夢見草子:銀世界に裁き交える閻魔

 滅びの墓標外縁 テスタロッサ享楽雪原

「……」

 防寒着に身を包んだバロンが、猛吹雪の雪原を歩いていく。

「……(これだけの吹雪が年中続いていれば、テスタ・ロッサが隔絶された地域になっていても不思議ではないな……)」

 そんなことを考えていると、前方の遠くから激しい戦闘音が朧気に届いてくる。バロンは重装とは思えない凄まじい勢いで音の発生源に突き進む。脛が埋まるほどの深さの雪が積もっているせいで、駆けた軌跡に舞い上げられて更に視界が悪化していく。しばらく駆けて辿り着くと、身の丈より遥かに巨大な大太刀を振るう人間と、巨大な象のような獣が戦っていた。

「……」

 獣が右前足を振り上げ、強烈なストンプを繰り出す。地面が揺れるほどの衝撃が響き渡り、莫大な量の雪が掘り起こされて視界がホワイトアウトする。人間は素早く身を翻して、大太刀を突き出し、獣の長い鼻に突き刺す。獣が怯み、仰け反った勢いで振られた鼻から大太刀を抜いて飛び上がり、降下しながらの一閃で獣の脳天を叩き割る。獣の巨体は崩れ折れ、最後に振動を残して息絶える。人間は大太刀を背に戻す――ところでバロンの存在に気付き、そちらへ向く。数m先も把握できないような吹雪の中で、両者は互いに存在を認識できている。

「……黒龍狩りのミ・ル・ライズだな?僕はバロン・エウレカ。理由あって君に会いに来た」

「声と見た目だけで信じろと?」

 ライズは大太刀を右手に持ち、構える。

「わざわざ訪ねてもらっているのに申し訳ないが、どこかに腰を落ち着けるつもりはない」

「……承知しているとも。その上でだ」

「人間の王ともなると、他人のノーが自分の一存でイエスになるとでも?」

「……」

 バロンは防寒着を脱ぎ捨て、全身から闘気を放つ。天を衝く強烈な波動が吹雪を吹き飛ばし、厚い雲を貫いて夜空を露わにする。

「……傭兵のような、戦争を食い物にする人間ならばわかっているはずだ。力で捻じ伏せられれば、言い逃れは出来ない」

 視界が晴れてディテールを見せたライズは、バロンのものと似たような防寒着に身を包んでいる。

「一介の傭兵に、王を殺せと?」

「……出来るだろう?王龍を討ち果たしたその力なら」

「はぁ、圧迫面接だこれ」

「……エウレカは傭兵の福利厚生も手厚いぞ」

 バロンは首を鳴らし、手首を振ってから構える。

「……では行くぞ。面接だ」

 ソニックブームが生じるほどの速度で踏み込みつつ蹴りを繰り出すと、大太刀で弾きながら滑るように動いて背後に回り、踏み込みつつ薙ぐ。バロンは見ずに左腕で大太刀を凌ぎ、続く全身を使った薙ぎ払いを振り向きつつ、向けられた刀身を右手で掴んで競り合う。

「……素晴らしい刀だ。僕の動きを見切る視力と反射神経もな」

「化け物……!」

 ライズは手の戒めを解いて飛び退き翻り、大太刀を鞘に戻しながら腰に据える。逃さずに突っ込んで来たバロンの拳を、身を低く構えることで掠らせ、居合抜きを繰り出しながら瞬間移動にも等しい速度で擦り抜け、向き直りながら距離を離す。バロンはゆっくりと拳を戻して向き直る。腹には大太刀による切創が刻まれていたが、血の一滴も零さずに煙を上げて修復される。

「……良い技だ。ますます君を連れて帰りたくなった」

「……!」

 ライズは大太刀を大きく構え、大上段から振り下ろす。巨大な斬撃が生じ、間髪入れずに真横に振り抜いて十字の斬撃を起こす。バロンはあくまでも受けの構えを取らず、棒立ちのまま直撃を受ける。それでもまるでダメージにならず、ゆっくりと歩を進めていく。

「ッ……」

 ライズは苦虫を噛み潰したような表情を見せる。

「……」

「悪いが……やはりどうあってもそちらに付くつもりはない……!」

「……そうか」

 再びの瞬時の肉薄から、大太刀を右拳で弾き返す。強烈な一撃でライズはよろけ、そこに左拳が胸部にクリーンヒットする。勢いのまま右拳でのアッパーを顎に受け、左右のコンボを受け続ける。そして再び右拳を握りしめた瞬間に意識と体勢を一気に引き戻して翻りつつ、拳を背中で流して脇腹に大太刀を叩き込んで後退させ、すぐさま刺突を繰り出し、バロンの左拳と交差する。ライズは左腕の内側を切っ先で削りながらバロンを踏み台にして飛び上がり、急降下とともに一閃し、バロンの胴体を切断して斃す。

「はぁ……ッ……」

 荒い呼吸を整えながら、刀身に付いた流体金属を振って落とし、納刀して立ち去ろうとする。

「……なるほどな、少々隙を見せすぎたか」

 傷が塞がったバロンが平然と起き上がり、呆れながらライズが振り向いて抜刀する。

「王ってのはどうしてそう……」

「……やはり、君は僕の下で力を発揮すべきだ」

「お断りだ」

 大太刀の横振りが平然と腕に凌がれ、直ぐ様返す刃で脳天を捉えるが、バロンの頭部との間に火花が散る。

「なッ!?」

 しゃくりあげるような動きで大太刀を弾き返し、だが続く連続した縦振りを左腕で弾き、右拳で胴体を撃ち抜いて浮かせ、トドメの左拳を叩き込み、防御に使われた大太刀をへし折って右肩を砕き、後方に吹き飛ばす。手放した大太刀が雪に突き立てられ、ライズは右肩をかばいながら上体を起こす。

