与太話:黒騎士の休日

 リベレイトタワー

 とある執務室で、一人の竜人が業務に励んでいた。黒く刺々しい鎧に、特徴的な青い頭。

「ふむ……」

 竜頭でもわかるほど眉間に皺を寄せたその容貌は、まさしくブラッド・フランチェスだ。ブラッドが見つめる液晶には、先ほどトラツグミから送られてきたメールが表示されていた。

「むう……」

 ブラッドが唸っていると、執務室の扉が開かれ、黒騎士の少女、シュルツが現れる。

「ブラッド様ー!お昼休憩だよ!」

「ん、ああ……」

 ブラッドが中途半端な返事をすると、シュルツが一気に近づいてくる。

「ブラッド様、大丈夫?」

 シュルツが液晶を覗き込む。

「支部別長期休暇?なにこれ」

「トラツグミとバロンが用意したものでな。一週間、支部の機能を最低限にして、みんなで休暇を取ろうという仕組みらしい」

「へー!じゃあブラッド様も休めるね!」

「まあそうだが……急に休めと言われても、俺に趣味が殆どないことは、貴様も知っているだろう?」

「じゃああたしとデートしよ!」

「何?俺に妻がいるのを知って言っているのか?」

「ブランさんには予め言っておけば大丈夫でしょ。部下とデートするって!」

 ブラッドは彼女の荒唐無稽な弁論に呆れつつも、納得のため息をつく。

「まあ、建前がどうであれ、部下の慰安は必要か。わかった。明日、どこか出掛けるとしよう」

「よっしゃあ!じゃあ今日のお仕事頑張ろうね!」

 シュルツがそう言って執務室から出ていった。

「全く……」

 ブラッドは呆れつつも、仕事鞄から弁当箱を取り出す。

「俺の部下はどいつもこいつも距離感が狂ってて敵わん」


 ドイツ区 ドーントレスドーン

 翌日、橋の上で鎧の代わりに上品な素材のコートに身を包んだブラッドは川を眺めていた。

「ふむ……」

 待ち人が来る前に服装に異常がないか調べた後、再び川へ視線を向ける。

「ブランは納得してくれたが、シュルツ本人が必要以上に乗り気だったのは少々……」

 ぶつぶつ呟いていると、そこへ元気のよい声が届く。

「おーい、ブラッド様ー!」

 向こうから駆け寄ってきて、そのままブラッドへ抱きつく。シュルツは笑顔でブラッドを見上げる。

「ブラッド様がそういう格好してるの初めて見た!すっごく似合ってるね」

 余韻もほどほどにシュルツはすぐ離れ、景気よく喋る。

「ああ、ブランが見繕ってくれたものだ。俺にはよくわからんが……彼女とお前が似合っていると言うのなら、嬉しいものだな」

 ブラッドはシュルツの髪を右手で掬い上げ、そのまま彼女の頬を甲で撫でる。

「お前も随分とめかし込んできたな。いい匂いがする」

「えへ、えへへ……そ、そうかなぁ……?」

「普段は職場でしか会わないからな。殆ど鎧姿しか見ない以上、お前がお洒落をすればすぐにわかる」

 ブラッドが右手を離そうとすると、シュルツは両手で引き留め、今度は掌で頬を触らせる。

「もうちょっとこうしてよーよ。ちょっと寒いし、ねっ?」

「構わんが……あまり道草を食っていると、時間がなくなるぞ?」

「うーん、じゃあ時間がなくなっちゃったらお家デートで!」

「正気か?」

「逆にダメなの、ブラッド様?」

「初めからそのつもりだったか、シュルツ……そうだな、俺と一戦交えて勝てたら、家でデートを延長してやってもいい」

 シュルツは握った右手を前に出し、上目遣いで視線をやる。

「ブラッド様に勝つって、それって実質無理って言ってますよね?」

「いや。お前が成長して勝てばいい話だ。さて、そろそろデートを始めようか」

 ――……――……――

 二人は道沿いのカフェに入り、並んでテーブル席につく。シュルツが慣れた動作でメニューを取り、吟味を始める。

「んー、何食べよっかなー。ブラッド様は甘いもの好きなんだっけ?」

