夢見草子:嗚呼、氷柱の何処に向かうとも

 セレスティアル・アーク

「はぁ……」

 自室でソファに座った明人は大きくため息をつく。横に座っていたモズがその顔を覗き込む。

「主様、何かお悩みでも?」

 心配されて、明人は努めて笑顔を作る。

「いや、なんでもない。モズ、しばらく一人にしてくれないか。ちょっと考え事をしたくて」

 モズは後ろ髪を引かれる思いで、部屋を出ていく。廊下に出て扉を閉めたときに、偶然シャトレと遭遇する。

「お早うございます、シャトレ様」

 モズが律儀に礼をすると、シャトレは朗らかな笑顔で返す。

「おはよう、モズ。お主が一人で旦那様の部屋から出てくるとは珍しい。何かあったのか?」

「いえ……最近、主様は調子が優れないようで……皆様と共に居るときも、どこか心ここにあらずと言った感じでございまして……」

「ふむ……旦那様は普段、妾たちのわがままを聞いてくれるだけで、自らの願望をあまり表に出さぬからな。トラツグミに聞けば何かわかるかもしれぬな」

「ですがトラツグミ様はご多忙を極めている身。昔より主様の仔細を知っているマレ様やゼナ様の助力を受けに行きましょう」

「うむ。妾も最近の旦那様の無気力さは気になっていたからな」

 二人は廊下を進み、食堂へ入る。長いテーブルでは、ゼナとマレ、そしてハルの三人が山盛りの料理を壮絶に奪い合っていた。二人に気づいたアリアが、キッチンから近寄ってくる。

「二人も朝御飯を食べに来たのです?」

 シャトレが答える。

「アリア、最近の旦那様の不調は知っておるか?」

「もちろんなのですよ。呼んでも反応にすごく時間がかかるのですし、ぎゅーってしても冷静に返されるのです」

 モズが会話に加わる。

「先ほど起こしに行ったときも、洗顔やお手洗いはお行きになられたのですが……」

「うーん、私も気になるのですけど、そういうことは昔から明人くんの傍にいる燐花ちゃんや千代さん、マレちゃんとかゼナちゃんの方が詳しいのです」

 シャトレが腕を組んで首を捻る。

「うーむ……アリア、先に朝餉を頂くのじゃ」

「はーいなのです」

 アリアはキッチンへ戻る。二人はテーブルにつき、シャトレはゼナの肩を叩く。

「む、おはようなのじゃ、シャトレ」

 ゼナはからあげを頬張り、米を掻き込む。

「ああ、おはよう。お主は旦那様の不調を知っておるか?」

「もちろんじゃぞ。それがどうかしたのか?」

「流石にああ何日も憔悴されては不安になるというものじゃろう。何か訳を知らぬか?」

 ゼナは箸を、椀をテーブルに置く。そしてシャトレの方へ真剣な眼差しを向ける。

「主がああなる理由はただ一つじゃ」

「それは……?」

「白金零。主の生の原動力となるほどの執着を産み出す、宿敵……」

「そやつと旦那様に、どんな関係が」

 ゼナは湯呑みに入っていたホカホカのお茶を一気に飲み干す。

「わかるはずじゃ、お主も戦いに生きておろう」

 シャトレはゼナの一言に、一瞬硬直する。

「決着……か……?」

「主にとって、白金零は生きる理由そのもの。やつとの決着をつけることこそが、この世に生きている全ての価値なのじゃ。燐花や、モズや、お主……如何に見目麗しいおなごに慕われていようと、どれだけ平和で不自由のない生活に浸されていようと、主にとってはさして価値のないことじゃ」

「まさか、旦那様に限ってそんなことは……」

「考えても見よ。主は自ら、わしらの体の温もりや、愛情を求めたことはあるか?死地に赴こうとしたことがあるか?主の〝空の器〟ゆえの特性が、自発性と言うものを全て奪い取っているのじゃ。主は竿にはなるが、槍にはなれぬ」