「……あまりスカウトというのは慣れなくてな」

 バロンは歩み寄り、右手を差し伸べる。ライズは自分の右腕を見て笑い、右肩を再生してバロンの手を取って立ち上がる。

「普通の人間が傷を修復するのに使うエネルギーがどれだけ膨大かわかってる?」

「……さてな。王龍を討つ人間が普通とは、到底思えないが」

 ライズは手を離し、折れた大太刀を掴んで鞘に戻し、雪に埋もれた切っ先をバロンが拾う。

「……君の家に案内してくれ」

「いいけど、その前に獲物」

 バロンは獣の死体を見つめ、その鼻を手掴みする。

「……僕が運ぼう」

「いや一匹丸々は要らないんだけど……まあいいか」


 享楽雪原 小屋

 二人は吹雪の中を進み、やがて一つの小屋に辿り着く。ライズが手慣れた風に鍵を開けて入り、バロンも続く。

「じゃ王様、適当に寛いでって」

 ライズはやけに砕けた口調で、バロンが扉を締めるやいなや防寒着を脱ぎ捨て下着姿になる。全く焼けていない地肌が露わになり、酷寒地帯に一人で暮らしているとは思えないほど整った外見をしていた。

「……ああ、すまない」

 バロンは特に見惚れるでもなく、平然と進んで乱雑に置かれた椅子の一つに座る。

「王様はさ、私に頼らないと行けないくらい人材不足なん?」

 ライズがストーブの前に屈んで薪を入れながら問う。

「……いや。人材不足ではない。だが、優秀な人材ならば、常に不足している」

「またまた〜戦ってるときもそうだけど褒めるのが上手いんだから〜」

 ライズは指先に火を灯し、それで薪に着火する。立ち上がり、近くにあった椅子を引き寄せて座る。

「で?私はどういう条件で王様に従えばいいの?」

「……僕の傍に居てくれないか」

「……?愛人ってこと?はー、失望だわー」

「……僕の近衛になって欲しいんだ」

「はぁ、なるほど。って、王様を殺せるようなやつを私がどうこうできるわけ無いじゃん」

「……いやいや。立場上身動きが取りづらくてな。自由に動ける人間を傍に置いていたほうが色々と便利なんだ」

「へー、そんなもんなんだ」

「……聞けば君は、気配を消すのも天才的な能力があるらしいじゃないか」

「うんうん」

 その話を聞いたライズは姿を消し、次の瞬間にはバロンの肩に左肘をついていた。

「もちろん。大立ち回りも得意だけど、暗殺はもっとお手の物ってね」

「……そういうことだ。気配と姿を消した状態でずっと僕の傍に居て欲しい」

「そういうことね〜」

 ライズはバロンから離れ、彼の視界を大きく塞ぐように数歩進める。

「まあ私に拒否権はないけど、一応私がお客様ってことで、王様に色々要求していいよね?」

「……ふっ、生殺与奪の権利をこちらに取られておいてよく言うな……構わんが、その前に一つ」

「ん?」

「……僕のことはバロンでいい。少なくとも、今は」

「じゃバロンちゃん、私は要求があります」

「……聞こう」

「まず一つ。バロンちゃんが知ってる、一番いい鍛冶師のところで、私の大太刀を修繕するか、新しいものを作ること。もう一つ。バロンちゃんが知ってる、一番オシャレなセンスを持ってる人に仕事着を作ってもらうこと。そして最後に、私の趣味に黙って付き合うこと」

「……前二つはもちろん、言われずともそうしたさ。最後のは……」

「そりゃ当然、これしかないっしょ?」

「……いやわからん、説明してくれ」

「もー鈍いなぁ。三大欲求を全部ちゃんと満たしてくれってことだよ」

「……いいだろう。お安い御用だ」

「わお!マジ!?」

 ライズはバロンに抱きつく。

「じゃ早速、バロンちゃんのところに帰る前に全部やっちゃおっかな!」

「……さっきから思っていたが、意外と明るいな、君は」

「黒龍狩りの歴戦の傭兵……今は山暮らしで狩猟生活……やっぱムサイおっさんとかだと思ってたんしょ?ひどいなぁバロンちゃんは〜」

「……まあいい。誠意を持って相手しよう」





 絶海都市エウレカ 都庁・執務室

「てなわけで、私は陛下の懐刀になったってわけよ!」

 ライズが自慢げに話し終え、デスクの上に座っていたエリアルが頷く。

「へぇ、バロンが自分から」

「にひひ、これ結構自慢話なんだよねえ。陛下が自分から雇ったのって私とイーリスたそぐらいだし」

「ほぼ同い年をたそ呼び……」

「しっかしイーリスたそに自分の好みがモロバレってのも面白いよねえ、陛下もさ」

「ああ、その服ってイーリスさんがデザインしたんだ」

「そだゾ☆」

「あッ、昼休憩終わった」

 エリアルが床に降り、ライズはチェアに腰掛けたバロンの肩に手を触れながら自らの姿を消す。

「バロンちゃん、私さ、傭兵として自由気ままに生きるのも好きだったけど、今はバロンちゃんの傍で戦うのが一番好きだよ」

 バロンの耳許で囁いてから、いつものように彼の斜め後ろへと一歩引くのだった。

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