夢見草子:滅尽の墓標、終局の双腕

 無明桃源郷シャングリラ 終期次元領域

 珍しくエメルとバロンは向かい合ってテーブルにつき、談笑していた。

「へえ、そんなことがあったんですか」

「……ああ。それでメイヴがベリスのことをいたく気に入ってな」

 エメルは口端を上げ、テーブルに肘を置いて人差し指を上げる。

「ところでバロン。エンガイオスを覚えていますか?」

「……もちろん。あれだけの強敵を忘れる方が難しいだろう」

「レメディとアルヴァナの戦いによって三千世界全ては根本から構造が変わってしまいました。けれど、滅びを望んだアルヴァナはともかく、滅びを望まなかった強大な存在は、未だに己だけが存在する宇宙を作って生き永らえているんです」

「……ほう」

「自ら真の無へと還ったディードはいいんですが、ボーラスやエンガイオスは未だに己の宇宙で力を蓄えています。意思の疎通が出来るボーラスは……恐らくあらゆる交渉が無駄だとしてもまだ話が通じるだけしばらく放っておいてもいいのですが……」

「……そうか、エンガイオスは王龍の中では珍しく理性が吹き飛んでいたな」

「その通りです。ですから、久しぶりにデートなんてどうですか?」

「……今の僕で戦力になるかは疑問だが……いいだろう」

 二人は立ち上がる。


 外宇宙 エノシガイオス・クレーター

 広大な宇宙空間の全てを平坦な岩盤が覆い、地面から遷移していく闘気型のシフルが粒子となって舞い上がっていた。

「……」

 エメルは不愉快そうに周りを見る。バロンの仲間が何人も居て、彼女はひどく不機嫌だ。

「バロン、私はてっきり二人きりだと思っていたのですが……」

「……お前と二人きりはまずろくなことにならない。それに、僕はお前の足を引っ張る自信がある。それと――」

 バロンが仲間を見る。エリアルに、シマエナガに、アウル、アリシア、マドルの五人が各々の反応を返す。

「……実力に不足はないはずだ」

「まあ、王龍がいればエンガイオスから少しでも情報を得られるかもしれませんしね」

 二人の会話に、アリシアが割り込む。

「なあ主、エンガイオスが生きていると言うのは本当なのか?」

「……らしい。エメルが言うにはな」

「エンガイオスと言えば、あのボーラスにさえ比肩するパワーがあるだろう?今の主は……」

「……技術は衰えていない。問題はないはずだ」

 エメルが答える。

「今のエンガイオスは我々の想像を遥かに越えて強い可能性もあります。改めて、油断はしないようにお願いしますね」

「……行こう」

 一行は乾いた宇宙大地を進んでいく。

「マスター」

 シマエナガがバロンの袖を引く。

「……どうした」

「凄まじい憎悪と憤激の念がこの先から伝わってきます。衰えたマスターの闘気では飲まれてしまう可能性もありますので、先ほどエリアル様にお頼みしてマスターの精神防護を強化させてもらっています」

「……すまんな」

「神子として当然のことをしたまでです」

 そんな話をしていると、エメルが立ち止まる。

「ここです」

 眼前には超巨大なクレーターがあり、その底に凶悪な双角を携えた黒龍が静かに座していた。

「滅王龍エンガイオスね」

 エリアルが見下ろしながら呟き、マドルが続く。

「エラン・ヴィタールのシフルを吸収し続けていたときとは、成長の速度だけは異なるのでしょうけれど……今、この宇宙には彼だけ……他の宇宙から循環するシフルをここで吸収し尽くしているのですわよね……」

 エメルが頷く。

「その通りです。正直なところ、今の私にはやるべきこともやりたいこともないのでどうでもよかったですけど……まあ、せっかく友達が残した世界ですから、この身が滅びるまでは維持に努めるとしましょう」