「じゃが、白金零など会おうと思って会えるものではないぞ。祖王龍ユグドラシルの座す始源世界など……」

 と、食堂の扉が開き、アオジとランが入ってきて、それぞれモズとシャトレの横に座る。シャトレはランに顔を向ける。

「ラン、お主に聞きたい」

 ランは突然シャトレに話しかけられて少し驚いたが、すぐに聞く体勢に入る。

やつがれに答えられることならば」

「旦那様をユグドラシルの元へ連れて行きたいのじゃが、行き方を知らぬか?」

「明人を?なにゆえ?」

「最近の旦那様の不調は知っておろう。その原因が、どうやら白金零にあるようなのじゃ」

「ふむ、白金零か……ユグドラシルの元へ行くのは……」

 ランは苦い顔をする。

「む?どうかしたのか?」

 シャトレが心配する。

「いや、ちょっと昔の苦い記憶を思い出してな。気にしないでくれ。その手の話はユグドラシルと敵対する、王龍ニヒロに聞くのが一番だろう。chaos社に連なる立場であれば、最も近場にいる王龍だからな」

「なるほど……それではアポイントメントを取らねばならんな……」

 シャトレは立ち上がる。

「モズ!やはりトラツグミのところへ行くぞ!」

 その言葉でモズは立ち上がり、二人は食堂を駆けて退出する。お盆に食事を載せて運んできたアリアが、二人へ叫ぶ。

「ご飯できたのですよー」

 閉じかけた扉の向こうからシャトレの声が響く。

「ランとアオジにくれてやるのじゃ!」

 扉が閉じた。二人は廊下を駆け、執務室へ入る。トラツグミが机に張り付いて大量の書類に目を通し、視界に映るコンソールを高速で操作している。トラツグミは視線を合わせることなく、片手間に二人へ声をかける。

「何かご用でしょうか、シャトレ様、モズ」

 シャトレが口を開く。

「王龍ニヒロに会えぬか」

 その名前に、トラツグミは動きを止める。

「なぜ、ですか。剛太郎様は始源世界に居られるお方。そう簡単に会えはしませんよ」

「お主なら、最近の旦那様の不調の原因はわかっておるはずじゃ」

「……。白金零と明人様を戦わせるわけにはいきません」

「なぜじゃ。旦那様のモチベーションは、妾たち、ここに住まう全ての者共にとって肝要なステータスのはずじゃが」

「明人様が白金零との決着をつけた場合……あの方は、透明な、始まりの状態に戻ってしまう。壮絶を極める酸鼻の戦いの末に今の明人様がおられることを努々お忘れになられぬよう」

「くっ……」

 シャトレが唇を噛み締めると、モズが代わりに話す。

「トラツグミ様。私たちは、明人様に仕えるために産み出された兵器。そして明人様は、世界の戯れに作られた兵器。同じ兵器の身であるからこそ、明人様は多くの捨てられるはずだった兵器をお側に置き、多くの絆を育んでこられたのではないですか」

「何が言いたいのですか?」

「明人様がいつも我々の願いを聞き届けてくれるからこそ、我々は、どうしても明人様に元気になってほしいのです」

「どのような理由であれ無駄なことです。明人様を白金零に会わせるわけには、あまつさえ戦わせるわけにはいきません。もし、零が敗れれば、私たちはユグドラシルに目をつけられるでしょう。明人様が敗れれば、我々は統一された一つのドグマを失い、もはやここで今までの日常を過ごすことはできなくなる。明人様がいなくなれば、燐花様やレベン様がお心を病むのは目に見えていますし、シャトレ様やアリア様も、婿を失うことになる。そして、主人を失った私やあなたは、そう遠からず廃棄される」

「で、ですが……」

「平和な日常というのは、薄氷の上の揺籃に過ぎないのです。あのお二方の衝突は、この氷を打ち壊し、そして波濤が揺籃を飲み込む。絶妙なパワーバランスで成り立っているこの平和な宇宙が、一瞬で戦いの惨禍に陥ることになる」

 モズも真正面から論破され、足踏みしていると、廊下から走る足音が聞こえ、扉が勢いよく開け放たれる。そこに立っていたのはレベンだった。

「き、聞いて!お兄ちゃんが、部屋の中でひゅんって消えちゃった!」

 トラツグミが冷静に答える。

「レベン様、詳しくお聞かせくださいませ」

「う、うんっ!いっつもみたいに、お兄ちゃんといちゃいちゃしよーってお部屋に行ったの!そしたらね、扉が半開きになってて、そこから覗いたら……光に包まれて、消えちゃった!」

