☆エンドレスロール:ポリティカル・ヒュムヌス

 エンドレスロール 枢機卿機アウラム・パンテオン

「この空間へは、君が誘い込んだのかい?」

 評議会の議席を見上げていたアルメールが後ろへ向き直る。そこに立っていたのはロッドを構えたラドゥエリアルだった。

「この不自然に切り取られた次元……俺をこういうところに持ってこられるのは限られてる」

「明けた世界で、お前は死んだ。完全に消え去り、お前の友の下へ」

「だろうねえ。俺だって、千早に協力した時点でどうにもならないことくらいわかってたさ。だが控えめに言っても雁字搦めな状況でね。君やソムニウムの掌の上に居る時点で逃げ切れないのはもちろんだが、ボーラスが生き残っているのは相当に分が悪い。なんせニヒロでも敵わない相手に、俺が出来ることなんて何もないからね。例え、空の器を俺の手に収めたとしても意味はない」

「ふん。お前も、死出の旅に他人を巻き込んだだけと言うことか」

「オナニーは余り得意じゃなくてね。一緒に逝ってくれる友達がいないと寂しいのさ」

 アルメールは右手を胸元に掲げ、掌に氷の核を浮かべる。

「どんな存在でも、完全にスタンドアロンな状況じゃ存在を維持できない。そいつは、物理的に最小まで縮まろうが、宇宙の全てを孕むような超存在だろうが、たった一人じゃ何もできない。例え低俗な娯楽作品で頻出するような、宇宙の上位存在とかのたまうようなヤツでも、例外なく。何をするヤツと、何かをされるヤツ。それは可変的で、誰だってその立場になる。雌雄に貴賎は無いのさ……もちろん、種族にも、階級にも、ねえ?」

 核を握り潰し、身悶えつつ炎の四翼と氷の二翼を産み出しつつ、咆哮に合わせて体から熱気と冷気が同時に放出される。

「言い換えれば、水と言う一個の概念は、水じゃない。砕いて水素にしても、それは水素と言う一個の存在じゃない。有は有じゃないし、無は無じゃない」

「なるほどな。確かに理のある言葉だ。だが所詮、真理と言うものは個々人の精神の中にしか存在しない。不変の事実などどこにもありはしない。認知と解釈……あるのはそれだけだ」

「そいつも所詮は、君の思う真理、そうだろう?」

「無論だ」

 ラドゥエリアルは翼を翻し、少し空中に浮く。

「それについては、私が先に言った通りだ」

 彼女が左手を掲げると、どこからともなく大群の白い蝶が現れ、この空間だけを切り取るように螺旋を描いて壁を作り出す。

「蝶の羽搏きが、遠く彼方で嵐を呼び起こす」

 挙げた左手を下ろし、構えて前を薙ぐ。すると今度は蒼い蝶が五頭飛び出す。アルメールも炎の剣を五つ撃ち出して迎え、それに重ねて飛び込みつつ大上段から炎を纏った右腕を振り下ろす。蝶と剣が激突し合い、爆発する。剣は回転しながら中空へ上がり、再び回転をかけてラドゥエリアルへ飛んでいく。アルメール本体の攻撃はロッドで阻まれ、先ほどの爆発で散った鱗粉が剣を阻み、猛烈に侵食して消し去る。アルメールは即座に着地して今度は氷を帯びた左腕で全身を使いながらアッパーを繰り出す。ラドゥエリアルは姿を消して躱し、背後を取って現れ、ロッドの先端からシフルエネルギーの刃を作り振る。アルメールは咄嗟に垂直に飛び上がって躱し、彼女の後隙に螺旋状の火炎を帯びた蹴りを、本人も回転しながら繰り出す。またもや姿を消して躱されるが、単純な後退に留まることを見越して着地した瞬間に右腕を振り、地面に火炎を走らせる。狙い通りに現れたラドゥエリアルは左腕を突き出して音波を放ち火炎を打ち消す。それに合わせて頭上から氷柱が降り注ぎ、重ねてアルメールは頭部から熱線を連射する。頭上で杖を旋回することで氷柱を粉砕し、僅かな構えで左手に水が滴り、軽く振って飛沫が熱線を迎え撃つ。

