終わりなき戦いの旅へ

エンドレスロール:ラータ・コルンツ

 無明桃源郷シャングリラ 終期次元領域

 バロンが長い石階段を登りきると、いつものごとくエメルが手頃な石に座っていた。

「……用があるからと、来てやったが」

 バロンが手短にそう告げると、エメルは笑む。

「ええ。全ての決着がついて久しいですが、戦いの腕は鈍っていませんか?」

「……そうだな。エンガイオス、ジーヴァと小競り合いをした以外は、満足に体を動かせていないかもしれない」

「ですよね。私も引き続き、終わりかけの宇宙を滅ぼしてはいますが……一つの宇宙の摂理を根源からねじ曲げたとて、所詮はその宇宙の中の話でしかない。世界はもはや大海を知らぬ蛙だけを作り出しているんです」

「……ふむ」

 バロンの嘆息にエメルは驚いたような顔をする。

「……どうかしたか」

「いえ、シャングリラ・エデンでの戦い以来、私への態度が軟化したな、と」

「……いけないか?僕はホシヒメのように誰とでも仲良くなれるわけじゃないが、既に力の全てを使って激突した者を必要以上に敵視することはしない」

「そうですか?なら、私からも一言。昔は、力が欲しかったからあなたを愛する標的に選んだわけですが、いつからでしょうか……気付いたときには、あなたを心の底から愛していました。まあ、待つ時間が余りに長かったせいで錯乱しているのかもしれませんが」

「……あくまで僕にとってお前は友だ。それ以上でも――」

「構いませんよ。誰かの一番になろうとして生まれた悲劇は、ゼノビアやクロダ家でよぉく見てきましたから。私のことは、あなたのことを想っているだけの、愚かな敵だと思っていてください」

「……いずれは、どちらかが消し飛ぶまで戦うことにはなるか。まあいい。本題に入ってくれ」

「そうですね。私はこの、強者の生まれなくなった世界でも、ずば抜けた強者と戦う方法を作り出したんです」

 エメルは手元に深い月の光を湛えた長剣を産み出す。

「氷剣ルナリスフィリア……先の戦いで、かの英雄を支えた最強の剣です。これには、ユグドラシルがかき集めたあらゆる強者の記憶が内蔵されている。精密機器にそこまで強いわけではないんですが、これを使えばどんな強者とも、記憶の中で戦えるわけです」

「……なるほどな。お前の考えるものにしては、被害のないものだな」

「うふふ、そうでしょう?もしかしたら、ソムニウムもこれを活用していたかもしれませんね。ところで、これを更に活用する方法も思い付いたんですが、聞きますか?」

「……聞くだけなら」

「あらゆる強者の記憶があるならば、あり得なかった邂逅や、あり得たかもしれない強さを見ることも出来るはずですね。しかも、世界を賭けず、娯楽として、訓練として戦うことが出来る」

「……ほう、それはいいことを聞いた」

「ですから初回お試しということで、あなたも演じてみませんか?終わりなき戦いの演目……〈エンドレスロール〉を」

 バロンが頷く。

「ではそこに座って、目を伏せてください」

 エメルが立ち上がり、バロンが彼女の座っていた石に座り、目を閉じる。

「記憶の中では一人です。無論、死にかけたら私が救い上げますが、正史では助力の下倒した相手でも、今回は己の力だけで勝たねばなりません。では、少々お休みくださいな」

 ルナリスフィリアが輝きを放ち、目蓋を貫いて光が溢れる。


 エンドレスロール 創世の底

「バロン、起きてください」

 エメルの声で、バロンは目を開く。そこは黄昏に包まれた、球状の世界――即ち、三千世界だった。眼前に操核が見える。

「……誰が相手だ」

「きっと満足していただけますよ。私としても、現実でこんなことにならなくて本当によかったと思うレベルですから」

 含みを持った言葉に疑念を抱きつつ、少々待つ。突然、目の前に暗黒闘気の塊が現れ、それを砕いてラータが現れる。

「随分遅かったじゃないか、バロン。もうパーティーは終わったよ?」

「……お前は」

 落ち着き払ったバロンに、ラータは多少困惑する。

「え……?いやいや、見たらわかるでしょ。僕だよ、ラータ・コルンツだよ」

「……違う。お前が得た強さの話だ」

「ああ、そういうことね。悪いけど、もうこの世界には君と僕以外残ってないよ。君の愛しのエリアルも、ホシヒメやアグニも全員、僕の力になってもらった。さっき君も吸収したはずなんだけど……まあ、二人分の力でもっと確実に無へと返すってのも大事かな」

