☆与太話:ぷにぷにほっぺ

 始源世界・渾の社

 湖を望む木製の広場、赤布の掛けられた長椅子に、翼を畳んだラドゥエリアルが座っていた。彼……彼女?は相変わらずの無表情で前を見ており、重く立ち込めた曇天も、舞い落ちる紅葉にも興味がないらしい。

 ふと、背後から木の軋む音がする。何者かが広場に現れ、足音と共に近寄ってくる。その者は不躾にも彼の真横に躊躇なく座り――

「むぐ」

 彼の両頬を両手でそれぞれ摘まむ。

「ぷにぷに」

 手の持ち主は粘土をこねくるように頬を扱う。

「やめろソムニウム。何の真似だ」

 頬が引っ張られている影響でその声は口内で反響し、彼女の抑揚のない声も相まって妙にコミカルだった。面白がって頬を弄んでいた張本人……人間の姿のソムニウムは思わず笑う。

「ぷっ、ごめんね。流石にちょっと可愛すぎて、触りたくなっちゃった」

「それは知らんが、さっさと手を離せ。なぜ私の頬を触る」

「ほら、結局は体自体は子供だから」

 ソムニウムは手を離した――かと思えば掌でのソフトタッチに切り替える。まさにムニムニ、もしくはプニプニという効果音が似合うようにラドゥエリアルの頬が動く。

「癒される……しばらく触ってていい?」

「どうしてもか」

「これが嫌なら私の膝の上に座って弄られることになるよ」

「むう……まあいい。今は無為な行為も許される時間ではある……好きに触れ」

「じゃあお言葉に甘えてね」

 ソムニウムは優しい手つきながら、指先やら掌底やら、手の色々なところで頬を撫でまわす。当然その間ラドゥエリアルは無表情で、まさに為すがままに撫でられている。

「ソムニウム……」

「何?」

「人間はこれをよくやるのか」

「さあね。女の子同士ならよくやるんじゃない?」

「私とお前は両方無性別だが……」

「ラドゥエリアルは可愛いから大丈夫」

「どういう理論だ」

 ソムニウムは満足したのか両手を離す。ラドゥエリアルは彼女の顔をまじまじと見る。

「ほら、今だってすごい可愛いけど?」

「この体は所詮作り物だ。ニヒロがこういう風に作ったに過ぎない」

「でもその体と蝶々の姿しか持ってないってことは……ああ、別に作る必要を感じないとか」

「そうだ。二つの形態があれば充分だ。戦闘はお前がこなすからな」

「じゃ、私のお陰でこのほっぺを堪能できるわけ」

 ラドゥエリアルは若干不服そうな表情をする。

「まあそういうことにはなるが」

「俗っぽいお願いしていい?杉原君みたいな」

「断る」

「じゃああなたがピンチになっても助けてあげない。私一人で審判をやる」

「待てわかった」

「よし」

 ソムニウムはそれを聞くと、ラドゥエリアルの手を掴み、人差し指だけを立てさせて自身の頬を突かせる。

「なんだこれは」

 ラドゥエリアルが困惑している風な言葉を発すると、ソムニウムが耳打ちする。

「む……」

「いつでもいいよ。なるべくなら声の抑揚付けてほしいけど。あとちょっと恥ずかしがって」

「注文が多いな。まあいいだろう、協力税だ……」

 ラドゥエリアルは言われた通り、恥ずかしそうに視線を外しつつ、口を開く。

「お……お姉ちゃんのこと大好きぴょん……」

 ちゃんと声の抑揚がついて、寧ろ若干の演技っぽさが尊さを加速させているような雰囲気を醸し出す。ラドゥエリアルは即座に表情と姿勢を元に戻し、ソムニウムは腕を組み、目を伏せて感慨深そうに何度も頷く。

「ありがとう、ラドゥエリアル」

「演技に自信は無いが……お前は今ので満足したのか」

 ソムニウムは目を開く。

「うん。可愛い。ありがとう」

「まあ……人間の感情を知る練習にはなったか」

「今度からそういう名目で色々やってみたら」

「断る。私のスタンスからして、無意味な時間は不要だ。私が実践する必要がないなら、データベースに蓄積する意味で、別に構わないが」

「じゃあそうしよう。コスプレとかしよう。私は着ないけど」

「お前にそんな趣味があるとは知らなかっ――」

 ソムニウムの右人差し指がラドゥエリアルの頬をつつく。

「別に何もなくてもやることは完遂するけど……たまの息抜きを、出来るならやった方がいいでしょ」

「そうだな……だが、面倒を私に押し付けるなよ、ソムニウム」

「わかってる。ちゃんと優しくするから」

「そういうことでは――」

 ラドゥエリアルはその後も、しばらく頬をこねくり回されるのだった。

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