 メニューから目を離さず訊ねる。ブラッドはシュルツのその様を眺めつつ答える。

「そうだな、あまり得意ではない。まあ、お前が選んだものなら構わず食べるが……」

「ほんと!?じゃあこれ食べよーよ!」

 シュルツが指差したのは、慎ましい程度の一人用パフェだった。

「うん?これでいいのか?てっきりもっと強烈なものが来ると思っていた」

 ブラッドが驚いていると、シュルツがはにかんで続ける。

「うん、これでいいよ?」

 注文してから程なくして、パフェがテーブルに運ばれてくる。それはメニューに載っていた画像より一回りほど大盛りだった。

「ん……?」

「えへへ、これってカップルサイズがあるんだよ?はい、ブラッド様」

 シュルツがスプーンを手渡す。

「なるほど、策士だな。俺がお前に主導権を渡すとわかっていてここに連れてきたな?」

「バレちゃった?ブラッド様は優しいから、絶対あたしに任せてくれるって思ってたもん。あ、ほら早く食べないと溶けちゃうよ?」

 彼女はスプーンでパフェを掬うと、ブラッドの口許へ寄せる。

「はい、あーん」

「むぅ……あ、あーん……」

 照れながらもブラッドは頬張り、スプーンが引き抜かれる。

「どう?美味しくない?」

「美味しいな。甘いだけではない、ミルクの濃厚な――」

「はいストップ。詳細な食レポは禁止でーす。ほら、あたしにもしてよブラッド様!」

 ブラッドも同じようにスプーンでパフェを崩して掬い、シュルツに向ける。

「ほら……あーん、だ」

「はむっ」

 元気よく口で迎えに行き、舌鼓を打つ。

「うーん、美味しい。ブラッド様のあーんだからかな?」

「知らん。早く食べろ」

 ブラッドは急にそっぽを向いてパフェを黙々と食べ始める。

「あー、ブラッド様照れてるー!」

「うるさい、早く食べろ」

「やーでーす。あーんを所望します!」

「全く……」

 なんだかんだ満更でも無さそうに、ブラッドはシュルツに付き合うのだった。

 ――……――……――

 二人は公園に来ていた。中央に噴水があり、それを背にして配置された長椅子に並んで座る。

「次は何しよっかなー」

「気にしなくても、好きなことをやればいい」

「じゃあお手合わせしよっかな!」

「ほう?」

 ブラッドは隠していたいつもの長剣を、左手に召喚する。

「違う違う。違うよブラッド様」

 完全に戦闘モードに入ろうとしていた彼を止め、シュルツは提げていた鞄から折り畳み式のボードを長椅子に広げる。

「じゃーん。昔懐かしのボードゲームでーす」

 ブラッドは長剣を消し、闘志を抑える。

「確かに懐かしいな。それに」

 二人の間に置かれたボードにブラッドが触れる。木製の盤面を金属の蝶番で繋いだそれは、かなりの年季を感じさせるものだった。

「随分な年代物を持ってきたな」

「なんかあたしの家に昔からずっと有ったんだよね。なんでか知らないけどね。はい、駒あげる」

 手渡された駒は、いわゆるチェスと呼ばれるゲームで使うものだった。

「真剣で切り合うとさ、絶対ブラッド様が勝っちゃうじゃん。でもチェスなら別だよ。ちゃんと一手一手相手が何してくるかって考えないと勝てないんだよ?」

「俺は構わんが……今からやって日が暮れても知らんぞ」

「いいもん。あたしが勝てばお泊まりデート出来るもん」

「(いや、確実に時間をオーバーさせて勝敗に関係なく家に泊まりに来る気だな)」

 ブラッドは内心そう思ったが、仕方なく一局交えるのだった。

 ――その後はもちろんブラッドが勝ったが、もちろん彼の読み通り、またはシュルツの望み通りに、家デートにもつれ込んだのである。

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