なんだ、主。貴様から妾たちを呼ぶとは珍しい」
視線が合うや否やアリシアがそう言うと、シマエナガがルナリスフィリアを見せる。
「まあ。ソムニウムの剣ではありませんの。バロン様、これをいったいどこで手に入れましたの?」
マドルが訊ね、バロンが答える。
「……エメルが持っていた。恐らくだが、彼女が急に倒れたのはこれのせいだ」
アリシアが腕を組む。
「さっきはびっくりしたぞ。お陰で妾のお菓子タイムも興醒めだ。大事はなかったのだな?」
「……ああ。消耗している様子ではあったが、まああいつの身体能力なら一眠りすれば全快するだろう。さて……僕が君たちをここに呼ぶということは……」
マドルが頷く。
「承知しておりますわ。何か厄介なことが起きたのですわよね?」
「……これを破壊しようと思う。これだけの莫大な力を帯びた武器を破壊するとなれば、相当な苦労がかかるだろうが、背に腹は代えられん」
バロンが顎で使うと、シマエナガはルナリスフィリアを執務室の床に突き立てる。同時に刀身から輝きが放たれ、視界が白で染まる。
エンドレスロール 忘れられし裁きの星河
五人は夜闇に包まれた空間に投げ出され、バロンの背後を取るようにルナリスフィリアが浮遊していた。
「バロン様、ここは……?」
マドルの戸惑いに、バロンはエリアルと共に向き直りながら答える。
「……恐らくルナリスフィリアの内部に広がる記憶の世界だ」
バロンはルナリスフィリアを見上げる。
「……お前が僕たちをここに連れてきたのか?」
ルナリスフィリアから不快な音が響く。
『私の存在意義は 戦いの残響に 断末魔の叫びに 壮絶なる流血の園に 応え 我が主を導くこと』
「……主……ユグドラシル或いはソムニウムか……」
独りでにルナリスフィリアは空間を切り裂き、そこからソムニウムが閉じ込められた氷塊が現れる。
『淵源より至れ 古の英雄よ』
氷塊を砕いてソムニウムが動き出し、ルナリスフィリアを右手で掴み、左前腕に真水鏡を湛える。ソムニウムからは一切の感情が読み取れず、バロンを視界に捉えるや否や斬りかかる。バロンは竜骨化しつつ左腕でルナリスフィリアを受け止めるが、閃いた青い輝きが凄まじい熱と衝撃を産み出し、周囲の四人が吹き飛ばされる。
「……うぐぉっ……なんという力だ……!」
バロンが怯んだ瞬間、ソムニウムは真水鏡で殴打し、小技とは思えぬほど甚だしく吹き飛ばされ、氷柱の弾幕が放たれる。しかしそれは、空中に突如として放たれた白黒の球が交じり合って生まれた空間に飲み込まれて押し潰される。
「今だ、
「わかっていますわ!」
球を放ったアリシアが叫ぶ。マドルが光の矢を頭上へ放ち、ソムニウム目掛けて怒涛の光の柱が降り注ぐ。ソムニウムはまるで動じず、極めて密度の高い柱の中を、真水鏡の力ですり抜け、ルナリスフィリアの切っ先から極大の光線を放つ。二人はソムニウムにしては大きな予備動作から放たれたそれをすんでで躱す。しかし、ソムニウムは続けて空間を二つ切り裂いて次元門を放出させ、各々の方向に避けた二人を追尾するように裂かれた空間が動く。
「おいおいおい!どうやってあんな挙動を……!?」
「今は回避に集中するのですわッ!」
フリーになったソムニウムは最初にアリシアを目掛けて急加速し、気付いたときにはもう遅いほどの速度で肉薄してきていた。
「まず――」
後悔する暇もないほどの高速でルナリスフィリアが振られるが、間一髪のところでアレクシアの体が割り込んで刃が届くことだけは免れる。しかし、アレクシアは一撃で消滅し、その余波で吹き飛ばされたアリシアは吹き出す次元門に巻き込まれ、その怒涛のシフルエネルギーを受けて遥か彼方に運ばれていった。ソムニウムは戦況の変化に対しても何の反応も示さず、氷柱を飛ばし、ルナリスフィリアから大量の真雷を放ってマドルを狙う。横から風を纏った激流が放たれてそれらは打ち落とされ、それでもソムニウムは意に介すことなく瞬時にマドルとの距離を詰め、左拳でパンチを放ち、飛び散った真水鏡の水片から無数の拳が飛び出し、マドルを容赦なく叩きのめす。更に彼女に王龍に戻る暇すら与えず氷に閉じ込め、怒涛の氷柱を全て突き刺し、爆裂させ、止めに次元門を放出して彼方まで吹き飛ばす。ソムニウムはルナリスフィリアを掲げ、上空から大量の空間の裂け目を産み出し、その全てから次元門を放出する。戻ってくるバロンを牽制しつつ、残ったエリアルとシマエナガを狙ったその攻撃は彼女たちの水と風の壁で防がれるが、ソムニウムの体から立ち上った赤と青の闘気が瞬時に昂り、解き放たれる。その場にいる全員に恐ろしいまでの衝撃に呑まれ、間一髪のところでバロンとエリアルが融合して力を取り戻すが、シマエナガは耐えきれずに消える。