 ラータが極大の暗黒竜闘気を発しながら、瑠璃色の輝きを放つ金属質な骨の翼を四枚産み出す。

「終わらせてあげるよ。君の世界も、僕の世界もねえ!」

 手始めに右下翼が振られ、その切っ先が空間を切り裂く。バロンはそれを左腕で合わせて表皮を削らせつつ接近し、鋭い拳を放つ。それは左上翼と激突して凄まじい火花を散らし、残る二翼が突き出される。バロンは全身から発した闘気で全ての翼を弾き返し、素早く強烈な殴打を数発叩き込む。ラータが衝撃をうまく逃がしつつ高速で翼を振るう。鮮烈な四連撃が放たれるも、バロンはその四枚の翼全てを片腕で受け止め、もう片腕で地面を叩いて闘気を炸裂させ、大きく構えて大上段から蹴り下ろし、防御させ、鉄山靠からの強烈な裏拳で防御を崩し、瞬時に撃掌を放って後退させる。

「……本気で来い」

「ふーん。何かがおかしいと思ったけど、さっき倒したバロンとは別人だね」

「……そこまでわかったのなら、やるべきことも当然わかるはずだ」

「そうだね。本気で行ってあげるよ!」

 ラータが構え、暗黒竜闘気に消える。瞬間、四方八方からバロンを囲むように暗黒竜闘気の槍や天象の鎖が飛び出す。弾幕の隙間を縫いつつ全て避けると、姿を現したラータが力場を産み出してバロンを急接近させ、地面から翼を突き出す。翼を振るうことを警戒していたバロンは反応が遅れるが、咄嗟に右腕を出して弾き、翼の指が放つ連打と、バロンが一歩踏み込んで放つ連打が激突する。

「この翼の切れ味を持ってしても捌けないなんてね」

「……いいな、この高揚感……」

 バロンの拳の威力が増していき、甘く衝突した指が砕け散り、瞬間バロンは拳を開いて絶大な闘気を放ち、一気に距離を詰める。ラータは闘気の波動を割り込ませた力場で往なし、ちょうど牽制して先端がバロンを削ぐように翼を振るい、バロンはその瞬間潜り抜けるように速度を上げ、ラータの体に指を突き刺し、闘気を注ぎ込む。ラータの体が焼かれ、肉が吹き飛ぶ。バロンが躊躇なく追撃をしようとしたのを背中の流れで凌ぎ、ラータは渾身の暗黒竜闘気を宿して翼を下段中段と超高速で振るう。恐るべき斬れ味とは反比例するように凄まじい多段ヒットを発生させ、バロンの体を削る。しかしバロンはそれを押し切って上段と中段から拳を放ち、撃掌を叩き込み、強烈な横蹴りで吹き飛ばす。ラータは倒れまいと堪えるが、霧のように全身から血を吹き出して片膝をつく。

「まあ、余興はここまでにしようか」

 ラータは唾液に交じった血を吐き出し、立ち上がる。暗黒竜闘気の靄が彼に集まり、竜化する。翼はそのままに、クロザキそっくりの竜人となる。

「完膚なきまでに……斬り捌いてあげるよ!」

「……そうでなくては……!」

 瑠璃色の翼に赤い輝きが血管のように巡り、ラータが掲げた右手に暗黒竜闘気を凝縮させ、赤黒い閃光となって迸る。

「消し飛べ!〈レグヌム・ヴォイド〉!」

 飛び退き様に放り投げられた閃光は爆裂し、鴻大な衝撃が轟き渡る。バロンは竜骨化しつつ衝撃を躱し、ラータと同じ高度に到達する。二人が居た浮遊大地は消し飛んでおり、観戦していたエメルも二人と同じように逃れて中空に漂っている。

