与太話:そう言えば。

 ある日の昼下がり、席について千代が紅茶を飲んでいると、そこへ燐花が現れる。

「今日は千代さん一人なんですか?明人くんは?」

 燐花が尋ねると、千代は不服そうに答える。

「今日はアリアちゃんと一緒にお出掛けだって。お姉ちゃんは邪魔みたい」

 それくらいの放置はいくらでもされると燐花は思ったが、あえて口に出さずに千代の向かいの椅子に座る。

「燐花ちゃん、今日の体調はどう?」

「部屋から一人で出てこれるくらいには」

「そう。それは良かったわ。あきくんってば、いっつも燐花ちゃんのことばっかり言ってるから……」

 千代はしっかりと言葉にはしないものの、要は明人の興味が燐花に向いていることが不満らしい。

「千代さんは結審の日までの明人くんをよく知ってるんですよね?何か印象に残ってる出来事とかありませんか?」

 燐花は面倒だとは思いつつも、千代の気持ちを変えようと、同時に自分の興味を満たすために、問いかけた。

「もちろんあるわよ。私はあきくんのお隣さんだったんだけど、あきくんの親御さんが夜遅くまで居ないから、子守りをしてたの。ある時、私が残業で帰るのが遅くなって、あきくんがずっと私の家の前で待ってたのよ。遅れてごめんって言ったらね、あきくんは『千代姉が頑張ってお仕事してるから、僕も頑張って千代姉を待ってたの』って言ったの。もうすっごく可愛くて、ずっと記憶に残ってるわ」

「へぇ、そうなんですね」

「それから、私が風邪で寝込んだときに、毎日学校が終わってすぐずっと看病してくれてね、『千代姉死んじゃダメ』って、半ベソで傍にいてくれたのよ」

「はぁ、そうですか」

 聞いてみたはいいものの、燐花は他人と明人の惚気話が引くほどどうでもよかった。が、千代は上機嫌なようだ。

「それからそれから、『千代姉の旦那さんになりたいから』って、買い物の時荷物持ってくれたり、料理をたくさん練習したり、お掃除たくさんしてくれたり……」

 正直聞いたのを後悔するほど、千代は明人に関する思い出話を延々と繰り広げる。明人に渾身の勢いで詰め寄るときの自分の姿を客観しているようで、燐花としては新鮮でもあったが。

「……というわけなのよ。この世界で再会してからは全然甘えてくれないけど。ところで、燐花ちゃんは何かあきくんに関するエピソードはあるの?」

「私ですか。私は……(流石に千代さんに旧chaos社の争乱や、新人類計画、それに超複合新界での戦いを話してもしょうがない……)自慢できるほどのものはないですね」

「あら、そうなの?あきくんがこれだけ気にかけるんだから、何か特別な理由があるのかと思ってたわ」

「まあ知っての通り、明人くんは優しいですから。優柔不断ですけどね」

 二人の会話はぎこちなく、明人とアリアが帰ってくるまで続いた。

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