「真水鏡……」

 アルメールの呟きに応えてか否か、飛沫が熱線を全て反射し、アルメールの下へ送り返す。

「まいったなぁ……!」

 若干の狂気を帯びながら、彼は飛び立つ。背から炎と冷気を同時に噴射して瞬間移動し、ラドゥエリアルへ体当たりを繰り出す。彼女が空中へ逃げると、着弾と同時に彼も飛び立ち、スピードを殺さずに強引な空中制御で連続で超光速タックルを行う。ラドゥエリアルは当たる瞬間のその度に無数の蝶へと変わって無力化し、アルメールを真正面に捉えた瞬間にロッドを手放しつつ現れ、胸元で合わせた掌の間から凄まじい威力の音波を放つ。アルメールの勢いが一瞬で死に、周囲で渦巻く蝶の壁まで吹き飛ばされ、それに背を削られて床に叩きつけられる。受け身を取る程度にはダメージは軽度だったようで、彼が立て直すのに合わせてラドゥエリアルは降下して右手にロッドを呼び戻す。

「音、ねえ……殺意の高いASMRだ」

「音とは即ち、空気の振動、大気の律動。万象を動かす、生命の根源たる力だ」

 二人を囲む蝶の嵐から、か細い歌声のようなものが聞こえ始める。初めは一、二頭程度だったものが、嵐を形成する全員が発することで大合唱へと変わる。

『果てなく続く戦乱に 果てし命よ

 奢侈を尽くす愚者に 産み出されし幻想よ

 僅かに紡がれた証を 次代の波に飲まれし者よ


 哀れな宿業は遂に終を迎え

 いずれ新たな世界へと導かれよう


 我は告げん

 汝の善行が報われぬことを

 汝の悪行が報われぬことを


 さあ 刮目せよ

 汝の魂が審判を迎える様を

 より苛烈なる結審に捻じ伏せられる様を』

 蝶たちの大合唱の中でも、二人は冷静なままで向かい合う。

「審判からは逃げられない。お前が新規範まで生き残ってしまったが故に」

「クッハハハ。まあ、知ってたさ。だがニヒロが事を仕損じるとは俺も予想外でね。ボーラスの邪魔が入るのは当然知っていたが、空の器をあそこまで意地になって手に入れようとしてたのは想定外だった。いや、それよりも――物語りが始まった時点でソムニウムと君の計画が始まっていたこと、それこそが誰にとっても計算の埒外だった。君がニヒロから離反していたのは当然知っていたがね……ソムニウムがあの時点でユグドラシルを裏切っていたのは本当に驚いたよ」

「当然だ。読まれる行動を策略とは言わん」

「いや……そもそもソムニウムも君も、最初からこれを狙っていたのかな……?まあ、今となっては全て結果論でしかないがね……」

「好きなようにしろ。物語など、お前自身の見た通りにしか解釈できないのだからな」

 アルメールは大きく構え、力んで大量の熱線を繰り出す。ラドゥエリアルは高速で何度も蝶へと変わりながら躱していき、追い込んだところでアルメールは冷気を融合させた極太の熱線を放出する。だが威力に反して左手一本で受け止められ、音波の壁で完全に凌がれる。だが熱と閃光で目潰ししつつ、生じた氷壁で反撃を封じる。垂直に飛び上がったアルメールはラドゥエリアルを掴まんと右手を突き出しながら急降下する。後退によって避けられるが着地の瞬間に左手に爆炎を滾らせ、体を思いっきり捻って爆炎を握り潰しながら左腕を振り抜く。ようやく攻撃を直撃させて怯ませ、続けて突進を放ち、翼で弾き飛ばしつつ炎の剣と氷柱で空中に固定する。そして彼女を取り囲むように大量の炎剣と氷柱が現れ、一斉に射出される。突き刺さると同時に爆発し、多量の蒸気が放出された後、無傷のラドゥエリアルが浮いていた。

「全力でやってもこれか……随分不感症みたいだねえ、君は」

「私には女陰も菊門も逸物も無い。お前の熱が私の内部に入ることは決してない」

 ラドゥエリアルが左手を差し出す。その掌には、先ほどの意趣返しのように渦巻く音の塊が湛えられていた。

「涅槃も天国も、偽られた仮初の理想郷。救いなどどこにもない。誰一人として貶められてはいない、恵まれてもいない。故に救いなどない。誕生を言祝いで、人生を呪い尽くして、死滅を謳う。ただ、それだけのことだ」

 音の塊を、まるでボールを落とすように手から滑り落とす。ゆっくりと床に向かって落ちていき、近づくほどに凄まじい力を迸らせる。

「やれやれ……ニヒロ、君は俺のこういうところが嫌いだろ……?すまないな、いつもいつも……」 

 着弾と共に絶類なる威力を解き放ち、衝撃波はまるで水面に雫が一滴落ちたような見事な模様を描き、アルメール諸共周囲を粉砕する。

「無限の輪廻、夢幻のごとくなり」

 ラドゥエリアルは吐き捨てて、灰色の蝶となって飛び去る。

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