☆エンドレスロール:凍結された弔客
エンドレスロール 滅びの墓標テスタ・ロッサ
「久しぶり、だね」
アンブロシアネクタルの前で、二人は向かい合っていた。ヴァンダ・リーズと、バロン・エウレカが。
「……」
バロンはテスタ・ロッサの中央に聳える
「……ジャック。僕たちの選択は、決して間違っていなかったはずだ。互いに譲れぬもののために、全てを賭して凌ぎ合った。僕の出した妥協と、お前の出した妥協とは、ほんの少しだけ擦れ違っていただけに過ぎない」
「だからこそだよ、バロン。私――僕を、ありのまま認めてくれる……人間が、君だけだったから……どうしても譲ることなんてできない。ユウェルは僕のことを慮って、ずっと仕え続けてくれる。でもそれは、ユウェルが王龍だから、まだ人間との関わり方の正解を探しているだけに過ぎない。ねえ、バロン。ずっと聞きたかったんだ……」
リーズは自分の胸に触れる。童顔にしては妙に大きく主張する、自分の胸に。
「僕は男なのかな、女なのかな」
「……お前はお前だ。少なくとも、僕にとってはな。自我と言う曖昧なものがこの体を動かしているのだから、男だの女だのと、割り切る必要はない……そういう属性でしか見ない輩にも、お前自身の心にも、惑わされる必要はない」
彼女は氷に包まれ、爆炎と共に竜化する。凍り付いた巨大な一対の翼を持つ、大型の四足竜となる。
「誰も本当の僕を、私を見ようとはしなかった。それはバロンも同じだよ」
「……自分で答えが出ぬことも、他者の言葉で救われることもある。だが……結局何が正解か決めるのは自分自身だ。お前の中で答えが出ていないのなら、僕が何を言おうが無駄なだけだ、ジャック」
リーズは身を翻し、槍のごとき尾を突き出す。バロンは僅かに体を逸らして避け、だが尾のリーチを補正している氷の狭間から紅蓮が噴き出して追撃する。バロンは飛び上がって回避しつつ、空中で竜化して着地する。まるでターン制の試合のように、両者はゆっくりと姿勢を戻す。殺気はない。だが互いに、妙な感情を抱いて相対している。
「もう何がどうなれば、僕は僕自身を認められるのか……わかんないよ」
リーズは長い尾を剣のように構える。
「……それで苦しむのなら、もう何も考えないか?」
急接近から尾による刺突を繰り出し、左腕で弾かれ、右手の反撃が繰り出される。大きく翻りつつ尾で斬撃を繰り出し、右手を弾きつつ後退する。
「ううん。誰かに押し込められた属性やキャラクターに嵌まることが幸せだとは思わないから。自分を取り繕う鎧も、何もいらない」
「……そうだ。それでいい。苦しくなったら、僕やユウェルに言ってくれればいい。悩みは誰かに言うだけでも、負担が軽くなるものだ」
リーズが再び尾を突き出す。だが突進を行わず、尾先から氷片を伴う爆炎を放射する。地面から湧き出た鋼の盾に阻まれ、爆炎は降り注いでいる細雪を消し飛ばす。
「……ジャック、たまには肩の荷を下ろしてみたらどうだ。誰もお前を責めはしない。お前が自分で自分を許せないというのなら、気が済むまで傍に居よう。お前がお前を苛むのを止めるまでな」
雪景色の中で、静かな攻防が続いた。
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