 一行はクレーターを滑り降り、エンガイオスの前に辿り着く。エンガイオスは紅い双眸を見開き、一行を捕捉する。翼腕を広げ、咆哮を轟かせる。

「来ます!」

 エメルがそう叫び、同時にエンガイオスが暴力的な出力で突進する。エメルが角を掴んでその突進を押し止める。左翼腕がエメルを殴り付けようと拳を放つと、バロンがそれを迎え撃つ。頭を振ってエメルを放り投げ、エンガイオスは小ジャンプからエリアル目掛けて錐揉み回転で特攻する。エリアルは瞬間移動で躱し、エンガイオスはドリルのように地中へ潜る。そして間髪入れずに地面から回転しながら飛び出し、シマエナガがそれを躱す。離れた場所に着地したエンガイオスは咆哮し、圧縮され、増幅したシフルが周囲の岩盤を捲り上げて大爆発する。シフルの粒子がエンガイオスから立ち上る。

「戯けた威力だな……」

 アリシアが呟き、マドルが並ぶ。

「あら珍しいですわ。やはりお子さまは怖じ気づいてしまうのかしら?」

「うるさいな、うしちち!」

「む……そこまで大きくありませんわ!」

 どうでもいい言い合いをしている二人へ、エンガイオスが猛進してくる。

「行くぞ、フィロソフィア!」

「わかっていますわ、グノーシス!」

 二人は同時に王龍の姿へ戻り、王龍フィロソフィア――もといマドルが、光の矢を降り注がせてエンガイオスの速度を遅らせようとするが、彼の龍にはまるで効かず、王龍グノーシス――もといアリシアが、白と黒、二つの球体を叩きつけて強烈な反転を起こして攻撃し、エンガイオスの突進の速度が僅かに緩む。そこを見逃さず、シマエナガが駆る風霊帝竜アレクシアが風の塊を吐きつける。強烈なシフルの一撃でエンガイオスはようやく怯み、姿勢を崩してクレーターの壁に激突してそのまま掘り進む。

「マスター!また地中から来ます!」

 シマエナガがそう言うとほぼ同時にエンガイオスがバロンの足元から急襲し、バロンは光速で後退して体勢を立て直す。エンガイオスはバロンを確実に仕留めに来たのか、地面から出てきた勢いでそのまま突撃する。

「……チッ」

 バロンは舌打ちしつつ、エンガイオスの突進を受け流す。両者の擦れ違う瞬間に衝突した闘気が爆発し、バロンは漫画のように縦回転で吹き飛ばされ、エメルに受け止められる。

「大丈夫ですか、バロン」

「……すまん、エメル。面目ない……」

 バロンは立ち上がる。

「私以外に殺されるなんて、絶対に許しませんよ?」

「……手厳しいな」

 なおもバロンに狙いをつけて突進するエンガイオスに向けて、エメルは地面を叩き、峰のように隆起させる。エンガイオスはお構い無しに地形を粉砕しながら全速力で走り続ける。

「かなり頑丈な宇宙ね」

 二人の傍に来たエリアルがそう言うと、バロンが頷く。

「……そのようだ。エメルとエンガイオスが激突するだけで、並みの宇宙は無量大数を越えて粉砕されるはず」

 即座にバロンは竜化し、黒鋼の姿になる。鋼の波でエンガイオスを押し返し、エンガイオスは重ねて放たれたマドルとアリシアの攻撃もろとも咆哮で打ち破る。エンガイオスの体表にには沸騰した血液が循環する様が見え、発されるシフルは次第に青に色づいていく。

