エンドレスロール:アルファリア
無明桃源郷シャングリラ 終期次元領域
バロンが長い階段を登りきると、エメルがルナリスフィリアを携えて待っていた。
「待っていましたよ、バロン」
「……新たな強敵の記憶を、それが産み出したと聞いたが」
エメルは微笑みつつ頷く。
「今回もかなり難敵ですね。ある意味では我々の同類とも言える存在が相手です」
「……同類……」
「でも確かに、一つの時代を築き上げ、そして滅ぼすことの出来た存在です」
「……まあいい。会えばわかることだ」
「では……」
バロンは手近な石に腰かけ、目を瞑る。エメルがルナリスフィリアを掲げると、それから淡い月の光が漏れ出す。
エンドレスロール Al-HD本社ビル 会長室
バロンが目を開くとそこは、何かの会社の一室だった。異様なほど広く、下品なほどに金色の装飾が煌めいている。シックな色合いの壁には17枚にも及ぶ何者かの肖像画が並べられ、そして何より、デスクとバロンを隔てるように黒く煌めくハート型の結晶が目を惹く。
「……ここは……」
横に立っているエメルが続く。
「アルホールディングス。始源世界のグランシデアに居を構えていた巨大財閥の総本山ですね。つまりあの結晶体は……」
「……アル――」
バロンの答えを遮るように、十六本の得物……大剣、片手剣、双剣、槌、笛、槍、銃槍、剣斧、盾斧、爆斧、棍、旋棍、斬鎚、軽弩、重弩、弓……が突き刺さり、結晶が砕け散る。
現れたのは、長い艶やかな黒髪を携えた、深蒼の瞳の持ち主。即ち、アルファリアだった。
「つまるところ、これは可能性の一つ。私がクライシスを起こさず、アルファリアが現在に至るまで弟たちを食らって得た力と融合を続けた未来ということですね。史実でこそ、クライシスによってここも壊滅的な被害を免れませんでしたが、もしそうでなければ……」
アルファリアは眼前にいるバロンに気付いたのか、ゆるり構える。
「では私は近くで見ていますね」
エメルはそう言うと下がる。
「宙核か……。今さら、何の用だと?」
アルファリアは現代よりも狂気が薄く、落ち着いている。
「……(ずっとここに閉じ籠っていたということは、零獄に関わってもいないし、ソムニウムの活躍を見ることもなかった、ということか)」
バロンが簡単な考察をしたあと、言葉を紡ぐ。
「……お前を倒しに来た、アルファリア」
「ほう……?く、くくっ、くふふふふっ!」
アルファリアは高笑いをして、ふわりと浮き上がる。
「もう、遅い。知恵を欲した竜もどきは、我と一つとなった。空虚なる媚薬を湛えた器も、我と一つとなった。愚弟共の力も我と完全に合一となった。もはや全ての宇宙において、我を止められるものなど存在しない」
彼女が天を仰ぐように両腕を掲げると、会長室の壁と屋根が格納され、始源世界の空が頭上に広がる。
「ソムニウムを討つ前に、汝を器に注ぎ込み、勝利を磐石なものとしようぞ」
「……僕の首はそう易々と取れるものではないぞ」
「ふん、愚かな」
アルファリアは蝶となりながら瞬間移動を繰り返し、そこから怒涛の魔力塊を飛ばす。バロンは鋼の盾で全て弾き返し、地面に魔力塊が液体になって飛び散る。アルファリアが姿を現すのを見越して急接近から拳を放つが、彼女は水鏡を産み出して防御する。波打った水面が衝撃を弾き返し、反動でよろけたバロンへ高速で腕を振るい、地面から巨大な蒼い火柱が連続して立ち上ぼり、それに反応するように飛び散った魔力塊がせり上がって棘となる。火柱は非常に巨大で、蒼い炎……つまり、真炎であるが故に壮絶な火力を備え、バロンですら回避に徹する必要があるほどだった。そこへ天からいくつも黒雷が降り注ぎ、アルファリアを囲み防御するように雷柱となる。
「愚かな宙核よ、今こそ始源世界の空へ散るがいい!」
