☆与太話:飢えた翅

 始源世界・渾の社

 人間の姿のソムニウムが、湖前のいつもの広場、備え付けられた長椅子に座っている。同じ意匠の赤布が掛けられた机に両腕を乗せ、欠伸をする。

「暇だなぁ……」

 ソムニウムは机に伏せた右手を翻し、人差し指を伸ばす。どこからともなく灰色の蝶が現れ、指先に着地する。

「何か用か、ソムニウム」

「あ、握り潰していい?」

「エーミール……!?」

 下らない問答を経て、蝶は飛び立つ。ソムニウムは素早く手を伸ばし、翅を捕らえて逃さない。

「離せ」

「これって人の体だとどのあたりを触ってるの」

「知らん、離せ」

「答えないと離してあげない」

 観念して、蝶は言葉を返す。

「人の体と同じだ。人の姿の時に生えている翼を掴まれている。わかったら離せ」

「私の暇潰しの相手してくれない」

「仕方のない奴め……」

 ソムニウムが手放すと、蝶はラドゥエリアルの姿になり、ソムニウムの横に座る。

「今日は先日のように妙なことはさせんぞ」

 ラドゥエリアルが威嚇するように告げるが、ソムニウムは真っ先に彼の頬に触れる。

「柔らかい」

「やめろ」

 手を払い除けると、今度は持ち上げられてソムニウムの膝上に乗せられる。小さな体に反して非常に大きな翼をはためかせて抵抗するが、流石に出力の差によって脱出できず、諦める。

「私を愛玩動物のように扱って、どうするつもりだ」

「どうもこうも、可愛くて癒されるから」

 と、そこへおぼんを持ったユノが現れる。

「お姉さま、ご注文の品をご用意……って、誰ですの、それ」

〝それ〟呼ばわりされてもラドゥエリアルは無表情で――多少は不機嫌だったろうが――ユノを見る。

「なんだ、それは」

「え……えと、ぜんざい、ですわ」

 ソムニウムが会話を遮る。

「ユノ、早く頂戴」

「もちろんですわ!」

 先程まで困惑していたユノは、即座に笑顔になって歩み寄り、ソムニウムの前に丁寧におぼんを置く。

「今日はメリッサが作りましたわ。彼女、普段はああいう感じですのに、ちゃんと家事は出来るんですのよ」

「へえ、確かに意外かもね。ユノ、今はちょっと外してくれる?」

 軽い返答の後の提案を、ユノは静かなお辞儀で返し、立ち去る。

「ぜんざい……」

 ラドゥエリアルはおぼんの上にある、ぜんざいを湛えたお椀を見下ろす。

「美味しいよ。食べてみる?」

「生き物の基本は食にあるとは聞いている。食を通じて、理解が深まるかもしれん」

 ソムニウムの提案に乗り、ラドゥエリアルはお椀を両手で掴み、口へ近づけて、そのまま浮かぶ餅へ食いつこうとする。それをソムニウムが止め、お椀をおぼんまで戻す。

「待った」

「なんだ。獣はこうして食うだろう」

「これ使って食べて」

 ソムニウムがおぼんに置かれた箸を右手に持つ。

「これは知っている。だがこれは、焼いた鉄を掴むためのものではないのか」

「食べる用のやつだから、そういう使い方は出来ない」

 ラドゥエリアルを包むようにソムニウムは両腕を前に出し、左手でお椀を掴む。そして餅を箸で持ち上げ、軽く息で冷ましてからラドゥエリアルの口許へ運ぶ。

「はい、あーん」

「……?」

「口開けてってこと」

「わかった」

 彼は素直に大口を開き、餅がその中へ消える。

「よく噛んでね」

 ラドゥエリアルはわざわざソムニウムへ横顔を見せる。

「もっきゅもっきゅ」

 ……と、聞こえてきそうな咀嚼をして、しばらくの後、飲み込む。

「これが、〝美味い〟というやつか?」

「そう感じたならね。あとさっきの食べてる姿永遠に見てたいから、ずっと餅食べてもらっていい?」

「断る。それと、次にお前を訪問するときは護衛をつけることにする」

「原初三龍ぐらいまでなら私が捻り潰すけど?」

「むぅ……!」

 ラドゥエリアルは膨れっ面を見せて最大限の遺憾を示す。それがまた可愛いとソムニウムは内心悶絶していたが、敢えて黙っておくのだった。

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