「……まだまだ序盤と言ったところか」

 黒鋼の言葉に答えるように、エンガイオスは狂気の咆哮を尚も上げ続ける。

「今攻撃してはダメなのか?」

 アリシアの疑問に、シマエナガが続く。

「ただの咆哮に見えるかもしれませんが、彼の周囲は今、彼の感情が籠ったシフルの嵐になっています。その中に無策で飛び込めば……」

「も、もういい。妾はよくわかったぞ」

「マスターもお気をつけくださいませ。攻撃の際に外傷から飛び散る血液でさえ、レムリアモルフォの鱗粉のような強烈な侵食性を持っているかもしれません」

 黒鋼は頷く。長い咆哮を終え、エンガイオスはより深まった赤い瞳で一行を見やる。

「来るわよ、バロン、エメル。あなたたちがタンクだから、しっかりやってよね」

 エリアルの言葉に、黒鋼は苦笑いで返し、エメルは無言で返す。エンガイオスは翼腕を開き、それで地面を掴み、クラウチングスタートの要領で先程よりも更に爆発的な速度で黒鋼とエメルに突撃する。黒鋼が鋼の波を産み出して迎撃するも、その勢いは全く殺されず、エメルが真正面からエンガイオスを受け止める。黒鋼は上からエンガイオスへ飛びかかり、拳を連続で叩き込む。翼腕に掴まれそうになった瞬間に背中から飛び立ち、流体の鋼を打ち出す。怯んだエンガイオスをエメルは力任せに持ち上げて放り投げる。エンガイオスは空中で制御を取り戻し、黒鋼に向けて高速回転しながら突撃する。

「おっと」

 エリアルが軽くウィンクしながら水の壁で受け止める。そしてアレクシアの暴風がエンガイオスを真横から吹き飛ばし、待ち構えていたアリシアとマドルがエンガイオスを縛り付ける。

「今だ!」

 アリシアの声に、エメルが頷き、竜化する。そのまま、純シフルの翼を振り下ろし、空前絶後の衝撃がエンガイオスに叩き込まれる。一行はエメルの下に集まり、立ち上る砂煙を見る。そして一瞬にして澄み渡る、異常な殺気に、一行は本能的な恐れを感じる。

「……お前の竜化を許容するほどの宇宙か……」

 黒鋼が呟く。エメルの竜化体――災厄は、その言葉に耳を傾ける。

「私の力を、許容する……」

「……僕たちのような狂戦士には嬉しい世界だ」

 砂煙が大爆音で吹き飛ばされ、クレーターの中に出来た巨大なクレーターの最下層で、赤いシフルが立ち上るエンガイオスが狂気の産声を上げる。

「……ただ本能のまま暴れ狂えるのなら、僕はもっと幸せだったのかもしれない……なんて、彼女たちの前で言うことではないが」

「ふふ……あなたからそんなことが聞けるなんて、少しは彼に感謝しなければなりませんね」

 エンガイオスは超光速で突撃し、災厄は胸部から純シフルを放出し、それが光線になって降り注ぐ。一つ一つが並みの宇宙を一撃で消し炭にするほどの光線が直撃しても、エンガイオスは微塵もダメージを受けていないように見える。黒鋼はエリアルへ視線を向け、エリアルは頷く。

「私たちはこの宇宙の外側からサポートに回るわ。後は全力で戦って」

 そう告げて、エリアルたちは消える。災厄は続けて翼の出力を上げて振り下ろし、翼と、エンガイオスの角が激しく競り合う。恐るべき闘気の奔流が巻き起こり、この宇宙の耐久力にその限界を見せつける。

「グガアアアアアアアアッ!」

 狂奔の叫びと共に災厄の翼を砕き、エンガイオスは純シフルを一気に解き放って最大級の爆発を起こす。黒鋼は全力で鋼の壁を産み出し、災厄もろともガードする。莫大なシフルの嵐が収まり、エンガイオスは突撃を再開する。災厄は口から極大の光線を放ち、エンガイオスはなおもそれを押し切って突撃する。

「……元より加減して倒せる相手ではないことはわかっているが……」

 光線を撃ちきった災厄が頷く。

「シャングリラでさえ役不足でしたが、ここならば……!」

 二人は竜骨化する。そして突撃するエンガイオスを、二人が同時に拳を放って怯ませ、追撃で吹き飛ばす。

「別に本気で好きでは無かったのですがね、最近はどうもあなたから目が離せなくて」

「……構わん。好きなだけ見ていろ」

「ふふ……♪」

 二人は超光速で飛び退き、エンガイオスも含めて全くの同速で暴れ狂う。翼腕とエメルの拳が激突し、続くバロンの拳をエンガイオスの尾が迎撃する。衝突し合う度に放出されるシフルが空間を歪め、圧縮されたエンガイオスのシフルが爆発し、頭上に広がる無限の暗黒空間がひび割れていく。数度の激しい物理攻撃の応酬の果てに、両者は距離を取る。空から剥がれ落ちた宇宙の欠片が、乾いた地面に突き刺さる。エンガイオスは身を引き、励起するシフルを立ち上らせ、力を溜める。

