キャラ紹介:王龍ニヒロ
絶海都市エウレカ chaos社海上施設・実験棟
鉄骨で作られた広い室内に、無数の円柱が聳えている。それには培養液が満たされており、個別の外見をした麗しい少女たちが浮かんでいた。建屋の上部に交わされたキャットウォークに、眼鏡の男と、アルメールが並んで立っている。
「ニヒロ、俺は前から聞きたかったんだが……」
アルメールはそこまで口に出して、わざとらしく口許に手を当てる。
「おっと、ここでは剛太郎と呼ぶべきだったか」
剛太郎は眼鏡の位置を戻し、平坦な声を出す。
「用件は」
「なぜ我らが作る兵器はみな、人間の雌を模しているのか聞きたかったんだ。もし仮に、そこに芸術性を求めているのなら……」
アルメールがヒートアップして自分の世界に入ろうとしているのを察した剛太郎は遮るように答える。
「便利だからだ」
「ほう?」
「人間に限らず、多くの生命は雌の方が利便性が高い。雄と言うのは、雌に完全性を与えぬように作られた余りだ」
「びっくりした。まさかあなたがフェミニストとはね」
「違うな。全ては王龍の劣化品。そこに優劣はない。ただ役割が異なるだけだ」
「ふむ……それでは先程の仮定と食い違うのでは?」
「一つの完全な鍵を砕いた。小さな破片と大きな破片、どちらが有用だ?前提として、どちらかの破片を持っているものは、もう片方の破片が何個あるのか、どんな形状なのかわからない。そして、新たに自分を埋めるような破片を作り出すことも出来ない」
「なるほど。完成形は一つの鍵でも、破片では同じゴミだと」
「その通りだ。話を戻そう。雌の方が、体内のペイロードが大きく、また外見的な理由で敵の攻撃を躊躇させることが出来る。本能的に、雄と雄同士が戦えば罪悪感は薄いが、雄と雌同士が戦えば雄側に不要な欲求……慈悲・憐憫・劣情……を引き出し、大いに精神を傷つけることも可能だ」
アルメールは思わず吹き出す。
「相も変わらず容赦のない……つまりはあの子達は穴になるというだけで少女型ということですか?」
「そうだ。人間は作り物の命にどういう感情を発露するのか……これはそのための実験だ」
「というと?」
「ここにいるのは、意図的に戦闘能力を弱められ、抵抗力を持たない個体だ。これを無作為に野に放ち、そしてどんな末路を辿るのか見る」
アルメールが口角を歪めて笑む。同時に、キャットウォークの左右から何者かの気配を感じて右に向く。そこには、巨大なパイルバンカーを手にした金髪の美少女が立っていた。
「アオジか」
アルメールが呟く。アオジはパイルバンカーを持ち上げ、二人へ向ける。
「今の話は聞かせてもらったよ。やっぱり、私たちはそんな下らないことのために生まれてきたんだね」
剛太郎は姿勢を一切変えず、アオジの言葉には一切興味がないようだった。と、剛太郎の左側から声がする。
「そんなことだとは思っていたが……
剛太郎が声の方に向くと、身長に見合わぬ豊満な胸囲と臀部の美少女が槍を構えていた。
「貴様は……」
槍を構えた美少女は続けて言葉を発する。
「我が名はラン。お主から受けた仕打ち、忘れたとは言わせぬぞ」
「疾うの昔に廃棄処分にしたはずだが。また明人が戯れに延期したか。いいだろう。人にすら劣る意思を持つ〝物〟の立場、俺が教えてやる」
剛太郎から何か力が発された瞬間、アオジ、ラン、剛太郎の姿は消え、アルメールだけがその場に取り残されていた。
「私は仲間外れか。ま、いいとしよう。私は私の宝を愛で――」
独り言を呟いていると、キャットウォークにエンタラフが現れる。
「おや、噂をすればなんとやらか」
「ここにいらっしゃいましたか、アルメール様。剛太郎代表よりお仕事を頂いておりますので、執務室へ参りましょう」
「わかった」
二人は並んで、実験棟を後にした。
王龍結界
氷に包まれた謎の空間に三人は降り立つ。剛太郎がいくつもの刃が屹立した歪な剣を構えると、瞬時にアオジがパイルバンカーから杭を射出し、剛太郎の体が砕かれる。眼鏡が宙を舞い、そして――剛太郎の腕が眼鏡を掴み取り、掛け直す。
「下等生物が王龍に刃向かうか」
剛太郎が冷ややかにそういうと、アオジは武器を構え直す。