 仔細を聞いたトラツグミは、一気に青くなって立ち上がる。

「モズ!皆様をここに連れてきてください!」

「は、はい!」

 モズは部屋から出て廊下を駆ける。しばらくして、全員が執務室に揃う。

「皆様、心してお聞きください。レベン様の証言から推測し、調べたところ……明人様は、始源世界の祖王龍の社へ向かわれました」

 アオジが反応する。

「祖王龍の社って、始源世界の東の方……エル・ドラードの向こうにある大きな池を囲むように作られたところだよね」

 トラツグミは頷く。

「なぜ明人様がそこまで行けたのかは……恐らく、剛太郎様から何かしらの新製品を頂いていたのでしょうが……皆様、明人様を連れ戻すために協力していただけませんか」

 ハルが最初に頷く。

「もちろん。だぁは私たちのだぁだから、助けに行くのは当たり前」

 燐花も続く。

「私たちは何度も明人くんに助けてもらっているのに、私たちから助けたことがないのは納得できませんから」

 トラツグミが右腕を付け替える。

「では皆様、すぐに支度をしてくださいませ。一時間後に出発します」

 全員が頷き、部屋を出る。トラツグミは、すぐに無線メニューを開き、クインエンデへ連絡する。

『どうかしましたか、鵺鳥』

「始源世界に明人様が向かいました。ユグドラシルの社に。大事になる前に連れ戻したいのですが、次元門を開くことはできませんか」

『ああ、その件ですか。既にニヒロ様より聞いていますよ。すぐにも開くことができます』

「では……一時間後にまた連絡いたします」

『一つだけ忠告が。社ではくれぐれも暴れすぎぬよう。如何にニヒロ様と言えど、ユグドラシルに本気を出されては面倒ですからね。神算鬼謀同士が謀り合えば、どうなるか……ニヒロ様手ずからお作りになられた賢しい貴方なら、重々承知のはずですからね』

「はい、もちろんです。今回の件も、猛省しております」

『よろしい。では、またあとで』

「はっ」

 無線が切れる。


 始源世界 渾の社

 明人が紅葉と雪の舞う社を抜け、本堂の前に辿り着く。奥から深い蒼のショートヘアの少女が現れる。

「あら、意外な客人が現れましたのね」

「ユノ……零さんはいるか?」

「ええ。こちらへ」

 ユノに従い、明人は社の横にある丘を登っていく。丘の先端に、鎧に身を包んだ零が背を向けて立っていた。

「零……さん……」

 明人が近づき、ユノが身を引く。零が明人に気づき、振り返る。明人が無罪装填により鎧に身を包み、腰から大剣を抜き、切っ先を向ける。

「最後の戦いをしようぜ。お互いに、悔いが残らないくらいの全力でさ」

 零は刀の柄に手をかける。

「構わない」

 明人はその言葉に激しく顔面を歪ませ、半狂乱になりながら瞬時に距離を詰めて剣を振り下ろす。零は超高速で抜刀し、大剣を弾き返し、裏拳で追撃し、パイルトンファーで腹を殴り、杭を射出して吹き飛ばし、強烈な凍傷を与える。明人は大きく後退し、剣を構え直すも、それよりも早く接近してきた零の強烈な一文字斬りで叩き伏せられる。明人は霧のように姿を消し、零の後ろから斬りかかる。零は巨大な片刃の槍を召喚し、それでノールックで攻撃を弾き、そのまま薙ぎ払って明人を吹き飛ばす。

「真面目に戦おうという意思が感じられない。少しは勝算が出てから挑みに来て」

 明人はその言葉を噛み締めつつ起き上がる。

「なんでもう勝った気でいるんだよ。まだ勝負はここからだろ」

「あなたは多くの犠牲によって強くなる。恋も、愛も、日常も、些細な幸せも、何もかもを食らいつくしてようやく完成する、空の器。こんな甘えた、腐った世界では私に触れることすら叶わない」

