☆エンドレスロール:冒涜のアンチナタリズム

 エンドレスロール トランス・イル・ヴァーニア 上空

「その通り。よくぞ、邪魔者を全て排除してくれました」

 ハルマンの残骸と干からびた明人を黒い輝きが吸収する。

「笑止」

 それを遮るように、輝きの中から別の声がする。そして巨大な白い一対の腕が現れ、輝きを握り潰す。乱脈した次元門が、傍で機を窺っていたアルメールとニコルを捕らえて輝きへ取り込み、無尽蔵に膨れ上がっていく。

「供されし命を束ね 我らこそ 楽園の末葉なり」

 一対の腕に続いて更に二対の腕が現れ、翼のようにして羽搏く。現れたのは、更にもう二対の腕が生え、背の六本を翼のごとく、後方の一対を足のごとく、前方の一対をそのまま腕のごとく扱う、正に異形と言うのが相応しい何者かだった。

「……なんだこれは」

「千早が現れた瞬間を見計らって、ボーマンが彼女たちを吸収した……?」

 異形はバロンたちの前まで飛翔し、即座に竜化した二人を見下ろす。

「感謝します、最も偉大な人間たちよ」

「……お前は……ボーマン、でいいのか」

「確かに、意志の主導権は私にあります。しかし……この姿は、そうですね……あなたという鯨の腸を切り裂いて生まれ出た……〈ティアスティラ〉とでも呼びましょうか」

「……ティアスティラ……零の武装の一つか」

 翼の一本一本を広げ、掌から光線を解き放ち、虚空を切り取って次元門を産み出す。

「化天を統べる他化自在、六つの起源をたなごころへ。天地あめつちに満ちる命の奔流、枝より垂れし白き御汁みしるを腸に注がん」

 次元門から溢れたシフルエネルギーを翼のそれぞれに吸収し、極彩色の光の翼膜を六枚形成する。

「最も偉大なる人間たちよ。物語の終結のため、滅びなさい」

 ティアスティラは上体を起こして絶大な衝撃波を解き放ち、黒鋼と災厄はそれぞれ闘気を発して相殺する。ティアスティラの全身を虹色の光が血管のごとく流動し、弧を描いて光の球を残し、それが一拍おいて光線となる。その一つ一つに鋼の盾を合わせて弾き、影から災厄が極太の光線を吐き出す。ティアスティラの右腕が裂いた空間が次元門を解放し、光線を飲み込み、右翼を担当する三本がそれぞれ人差し指を災厄へ向け、光線を放ちながらそれとは別に爆発を複数起こす。災厄は胸元で光を破壊し、大量の礫に変えて迎撃する。そこへ黒鋼が鋼の波を起こし、ティアスティラに直撃して纏わりつく。ほぼ同時に接近していた黒鋼はここぞとばかりに大きく構え、ティアスティラの背に両腕で同時に貫手を繰り出す。だがそれは波の被害を免れた左翼の二本が受け止め、残る一本が左腕を掴んで拘束する。右翼も鋼の拘束を破壊し、黒鋼の右腕を掴み、残る二本で光線を放つ。黒鋼は莫大な量の鋼を放出してティアスティラの翼全てを巻き込みつつ、球状の金属塊へと変貌する。その瞬間に、災厄が翼を一気に巨大化させて二人へ向けて振り下ろす。ティアスティラは腕二本で翼を受け止め、元に戻った黒鋼が力尽くで拘束を解き、素早く背中を叩いて飛び上がり、急降下しつつ右爪でティアスティラの右腕を切断する。バランスの崩れた瞬間、災厄の胸部から最大出力の光線が解き放たれ、貫通には至らずに吹き飛ばす。