雷柱が進み始め、その隙間を埋めるように真炎の火柱が生まれて突き進む。バロンは光となって合間をすり抜け肉薄し、鋼の刃を纏わせて振り下ろす。アルファリアは素手でそれを受け止め、蝶となって後退し、右手を頭上に掲げて魔法陣を作り出し、それを瞬時にバロンへ向けて極大の光線を放つ。バロンも当然躱すが、アルファリアが既に光線を打ち切ってフリーになっていたために安易な反撃を止め、鋼の槍を何本か飛ばす。アルファリアが展開した水鏡に反射され、正確にバロンを狙って飛んでくる。バロンは再び光となって急接近し、左拳を振るう。先ほどと同じように防御され、蝶となって距離を離されそうになるが、彼女の体が消えきる寸前に首を掴み、握り潰さんほどに力を込めて左拳を顔面に叩き込んで吹き飛ばす。バロンの豪腕から生まれる絶大な衝撃で、さしものアルファリアも堪えきれずに床を転がる。それを逃さず鋼の槍を展開しつつ光速で接近して拳を叩き込む。アルファリアは即座に体の自由を取り戻し、蝶となって後退することで拳を躱し、続いた鋼の槍を真炎で焼き尽くす。
「流石は宙核、と言うべきか。ここまでの力を得てなお、一撃でも受けてしまうとはな」
「……凄まじい力だ。並みの存在いや、王龍ですら軽く捻ることが出来るだろうな」
「くくく……」
不敵な笑みと共に、バロンを取り囲むように小型の次元門が大量生成され、先ほど放たれた光線が次元門から次元門へと次々と通過し、バロンを焼き尽くそうと暴れまわる。アルファリアは猛毒を帯びた激流を放ち、それと同時に真空刃を飛ばす。バロンは光線を躱して身を翻し、そのまま黒鋼へと竜化して鋼の波を起こして猛毒を打ち消し、激突した白浪が上がる。そして両腕に纏わせた剛烈な闘気が放たれ、次元門を打ち砕いて迸る。アルファリアは両腕を掲げて作り出した魔法陣を眼前に向け、小型のブラックホールを作り出して闘気を飲み込む。が、莫大な閃光が強烈な重力場を貫いて、アルファリアを吹き飛ばす。隙なく接近した黒鋼の強烈な拳を喰らって叩き落とされ、止めに床を擦るように放たれたラリアットでもう一度吹き飛ばされる。追撃に産み出された鋼の槍の内の一本が彼女の肩口を切り裂き、アルファリアは深呼吸する。
「ふ、ふすっ、ふっ、ふふふ……」
彼女は小刻みに振るえながら、噴き出すように笑う。
「イヌナャアアアアアアアアアアアッ!」
辛うじてそう聞き取れるような絶叫を吠え散らし、舞踊のように躍り狂って、自分の周囲に十六本の武器を漂わせ、そのまま吸収する。
先程よりも数段素早い挙動でシフル塊を弾幕のごとく撒き散らし、それらは着弾と同時に爆発し、飛び散った破片が液体となって床に溜まり、少し遅れて棘となる。黒鋼となって体の面積が増えたために、より多くのシフル塊への対処が必要となったのを察し、黒鋼は竜骨化して体を縮める。アルファリアは最初と同じように蝶の群れとなって瞬間移動を繰り返すが、今度は蝶が遠くまで飛んで行き、天地に直線の光線を発しながら爆発する。強烈な腐食性を持った鱗粉が飛び散り、竜骨化したバロンの表皮を侵食する。バロンは常軌を逸した圧倒的な速度でアルファリアを猛追するが、彼女はそれすら上回るほどの速度と頻度で瞬間移動して逃げ続ける。しかも、瞬間移動ごとの隙間にシフル塊の弾幕を捩じ込む。が、バロンが振るった蹴りで瞬間移動の消える寸前を狙われ、蝶の姿から人間の姿に強引に戻される。そこへ一発一発が即死級の破壊力を持った連打が直撃し、アルファリアは咄嗟に全身から強烈な魔力を放ってカウンターする。そして猛毒の激流を産み出し、それを強力な竜巻で巻き上げ、雷柱と火柱を産み出し、壁のように並べ立ててバロンへ前進させる。バロンは真正面からそれを破壊して突撃すると、瞬時にブラックホールで迎撃し、バロンも尚も止まらずに突破する。すると、壊れたブラックホールの内部から四方八方に閃光が放たれる。アルファリアは蝶になって逃げ、同時にブラックホールが盛大に爆発する。煙が晴れると、上空からアルファリアが降下してくる。バロンはかすり傷さえ負っていない。
「末恐ろしいな、全く。もはやソムニウムしか我と対等に戦える者など存在しないと思っていたが……」
アルファリアが着地する。
「もはや幾ばくの猶予もない。我が総力を以て汝を消し飛ばしてやる!」
右手を掲げ、伸ばした人差し指に蝶が止まる。彼女の体が消え、蝶から凄まじい波動が起こる。蝶は兎頭の天使へ変貌し、双刀を構えていた。
「無限の力の前には、あらゆる者が無力。汝も、無に帰るがいい」
閉じていた瞳を見開くと、並みの人間では狂死するであろうほどの殺意を放つ紅玉が露になる。
「……生憎だが、僕は自分のしぶとさに自信があってね。まだ無に帰るつもりはない」
「我の美しさの糧となれ!」