「(三人消えちゃったけど大丈夫なの!?)」
「……問題はない。この空間で敗れたとしても、死にはしない。恐らくエメルのように極端に消耗するだけだ。だが……」
バロンはようやく小休憩をしたソムニウムを見る。
「……こうも軽くあしらわれると、自分の強さに疑問を感じてしまうな」
「(それに、ルナリスフィリアの記憶の中だからかもしれないけど……ここまで感情が読み取れないことなんてある?機械相手でももうちょっと何かわかるんだけど……)」
「……現実であの剣を握っていたときからそうだが……あの剣もソムニウムからも、何の感情も読み取れない。良くも悪くも、今まで彼女は加減をしていたんだな……」
バロンが構え直したのを察したのか、ソムニウムは再び飛び立つ。先手を打ってバロンが拳を放つが、完璧に真水鏡に弾き返され、ルナリスフィリアの切っ先が襲いかかる。バロンもそれを見切り、脇腹を削らせて深入りさせることで、撃掌を叩き込む。ソムニウムは動じず、そのまま右腕で掴むことなくバロンを放り投げる。そこに氷柱が瞬時に飛ばされ、バロンが放った竜骨闘気に阻まれて砕け散る。同時に真雷が迸って暴れまわり、瞬間的に距離を詰める。圧倒的な速度の攻撃に対応するために読んだ早めの攻撃を振るが、見てから間に合うと言わんばかりにソムニウムは露骨な防御体勢に入る。拳が剣の腹に当たった瞬間、ソムニウムは大振りに構えて渾身の力で剣を振るう。振りに反して一連の動きはソムニウムの行動の中でも異常なほど素早く、全力状態のバロンでさえ何が起きたかわからぬほどの高速であった。理解できぬほどの絶大な威力の斬撃を受けてバロンの竜骨化が解け、そのまま気絶して消滅する。
「……」
ソムニウムは黙したまま、真水鏡を消す。そしてルナリスフィリアで空間を切り裂き、手放して自らを氷塊に包み、空間の裂け目に消えた。
エラン・ヴィタール 最奥部・屋敷
「……くはっ!?」
バロンが意識を取り戻すと、彼は机に突っ伏していたエリアルに覆い被さるようになっていた。すぐに起き上がり、エリアルの肩を揺する。間も無く彼女も起き上がり、二人で部屋を見渡す。マドルがキャビネットに背をもたれ、彼女の膝にアリシアは寝ていた。シマエナガは書架の前で気絶しており、ルナリスフィリアが部屋の中央に突き刺さったまま、ぼんやりと光を放っている。
「お戻りになられましたのね、バロン様……」
マドルが力なく呟く。
「……ああ。そちらも無事で何よりだ……だが……」
バロンはルナリスフィリアに視線を向ける。
「……破壊はしばらくお預けだな。本気のソムニウムに守られては、例え何年あってもこれを壊すなど不可能だろう」
エリアルが頷く。
「ええ、そうね……流石、最強の隷王龍って感じよ……いくら私たちが最近怠けてたからって、どうにかなる実力差とは到底思えなかったわね……」
「……まあ、逆説的に悪用が間違いなく不可能だということも証明できるが……ルナリスフィリアの力なら、意に反して扱おうとするものを永遠に自らの記憶に閉じ込めて、永遠にソムニウムが叩き潰し続ける……そんなことも出来るはずだ」
「全く……とんでもないもの作ってくれたわね、ユグドラシル……」
バロンがため息をついてデスクチェアに座ると、そのままエリアルが体を預けてくる。
「あー疲れた……今日はもう何もしたくなーい……」
「……同感だ。しばらくは、みんなの慰安でもするか……急に要らぬ無理をさせてしまったしな」
二人はそこで体力の限界が来たのか、背もたれに体を預けて眠る。佇んでいたルナリスフィリアも、休憩とばかりに光を失った。
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