「……技の名前を叫ぶ暇があったら、少しでも隙を突くべきだったな」

「おやおや、君も叫んだことくらいあるだろう、技名。王龍式と同じものさ。自分の力を誇示したり、士気を上げたり、相手を挑発したり、そういう時は叫んだ方がよくない?」

「……まあどうでもいいことだ」

 ラータが瞬間移動し、全身を豪快に使って四翼を十字に振るう。バロンは本能的に回避し、背後を取って拳を放つ。左上翼がそれを防御し、暗黒竜闘気を纏わせた残り三翼を振るい牽制させたところで足元から柵のように翼を展開させ、その背後を埋めるように暗黒竜闘気の槍を三つ放つ。その対処にバロンが動こうとした瞬間、ラータは再び右手に暗黒竜闘気を凝縮させ、即座に放る。バロンは恐るべき速度で反応し、ラータへ急接近することで全ての攻撃を置き去りにし、拳が入る――瞬間でラータも瞬間移動してバロンの腕のリーチより僅かに逃れた位置に動き、暗黒竜闘気でリーチを補強した翼を身を捩って振るう。拳の先端と暗黒竜闘気の先端が削り合い、互いに弾き飛ばされる。

「……確かに凄まじいパワーだ……あの時、これだけの力を発揮されたら……例えホシヒメが居たとしても勝てなかっただろう……」

「なんだか清々しいよ。さっきまで僕は意地とか思想のぶつかり合いで精神を磨り減らしてたんだけど……君と戦っていると、なぜか心が洗われるよ、不思議だね」

「……勝手に言えばいい。決着まで戦うぞ」

「そうだね、そうしようか」

 翼が足元から涌き出し、バロンはそれを飛び越えるように距離を詰める。当然互いに読み切り、ラータは体を上に捻りながら翼を斬り上げ、バロンは寸前で制止してその後隙を狙い拳を放つ。互いに空振り、ラータは再び右手に暗黒竜闘気を凝縮して放つ。バロンは真正面から極大の闘気を放ってそれを対消滅させ、ラータは力場を産み出して吸引し、瞬時に対応したバロンの間合いの取り方を僅かに狂わせ、右手を突き出し暗黒竜闘気を凝縮するプロセスにバロンを巻き込み、凄まじい力の渦で釘付けにし、完成した槍を至近距離で放つ。螺旋状の暗黒竜闘気はバロンの腹を抉るが、貫くには至らずすぐに消滅し、バロンは素早く指での刺突を行う。ラータはそれが牽制であると見抜き、足元から翼を展開する。バロンは即座にその攻撃を取り止め、総身から闘気を一点に凝縮させ、荒れ狂う翼の中を強引に突っ切って、逃さずラータの胸の中央に叩き込む。

「ごふぁッ……!」

 剛腕がその体を貫き、翼の動きが止まる。ラータの手が、バロンの腕に添えられる。

「……」

「ねえ……君は……僕を、倒したんだろう……?なら、未来で……ヴァナ・ファキナがどうなったかだけ、教えてくれないか……」

「……滅びた。お前たちの活躍で」

「くく、そうかい……ならここで負けても、別にいいんだね……」

「……ああ」

 バロンが拳を引き抜くと、ラータは人間の姿に戻りつつ、満足げな表情をして消滅した。


 無明桃源郷シャングリラ 終期次元領域

 バロンが目を覚ますと、目を閉じたときと同じようにエメルが立っていた。

「どうしたか?満足しましたか?」

 エメルが嬉しそうに尋ねる。

「……ああ。悪くない」

 バロンがはにかみで返すと、エメルが悶絶する。

「あああああ~!駄目ですそんな笑顔を私に向けないでください成仏するーッ!」

「……うるさい。確かにお前の言うとおり、三千世界での戦いの時あれだけの力で来られたら、間違いなく全滅していただろう」

 落ち着きを取り戻したエメルが続く。

「ええ。でもこのルナリスフィリアが産み出す記憶の中でなら、あのラータとも何度でも戦えますよ」

「……あれはお前が作っているのか?」

「いいえ。ルナリスフィリアが自ら組み替えて新たな記憶を産み出しているようです。つまり、倒せば倒しただけ更に強い記憶を作り出すということです」

「……そうか」

 バロンは立ち上がる。

「……面白そうな記憶が生まれたら、また呼んでくれ」

「うふふ、もちろんです。これであなたをここに呼ぶ理由が出来ましたね」

「……呼びたければ好きに呼べ。お前が僕の家に来ても構わないが」

「それって……」

 エメルがまた狂乱しそうなのを察したのか、バロンはそのまま立ち去る。

「そうですね、今度手料理でも食べに行きましょうか」

 バロンが去った後も、エメルはルナリスフィリアを抱き締めて余韻に浸っていたのだった。

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