双刀に強烈な回転をかけて放り、バロンは片腕でそれを弾き返す。双刀は彼女の手に戻り、半分ずつに分けて双剣のごとくなり、蝶の姿となる瞬間移動を組み合わせ、異なる属性が宿った双剣で次々に斬り付ける。バロンはその連撃を完璧に拳を合わせて弾き続け、徐々にタイミングに遅れが生じたのを感じ取ったアルファリアは後退する。そして右手の剣を振るうだけで無数の真炎の竜巻が起こり、左手の剣を振って猛毒を纏った電撃が飛び散る。バロンが拳を振り下ろしてその壁に風穴を開け、そこへ突っ込む。アルファリアは迎撃として双剣を大きく構え、飛び上がって振り下ろし、十字の斬撃を放つ。バロンは拳一つで打ち消し、続けて放った一撃がアルファリアの顔の左半分を大きく抉り、だが反撃に双刀を腹に突き刺される。二人は後退し、バロンは双刀を引き抜いてへし折り、互いに傷を修復する。
「むう……ここまでしてもまだ倒れんか……!」
「……元より、加減して勝てるとでも思っているのか」
「ならば見せてやろう、我が真髄をな……」
十六本の武器が再び現れ、そして一つとなる。それは煌めく闇を放つ巨大な鎌となって、彼女の手に収まる。
「我は我であることを捨てぬ。〝美〟とは、我そのものなのだ……!」
その鎌はなんと諸刃であり、高速回転させて叩きつけてくる。バロンの表皮を削るほどの切れ味であり、それを押しきろうと力むと逆にバロンの片腕が切り落とされる。腕が再生する僅かな隙間に、僅かに体の軸がぶれたところへ撃掌紛いに手を密着させ、真炎を噴き出させてバロンの体を流れる闘気を大幅に乱して腕の再生を更に若干瞬遅らせ、身を翻して渾身の力を以て鎌を振るい、バロンは僅かに身を引いて切っ先が首を掠め、再生した腕からのアッパー、もう片腕でのフックから、渾身のストレートがアルファリアの胸を刺し貫く。更に引き抜き様に頬に強烈な拳を叩き込み、彼女を吹き飛ばす。堪えようとするが、遂に耐えきれずに片膝をつき、人間の姿に戻る。
「はぁ、はぁ……っ……おのれ、宙核……!まだ足りぬというのか……!このっ……万物を御する力を以てしても……!」
「……もはや余力はないはずだ。諦めないのは勝手だが」
バロンは油断せず竜骨化を解かず、アルファリアの前に立つ。
「……愛を知らなかった末路か。確かに強敵ではあったが、シャングリラエデンまで辿り着いたお前は、今以上に強かった」
「最も偉大な人間……汝にこそ、その称号は相応しかったということか……」
立ち上がったアルファリアは、辛うじて残っていた会長用の椅子に座る。
「全く……何もかも下らぬ……結末じゃな……ソムニウムとすら戦わずに終わるなど……」
上空から十七本の武器が落下してきて床に突き刺さる。
「下らないな……」
アルファリアは足を組み、頬杖をついたまま塩となって瓦解した。
無明桃源郷シャングリラ 終期次元領域
バロンが目を開く。
「……先のラータにも劣らぬ強敵だったな」
「弟の力を完全に自分のものにしたに留まらず、空の器もヴァナ・ファキナも取り込んでいたようですね……最終決戦に現れた彼女のように、愛を育んだ形で器と融合していたわけではないようですがね」
「……良くも悪くも、シフルは感情によって力を増すということか。改めて知れたな」
バロンが立ち上がる。
「もう帰るのですか?」
エメルが名残惜しそうに訊ねる。
「……前回言っただろう、僕の家に来ないかと。だがお前は僕が思っていたより奥手だったからな」
バロンがエメルの手を取る。
「ふぇえ?」
余りにも予想外な提案に、エメルは出したことないようなすっとんきょうな声を上げる。
「……昔から思っていたんだが、お前はどうして僕から歩み寄ったら文句を言ってきたりテンパったりするんだ。なぜいつものようにぐいぐい来ない」
「だ、だって……こほん。推しが目の前でキラキラしてる時にどもらないオタクなんていると思っているんですか!?」
「……もうわからん。行くぞ」
「あぁ……なんかもうこのまま死んでもいい……」
「……やめろ。僕の楽しみが減る」
「ふぁぁぁぁぁ……!もうやめて!私の耳をこれ以上幸せにしないで!」
「……さっぱりわからん」
バロンはいまいち理解できないまま、エメルと共にシャングリラを去ったのだった。
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