「あなたたちのやっていることは間違ってる。作り物にも、心はあるんだよ!?」
「誰が作り物に心が無いと言った。我々はあくまでも思考の形態が異なるだけ。だが王龍に、いや俺にとって、貴様らは取るに足らない塵屑だ」
「言わせておけば……!」
アオジがいきり立って攻撃を仕掛けようとするのを、ランが止める。
「どうして止めるのっ!」
「待て。冷静さを欠いては勝てぬ。相手は王龍なのだぞ?」
剛太郎は初めて表情を崩して不敵な笑みを浮かべる。
「利口な道具だ。気が変わった。まだ貴様らは利用価値がありそうだ」
眼鏡から冷気が放たれ、剛太郎の体が吸収される。眼鏡は形を変えて行き、紫紺の巨竜が姿を現す。
「貴様らは氷像にしてから、ゆっくり手直ししてやる」
凄まじい冷気が辺りを包む。
「くっ……なんて暴力的なシフルの波なの……!」
「不用意に近づいておれば、姿を現したときの冰気で凍りついておったぞ……!準備はよいか、アオジ!」
「もちろん……!」
膨大で荒れ狂う冷気を潜り抜けてアオジは閃光を噴射材にして杭を放つ。ニヒロは攻撃への対処はおろか、少しの身じろぎもせずにその攻撃を受ける。ニヒロの体表へ杭が届くことはなく、パイルバンカーは凍りついていた。眼前の状況を飲み込みきれないアオジへ超光速で構えたニヒロは、尾の一撃でアオジをボロ雑巾のように吹き飛ばし、そして氷の波濤で凍てつかせ、ジオラマのように制止させる。
「!?」
ランはその余りにも軽々と行われた動作からは想像も出来ぬほどの出力に驚愕する。
「次は貴様だ。抵抗せず、跪き、媚びて、恐れて、泣き喚け。所詮は噛ませ犬、ただの肉便器なのだからな」
「おのれ……!」
「来ないのならこちらから行くぞ」
逡巡するランへニヒロは翼をはためかせて爆発的な冷気を叩き込み、器用に手足だけを凍らせる。
「うぐ……!」
ランは必死にもがくが、強烈な冷気で一瞬にして凍りついた手足はびくともしない。ニヒロはゆるやかに歩みより、ランの体よりも大きい頭部を近づける。
「なぶるのは趣味ではないが、これもEP(エモーションプログラム)のデータ集積のためだ」
ニヒロは止めを刺さず、徐々に凍りついていくランをただ見つめる。
「まさか……やめよ、こんな――」
「安心しろ。アイスヴァルバロイドは頭部がセーフティにならない限り、意識を保ち続ける。貴様が凍りついていく時の感情の揺れ動きを、次の実験に活かしてやる」
ランはニヒロを睨み付ける。
「こんなことが許される思っているのかッ!」
「気丈なことだ。喋る氷像というのもアルメールの言う〝芸術〟としてはありなのかもしれんな」
腕の氷結がほぼ終了し、最初に膝まで凍った足は、太ももの半分まで凍っている。
「ひっ……まさか……」
「貴様の生きたいと言う願いに体は答えているらしいな。必死に凍るのを押し止めようとしている。ふむ……そこまで被虐趣味があるとはな。怯えて震える自分に悶えるほどの快感を覚えるか?」
「……!」
ランは思考が纏まらず、眼を必死に自分の体から逸らす。そんなことをしている内に、氷結は腰まで達し、嫌が応にも恐怖が高まっていく。
「わ……わざと死に際に苦しむように作ってあると言うのか、我らは……!なんと……なんと恐ろしいことを……!」
「貴様らの頭を外部から書き換えるのは簡単だ。だが、それではつまらんだろう。極限の苦しみの中で人間の思考はより磨き上げられ、深層と表層の融合を果たす。必要なのは、『死』よりもその過程にある『恐怖』だ」
「う……ううっ……」
氷結がトップバストにまで達し、ほぼ体の自由が利かなくなったランは、恐怖に顔を歪ませ、半狂乱になって泣き喚く。
「嫌ぁああああああああああああああっ!!!!!!」
その絶叫と共に口が凍りつき、程無くして、ランは絶望の表情のまま完全な氷像になる。
「……。ふん、やはり駄作だな。記憶をデリートしてモータル・グラッジに捨てるか」
ニヒロは氷像と化した二人を見て、呆れたように言い放つ。
「壊れるほどの悲愴を背負った者が必要だ」
その瞳に凶悪な意図を宿して、ニヒロは剛太郎の姿に戻り、自身の結界から去った。
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