「……エメル、どうする」

「躱すしかないでしょうね」

「……名案だ」

 二人が身構えた瞬間、エンガイオスは岩盤を捲り上げながら激しく回転し、それを二人が躱すと、前進しながらなおも暴れ狂い、その勢いで二人目掛けて錐揉み回転しながらそのまま地面に飛び込み、地中から二人を狙って突撃し、勢いよく着地して、渾身の大爆発を起こす。無限に広がっていたように見えた地面は全て粉々になり、二人は宇宙空間に浮いていた。

「……ふざけた威力だ」

「ええ……」

 二人の視線の先に居るエンガイオスは、背中の甲殻が吹き飛び、そこから常時シフルが凄まじく湧き出ている。

「この宇宙を壊せば、少なくとも直近の危険は無くなりそうですね」

「……あれだけの力を持つものを完全に消し去ることは出来ない、か……ヴァナ・ファキナを完全に抹消するまでに、狂竜王が死ぬのと同じだけの時間がかかったのと同じように……」

「我々が、まだ生き長らえているように」

 エンガイオスは二人を見つけると、また狂乱怒涛の勢いで宇宙空間を突き抜ける。二人は左右に避け、彼の竜はバロンを狙う。バロンは全霊を一気に集中させ、エンガイオスの右角を折り取る。折られた角は暗黒空間に突き刺さり、そこから更にこの宇宙の崩壊が進行していく。

「バロン!これ以上の長居は無用です!彼の宇宙は壊しました、目的は達成しています!」

「……わかった」

 二人は逃げるようにエンガイオスの宇宙から飛び去っていく。エンガイオスの方も、自身が消耗していることを把握したのか、それ以上追おうとはしなかった。


 エラン・ヴィタール 最奥部

「……ふう……」

 バロンが長椅子に腰かける。アリシアの趣味で作られた西洋風の屋敷の一室で、バロンは深く息を吐く。扉が開き、そこにエメルが現れる。

「かなり消耗したようですね」

「……当然だろう。僕はもう戦える体じゃないんだ。エンガイオスの角を折れたのも、エリアルやシマエナガのバックアップがあったお陰だ」

 バロンは立ち上がり、エメルはバロンの肩を掴み、椅子に座らせ直す。

「……茶でも淹れようかと思っていたが」

「結構です。あの戦いの後、ボーラスの宇宙へ行きました。彼は〝まだ〟事を起こす気は無いと言っていました」

「……まだ、ね」

 バロンは疲れた声を出す。

「……ん?」

 そしてエメルを見つめ、その僅かな変化を眼に留める。

「……お前、竜化が進んでいるな」

「おや、気づいていましたか」

「……四肢だけでなく、胴体まで進んだか」

「ええ。でもどうでもいいことです。人間の体の柔らかさを保っても、セックスや愛撫にしか役立ちませんからね。私にとっては、あなたが輝いてくれるだけで大興奮ですから」

「……それはよかった」

「あなたの周りにはたくさん素敵な女性が居ますしね。女性的な魅力を磨いても、あなたにとってはエリアルが一番な訳です」

 エメルは眼を細め、怪しい赤い光を双眸から溢す。バロンは視線を逸らす。

「……何か嫌な含みを感じる言葉だが、一応妻への褒め言葉として受け取っておこう」

 バロンの両頬を右手で挟み、視線を向かせて二人は見つめ合う。

「覚えておいてください。あなたにとって一番魅力的な伴侶はエリアルで、一番魅力的な好敵手がアグニだとしたら、私が、あなたにとって一番魅力的な、生涯最後の戦いをプレゼントします」

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