「……流石に堅牢だな」

「ええ。私の一撃でも破壊できないとは」

 煙が晴れると、両翼から虹色の光を取り戻したティアスティラが変わらず飛翔していた。

「私たちはこの極楽浄土で日々を過ごし……あなたと千早がここにやってくるのをずっと待っていた」

 ティアスティラは直立するようになり、翼をそれぞれの方向へ伸ばす。満ち溢れ零れていく光が、まるで曼陀羅のごとく複雑怪奇な紋様を虚空に映す。

「知っての通り、私たちは大いなる両親より産み落とされた、旧時代の遺物。次代に解き放たれた、大きな、大きな忘れ物」

「……」

「ここは極楽浄土。陰茎を生やした雌が、膣を彫り込んだ雌が、雌だけが大地の全てを覆い尽くす、ヒトの終着点」

 両腕で菱形を作るようにし、それを己の下腹部に当てる。

「誕生を言祝いで、人生を呪い尽くして、死滅を謳う。それこそこの世のあるべき姿。ですが、私たちが欲しいのは、誕生を言祝ぎ続けること」

 両腕を離し、掲げ、天を仰ぐ。

「あなたなら、ここに来て、私たちに望みのままの滅びをくれると信じていた」

 乱脈する次元門からスパークが迸り、地上からは次々と白い蝶の群れがティアスティラへと向かっていく。大振りな構えから一気に力み、次元門からのエネルギーを変形させて棘状にし、二人を狙う。黒鋼が鋼の液球を周囲に散布し、それが次元門に張り付くことで棘がふさぎ込まれる。流れる先を失ったエネルギーは、すぐ近くの空間を破砕しながら爆発として顕現する。災厄が翼を振り下ろしつつ光の礫を放ち、ティアスティラは振り下ろしを躱しながら大きめの次元門の中へ逃げる。そして即座に災厄の頭上の空間を破壊して突進する。だが僅かなポジション取りで躱され、逆にマウントを取られる。災厄は噛み付きで致命傷を狙いながら翼を前方に展開して刺突を繰り出す。ティアスティラは両腕で災厄をせき止めながら、翼の猛攻を同じく翼で往なす。災厄が勢いよく右腕を外して、爪による振り上げで命中を狙うが、咄嗟に凄まじいシフルエネルギーを噴出されて押し返され、反撃に口から光線を吐き出すと、相殺した力が爆発して両者を強制的に引き離す。

「私たちを葬り去れば、それで深界の巫も消え去り、もうあなたたちの成すべきことは無くなる」

「わかっているなら、疾く死んで頂けると幸いですね」

 災厄が皮肉っぽく返すと、ティアスティラは更に力を増す。

「もうすぐです。きっとすぐ……」

 両腕を合わせ、その合間の空間を破壊し、高圧縮したシフルエネルギーを小型の次元門から解放する。災厄は口から極大の光線で迎え撃ち、破滅的な破壊力が衝突する。

「……エメル!」

 黒鋼が加勢しようとするが、余りにも凄まじい力によって接近を許されない。外から見ていると、徐々に災厄の光線が押し込まれているのが見える。

「なるほど……!アルヴァナと同じく、むやみやたらと消耗したいと、そういうことですか……!ならば望み通りに!」

 災厄は一旦口からの光線を急激に強めて吐き切り、ティアスティラの光線を僅かだけ押し込む。続けて胸部から、あちらと同じく威力に糸目を付けずに光線を発射する。今度は災厄の放った光線が押し、ティアスティラの胴体を右翼の中央の腕ごと今度こそ貫く。彼女は力尽きて落下し、アウラム・パンテオンの頂上、繭の残骸に激突する。災厄と黒鋼の二人がそこへ急行すると、人間の姿のソムニウムとラドゥエリアルが宙に浮かんで待ち構えていた。

「……!」

 黒鋼が明らかな警戒を示すと、ソムニウムが鼻で笑い、ラドゥエリアルが口を開く。

「争いはもはや無用だ。バロン、エメル。ハルマン・ベル・アルゴリズムを消耗させ切ったこと、感謝の意を示そう」

 ソムニウムが続く。

「トレードオフというもの。私たちは杉原君から完全に分離した〝空の器〟を手に入れる代わり、彼女たちの楽園を、ラドゥエリアルの中に産み出す」

「まあ、ボーマンとマレ、あの二人と当初想定していた形とは少々異なるが……結果として千早を排除し、こうしてあるべき形に回帰した。では、少ないが礼代わりに――」

 ラドゥエリアルがロッドを右手に召喚すると、ソムニウムが左手で動きを制する。

「なんだ」

「そういうのは要らない」

「何?」

「この二人は、きっとこのままは帰らない」

「だが程なくここは次元門に飲み込まれ――」

「大丈夫」

 訝し気にしていたが、ソムニウムの強い言葉に押され、ラドゥエリアルはロッドを消す。

「ではな、バロン、そしてエメル。二度と会うことも無かろう」

「あなたたちが何をしようが、私たちは手を出さないし首を突っ込まない」

 二人はティアスティラを吸収すると消え去った。

「……ともかく、一段落したと言うことか?」

「恐らくは……そうでしょうね」

 困惑しつつも竜化を解き、そして間もなく、この空間の全ては監視していたルナリスフィリアが放つ閃光に飲まれたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る