 明人の大剣が破砕され、鎧の肩装甲が砕け散る。

「……!?」

「失望した、杉原くん。この程度の攻撃も見切れないなんて」

 零は槍を左肩に乗せ、ゆっくりと歩み寄る。

「優しい、あなただけのことを見てくれる人たちの中で、くびり殺されて」

 片手で刀を構え、振り下ろす。だがその刃が明人に届くことはなく、すんでのところで割って入ったシャトレが拳で受け止める。

「覇王の落胤……」

「妾の婿を殺らせはせぬぞ、白金!」

「よろしい。ならば、あなたが力を示して」

「妾だけではない……!」

 零はちらりと後ろを見ると、燐花を先頭に、セレスティアル・アークに住まう全員がそこに立っていた。

「ふん」

 零は一笑に付すと、槍へ力を込めてシャトレを吹き飛ばす。

「ぐっ……バカな、妾をこうも簡単に……」

「もはや誰のせいでもない。杉原くんが存在すること、それ自体が世界にとっての毒でもあり、薬でもある」

 そして槍を地面に突き刺し、燐花たちへ向き直る。

「白金、零……いつかは、あなたとこうして向き合うことになるって思ってました」

 燐花が炎を燻らせる。

「そう」

 零は至極興味なさそうにそう言う。

「悲劇の姫を気取るのなら、まだ悲愴が足りない」

 武装を刀から籠手に変え、具足も装着される。

「なぜあなたが明人くんの憧れなのか……ずっとわからなかった。どうして妄執とも言えるほどあなたへの思いに取り憑かれていたのか」

「今わかったの?」

 燐花は頷く。

「私はずっと、あなたが美しいから、その美に惚れているとばかり思っていた。でも違う。あなたには、中身がない」

「……」

「純然たる虚空。明人くんのように、余地がある空ではない。あなたの内側に、限界まで蓄えられた虚無が、明人くんを惹き付けた」

「そう。あなたはそう思った。杉原くんもそう思ってるのかもしれない。けれど、それは全て無意味な推論に過ぎない」

 燐花と零が一触即発の距離感を詰めようとした瞬間、零の後ろで明人がシャトレに支えられて起き上がる。

「待て、零さん。あんたの相手は俺だ……」

 振り向いた零の視界に入ったのは、体が半ば竜となった明人だった。

「みんなも、手を出さないでくれ」

 シャトレが手を離し、明人は竜化する。シフルを剣状に産み出し、構える。

「全力ね、全力……」

 零も竜化し、籠手と具足を付けたまま刀と槍を構え、背に杖を差し、左腕が大きく肥大化する。

「お望み通り、加減なしでね」

 零が左腕に真雷を放出し、槍に乗せて薙ぎ払う。凄絶な稲光が通りすぎ、明人は剣で雷を往なして斬りかかる。刀の腹で防ぎ、回し蹴りを合わせる。明人は蹴りを往なし、零が瞬速で踏み込み、刀を振り下ろす。明人がシフルの剣の出力を上げて打ち返し、刀をへし折る。

「ふむ」

 零は躊躇わずに氷剣を産み出し、薙ぎ払う。それだけで氷の連峰が生まれ、明人はそれをすぐに砕く。しかし生まれた隙は消せるものではなく、真雷を纏った槍の一撃を受けて吹き飛ばされる。池に着水した明人へ追撃で氷剣を振り、池の中央に氷山が生まれる。氷結による体積の爆発的な増加を避け、両者は氷山に降り立つ。

「何も湛えられてないあなたは、ただの哀れな少年に過ぎない」

「だから俺はあんたが羨ましいんだよ。生まれたときから全て持ち併せてるあんたが」

「ならば私でなくてもいいんじゃないの」

「こいつは私怨だからな。あんたじゃなきゃ始まらない」

 零が真雷を纏った槍を突き出す。凄まじい轟音と共に氷山が瓦解し、躱した明人が剣に体重を乗せて振り下ろす。零は籠手から水を吹き出させ、氷剣を勢いよく振り抜く。池に斜めの氷柱が産み出され、暴力的なまでの冷気に明人は堪える。そして二人は接近し、氷剣とシフルの剣が競り合う。

「根性?それとも執念?」

「どっちもだ。俺はあんたと戦うためだけに、こうして生きてきた」

「そう」

 氷剣が明人をよろめかせ、真雷を纏った槍を薙ぎ払う。明人は決死の思いで力を込め、シフルの剣で迎撃して槍をへし折る。零が槍を投げ捨て、腰から赤黒い剣を抜く。

「それ……」

「懐かしいでしょう。尤も、そっくりさんが使ってたものだけど」

 赤黒い剣が薙ぎ払われ、血糊のように斬撃が空中に留まる。明人は後退し、零は氷剣を縦に振り下ろす。明人が横に避けると、遅れて寒波が縦に吹き荒ぶ。更に血糊の斬撃が飛び散り、無数の棘になる。明人は剣で薙ぎ払い、生まれた力場で棘を跳ね返す。零は僅かに力むだけで棘を打ち消し、そのまま氷剣を突き出して突進する。明人が剣の腹で攻撃を受けると、背中を寒波が通りすぎていく。

