エンドレスロール:淵源に望む英雄・前編
「んん……」
エメルはなぜか全方向を夜闇に包まれた空間に倒れていた。立ち上がると、眼前にルナリスフィリアがぼんやりと光と放ちながら浮いているのが見えた。
「ルナリスフィリア……」
周囲を確認する。天地を覆うように瞬く星空を認めて、彼女は即座に察する。
「忘れられし裁きの星河、ですか」
エンドレスロール 忘れられし裁きの星河
エメルが落ち着きを取り戻す。切っ先を下に向けて浮遊するルナリスフィリアは当然とも言えるがうんともすんとも反応を返さない。
「怒っているのですか?本来の持ち主ではない私が、あなたを勝手に使っていることを」
ルナリスフィリアは独りでに動き、切っ先を振るって空間を切り裂く。エメルが身構える。切り裂かれた空間は小型の次元門となり、何者かがそこから現れる。何者かは飛び立ち、勢いよくエメルの前に着地する。何者かはルナリスフィリアの光に照らされ、黒灰のメイド服が露になる。首から上は不自然に影が掛かって顔の視認は出来ないようになっており、豊満な胸部から辛うじて女だとわかる外見だった。彼女は右手を掲げ、そこに長い柄のついたハンマーが握られる。
「よくわかりませんが……あなたと私はこれからも善い関係でいたいところではありますので、遊んであげましょうか」
エメルの言葉に、ルナリスフィリアはまるで会釈でもするように光の加減を変える。同時に、メイドは鋭い踏み込みからハンマーを横に薙ぐ。エメルは強烈な回し蹴りの一撃でハンマーを破壊し、追加のパンチでメイドに致命的な打撃を加える。ボロ雑巾のように彼女は吹き飛ばされるが、表皮が竜へと変わりながら立ち上がり、巨大な戦斧を召喚して握る。刃先に莫大なシフルを蓄え、メイドは踏み込みながら舞踊のごとく連続で戦斧を振るう。エメルは飛び退き、再びの回し蹴り、それに伴う衝撃波で遠距離攻撃を行い、掠めた戦斧と相殺してメイドが怯む。その隙を逃さず、瞬時に頭上を取って踵落としを極め、メイドは全身が鏡のような質感となって砕け散る。
エメルは呼吸が乱れた様子もなく、平然としていた。
「これで満足ですか、ルナリスフィリア?」
刀身に宿った光が一瞬迸る。
「まだ足りない、と?」
ルナリスフィリアはエメルの言葉を聞くや否や再び空間を切り裂く。そこから、小柄な金髪の少女が現れる。扇情的なキャミソール姿で、体格に見合わぬ乳と尻を備えている。
「これは……」
少女もまた、先のメイドと同じく顔が不自然に隠されており、軽やかに身を翻しながら長槍を手に取る。
「ふむ」
少女は素早く飛翔しつつ槍を振り下ろすが、十二分に俊敏なその挙動でさえエメルには一切通じず、軽い反撃で槍がへし折られるどころか続く追撃の一撃で少女は消滅する。
「この程度の存在なら、何無量大数出てこようが瞬殺できますよ。わざわざ私をこの空間に拉致したということは、何か目的があるのでしょう」
ルナリスフィリアは、脳幹に響くようなブゥゥゥ――ゥゥ――ンンンン――という音を発する。
『私の声が 聞こえますか』
刀身から響き渡るその声は、穏やかでありながら不愉快であり、脳を揺さぶるような破壊力があった。
「あなた、喋れたんですね」
『違います あなたの願いを 私は具現しただけ そう この空間も また然り』
切り裂かれた空間から、人型の何かが封じ込められた氷塊が現れる。
『あなたが 強者を望む 宙核が 強者を望む ならば 全ての強者の頂点たる 英雄と 勝敗を気にせず 刃を交えるも一興 全ての始まり 淵源に立つ 最強の英雄と』
氷塊が砕かれ、何かの右手にルナリスフィリアは握られる。真白い体から神々しい輝きを放つ竜人――隷王龍ソムニウムが、そこにいた。
「最強の英雄……その二つ名がこれほど似合う存在は他にいないでしょうね。ねえ、ソムニウム」
エメルが朗らかな笑みを向けるが、ソムニウムは何の反応も示さない。
「そうですね。あなたは、空の器と違って、本当なら感情も、言葉も要らなかった」
ソムニウムがルナリスフィリアを構え、左前腕にたおやかな水渦を湛えた小盾――
エメルは即座に受け身を取るが、ソムニウムは間髪入れずにルナリスフィリアを振るい、切り裂いた空間から次元門と同質のシフルエネルギーが解放される。
「(まずい……!)」
流石のエメルでも焦りを覚え、竜化して瞬時に飛び立つ。翼代わりの巨大なエネルギーの刃を複数備えた災厄となり、ソムニウム目掛けてそれを振り下ろす。が、翼はルナリスフィリアの剣撃を前に砕かれ、ソムニウムは大きく構えて全身から赤と青、それぞれの輝きを放つ闘気を放ち始める。
「これは……!?」
壮絶な衝撃がソムニウムの全身から放たれ、災厄の体を超高速で削る。尋常でないほどの切削音が轟き、瞬きの内に甚大なダメージを受けて災厄の竜化が解ける。それを逃さず、真水鏡を振るって瞬間移動し、エメルに真水鏡をアッパーの形で叩きつけ、素早い三連続の斬り付け、それに伴って自動で放たれる氷柱と、続いてもはや何発放たれているかわからないほどの高速の刺突から切り上げつつ上昇し、瞬間移動を駆使した怒涛のラッシュを極め、止めと言わんばかりに再び凄絶な斬撃をぶつける。
エメルは指一本さえ動かせず、眠るように気絶した。
エラン・ヴィタール 最奥部・屋敷
「ハァッ……!?」
エメルが勢いよく起き上がると、そこは見覚えのある屋敷の一室だった。自分が寝ていたベッドは極上の柔らかさで、掛け布団も彼女の竜化した腕では切り裂いてしまいそうなほどふかふかだった。
「……起きたか、エメル」
声のする方へ向くと、部屋の扉が開かれており、そこにバロンとエリアルが立っていた。
「もう、心配したんだから。ここに来たのはいいけど急にぶっ倒れちゃってさ」
エリアルが冗談交じりにそう言うと、エメルはきょとんとする。
「私は何を……」
「……随分とうなされていたぞ。かなり消耗してるようだったから、今日はここに泊まるといい。アリシアの裁量次第でいくらでも部屋が増えるしな」
バロンが持っていたルナリスフィリアの柄をエメルへ向ける。
「……遊びに来るときにこれを持ってこなくてもよかったろうに」
「ええ……っと……」
「……まあ、今必要ないならこちらで保管しておくが」
「そうしてもらうと、助かりますね……」
エメルの態度に、バロンが微笑む。
「……ふ、弱っているお前は新鮮だな。せいぜい牙を抜かれているがいい」
そのまま、二人は寝室を出ていった。
「ルナリスフィリア……あの剣は、いったい……」
疑問は尽きなかったが、エメルは体の疲労感に任せてベッドに倒れ込んだ。
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