「手加減してるだろ……!」

「それは、まあそうね。どうにも危機感が薄いから」

「くそったれがっ!」

 明人は黄金の双剣を産み出して斬りかかる。素人目に見ても隙だらけのその攻撃は、届く前に双剣が凍りついて砕けることで失敗する。見せた大きな隙に、零はわざと攻撃をしない。明人は急いで体勢を立て直し、シフルの剣を再び産み出して斬りかかる。

「時間の無駄」

 零は気だるそうにしていたところから、瞬時に莫大な殺気を放つ。シフルの剣がぶれ、中央からひしゃげる。

「馬鹿な……!?」

「今日のところは見逃す。けれど、次にもし、無謀な、甘えた戦いを挑むのなら、あなたは無に帰ることになる」

 全ての武装を解いた零は、星虹剣を両手で持ち、振り下ろす。圧倒的な力に飲まれた明人は、竜の鎧が剥がれて、遥か彼方まで吹き飛ばされる。零は竜化を解き、星虹剣を消す。そして池から出て、社の前まで戻ると、ユノが立っていた。

「どうでしたか?」

「期待はずれだった」

 それだけ告げて、零は社の中へ消えていった。


 黄金郷の亡骸 エル・ドラード

 遺跡群のただ中に叩きつけられた明人は、虫の息で起き上がる。

「畜生……手も足も出なかった……ッ!」

「お前様っ!」

 シャトレが駆け寄り、その体を支える。

「酷い傷じゃ、一刻も早く方舟に戻らねば!」

 明人はシャトレを手で押し返す。

「お前様……?」

「しばらく……一人に……」

「ダメじゃ!」

 シャトレは再び明人へ近寄る。

「お前様、何も一人で抱え込むことはない。真正面から、一人の力だけで越える必要はないのじゃぞ」

「シャトレ……」

「お前様には、明るい笑顔の方が似合っていると思うのじゃ」

 遅れて現れたモズたちが二人へ駆け寄る。

「主様、ご無事ですか!?」

 膝立ちで視線を合わせたモズの頬を、明人が優しく触れる。

「心配かけたよな……ごめん……」

「主様……!」

 モズは満面の笑みを見せると、明人もつられて笑う。そこへトラツグミが近寄ってくる。

「明人様、帰りましょう。まずは傷を癒さねば」

「ああ、もちろん……」

 明人がよろよろと立ち上がり、アリアが駆け寄って肩を貸す。

「みんなに迷惑かけちまったから……しばらくは大人しくしとくわ……」

 そしてトラツグミが起動した次元門から、一行は帰っていった。その様を遠目に見ていたクインエンデがやれやれと首を振る。

「自らの意思だけで戦う空の器など所詮はこの程度……」

 その傍に立つルリビタキが、不機嫌そうに髪を払う。

「ふん、平和ボケしてたらどんなやつもゴミになるわよ、そりゃ」

「ニヒロ様のお眼鏡に適ったのですから、もう少し奮って欲しいものですね」

「ふん」

 ルリビタキは鼻で笑うと、その場から飛び去った。


 セレスティアル・アーク 自室(明人)

「あ~るじっ」

 ゼナが背中からベッドに座る明人に飛びかかる。

「げぼぁっ!?」

 明人が全身の痛みに叫ぶと、ゼナは微笑む。

「ふむぅ、まだ傷が癒えておらぬようじゃな」

「そりゃそうだろ……死なずに済んだ代わりに、傷が深すぎてしばらく暴れられないんだよ……」

 ゼナが強く抱きつき、頬をすり寄せる。

「じゃが主が無事でよかった。シャトレとモズには感謝せねばな」

「妾を呼んだか?」

 扉を開けて、シャトレとモズが顔を覗かせていた。二人が明人の前に立ち、モズが礼をする。

「お早うございます、主様。朝餉の用意が出来たので、共に行きましょう」

 シャトレが頷く。

「うむうむ、食卓というのは皆で囲んでこそじゃからな!」

 明人がゼナを抱えたまま立ち上がり、シャトレたちと共に廊下に出る。

「これからは共に進むのじゃぞ」

 シャトレとモズが振り返る。

「お前様!」

「主様!」

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